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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
七章 何かが蠢くその先で

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結局は似た者同士



 それじゃあお言葉に甘えて、とヴァンがシャワーを浴びに行ったので、ウェズンはとりあえずでフリードリヒに視線を向けた。


「……昨晩はご迷惑をおかけしました」

「あぁ、いえ。こちらこそクローゼットの中で一晩明かす事にさせてちょっとだけ申し訳ないかなと思わないでもないです」

「いいえ。でも、賊が侵入してきたのであれば、あの対応はむしろ破格。皆さんに危害を加えるつもりはありませんでしたが、それでも忍び込んだ時点で殺されても文句は言えませんでした」


 昨夜と違ってえらい態度の変わりようだな、と思いつつも、ウェズンたちは何とも言えない表情のまま視線を交わした。


「えーっと、ヴァンがある程度話をしてたとはいえども、君の方から事情説明とかは可能なのかな?」


 ヴァンの言い分では優秀な兄と比べられてコンプレックスばかりが増量されていく弟の図、という認識だった。けれども、フリードリヒ本人の口からそうだと言われたわけでもない。

 何か他の、別の理由や事情がある可能性もまだ捨てきれなかった。


「ぼくはどこまでいっても兄の弟でした。

 あの人がいるからこそぼくは存在を認識されている。あの人が優秀であるからこそ、あの人の弟なのだと認識されている。

 あの人がいなければ、凡庸なぼくはきっと誰の記憶にも残らなかったのでしょう」


 静かな声だった。

 そこに怒りや悲しみといった感情はない。ただただ凪いだ声だった。


「あの人のようになりなさい、と常々言われていたのは事実です。

 兄は王になるつもりがない。いや、なってはいけないと自ら言っている。瘴気汚染問題が解決すれば話はまた変わるかもしれないけれど、現状でそんな素ぶりはどこにもない。このままいけばぼくが次の王になる。

 だから、優秀な王を望む声は理解できる。


 兄の唯一の欠点が、瘴気耐性の低さでした。あの人が学園に行く少し前、倒れたんです。倒れる事はよくあったけれど、あの時は少し違った。

 危うく異形化しかけていました。それでも初期対応が良かったからか、異形化する事なく戻りはしました。ですが、だからこそ兄は学園に行く決意をより固めたのです。浄化魔法を覚えれば。もしかしたら望みはあるかもしれないと思うのは当然でしょうから。

 この国にも学校がないわけではないんです。ですが、浄化魔法は精霊との契約がないと覚えられない。この国に果たしてどれだけの精霊がいるかは未知数。いるかもしれないし、いないかもしれない。

 学園には一定数の精霊がいると伝わっています。なら、確実にいるとわかっている場所で契約をする方がより確実だと思うのは当然なのだと思います。


 そうして学園に兄は行ってしまった。

 元気そうで良かったです」


「あ、あぁうん」


 まぁ一度死にかけてた気がするんだけどな、とまでは言えなかった。

 思えば瘴気で倒れて死にそうになってたのをウェズンが浄化魔法をかけた事で、そこから親友呼びが定着してしまったんだったか。あれがなければ、今でもヴァンは自分の瘴気耐性の低さを誤魔化しながらいたのだろう。


「ところが兄が学園に行ったあとです。宰相がやけにぼくを憐れむようになりました。

 元々似ていたようなのです。彼にも優秀な兄がいた。違うのは、彼の兄はもう既に亡くなっているという事。けれど、死んでしまったからこそ宰相のお兄さんの思い出は常に美化し続けられました。

 そこには死者を、既に死んでもういない人の悪口を言うのは流石に……という思いもあったのでしょう。だからこそ、なんて事のない普通の思い出さえも美談のように語られていった。

 結果として、優秀だった兄と違い生きている凡庸な弟、という風にみられていったのだと思います。

 宰相は兄を超えると宣言したわけではないですが、それでも言葉の端々からそういった思いは感じ取れました。


 間違いなく、宰相はぼくと自分を重ねていた。

 そして、ぼくが兄を超える事で自らもそうなのだと証明しようとしていた……んだと思います。

 すいません、そこら辺少しハッキリしなくて」


 緩く頭を振って、フリードリヒは言葉を探しているようだった。

 上手くいえないのか、少ししてからそれでも、と続ける。


「それでも、どうにか薬の効果は薄れてきたような気がしますから」


「盛られてたんかーいっ!」


「丈夫なのと健康なのが取り柄なので」

「いやそういう問題じゃなくない? って、あ、だから粛清……!?」


 昨晩、あまりにも当たり前のように兄を殺しに来たと言っていたフリードリヒは、それを悪い事ではなく当然の事なのだと言わんばかりの態度だった。

 けれども捕獲した後大暴れするだとかそういった事はなかったから、てっきり拗れた兄弟間での事なのかと思っていたけれど。


 そう仕向けたのがその宰相とやらであったなら、ヴァンが早朝から部屋を抜け出して返り血浴びて帰ってきた理由もわからないでもない。


「え、っと、でもあれ。ヴァンはきみの事を拗らせてると言ってたけど」


 その言葉のせいで、てっきり彼自身の意思でもってやって来たのだと思ったのだ。


「否定はしません。

 兄が優秀であればあるだけ、脚光は兄へ向けられる。兄がいるからこそ自分の存在も周囲に知られている。

 どれだけ努力をしたところで、兄に勝てるとはとてもじゃないが思えません。

 そういう意味では兄を誇りに思っています。

 けれど、そういう意味で兄を憎んでいます。

 いつまでたっても、どこまでいっても、ぼくは兄の影だ。ぼく自身を、ぼくだけを見てくれる人はいません。常に兄のついでだから。


 兄の事は尊敬しています。家族として愛してもいます。

 けれど同時に、死んでほしいとも思っています」


「なるほどね。

 いやこれを拗れてるの一言で済ませるヴァンもヴァンだと思う」

 思わず真顔になってしまったウェズンに、ルシアとハイネも「あーね」みたいな顔をして曖昧に頷いた。


 拗らせている。

 確かに拗らせている。


 けどこれを拗らせてるから、の一言で済ませていいのだろうか……?


 ヴァンにとっては弟の殺意などどうとでもなると思っているからその程度で済ませているのかもしれないが、傍から見るととても危うい。

 だがしかし、ヴァンの立場になって考えてみれば、どうとでもできるとわかっている人間相手にするよりも、いざという時どうにもならない瘴気の方が対処に困ると思うのもわからないでもないのだ。


 価値観の相違。身も蓋もなくいえばこれに尽きる。


「いや言っちゃなんだけど、そういう意味で言うのなら僕だって弟の事を殺してやりたいと思った事はあるよ。何度だって」


 シャワーを浴びて戻ってきたヴァンがおもむろにそんな事を言ったので、「おかえり」とか言う間もなくウェズン達は目を見開いて、というかかっぴらいてヴァンを凝視してしまった。


「え、弟の事そんな殺したいような感じだったの?」

「そりゃあね。僕が望んでも手に入らないものをこいつは持ってる。そのありがたみを理解していないくせにのうのうと生きてるんだ。殺意だって芽生えるだろ?」

「同感です」


 ヴァンの言葉にフリードリヒがうんうんと頷く。

 いやそこでお前が賛同しちゃあかんでしょ、という突っ込みはギリギリで口から出る事はなかった。


 言っている、というか言いたい事はわからないでもないのだ。


 弟のフリードリヒからすればヴァンの全てが羨ましいのだろう。唯一の欠点といえる瘴気耐性の低さに関しては羨むものでもないけれど、それ以外の全ては間違いなく羨んでいる。


 けれども兄のヴァンは、そんな事よりも幼い頃から浄化薬の世話にならずとも元気いっぱい生きていられるフリードリヒが羨ましくて仕方ないのだ。

 ヴァンからすればいつ瘴気汚染で死ぬかもしれない身で、その恐怖と常に生きてきたわけだ。

 いくら優秀だなんだと言われたところで、しかし汚染耐性の低さという欠点が常に付き纏って邪魔をする。優秀だからなんだ、となる気持ちもわからないでもない。


 凡庸と言われたところで時間をかければそれなりにどうにかなるだろう、と思っているヴァンからすればちょっとやそっとの瘴気じゃなんともない身体をもって生まれた弟がまさしく死ぬほど羨ましいわけで。



(つまり、ヴァンは弟が拗らせているっていうけど、ヴァンも拗らせてるって事か……)


 本人に言えば嫌がるだろうなとは思うけれど、つまりは似た者同士なわけだ。

 お互いがお互いに自分にないものを持っている兄弟を羨ましいと思っている。


「それで」

「ん?」

「粛清してきた、って言ってたけど何か動きがあったからだよね? 証拠も何もなしに気に食わないから殺します、とはいかないでしょ流石に」


 軍事国家、とヴァンは言っていた。

 まぁ確かにこの国の物々しさというか、いかにもな雰囲気があるのでそこを否定するつもりはない。

 けれども無法国家ではない。法は流石にちゃんとあるだろう。


「元々、そういう傾向はあった。学園に行く前にも宰相はやけに僕に突っかかる……というか、弟と会わせようとしていたからね。

 お互い嫌ってるわけじゃないけど自分に無いものを持ってるせいで羨ましくていっそ憎んですらいる相手、というのはお互いにわかっているんだ。

 だからこそお互いにある程度距離を置いていたんだけど、昨日ほら、城から出る時に弟に会っていけって言ってたの、いただろ?」

「あぁそういえば」


 あれはてっきり親に会うだけで城から出ないでせめて弟にも会っていってやってくれ、という親切というかお節介からかとも思っていたが、どうやら違ったらしい。


「けど僕はそれを無視して城から出た。

 結果として宰相は弟に薬を盛ってわざわざここに出向かせた。

 証拠に関してはそのうちやらかすだろうなと思っていたから事前に信用できる部下に連絡を入れて見張らせておいただけの事。


 境遇が似ているだかなんだかしらんが、自分が兄を超えられなかったからって他人の弟使って疑似的な目標達成をしようとするのもいい迷惑だ」


 はっ、と吐き捨てるように言うヴァンに「確かに」としか思わなかった。


 自分と似ている境遇の人がいて、自分は無理だったけどせめて自分の代わりに助けたい、と思うような事があったとして、その気持ちが理解できないわけではない。

 けれども、それだって内容によるのだ。

 宰相からすれば自分の欲望かはたまた本心から親切でやったかは知らないけれど、ヴァンからすればいい迷惑なのだろう。

 それはきっとフリードリヒにとっても。


「ただ、まぁ、困ったことに」


「うん?」


「ギネン鉱石をとりに行くにあたって、道中殺し屋が狙ってくるのは確定しているっぽいんだよな……フリード、お前はどうする? このまま城に戻るにしても、下手をすればとばっちりで死ぬかもしれないんだが」

「はぁ、困りましたね。とりあえずそれじゃ、同行しても?」

「その方が一応安全だろうな。念のため聞くけど、お前宰相が持ってた宝物だかって心当たりは?」

「あるはずないでしょう。そもそもぼくはあの人とそこまで親しくもないです」


 きっぱりと言い切るフリードリヒに、ヴァンはそれ以上深くは聞かなかった。


 宰相からすれば下手をすれば我が子みたいな認識だったかもしれない。少々どころでなく不敬かもしれないが。


 けれど自分と同じように兄という超えたくとも中々超えられない存在がいて、しかし自分とは違いまだ超えられる可能性を秘めている相手だ。

 せめて自分の代わりに、と思って何くれと手を貸していたのだろうな、とは事情を深く知らないウェズン達でもうっすらとは理解できる。


 けれどもフリードリヒからすれば宰相は同じ志を持つ者というわけでもないらしい。

 人間関係とはかくも複雑である。


「えっと、宝物って?」

 事情はよくわからないけれど、何かまた新情報が出てきたっぽいな、と思ったのかルシアが問いかけた。


「あぁ、雇われの殺し屋たちに関しては、宰相がもういない以上僕たちをどうにかしたからとて報酬が支払われるはずがないだろう? けれども、間違いなく奴らはそこで諦めたりはしない。

 恐らく、報酬をでっちあげている」

「でっちあげ、とは。いや言葉の意味はわかるんだけど」


 なんだろう。

 とても、面倒な気配が漂ってきた。

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