夏、近づいて
サマーホリデーが近づいてきた。
つまりはそう、学院との交流会という陣取り合戦みたいな殺し合いイベントが始まるお知らせである。
といっても、実際の交流会まではまだ日がある。
まだサマーホリデーにもなっていないのだ。休み明けがそうとわかっていても、けれども去年の事を考えると時間に余裕はあると思ってはいけない。
去年と違う島が今年はウェズン達に割り当てられて、そこに罠を仕掛けたりしないといけないわけだ。
去年は材料をかき集めて砦を作ったけれど、今年はさてどうしたものか……と頭を悩ませる。
去年やった事が今年も通用するとは思わない。というか、むしろ通じないと考えるべきだろう。
となると、今年は去年やらなかった事で相手の度肝を抜いて隙を作り相手を倒さなければならない。
そもそも今年の参加者はどれくらいなのか。
去年と同じくワイアットが参戦するとなると、とんでもなく面倒な事になりかねない。
去年参加しなかったけど今年は出てみようかなぁ、とそこそこ己に実力がついてきたことで自信をもって参加を決める生徒もいるかもしれないし、去年も無事だったし今年も成績のために勿論参加するぞ、というやる気のある生徒だっているだろう。
そいつらまとめて始末できればこちらが後々有利ではあるけれど、そう都合よくいくとも思っていない。
大体学院側の参加者は割とやる気に満ちた者が多い。なので下手をすればこちらが一方的にやられる可能性も勿論存在していた。
去年初めて参加した者たちの中にはあまり乗り気でないがしかし成績のために……という消極的な者もいたようだけど、今年はきっとそうではない。
初めての事に尻ごみした者たちとて、今年は違うはずだ。
そういうわけでウェズン達のクラスでは、今年どうする? という話し合いが早々に開始されていたのである。
「ぶっちゃけ今年は罠メインでいった方がよくね?」
去年はこちらも交流会がどういうものであるか、を詳しく把握はしていなかった。
それもあってあんな大掛かりな仕掛けを作ったわけでもあるのだが、仮に今年同じようにまた砦を作ったとしても。
コインを探しに一部は中に入るかもしれないが、全員が中に入って探索をしてくれるとは考えない方がいい。そうなると、本当にごくわずかな人数だけを取り込むだけで終わるかもしれないので、最終的に考えるととても労力の無駄。
それもあってレイがそう言いだすのは、何もおかしな事ではなかった。
「罠って言っても……生半可な物だったら流石にもう向こうの生徒だって簡単に引っかからないと思うけど」
「ありがちな罠ならそうだろうな」
去年だって島中あちこちに罠は仕掛けられていた。ウェズン達のクラス以外の他の教室の面々だって色々と考えて誰かは必ず引っ掛けるぞ! と気合たっぷりに仕掛けたのだ。
それでも、何事もなかったかのように生還した生徒はそれなりにいたのだ。
ワイアットの取り巻きみたいな連中はそこそこ葬ったとはいえ。
「だから魔法罠多めというかそっちメインで仕掛けられないかと思ってる」
「魔法罠かぁ……それなら発動はこっちの任意だから割とどうにかなりそうな気はするけど」
去年はいくつかの罠は学園からも支給されていた。
しかし今年は大体の流れは掴んだだろうから、という事で初歩的かつ簡単な罠以外は学園も支給してくれないのだ、とつい先程テラが言っていた。というかむしろ新入生たちにそういった罠の大半割り振るから、今年から罠を使うならそれは自分たちで手作りしろとも。
学園で支給された罠の種類は大体把握しているけれど、確かに今年になって支給されたとしても、去年のようにはいかないのが目に見えている。それなら自分たちで作った方がマシな気がしているのもまた確かであった。
だがしかし、害獣駆除などに使われるような原始的な罠ならともかく、魔法罠はそれじゃ手作りしよっか☆ となったとしてもそう簡単にはいかない。
魔法罠、という言葉の通り、ぶっちゃけて言えばそれはつまり、マジックアイテムの一種である。
つまり、手軽に作ろうと言ったところで材料は普通の罠と比べると色々と用意するのも大変な物だってあるのだ。
まだ魔法薬学の授業で使う薬草調達の方がマシ、と思えてくる物だって中にはしれっと存在する。
砦を作るのとは別方向に面倒な事が多くなりそうだな……とこの時点でクラスメイトの大半は思っていた。だがしかし、材料をどれだけ事前に用意できるかで今後が決まるといっても過言ではない。
こういう罠を用意したいんだ、という考えだけはしっかり決まっていたとしても、しかしその罠を作る材料が調達できなければ話にならない。想像だけなら学院の生徒たちをこてんぱんにできても、実際にできなければ全くの無意味だ。
材料を調達できたとしても、次に罠をきちんと作らなければならないし、作ったとしてもその罠を今度はきちんと仕掛けなければならない。
それを考えると交流会当日まではまだまだ先の話だと思えても、時間はほぼ無いように思えてくる。
「去年以上にワイアットも今年は気合をいれてくるかもしれないし、やり過ぎという事もないだろうから徹底的にやるべきかと」
「あ」
深刻そうな表情で言うアレスに、イアが何かを思い出したかのように声を上げた。
「今年ワイアットくん参加しないって」
「は?」
「はぁ?」
「はぁあ!?」
一瞬の静寂の後、クラスのそこかしこから声が上がる。
咄嗟にとばかりに立ち上がる生徒も中にはいた。
「イア」
「はいなおにい」
「それどこ情報」
「どこって……本人から直接」
けろっとした顔で言われて、ウェズンは思わずアレスを見た。
視線どころか顔ごと向けられたアレスは困ったように眉をへにゃっと下げて、助けを求めるようにファラムを見た。
ファラムはといえば、え、そこでわたしに振るんですか? みたいな顔をしてたまたま近くにいたハイネを見た。
「本当の事です」
そしてハイネは静かにその視線を受けながら、物静かな声音でもってこたえた。
少し前、ウェズン達が平和な町でレポートの内容に困っていた事は記憶に新しいが、ウェズンと行動を共にしていない他の生徒たちだってそれらは同様だった。
ハイネはイアたちのグループに割り振られていたので、勿論一緒に行動していた。
ところがそこで、遭遇してしまったのだ。
あの学園側からすると悪夢みたいな存在であるワイアットに。
一見すると柔和そうで、人懐こい雰囲気すら持っているワイアットだが、しかし雰囲気に騙された結果一瞬で命を落としかねないような危険人物だ。
穏やかに微笑みながらも親友と称する人物を殺してそうなやべぇ奴である。
単なる戦闘狂ならともかく、強者のみならず弱者を踏みにじる事も娯楽の一つと考えてそうな相手。
あいつホントに人間の胎から生まれてきたの? と言いたくなるような存在が、ワイアットである。
敵も味方も容赦なく潰すタイプ。しかしその容赦なく、が苛烈に滅ぼしていくスタイルならともかく、そうじゃないので余計に性質が悪い。
去年参加した事もあって、今年もきっと奴はくる、と信じて疑っていなかったのに、しかしイアは本人から直接参加しないという情報を得たと言う。
いくら本人から、と言われてもすぐさま信じられる内容ではなかった。
というか妹の口からワイアット「くん」と言われた瞬間の衝撃たるや。
あいつ君付けで呼ぶような感じの生き物だったっけ? となってしまったのである。
そもそもイアは以前にもワイアットと遭遇はしている。
その時にどうにかしてその状況を潜り抜けたとはいえ、次遭遇したら今度こそ命がないのでは、と思える状態だったのに。それが何がどうしてワイアットくん、なんぞと呼ぶような間柄になってしまったというのか。
「なんかね、前に食べたチョコレートまだ残ってたら譲ってくれって言われて、その流れで世間話してたら今年の交流会は参加しないって本人が」
「なるほどさっぱりわからん!」
ウェズンだってザインとシュヴェルという学院の生徒と遭遇したので、他のグループが別の場所で他の学院の生徒と遭遇したとしても何もおかしなことはないと思うのだけれど、ワイアットは別だ。
遭遇したら死を覚悟しろ、とまでは言わないが見たら秒で逃げろとはなりそうな相手なので。
そんな相手から話しかけてきたとしても、その流れで何故世間話になるのか。妹のコミュ力は一体どうなっているのか、ウェズンにはさっぱりわからなかった。
気分としては幼子が何も知らないままヤクザに話しかけにいっちゃった母親みたいなものである。
世のお母さんは皆苦労しているのだなぁ……と今この時点で特に関係のない事に想いを馳せる始末。
その程度にはウェズンも軽く混乱していたのだ。
「その情報、本当に信用して大丈夫なやつか? ブラフである可能性は?」
ワイアット以外の生徒が言ったのであれば、知名度的にも誰それ、参加しない? はぁ、そうですか。となりそうだが、言ったのはワイアットである。
彼の参加の有無で交流会の難易度が変わるといってもいい。
ワイアット以外でも甘く見てはいけない生徒はそりゃいるだろうけれど、ワイアットは群を抜いて油断してはいけない存在である。
なので、仮にワイアットが偽情報を流してこちらを油断させる戦法に出た、となった場合、交流会はあっという間に血の海に変わる。それくらいは誰だって理解できる事だった。
「うーん、嘘じゃないと思うよ。なんか、実家から面倒なお使い頼まれたとかで、サマーホリデーから交流会が終わるくらいまでの期間は学院を出るみたいな事言ってたし」
イアの言葉だけで全てを信じていいものかわからず、ウェズンだけではない、クラスの生徒ほとんどがハイネに視線を向けた。イアと同じグループだった生徒は他にもいたのに何故ハイネだけに視線が集中したのかとなれば、ワイアットの姿を見た時点で他のグループメンバーは「あっ、死んだな」と意識を遠のかせつつあったからだ。
「そんなに気になるなら本人に直接聞いてみる?」
しかしハイネが何かを答える前に、イアは更なる爆弾を投下した。
お前、そんな気軽に……
檻に入ってるから安全だし鮫がいっぱい泳いでる海に潜ってみる? みたいなノリで言われたって正直とても困る。檻があろうと怖い物は怖いし、本当にその檻が安全であるかどうかまではわからない。仮に頑丈さはお墨付きでも、何か不測の事態で檻が壊れたりする事だって有り得るのだ。絶対に大丈夫、というのは命の危機に関わらない事なら言われてもいいが、そうでないなら言われてもとてもじゃないが信用できなかった。
「学院にいって確かめろって事?」
「いや、モノリスフィアで。連絡先交換したから普通に話せるよ」
「妹のコミュ力どうなってんだよおにいさんよぅ」
「いや僕に言われても……」
肘で脇腹のあたりをつつかれてレイに言われたけれど、ウェズンだってどっちかっていうとそのセリフを言いたい側だった。
「メッセージのやりとりだと誰かが成りすましてる可能性とか疑うかもしれないけど、音声なら信憑性出るでしょ?」
周囲の戸惑いと恐れ慄きを一切スルーして、イアは取り出した自分のモノリスフィアを軽く振って見せた。
「あ、でも向こうも授業中なら出ないかな。ま、いいやかけちゃお」
「命知らずか!?」
そう叫んだのはルシアだった。
けれどもイアはお構いなしにモノリスフィアの連絡先に新たに登録されたワイアットへ、遠慮も何もなく通話するべくコールをかけたのである。なお、普通であれば周囲に音は聞こえないかもしれないが、事前にスピーカーモードにしてあるのでワイアットが出れば通話は最初から最後まで筒抜けになる。
それに気づいた一同は、誰に言われるまでもなくそっと口を閉じ、息を殺し気配すら押し殺し始めたのであった。




