試練がつきもの、とは言うけれど
既に数名、刺客を締め上げてきたヴァン曰く、どうやら宰相はヴァンを殺すために昨日のうちに暗殺ギルド的なところに依頼を出したらしい。確かにヴァンはいつ帰ってくるかもわからないので、普段は学園にいるとわかっていてもそこまで行って殺してきてよ、というのが無理なのはわからないでもない。
神の楔があって世界中どこであっても行けない事はないけれど、仕事を達成した場所がよりにもよって瘴気汚染度の高い場所であったなら、仕事を終えたという報告すらできずその土地から出られなくなる、という可能性もあるので。
浄化魔法が使えて世界各地何処にでも行けます、殺せます、というやる気のある暗殺者が果たしているかはさておいて、流石に学園にまで行って殺しに来るようなやつを放てるほどではなかった、という考えになるのはある意味で当然で。
であれば、戻ってきた事を確認してから依頼をだした、という結論になるのも当然の流れで。
「言っちゃなんだけどさ。その宰相さん? いくらヴァンを殺してやりたいって思ったからって戻ってきた当日に依頼出しちゃうとか無駄に仕事が速くない? もう完全にスタートダッシュ決めてるようなもんじゃん」
自分が超える事のできなかった兄と重ねてみているとはいえ、宰相からすれば自分が仕えてる国の王子だぞ。いいのかそれで。いや、よくないから粛清されたわけなんだけど。
なんというか、それならまだヴァンよりもフリードリヒの方がよっぽど優秀なので将来王になるのは彼こそが相応しい、とか心酔しきってその上でやらかしたとか言われた方がまだ納得できそうなくらいだ。
「まあ、国の暗部とかそっち方面なんにも知らないわけじゃないだろうから、そういった後ろ暗い組織と伝手があってもおかしくはないかな、と思わないでもないんだけどさ。けどそれにしたって、当日依頼を出してすぐさま動くって事はそれなりに報酬が良かったって事だよね。
いくらなんでもこの国の王子相手にしょぼい報酬で仕事しようとは思わないだろうし」
「そう、その報酬。
どうやら宰相は瘴気をどうにかする事ができる魔法の道具を持っているらしい」
「へぇ? え? 魔法の道具? 浄化機ではなくて」
「流石に国で使っている浄化機をそのままくれてやるなんて言えるはずがないだろ? 宰相個人の持ち物ならともかく国で使ってるやつだぞ」
「そうなんだけど、最初に思い浮かぶのってそれだよね、どうしても」
「ま、想像できないわけじゃないんだ。確かにあった。簡易式の浄化機みたいなやつが。ただ、一度使えば大体駄目になるし、物もとても高価だからさ。気軽に入手できるものでもないし、正直浄化薬を大量に用意して継続して飲んだ方がまだマシかな、みたいなやつなんだけどね」
「そんなのあるんだ」
ウェズンはそんなものがあるなんて知らなかった。
あったなら、そもそもヴァンが学園に来た時にいくつか持参してそうなものなのに、とも思った。
けれど、そういった物は持ってなかったはずだ。
持ってきたけど早々に使い切った、とかではないと思う。
もしあるなら、それを元にウェズンに改良とかできないだろうか、という相談がされていてもおかしくはないからだ。
であれば、元々持参していなかったと考えるべきだろう。
あぁ、とヴァンは頷いて、ただ、と続けた。もうこの時点でロクなもんじゃない。
「ただ、その道具はこの国ではとうの昔に違法なものとなっている。何故なら高確率で壊れる時に瘴気を発生させるから」
あぁ、と納得するしかない。
ヴァンが瘴気耐性が低いのは当然その両親とて知っている。であれば、そんな道具を近づけるはずもない。いつから違法なものと定められたかまでは知らないが、ヴァンの幼少期には違法になっていたのは間違いないだろう。
折角浄化したところで、すぐさま壊れてまたもや周囲に瘴気があふれ出すなんて本末転倒もいいところだ。
けれども、ヴァンのように瘴気耐性が低い者ばかりではない。
人によってはそんな道具であろうとも欲しいと思う者もいる……のかもしれない。
転ばぬ先の杖というほどではなくとも、備えておきたいと思う者はいるのだろう。
もしくは、そういった道具を元に改良して裏社会で流通させるだとか。
万一改良に成功した場合、莫大な富を得る事ができるかもしれないのだ。一からそういった道具を作るには難しくとも、元になる物があるなら……
「つまり、宰相さんはそれを成功報酬としてぶら下げてる、と?」
「あぁ、果たして本当に持っていたかまでは知らないが」
「え?」
「いや、既に宰相は粛清してるからもう知りようがない。下手に生かしたところで余計な情報を小出しにして時間を稼がれる方が余程厄介だと判断したものだからね。
あいつなら持っていてもおかしくはないし、もっていなかったとしてもそれはそれで納得できる。
昨日の時点で早急に依頼を出して、成功者には追加報酬を、なんて感じでやったんだろうなとはわかるんだ。
ただ、仮に成功したとしても、例のブツがどこにあるか、なんてのは依頼にのっかった連中は知りようがない。
そもそも知っていたらまずそっちを奪ってとんずらしそうなやつもいるだろうし」
「あぁ、うん。言ってる事はわかるよ。ってことはつまり」
「今更宰相は死んだとか襲ってくる相手に言ったところで、何の意味もないって事かな」
「ですよねー」
恐らくは前払いでもらったものくらいはあるだろう。前金が果たしていくらだったかまでは知らないが。
前金だけもらって仕事はしない、というやつも中にはいるかもしれない。
けれども、成功報酬として更に追加で言われた物が物だ。
自分で使うか、はたまた他の使い方をするかは知らないが、違法となり国内で流通しなくなった物だ。
好事家が集めている可能性だってあるし、自分で使わずとも高値で売り払える可能性は充分に存在している。
金で人の命を奪う事に躊躇いのない相手なら、今更依頼人が死んだと言ったところで素直に手を引くはずもない。
場合によっては成功報酬になるはずだったブツの在処をこちらが知っているものだと思い込んで狙ってこないとも限らない。ウェズンは前世、そういった展開の洋画を何作品か見ているのでそんな状況にならないとは言い切れなかった。
欲に目が眩んでいる連中は大体何言ったって通じやしないのだ。結局のところ。
宰相がフリードリヒに対して思う部分があって、彼を贔屓しているとか目をかけているだとか、それが果たしてどこまで知られているかはわからないが、それなりに知られているのであれば。
成功報酬はフリードリヒが持っているという噂だって流れるかもしれない。
そう考えると。
彼一人城に戻ると言わず同行するとなったのは、逆に良かったのかもしれない。
「道中、襲われる可能性は普通にある。ついでに言うと、昨日僕が親友と言った事でウェズン、きみも恐らくかなりの頻度で狙われる可能性がある」
「うわ」
「どうでもいい相手が死んでもそこまで心が傷つかないけど、親しい相手が自分のせいで死んだ、となれば動揺して隙が生じる可能性は充分にあるからね」
「知ってる」
わかる。よくあるやつ。
前世でそういった作品いっぱいあった。
復讐するにあたって本人に直接ではそこまでダメージを与えられそうにない場合、相手が大事にしている者や物を狙うのはとてもよくあるパターンである。
自分に直接復讐されたところで何とも思わない相手であっても、自分が大事にしている家族を狙われた途端取り乱したりだとか。
「念のため聞くけど。そのためだけに僕の事をわざわざ親友って言いまわってたわけではないよね」
「勿論だとも。信じてくれ親友。そうじゃなければ、きみの知らないところでそっと吹聴しているに決まってるだろう」
「言い方に引っかかりを感じるけれども、まぁ、うん。ここで僕とヴァンの人間関係に亀裂を生じさせるメリットはお互いないもんね」
「むしろデメリットしかない。わかるだろう?」
仮にウェズンを囮に使おうとしているなら、確かに本人の与り知らぬ場でもって彼は学園でできた唯一無二の親友さ、とでも嘯けばいい話だ。
けれどももしそうなった場合、後々にそのことが判明したなら、ウェズンとヴァンの関係性は決別とまではいかずとも、一線どころか分厚い壁ができて、何かあった時の浄化魔法という援護も望めなくなる。
ヴァンからすれば死活問題である。
今まで浄化薬だけで細々乗り切ってきたのが、学園でウェズンと知り合ってからは定期的に浄化魔法の世話にもなっていたのだから。
それを手放す事になるとわかっていてあえてウェズンを囮に使うだけのメリットが見いだせない。
ヴァンの言い分に納得して、ウェズンはそれ以上は言わなかった。
今更何を言ったところで結局狙われる事に変わりはないのだ。
むしろ、学友という事で狙いをルシアやハイネにも満遍なく分散されるよりは、ウェズンに狙いが集中した方がまだ動きやすい。何故なら狙われているとわかっているのだから。誰が狙われているかわからない状況よりは余程やりようがあった。
「事後報告みたいになったのは悪かったと思ってるよ。この詫びは後日改めて」
「いやいいよ。何かとんでもないお詫びとかされても困るからさ……」
その言葉は本心だった。
ヴァンが王族であると知らないままなら、そう? じゃあ今度何かおごってよ、とか気軽に言えたかもしれないが、知った以上は軽率に何かを頼むとウェズンの予想以上の何かがくるのではないかという気がしてならない。主に金銭面で。
そこら辺気にしなくても大丈夫、という確信があればもうちょっと気軽にあれこれ言えたかもしれないが、今の時点では下手なことは言わない方がいい、とウェズンの勘も囁いていた。
とりあえずこれからやるべき事はと言うと。
フリードリヒを連れた状態でギネン鉱石を採りに行き、道中で宰相が雇ったらしき殺し屋たちの対処もする……で間違いはないのだろう。
「おかしいな、普通にちょっとしたお使いのノリだったはずなのに、なんだかどんどん事態が大きくなってる気がする……」
真顔で呟いたルシアの言葉に。
困った事に誰も否定できなかった。




