妹はエイリアン
父や母の話から、どうやらこの世界はかつて他の世界からの旅人や侵入者といったものが数多くやってきていたらしい。
彼らのもたらした文明もあるのだとか。
あー、だから町並みはおとなしめなのに中は割とハイテクだったりするのか、と納得はした。
けれどももうまともな原理を把握している者はほとんど残っておらず、壊れたらもう修復できない物も中には存在しているのだとか。成程オーパーツ?
ウェズンの感想としてはそんなところである。
日常で使う道具などはある程度職人などが作れるようになったようだが、大掛かりな道具ほど扱える者が限られているのだとか。浄化機が大体それだな……と父が難しい顔をして言ってたのは覚えている。
詳しい話はよくわからんが、とりあえず異世界っていう存在はこの世界にとっては一応認識されているのだとか。
それなら、もしウェズンが実は自分には前世の記憶があって、ここではない世界で暮らしていた、と言ったとしてもそこまで荒唐無稽な話だと切り捨てられないだろうか……などと思いはしたが、言ってどうするという結論でしかなかったので結局のところウェズンは自分が転生者だと話す事はなかった。
だがしかし。
ある日、そろそろ学校に通うだとかの話が出始めている時に、イアがとても思いつめた表情でウェズンを外に連れ出した。
町にも学校はあった。
簡単な読み書きを教わったり、計算の仕方を習ったり。
前世の知識から小学校のようなものはあったけれど、ウェズンもイアもそこには通わず両親から教わっていた。二人が通うという話が出ていた学校は、魔法の扱い方を教えてくれる場所であるのだとか。
父も母も魔法を扱う事ができていたので、自分も遺伝的に力が使えるのではないか、とウェズンは思っていたがいかんせん使ってみようとは思えなかった。
万一失敗して自分の身体が吹っ飛ぶような事故が起きたら、いくら魔法があっても欠損した肉体を一気に治せるかは疑わしい。魔法に関しては両親も簡単な基礎知識だけを言うだけで、実践で教えるとはならなかったのだ。
イアにもどうやら魔法を扱える資質があるらしく、だからこそ使い方を学ぶための学校に通わせる、という話が出たばかりだった。
ウェズンたちが暮らしていた家は小高い丘の上にあり、そこからは海が見えた。
少し離れた砂浜まで歩いていった時のイアの表情は暗く、もしかしたら学校に行きたくない、と言い出すのではないか。ウェズンはそう思っていた。
けれども実際は違った。
「お、おにい、実はね、あたし、前世の記憶があるの!」
自分は一生言うつもりのなかったセリフを、この妹はいとも軽々と言い放ったのである。
とはいえ流石に両親の前で言う度胸はなかったのか、周囲に誰もいない事を確認した上でウェズンにのみ伝えてきたわけだが。
特にウェズンは驚かなかった。だって自分も転生者。
とはいえそこで、そうなんだー僕も僕も。とはならなかった。イアがあまりにも真剣なのもあって、茶化すような言い方はできないなと空気を読んだ結果だった。
そうしてイア曰く。
どうやらこの世界はイアの前世で読んだ本の世界らしい。
へー、そういうの、前の人生で弟が割とハマってたっけなぁ。弟の一人は割とオタク方面の流行に乗っかるタイプであった。なのでその手の話は何となく理解できる。
とはいえ、イアはその本のタイトルを覚えていなかった。朧げな記憶からなんとか大戦、とかいう感じだったとは言うが、正直本当にそんな感じのタイトルだったかも断言できないらしい。
他にもその作品がメディアミックス化されていたのか、ゲームにもなっていた、とも。
そしてその小説の主人公はウェズンであった、と言われても正直ウェズンにはピンとこなかった。
弟は割とそういうジャンルにハマったら一通り手を出すタイプだから、結構な種類のライトノベルが部屋にあった。けれども、そんな最後に大戦がつくタイトルで主人公がウェズン、という内容のやつあったかな……? と思い返しても該当するような記憶がない。純粋に自分が知らないだけか、はたまた自分が死んだ後に出た作品か。
もし自分の死後に世に出された作品であるなら、ウェズンがイアに自分も転生者だ、と告げてもぬか喜びさせるだけだろう。
例えばそれは、原作の内容をきかれても何一つとして答えられないだとか、イアの見た物語の主人公が転生した存在であり、この時点で主人公としてはきっとかけ離れてしまっている事だとか。
ま、とはいえ、その手の転生主人公が原作と何やら色々と異なっているな? と思ったりする作品もあったようなので仮にイアが知る主人公ウェズンと自分が異なる部分が多々あったとしても、似ているが微妙に異なる異世界である、と納得してもらう他ないだろう。
そういった……妹を、イアを思いやるというよりは自分の都合であった。
前世、と言われてもな……と困惑した様子を見せたウェズンに、イアはかつての自分が暮らしていた世界の事を話し始めた。
その結果、やはりウェズンは自分も転生者だと明かさずにいる方が得策だなと判断したのだ。
何せ住んでる世界が文字通り違った。
ウェズンの前世は地球にある日本という国で生まれ育ったが、イアは違った。
そもそも地球ですらない。
前世のイアが生まれ育ったのは白亜都市メルヴェイユ。人工惑星にてマザーAIが管理する巨大都市である。そもそも地球が存在する銀河系ですらなかった。ついでに言うと太陽が爆発し地球含めその他惑星は滅んでいる。その後に、別の銀河でつくられたのがイアが暮らす場所であった。
ウェズンが前世で生きていた時代から、果たして一体何年……何十……何百、いや下手をしたら何千とか何億年単位で違う時を生きているだろうと思える。
前世の記憶があるの、からは想像できなかった壮大な話である。
マザーAIに管理された都市、そこで暮らす人々。
といえばそこはかとなく「市民、貴方は幸福ですか?」というセリフがよぎるのだが、それどころではない。イアが暮らしていた時代、人類は男女の性交で生まれるのではなくマザーAIの選定した遺伝子をシャッフルさせ人工的に人類が生産されていたようなのだ。
そうして脳にナノマシンから作られたサポートデバイスが埋め込まれ、培養槽の中である程度成長してから外へと出る。
つまり、生まれた時点で既にそれなりの大きさに育ち、そしてサポートデバイスによって身体能力がコントロールされるためいきなり二足歩行が可能。
更に労働と呼べるものは大半がアンドロイドによって行われているため人間として生み出された者たちは特に働く必要はない。とはいえ、何もしなくていいというわけでもないようだが。
過去に存在した人類が遺した遺産。
それは例えば書物であったり電子の海に保存されたデータであったり。
漫画にアニメ、映画、ゲームといった娯楽の数々はデータとしてマザーAIの中にしかと保管されていた。マザーからすれば正直な話必要のない代物ではある。
あるのだが、自分に理解できずとも、人間には理解できるのではないか。そう考えたマザーによって人間たちにはこれらを閲覧・鑑賞する義務が生じ、またそれらの感想をレポートに残す、という仕事が課せられた。
娯楽が自由意志というよりは半ば義務と化した世界。
前世のイアは特にそれを疑問に思うでもなく当たり前として受け入れていた。
そうして興味のあるものを探し、適当に色々な作品に触れ、今こうして存在している世界こそが、その中の一つであった……
マザーAIは恐らく人の持つ感情というものをより深く理解するためにそのような手段を取ったのだろう。とウェズンは推測する。感情の無い人間を作り出すのは簡単だが、それが果たして人間と言えるか、という話に行きつくのだ。感情を最初から必要としなければそれこそ人間をわざわざ遺伝子から操作して作る必要もなくそのまま部品をあつめてアンドロイドを制作すれば済む話なのだから。
過去の娯楽作品。
それらをマザーも閲覧はした。その上で、どうしてこのようなものが残されていたのか……程度には思考したのかもしれない。わざわざ膨大な数のデータとして大量の作品を保存してあった元の誰か……がいたとして。その人物の考えを理解するべくそうなったのだろう、と言えなくもない。
とはいえ、最初の段階で躓いている気がするのだが。
その話を聞いたウェズンが真っ先に思ったのは、それなんてディストピア? であったので。
一見すれば衣食住に困らず日々好きな事をして生活していい、というさながら楽園のような所なのだろう。だがしかしその実生まれる前からマザーAIの管理下に置かれ、人としての成長をすっ飛ばされて既に成長した状態で外に出る。
人間なんて赤ん坊のころから色々とチャレンジして成長していくというのに、その過程をすっ飛ばして結果だけを求めるようなもの、成功するとは到底ウェズンには思えなかったのだ。
更には脳に埋め込まれるというサポートデバイス。
ナノマシンで作られているので脳を圧迫するようなサイズですらなく、むしろある事に違和感などは一切ないらしいのだが。
(いや、これは僕が古いタイプの人間だからだろうか、いくら大丈夫って言われても脳に何かを埋め込むのはちょっとな……)
と、どうしても思ってしまったのである。正直前世、弟や妹がピアスの穴を開けようとしていた事があったし、兄さんも開ける? と聞かれた事も記憶にはある。
だがしかし、前世のウェズンはそれに対して首を横に振った。
正直身体に穴を開ける意味がわからなかった。おしゃれ? いや別に身体に穴開けなくてもできるだろ?
前世のウェズンは正直病院でする注射も嫌いなタイプであった。注射がダメでピアスの穴はオッケーだとでも思ったか? 無理に決まってるだろ怖い! それが偽らざる感想である。
その流れで病院に行くのも苦手だった。
何かの拍子にそれじゃあ注射打ちますね、とか点滴しておきましょう、とか言われることを想像するだけで胃がキリキリして病院に行きたくなくなる。でもいかないと知らないうちに何かの病気が悪化して、
「もっと早くに来ていただけていたら……どうにかなったんですけどねぇ」
みたいな要約するとまさにそれ、みたいな事を言われるのを想像するのも怖かった。なんてことない顔で病院に行くけれど、内心はいつでもビクビクであったようだ。
ともあれ、生まれた時点で赤ん坊ですらなく既にある程度の年齢に達した状態で動けるとかいうのがどうかしている。足を動かしてバランスをとって、とかそういうのいきなりできるものか? と思うのだが、それらはサポートデバイスがコントロールサポートするので問題ないらしい。
自由だなんだと言っているが、実際には完全に管理されて操られているようにしかウェズンには思えなかった。だからこその、それなんてディストピア? という感想になるのだが。