割と事後報告
霧の向こうを見るような状態で森があった場所を見た時、山はない、と言われたけれど。
それはあくまでもあんな風に影になって存在感を主張するような大きな山はない、という意味であったのだなとわかる。
無いわけではなかった。けれど、あの森が無駄に成長を遂げる以前であったとしても、きっとあの場所からこっちを見て、山の影を感じる事はなかっただろう。
それくらい、小さな山だった。
鉱山、という言葉からある程度の規模を想像していたけれど、実際には「こ、鉱山……?」という反応が正しいだろうか。多分ウェズン以外でも同じ反応をしただろう。言われなければこの小山が鉱山だとは誰も思うまい。それくらいにちっぽけだったのだ。
「一度便利な生活に慣れるとさ、前の不便な生活に中々戻れないと思うんだよね」
「う、うんそうだね、なんでまた突然?」
「かつて異世界から渡ってきた文明、知識、そこから更に発展させた魔法道具。当時は瘴気問題もほとんどなかったからあっという間に世界中にそれら道具は普及されていった。
だがその後、魔法や魔術を失敗しただとか、魔法の道具が壊れた時だとかに瘴気が発生するようになったからといっても。
それらの道具を使う事を禁止されたりはしなかった」
「あぁ、したら暴動が起きてもおかしくないかもね」
ヴァンが突然そんな事を言い出して、思わず、といった形でウェズンが相槌を打って。
そこに更にルシアが入った。
「そう。結果として壊れた場合瘴気が出る事がわかっていながら、世界のどこもかしこも魔法の道具は使用を禁止になんてできなかった。それでも、うちの国は魔法の道具ほど便利じゃなくてもそうじゃない道具を多用する事でどうにか、って感じでやりくりはしてるんだけど」
「おかげで我が国の浄化機はまだそこまで劣化が進んでないのでどうにかなってる感じですね」
ヴァンの言葉を続けるようにフリードリヒが言う。
確かに、頻繁に浄化機を使う土地はその浄化機すら限界を迎えつつあると聞く。
新たな浄化機を確保しようにも、肝心の魔晶核がなければ浄化機はどうにもならない。
むしろ魔晶核があるのなら、その部分を取り換えさえしてしまえば浄化機そのものを新たに作る必要はないのかもしれない。新たに作るにしても、そもそもどこまで改良ができるのかも謎ではあるが。
ちょっと改良できるかもしれないから色々といじるね! でやらかした結果失敗したら命綱を失う形になるのだ。しかも自分一人の命だけでなく、最悪国単位での命に関わる。
そういう意味では旧式・旧型と呼ばれていてもおかしくないものがいまでも現役と言えるわけで。
「あとは……この国が割と頻繁に魔物が発生するのも浄化機をそこまで酷使しなくても済む原因だった。
まぁ、倒せなければ危険だから相応の装備は必要になるし、結果として魔法の道具ではなく旧文明と呼ばれていた頃に使われていた兵器を再現して改良して、って感じで魔物には対処していたようだけど」
言われてみれば確かにあの国を囲むように巡らされていた壁のところどころからは大砲らしき武器が覗いていた。
魔法がすっかり日常的になっていたウェズンはそれを見て、随分と古風だな……と思ってしまったのだ。
前世ではまず思わなかっただろう考えだった。
前世でも大砲はそもそも見る機会がないし、見たとして古い武器だと思ったかは謎だけど。
大体去年の交流会で砦というか要塞というか、まぁそんな感じのやつを作った時にレーザー砲みたいな武器までつけたのだ。
ウェズン的に近未来感のある兵装だったからこそ、余計に大砲が古めかしく見えてしまったのは仕方のない事なのかもしれない。
(まぁ、でも。
結局はシンプルな方がわかりやすいっていうか、いざという時はそういうのが最終的に頼りになっちゃうとか、ありがちだもんなぁ)
散々高度な頭脳戦を繰り広げておきながら最後は結局暴力でお前を殺す! みたいなオチが雑すぎんか!? となった作品だとか、色々ごちゃごちゃ問題解決のために悩んであちこち駆け回っていたくせに、案外初期に適当なキャラが口にした案が実は最適解だった、だとか。
幸せの青い鳥を探しにいったら最終的に割と身近にいました、とかそういうオチのある話はごろごろしているので。
どれだけ趣向を凝らそうとも、というか色んな手を加えようとも、結局最後はシンプルイズベストってやつなんだろうなぁ……とウェズンは何となく遠い目をしてしまった。
「で、その話の本題は?」
「では、魔法道具に欠かせないとされているギネン鉱石、これが我が国に多く存在しているのは何故か、とならないかな?」
「……あ、あぁ、輸出して外貨を稼ぐとかしてないって事?」
「そう。他の国でもギネン鉱石がとれるところはあるようだけど、大量にとはいかない。ましてや、採掘してもそのほとんどが自国で消費される。なんだかんだ自分たちが暮らす場所での生活の利便性が大事だからね」
「他国に売りに出せばすごい値段で売れそうだけど、同時にこの国を支配してしまえばまるっと手に入る、とか考える国とか出たりしなかったの?」
「昔はあったみたいだよ。古文書レベルの昔だけど。まぁ、うち軍事国家って言ってるところからお察しだと思うんだけど、魔法道具以外の武具とか兵器とか結構色々あるからさ」
「そのうち世界を牛耳れそうだなとは思うんだけど、え、何、ギネン鉱石の独占とかそういう方向性で他の土地のライフライン削ってとかそういう感じの事を実行予定で?」
「しないよ面倒だから。
まぁ、まったく外に出していないわけじゃないんだ。
ただ、あればあるだけ売ってしまった後で瘴気問題が解決したなら、魔法道具をふんだんに使う事に抵抗はなくなるだろう?
そうなった時、この国で魔法道具を作ろうにもギネン鉱石がなくなってしまっていたなら、下手をすればこの国が他国から侵略される可能性も出てくるからさ」
未来に向けての貯蓄みたいなものだよ、と言われてしまえばわからなくもない。
後先考えず資源を売り払って、そうして最後に何も残らなくなってしまいました、なんて話はどこにだって転がっている。
とりあえずヴァンの国では一体いつからかは知らないが、それでもはるか遠い未来、神が世界を滅ぼす事を断念した後の事を想定しているらしい。
うん、お花畑全開で楽観的、というわけでもなく、そうなった場合の未来に関して、という感じなのでまぁ、そうなるといいなぁと思わないでもない、とウェズンはそこまで思ったものの。
「えっと、つまり、結構重要なアイテムだよね。え、気軽にヴァンのお父さん持ってっていいよー、とか言ってたけどほんとに大丈夫!?」
ギネン鉱石に関して調べた時はそこまで貴重な感じが一切しなかったというのに、今そういった話を聞かされたならそれってとんでもなく重要アイテムじゃん!? という気しかしない。
他の土地で採掘できる場所を知ったとして、間違いなくそれってその国で管理されてるやつで、学園の生徒がちょっと必要なんです、で分けてほしいとか言ったところで高額吹っ掛けられそうなやつ。
あとは周辺にあるなんて知られていないところで偶然採掘できてしまいました……みたいなところでゲットするとか、望み薄な状況に期待するしかないような物だ。
いくら実の息子がいるからといっても、それでおう持ってけ持ってけ、くらいのノリで言っていい事だったのだろうか。
「……恐らく僕がいただけならそこまで気軽に言われてないと思うんだ」
「うん。うん!?」
すっと指を突きつけられて、ウェズンは「え。僕!?」みたいな反応しかできなかった。
「一応さ、学園での様子とか手紙で知らせるくらいはしてたんだよ。
で、僕の瘴気問題に関して学園にいる間、きみがいるうちは何も問題がない状態になっただろう?
更に少し前に周囲の瘴気を浄化するアイテムも作ってみせた。まぁ、量産は難しそうだけど」
「あぁ、うん。そうだね」
「だからね、きみの事を高く評価しているんだ。そして多分これは先行投資ってやつになると思う」
「知らんうちに何か知らん重圧が……ッ!!」
思わず頭を抱えてその場に膝をついてしまった。ずしゃあ、みたいな音がしてちょっと膝が痛かったけれど、最早そんな事はどうでもいい。
どうして知らないところで知らないうちに自分の評価が馬鹿みたいに高くなっているのか。
生まれついての天才です、くらいの実力があるなら当然だろう? とか言えたかもしれないが、ウェズンはちょっと前世の記憶を持っただけの一般市民である。
一国の王からの期待とか突然されたところで胃が痛くなるだけである。
「暗殺者から狙われやすいだけではないんだ。
場合によってはその……教授がウザ絡みしてくる可能性がとても高くてね。
うっかり一人になったらその瞬間拉致ってくるかもしれないから、本当に、くれぐれも気を付けてくれ」
「まさかの二段構えだったのか……!」
ヴァンが自分の事を親友アピールしていたのは、てっきり宰相が雇った殺し屋に狙いを向けさせるためだけかと思ったのに、まさか更に理由があろうとは。
というかだ。
「そういう言い方をするって事は……」
「うん。その先のギネン鉱石加工場にいるんだ。朝宰相を粛正ついでに教授の居場所を確認したら今日はこっちにいるらしくて」
「……え、その上で僕が一人になったら拉致られる可能性あるの? え? だって僕らこの国に来たの昨日だよね?
情報回るの早すぎない?」
というか、この国は一体ウェズンの事をなんだと思っているのだろうか。
なんでもかんでもお悩み解決できる万能のネコ型ロボットじゃないんだぞ、ととても言いたかったけれど。
いくら異世界から色んな情報が流れてきたといってもそんな話はこの世界では聞いた事がないので。
言うだけ無駄なんだろうな、と察するしかなかったのだ。
鉱山よりも工場らしき建物の方が大きく見えるな、とか今更のように思いながら、ウェズンは先導するヴァンの後ろをとても重たい足取りで移動するのであった。




