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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
一章 伏線とかは特に必要としていない

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おかしいのは誰



 か細い悲鳴を上げる者。

 目の前の光景を直視して胃からせりあがった液体を吐き出す者。

 あまりに現実味がない状態でその光景から目が離せない者。


 とりあえずこの場にいる者たちの反応としてはそんなものだった。


 体の中にあった内臓も骨も取り外され、次に魔女がした事は、肉の解体だった。

 ここまでくればウェズンも察するしかない。


 あー、これはお互いの認識が間違ってましたわー、と。


 ウェズンが前世住んでいた場所では、クジラは捨てる部分がないと言われていた。

 肉はまぁ、食べられるし骨や内臓も使う部分しかないと言われていたし、血も使い道があるのだとか聞いた気がする。聞いただけで具体的に何に使えるのかは覚えていないが。


 クジラに限った話じゃないけれど、余す所なく使える、というものは他にもある。


 魔女からすれば、つまりはそういう事なのだろう。


 アインは自分の持つ全財産を差し出すと言った。

 アインの認識で彼の全財産は財布の中身だけだ。


 けれども魔女は。

 魔女にとっての全財産は、つまりアイン自身も含まれていた。


 ゲームだと魔物倒してその素材を使って武器とか防具とか作るやつがあったけれど、魔女からすればその素材の入手先が魔物ではなく人間である場合もある、といったところなのだろう。


 アインは自分自身が財産になるなんて、きっとこれっぽっちも思ってなかったに違いない。

 中身を綺麗さっぱり取り出された後、魔女はアインの目玉を抉り出した。一体何に使うんだろう……知ってはいけない好奇心が芽生えそうになる。

 これが魚なら調理次第で食べられるからね、と納得できるけれど、もしかして魔女はアインの目玉を食べるつもりなのだろうか。それとも、素材扱いなのだろうか。そもそも素材だとして何に使えるんだという話だが。考えれば考える程闇の深い考察しか浮かんでこない。


 アインはとっくに死んでいた。

 そりゃまぁそうだろう。心臓も取られた。肺も取られた。これがまだ肝臓あたりだけしか取られてないなら息があったかもしれないけれど、生きていく上での重要なパーツを真っ先に取られれば生きている方が難しい。

 とはいえウェズンもすぐにアインが死んだことに気付けなかった。

 いかんせん、取り外されても少しの間ピクピクと動いていたのだ。生命活動のために動いているというよりは、生理的な反応だとか反射だとかで動いている、といった感じだった。


 ふとウェズンは幼い頃に捕まえたトカゲの事を思い出していた。

 掴んだ場所が尻尾に近い位置だったからか、トカゲは尻尾をぐりぐりと動かして切り離してしまったのだ。そうしてウェズンの手には尻尾だけが残されて、身体切断マジックからの脱出イリュージョンに成功したトカゲはどうにか命からがら逃げていった。

 思わず取り落としてしまった尻尾だが、切り離されて数分程、出来の悪い玩具みたいにうねうねと動いていたのは覚えている。

 切り離した尻尾がそれと同時に動かなくなれば、逃げようとする本体に狙いを定める生物が大半だろう。尻尾は本体が逃げるまで敵の注意を引き付けなければ意味がないのだ。

 とはいえ、電池入れて動く玩具みたいに動きが一定化しているので、ある程度の知能を持った生物の目は誤魔化せるか微妙なところであるけれど。


 とっくに死んだはずなのにまだ動いている身体の一部は、そんなかつてのトカゲの尻尾を連想させた。同じ扱いをするな、と聞く人によっては激怒しそうだけど。


 一通りの作業が終わったのだろう。魔女はずらりと机の上に並べたパーツを見て満足そうに微笑む。

 そうしてパッと魔法でパーツ諸共机を消した。残されたのは血の海と化した床に倒れているアインの髪と表皮くらいのものだった。

 正直この状態の死体を見たら、一体何の冗談だと思うだろう。だが、ここに至るまでの一連の流れを見てしまえば冗談でない事は明白である。


「ふむ、ちょっとにおいがこもったね」


 言いながら魔女はパッと手を振る。そうすると室内に光の粒がパッと散って、一瞬で血の海になっていた床も綺麗になったし、ついでに様々な体液が混じったなんとも言いようのないにおいも消える。

 アインがここにいたという痕跡が残っているのでここであった事を無かったかのように振舞うのは無理だけど、それにさえ目をやらなければ今しがたここで惨劇のような出来事が繰り広げられていたとは思わないだろう。


 一瞬遅れて先程とは別の臭気が漂ってくる。


「ひっ……ひぃ……!」

「ぁ、あっ、あぁっ……」


 イールとウッドイルの二人が、漏らしていた。


「なんだい、折角綺麗にしたばかりだってぇのにやめとくれよ。それで? この霊薬はどうするんだい?」


 す、っと魔女の手にはアインが欲していた薬の瓶が掲げられていた。

 欲しいと言っていた本人はとっくにご臨終だ。薬を持ち帰るなどできるはずもない。だからこそ、残った仲間に渡そうとしたのだろう。

 けれど、魔女が一歩二人へ近づいた途端、イールは腰が抜けたのかその場に尻からすとんと落ちて、ウッドイルも膝から力が抜けたのかガクンと体勢を大きく崩した。


 アインという財産を徴収したとはいえ、そのアインがもういないのだから霊薬は渡さなくていいね、とならないあたり魔女からしても取引を有耶無耶にするつもりはないのだろう。

 アイン本人が使うつもりでほしいと言ったならまだしも、恐らくは身内か、それに近しい間柄の誰かに使うつもりだったのかもしれない。

 とはいえ、使い道を今更アインに聞けるはずもない。だからこそ一緒に来ていた仲間に渡して届けてもらおう、という思考になったというのはわからないでもなかった。


「あ、ぁ、わああああああああ!?」

「うわあああああああああ!?」


 ずい、と差し出された瓶に手を触れる事なく、二人は腹の底から叫んで何とか気合で体勢を立て直し魔女に背を向け弾かれたように部屋から出ていった。

 ドダダダダダ……!! という全力の足音が遠ざかっていく。バン、という音がしたのでどこかの扉を開けたかはたまた勢いあまって壁にぶつかったかしたらしい音が聞こえたが、その後は特にこれといった音も聞こえなくなる。


「……全く、困ったものだね」


 悪びれた様子も何もない魔女に、あ、この人にとっては日常茶飯事なんだなとウェズンは納得する。

 エリクサーについてこの世界で聞いた事はないけれど、それでも前世の知識からとりあえず凄いお薬という認識はある。ゲームであればHPとMP全回復するし、ファンタジー小説だとかなら欠損した肉体も元に戻ったりするまさに奇跡のようなお薬だ。

 場合によってはどんな病気も一瞬で治せる、なんてのもあった。


 そんな、まさしく奇跡というものを具現化したような物であるならば、欲しいと思う者がいるのもわかる。


 アインの所持金が具体的にいくらだったかわからないが、まぁ大した金額は入っていないだろう。

 本来ならエリクサーなんて購入できるはずもない少額である事は間違いないと思っている。

 普通に交渉したのであれば、きっと誰もそんな取引に応じたりはしない金額だったのではないか。


 けれどもアインは全財産という言葉でそれを誤魔化そうとした。


 具体的な金額を提示すれば断られるだろうけれど、全財産という言葉であれば何となくそれなりにありそうな印象を受ける。意図的だったのか、それとも無意識だったのかはわからない。けれどもアインはどうにかしてエリクサーを手に入れようと頭を働かせた。そしてその結果がこれだ。


 魔女は一体どこまで気付いていたのだろうか。


 気付いていてやったのなら、相手が一枚も二枚も上手だった。

 けれども気付かなかったのなら。正直そちらの方が余程恐ろしい。

 気付いていたならお互いの認識の差を分かったうえでやらかしたのだから、交渉の仕方次第ではどうにかなると思えるけれど、そうではないのだとしたら、下手な交渉はできない。自分の言葉から一体どんな過大解釈されてしまうか想像もつかないからだ。


「あんたたち、かわりに持っていくかい?」

「いいえ。僕らは彼らと関係ないので。もしかしたら、学園の方から後日教師が話を聞きに伺うかもしれませんが……エリクサーはその時にお願いします」

「そうかい」


 手にしていた霊薬の瓶を魔女は魔法でパッと消した。

 すんなり話が終わったので、ウェズンとしてもホッと胸をなでおろすばかりだ。


「あんたたちはそういや雨宿りのためにここに来たんだったね」

「そうです。まだ課題も終わってないので雨が止んだらカミリアの葉を採取しに戻らないと……でも魔物がいるんだよなぁ……」


 あのハシビロコウもどきは、まだあの周辺にいるのだろうか。

 それともこの雨だ。もしかしたら急いでどこかに避難しているかもしれない。


「カミリアの葉ねぇ……余ってるから譲ってやってもいいよ。その代わりちょっと手伝ってほしい事がある」

「取引、ですか?」

「いいや? お手伝いとお駄賃さ」


 笑みを浮かべる魔女の表情は、先程と違いなんだかニヒルなものだった。

 さっきのアインみたいに命を失うような危険性はあるか、と最初に確認すれば、魔女は腹を抱えて笑い出す。


「カミリアの葉の対価に命は重すぎる! 違う違う、そっちで乾燥させた薬草の葉をすり潰して粉末状にしたいのさ。けど石臼を使わないといけなくてね。ばばあにはつらい作業なのさ」


 石臼。


 前世でもあったけれど、正直歴史の教科書に載ってたのを見たくらいで実物をお目にかかった事はない。

 ゲームとかだと小麦を粉にするのに使ってる村人キャラとかがいたように思うが、ゲームの中ですらそこまでメジャーな物ではなかった。やたら細かい作り込みしてる作品では時々見た気がする……程度の認識でしかない。


「石臼使った事ないんですけど、使い方って難しいですか?」

「なんも。入れたら回すだけだよ。ただ石だからね、重たいのは間違いない」

 この部屋でやるには狭いだろうから、と言われて最初に立ち入ったリビングでやる事になった。


「え、え? 本気か!? さっき人が死んだんだぞ!? なんで残ろうとしてるんだよ!?」


 あまり大きな声ではなかったけれど、ルシアから反論めいた声が上がる。とはいえ、魔女には筒抜けだった。


「いや確かに死んだけど。でもこの人僕たちの事は殺す気ないって言ったし。わざわざ雨の中外に出るよりマシだろ」

「お前の中では何と何が天秤にかけられてるんだよ……!?」

「え? 雨の中カミリアの葉を探すより、ここで手伝ったら分けてもらえるならその方がいいだろ。それにここ中庭に神の楔あるんだろ? じゃあ終わったらそこから帰ればいい」

「言われてみれば確かに合理的だな」


 ふむ、とヴァンが納得したように頷く。


「いやでも」

 ルシアは尚も言い募ろうとしたけれど。


「大体さ、今僕らがこうしている間にも、世界のどこかでは誰かしら死んでるんだよ? 人が死んだからなんだっていうのさ」


 ウェズンが言えば、ルシアは何を言われたのかわからないとばかりにぽかんとする。その言葉の一体どこにウケたかはわからないが、魔女が弾かれたように笑い声をあげる。


「ひゃっひゃっひゃ、お前さん、確かにそりゃあそうかもしれないけどね! でもなんだ、頭おかしいって言われた事はないかい?」

「いいえ特には」

「そうかいそうかい。あーっはっは、こいつぁ傑作だ!」

 テーブルにバンバンと手を打ち付けて笑う魔女は、ややしばらくそうした後、目じりに浮かんだ涙を指で拭った。


 先程の光景を知らなければ、単なる愉快なばあちゃんにしか見えないな……なんて思いながらも、ウェズンは早速石臼を回す事にする。


 ちなみにイールとウッドイルは中庭から神の楔を使って出て行ったらしい。

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