課題クリア
石臼を回す事大体一時間程で、魔女が粉末にしたいと言っていた薬草は全部粉になった。
前世でも使ったことのない石臼。テレビで見たような気がするけどどーだったかなー? くらいの名前だけ知ってるレベルのアイテムに、内心でちょっとテンションを上げていたウェズンだったがぶっちゃけ作業開始十分後には早々に飽きていた。
最初の五分くらいは粉になるというそれを見て「おぉ……!」ってなってたけど粉になるのがわかった上で作業は単調となれば飽きても仕方がない。
とはいえ、終わったらカミリアの葉をそこそこもらえるとわかればやるしかない。窓から外を見ればまだ雨が降っていたからだ。下手をすれば嵐か? と言いたくなるくらいに酷い。
作業の合間、魔女がこんなに雨が降るとは珍しいね……なんて呟いていたので、作業をしながらもウェズンはここら辺そんな雨降らないんですか? 乾燥地帯? なんて話しかける。
ちなみにルシアはそんなウェズンの様子を信じられないものを見るような目で見ていた。
いつ何の拍子に殺されるかもしれないと考えれば、危機感が全くないウェズンをどうかと思うのはわからないでもない。
けれどもウェズンとしては死ぬことはないなと確信していた。
ここで意味もなく魔女に喧嘩を売るような発言でもしない限りは問題ないだろうと思っているし、ここで暮らしている魔女ならこの近辺には詳しかろう。現地で暮らしている人の情報って貴重だよなぁ、なんて思いながら世間話でちょっとでも情報収集しようという試みもあった。
「そうさね、この辺りは滅多に雨が降る事はないよ。降ってもすぐに止んじまうのさ。おかげで水は魔法で出すか遠くの川までいかなきゃいけないって事でこの辺りで暮らす奴なんていやしないのさ」
「へー、そういやこの辺り魔物とかどうなんです? 一応図鑑で調べたらそれなりにいるっぽい感じでしたけど、全然遭遇しなかったんですよね。一種類以外」
「へぇ、どんなのがいたんだい?」
「なんか目力凄い鳥みたいな」
「……雨呼び鳥かい? もしかして」
「さぁ? そんな鳥がいるんですか?」
「あぁ、いるよ。天候に影響を与える生物ってのは一定数存在している。
……もしかしてこの雨、そいつが原因かもね」
「つまり、あの鳥が雨を降らせている……?」
「可能性は高いね。そしたらこの雨も納得がいく」
「え、何したらこんな雨になるんです? 僕たち向こうの数が多かったから攻撃もしないで逃げてきたんですけど」
「さぁねぇ……一説では甘い物を欲しがっているって言われているけど。何か心当たりは?」
「そういやココア飲んでたな」
「ココア! あんな場所でココア!? はっはは、そりゃ匂いにつられてやってきてもおかしかないねぇ!
あんな場所でココア飲む奴なんていなかったから、さぞいい匂いがしたんだろうね」
ウェズンたちがゴリゴリと石臼で薬草を潰しているのをテーブルに肘をついて見物していた魔女はテーブルをバンバン叩いて笑い転げる。思っていた以上にこの魔女笑いの沸点が低いと思う。
あの鳥たちが現れた原因がまさかのココアにあったと知って、ルシアもヴァンもなんとも言えない表情をしていた。
「ところでアレ魔物なんですか?」
「いいや、魔物は倒せば消えるけどあいつらは消えないよ。鳥だからね」
「そっか、じゃあ追加課題のレポートには書けないか……」
「書いても問題ないんじゃないか? あのあたりで出るって知らなきゃ新情報になるだろうし。あんたらが学園の図書室で調べた限り、雨呼び鳥の事は記載されてなかったんだろう?」
「……それもそうか」
魔物、と言われてもそういやあの鳥以外に出会ってすらいない。
その上で追加課題でセルシェン高地に出る魔物について調べろ、と言われても目撃すらしていないものの何を調べろという話であるわけだし。
「レポート連名で大丈夫だと思う?」
「一種類しか遭遇していないんだから、同じレポート三人分出されるよりマシじゃないか?」
「ま、追加って事だし基本的な課題のカミリアの葉が集まってればどうにかなるだろ」
ルシアが心配そうに言うので、ウェズンもヴァンも何か問題でも? と言わんばかりに返す。
大体ここに来て遭遇したのはその雨呼び鳥とやらと、あとは目の前にいる魔女だけだ。
魔女を魔物扱いは流石に不味いだろう。多分。
もし魔女が魔物扱いであるならば、アインたちは課題で魔物に会いに来た事になってしまう。魔物退治ならともかく、確かここには届け物に来たとか言っていたはずだし、そうなると学園は魔物と繋がっている、という事にもなってしまう……と考えれば、魔女が魔物ではないという結論に至る。
「帰りはうちの庭にある神の楔から帰っていいからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
作業を終えて、粉末状になった薬草を丁寧に集めた物を魔女に渡せば、魔女はにこやかにそう言ってのけた。
ついでにカミリアの葉も分けてもらう。魔女からもらった分をルシアとウェズンの袋に詰めていけば、大体全員の袋が一杯になった。
「それじゃあ、僕たち帰りますね。お邪魔しました」
「あぁ、また遊びにおいで」
魔女の言葉にルシアだけが肩をびくりと跳ねさせる。
まぁ、アインの末路を見た以上、気軽におばあちゃん遊びにきーたよ☆ とはならないだろう。
こうしてウェズンたちは特に怪我をする事もなく学園へと戻っていったのであった。
学園の天気は快晴。向こうの空模様とは大違いだった。
「お、お前らもう戻って来たのか。随分早かったな」
生徒の大半が課外授業に行っているので、教室よりも職員室に行った方がいいだろうか、と思って足を運んでみれば正解だったようだ。
精霊とまだ契約を結べていない生徒も教室にはいないだろうし、そうなると課題を終わらせたらどうするのか、というのをあらかじめ聞いておくべきだったのでは……とも思ったけれど、特に苦労する事なくテラと会えたので深く考えない事にする。
収納魔術でリングに入れてる間はそれなりに鮮度が保たれているとはいえ、なんとなくそのままにしておくのもどうかと思ったので、先にカミリアの葉がたっぷり入った袋だけを渡しておく。レポートは後で纏めて提出しますと伝えれば、テラはそうかと軽く頷いて終わった。
「それでえぇと、提出期限は」
「次の課外授業行く前までだな。ま、次がいつになるかは知らんけど」
「教師なのに知らんってどういう事です?」
「や、課外授業終わって戻ってくるのって、個人差あんだよ。今日行って今日帰ってきたっていうのは数える程度だぞ」
「なんと」
どうやら課外授業は日帰りではなく数日かかるものもあるらしい。
初っ端からそれって中々にハードではなかろうか。
「他のクラスだと早速死人が出たって話だしな。さっき泣き喚いて帰ってきた奴がそんな感じの事を喚いてた」
何となく心当たりがある。それはむしろイールとウッドイルなのでは。
「さて、この授業で何人生きて帰ってこれるかな……」
「……イアたちはまだ戻ってきてませんか」
「んぁ? そうだな、俺様のクラスで戻ってきたのはお前らだけだな。今のところ」
まぁ、考えてみればそこまで難しい課題ではなかったし、早々と帰ってきたのは当然なのかもしれない。
思い返してみれば魔物と戦うでもなく、魔法だとかを使って窮地を切り抜けるわけでもなかった。ただ薬草を採取して魔女の手伝いをして帰ってきただけ、と考えればむしろ数日戻ってこれない方がどうかしている。
「とりあえずある程度生徒が戻ってくるまでは大体の授業自由参加だからレポート纏めるにしろ他の事するにしろそこは任せる。とはいえ、サボるなよ」
「自由参加って……誰も参加しないとかあるんですか?」
「どうだろうな。人数少ないうちは講堂で他クラスの連中と纏めて授業とかするけどどのクラスも誰も出なかった、って事は今までなかったんじゃないか?」
自分のクラスだけなら誰もいない、という事はありそうだが、他のクラスと合同なら確かに誰もいないというほうが珍しい気がしてくる。
とりあえず授業に関しては部屋で世話係に聞けばいつどこの講堂でどんな授業があるかっての教えてくれるから、と言われたので部屋に戻ったらナビに確認しようとウェズンは決めた。
追加課題のレポートを纏めるのを先に済ませてしまおうということで、三人で図書室へ向かい念の為あの魔女が言っていた雨呼び鳥とやらを調べてみる。
魔物ではないと言っていたのは確かなようで、各地にそういった生物は存在しているのだとか。
水不足な土地に是非いてほしい感じの存在だな、なんて思いながらもセルシェン高地で遭遇した雨呼び鳥について三人で纏めていく。
雨呼び鳥と呼ばれるものは他にも複数いるらしく、図鑑には数種類の鳥が載っていた。
セルシェン高地で見たものも図鑑にあったが、セルシェン高地で目撃されたことがあるという情報は載っていなかった。
魔女から聞いた甘い物で寄ってくる習性があるらしい、というのをレポートに表記して、レポートはあっさりと終わった。正直書く事がほとんどない。図鑑に載っていない見た目であったなら最悪この中の誰かが絵に描いたかもしれないが、載っていたので図鑑参照しつつ遭遇した事を書くだけだ。むしろそれで長時間も費やせるはずもなかった。
終わったものはヴァンが提出してくると言っていたので任せる事にする。
ウェズンとルシアは引っ張り出していた図鑑を片付け、それから図書室を後にした。
「そういえばさぁ、さっきのイアって知り合い?」
「いや、妹だぞ」
「……あぁ、そういや家名同じだったっけ。忘れてた。どっちがお父さん似?」
「イアは血がつながってないから父にも母にも似ていない」
「え、あ、なんかごめん」
「いやいい。多分本人も聞けばさらっと答えるだろうからな」
廊下を移動し寮へ戻る途中、沈黙がつらくなったのかルシアが話しかけてきたので、ウェズンもなんて事のないようにこたえた。
「無事に戻ってくるといいね」
「そうだな」
いかんせんアインという死亡例を見てしまったので、絶対大丈夫だと根拠もなく思えるはずもない。
いや、あれで案外イアは何があっても意外と生き延びそうなので、とても心配だとまではいかないのだが、それでも心配である事に変わりはなかった。
「あ、そうだ。購買見てから戻ろうと思うから、ボクはここで」
「そうか。それじゃあな」
別に一緒に寮に戻ろうとか約束したわけでもないし、他に用があるのならと二人はそこで別れた。
他の生徒もまだほとんど戻ってきていないらしいし、まだ精霊と契約を結べていない生徒は今頃儀式部屋かそれ以外の――学園の外をあちこち移動しているからか、廊下には驚く程人がいない。
だからこそ、ルシアは遠ざかっていくウェズンの背を立ち止まって眺めていた。
「……そっか、妹は無関係か。とはいえ、あいつは殺さないといけないんだよな……うーん、上手くできるかな、ボク」
特に恨みはないけれど。
というか、色々親切にしてもらった恩があるくらいだけれど。
それでも。
やらなければならない。
自分に言い聞かせるように、ルシアは小さく呟いた。




