兄弟仲は良好です
何故にヴァンが一人別行動をしていたのか、という説明は当然ながらされたわけだが。
「えぇっと……?
宰相が雇った殺し屋が? ヴァンの命を狙って?
お家騒動ってコト?」
「お家騒動っていうか……あいつ弟に共感しまくりだから。でも別に弟のために、とかそういう経緯で殺そうとはしてないと思う。
あとお家騒動も何も、将来的にこの国の王になるのは僕ではなく弟なんだ。
さっきも言ったけど、瘴気耐性低いからね。いざという時に頼りにならないやつが王になるのは国民も不安だろう?」
それを言われると流石に「そんな事はないよ」とか気休めでも言えない。
下っ端がある日体調を崩して倒れるのであれば、そこまで困った事にはならないだろう。急遽穴埋めに配置される人員からするとちょっと大変な気はするけれど。
だがしかし、国のトップが倒れた、死んだ、となるとでは次にその座におさまるべき相手を決めなければならない。
この国の場合はヴァンの弟がいるので、順当にいけば彼がそうなるのだろうとは思うのだけれど、それが順当にいかなかった場合。
下手をすると内乱に発展する。
他にも王の座を狙うものがいたならばフリードリヒの命も危ないし、他の王位継承権を持つ者も場合によっては邪魔と判断されて殺される事もあるだろう。
ヴァンが暗殺されて死んだのであれば、それを仕掛けた人物はその混乱を思うがままに操って望んだ展開に持ち込むかもしれないが、そうでなく唐突に死なれた場合、その時の状況次第ではもっと泥沼に陥りかねない。
正直昼にやってる泥沼修羅場劇場の方がまだ安心してみていられるくらいだ。何故ってあれはフィクションで、最後はそれなりに落ち着くところに落ち着くだろうから。
お家騒動とは微妙に異なる、と言われてじゃあなんなんだろう、と思わずウェズンはクローゼットから引っ張り出されたヴァンの弟――フリードリヒを見る。
今はもう魔法での拘束も解除してあるので彼は自由の身だ。
とはいえ、既に何かをしようという気持ちはないのか今はとてもおとなしいが。
「宰相の方は城で丁度粛清してきたんだけどさ。
彼の手の者らしき暗殺者はまだ全部始末しきれてないんだよね。
そんなわけでギネン鉱石をとりにいくにしても、道中ちょっと危険が発生するかもしれない」
「するかもしれない、ってかそれどう考えても発生するよね……」
「ま、学院の生徒相手にするよりは楽勝だと思うよ。金に目が眩んでるだけのちょっと戦闘の心得があるだけの奴みたいだし」
「金に目が眩んでる戦闘に心得のある相手、ってさも大したこと無いみたいな言い方だけどそれ充分厄介だと思うんだ」
若干遠い目をしてルシアが言う。ウェズンもその言葉に頷いた。
大体戦闘の心得がないような相手なら、金に目が眩んだ状態であってもこちらとの実力差を見て命を犠牲にしてまでその金に固執するもんじゃねぇ、とばかりに逃げ帰る可能性はあるけれど、中途半端に己の実力に自信がある相手がくるとなれば、場合によってはとても長引きそうな事態である。
「うーん、事情がよくわからないんだけど。巻き込まれそうな雰囲気はぷんぷんしてるわけだし、そこら辺の説明はできるのかな?」
ハイネが若干戸惑いつつも問いかける。
これがヴァンではなかったなら、いいから話せ、とごり押しもできたかもしれないがいかんせん王子であるというのが知れたばかりのヴァンだ。
王子という身分のせいで、国の重要な何かを知る事になってしまうのではないか……? という疑念がある。そのせいでいいから全部話せよ、と言うに言えない状況なのであった。
多分レイがこの場にいたならそういうの一切気にしないで「いいから言え」と言えただろうなとは思う。
思えばあいつ、ウィル関連以外は余計なしがらみなさそうなんだよな……とウェズンは現実逃避のようにそんな事を思い始めていた。
「まぁ、本当にくだらない話だよ。ただそのくだらない、はあくまでも僕らから見た側であって、当事者からするとそうじゃないんだろうけど。
まず僕が第一王子でフリードが第二王子。ここまではいいかな」
ヴァンの言葉にウェズン達はとりあえず頷く。
知ったばかりの事実ではあるが、そこは間違いようもない。
「生まれつき僕は瘴気耐性が低かった。おかげで幼い頃はよく臥せっていてね。
一定時間ごとに浄化薬を飲まなければすぐに倒れるようなこどもだったし、浄化薬を飲んでいても元気に走り回れるようなものでもなかった。
対するフリードは生まれつき瘴気耐性が馬鹿みたいに高かった。それこそ、僕の分まで耐性をとったんだ、なんて陰で言われるくらいには」
その言葉に、フリードリヒがどこか気まずそうに目をそらす。
「っていっても、そんなはずないのにね。周囲は勝手なものさ。生まれつき身体の弱いお可哀そうな第一王子に寄り添ってるみたいな発言で、弟の心を容赦なく傷つけるんだ。そんなの、誰の責任でもないのに」
それはそう。
けれども、周囲は他人事なのもあってその軽い発言がどれだけ誰かを傷つける事になるかなんてところまで考えず、その場のノリと勢いで口にしたのだろう。
傍から見てとてもわかりやすい第一王子の可哀そうな部分に寄り添うような言動は、ある意味でこれまたとてもわかりやすいパフォーマンスでもある。
「ただ、それ以外に関して僕はとても優秀だった。幼い頃から。
体調がいい日には護身術だって学んでいたし、その覚えも問題はなかったくらいだ。惜しむらくは体調に左右されるから、最悪な日は全く使い物にならない事くらいか」
自分で自分を優秀、と言い切るその言葉は、下手をするととてもアレな発言ではあるのだが実際ヴァンは学園でも上位の成績をおさめている。
座学でのテストもそうだが、実技に関してもだ。
群を抜いて目立つ、とまではいっていないが、それは単純に本人があまり目立たないようにしているからかもしれない。
「対するフリードは瘴気耐性こそ人並み以上にあるけれど、それ以外は平凡だった。あくまでも周囲の評価はね。だから余計に言うのさ。
貴方のお兄様のようにもっと頑張りなさい。お兄様のようになりなさい。
どこに行っても何をしてもフリード本人だけの評価だけではなく、常に亡霊のように僕の評価もついて回る。
どれだけ努力を重ねても、兄ならば、と比べられ、結果を出してもあの兄の弟ならば当然だと言われる。
どこまでいっても兄兄兄……個人だけの評価はどこまでいったってなかった」
ぎゅ、とフリードリヒの拳がかすかに強く握られる。
その態度からそれが事実なのだとウェズン達が窺い知るには充分だった。
「比べられるのって少しくらいならともかくずっとは困るよな……」
あぁ、うん、みたいな反応を最初に示したのはルシアだ。
彼の場合は比べられる部分が異なるが、まぁそれに近しい状況ではあったわけで。
もっとも、優秀であると判断されたところで優遇されているという実感は薄く、むしろそれが枷になっていると言っても過言ではないのでわかる……みたいな反応をした際の目の死にっぷりが凄い。
それを見て、フリードリヒもこの人も自分と同じような立場なのか……? と親近感がわいたのか、何かに耐えるように握られていた拳の力が緩んだ。
ついでにウェズンもその手の話は理解ができる。
前世の兄弟間で比べられる事はなかったけれど、そういった話はどこにだって転がっていた。
年が近い兄弟で比べられる事もあれば、少し年が離れている兄弟で比べられる事だってある。
どちらにしても、比べられて劣っていると思われている側からすれば、憂鬱極まりないものだろう。
クローンで同じ能力を求めてるなら比べられても仕方あるめぇよ、となるかもしれないが、いくら同じ親から生まれてきたとはいえ、兄弟は別の人間だ。なのになぜ同じ土俵にあげて比べようとするのか。
明らかに兄のスペアとして、同じだけの能力を求めていると最初から言われているならいっそ比べられても諦めがつくかもしれないが、その手の輩に限ってそんなつもりはないだとかいうのだ。どないせぇ言うんじゃ、と比べられる当人からすればむしろ怒りすら芽生える勢いにもなりかねない。
「そういうの一般家庭でも割とよくあるけど、王家となるともっと色々凝縮されてそうだね」
ハイネが何とも言えない表情を浮かべる。
ウェズンも確かにそりゃそうだろうなぁ、と同意を示すように頷いた。
一般家庭ですら兄弟姉妹で差がついた部分をどうしてあなたはできないの、とできない方に言う親はそこそこいるのだ。
重大な使命を背負った家系である、とかならそれができないのは致命的だ、みたいな事情があればまぁ、言うのも無理はない、と思えなくもないかもしれないが、そういったものがないごく普通の平凡な家庭ですら有り得るのだ。
国を導く立場にある王族となれば、重圧は一般家庭の比ではない。
それを思うと、きっとフリードリヒには今まで数多くの善意でコーティングされた無神経な言葉が投げかけられてきたのだろう――となると、流石に同情心もわいてくる。もっとも彼にとっては失礼な話になるかもしれないが。
「致命的な事があったのは僕が瘴気汚染で倒れて――危うく異形化しそうになった時かな。
結果的に異形化する手前だったから対処できたけど、その一件でよりフリードリヒには期待という名の重圧がかけられる形となってしまった」
ヴァンの言わんとしている事はわからないでもない。
異形化ともなれば確かに大事件だ。それも、そこらの一般市民がなったのならまだしも王族が、となればなおの事。
先程も思ったけれど、王になったヴァンがある日突然瘴気汚染で倒れてそのまま帰らぬ人になった、なんてことになってしまった場合、その後始末に奔走する者は大勢いるだろう。
であれば、そんなのを王にするよりは……と考える者が出てくるのもわかる。
ある程度克服されてしまえばいいけれど、そうでないまま王の座にヴァンがついた時、いつ倒れるか気が気じゃない状態になるのはヴァンだけではなく周囲もなのだから。
ヴァン曰くここではあまり魔法道具は使われていないらしいけれど、それでも魔法や魔術が使われていないわけではない。
なので瘴気が発生する事はある。
ヴァンやその周囲が把握する間もなく、どこかで発生した魔法事故だとかで瘴気が発生すればヴァンが倒れるか、はたまた異形化するとなれば。
まぁ、そんな危ういのを玉座においてはおけないだろうな、とは思う。
王子が二人いる、のであるならば。
そうじゃない方を選ぶのもまた当然の流れのように思える。
だがしかし、優秀なのは瘴気耐性が低い第一王子となれば。
その分の期待も上乗せされる第二王子への重圧は確かに重たくもなるだろう。
第一王子ができた事を、第二王子もできて当たり前なのだというくらいにはなってもらいたい、と思う者が出てもおかしくはない。
結果として、比べられるのが当たり前の状況になってしまう。
そこまで考えて、地獄みたいなループが発生してるな……とウェズンは思った。
「いずれ王になるのだから、これくらいはできて当然。兄ならばできていた。兄のようになりなさい。兄を目指しなさい。ここまでくると呪詛だよね。
その点については僕が優秀なばっかりに……と思わないでもないんだ」
それは一見すると自慢に思えるが、しかしヴァンの表情や口調からそういった意図はないのだろうなと窺える。
「少しずつ、じわじわとそういった考えを植え付けていったのが、宰相なんだけどね。
まぁそいつはさっき粛清してきたから、とりあえずこれ以上はもうないと思うんだ。
ただ、雇われ暗殺者がまだ残ってるから絶対安全とは言えないんだけど」
ははっ、といっそ軽薄ともいえる笑みを浮かべて言うけれど。
つまりそれって、暗殺者が襲ってくると思われる状況下でこれからギネン鉱石をとりに行くっていう……事? と聞き返せば、大層神妙な顔をされてそういう事になるね、と頷かれた。
「とりあえずさ、その、ヴァンはまず返り血だらけの服をどうにかしよう?」
現状を先延ばしにするだけとわかっていても、とりあえずウェズンに言えたのはそれだけだった。




