爆発オチなんて……そもそも爆発してなかったわ
老婆曰く、地下に行って直接火をつけろとの事だったが、そもそも何があるのかを聞いていない。
というか聞く前に言うだけ言ってまたもや消えたので、隠し階段の先に何がいるのかはさっぱりである。
先陣切って階段を下りていくシュヴェルの背を見ながらウェズン達もゆっくりと階段を下りていく。
「っていうかさ。直接火をつけろはいいよ。魔法あるから。
でもさ、そこで火をつけた時点で僕ら大丈夫そ?」
ふと浮かんだ疑問はかなり当たり前のものだった。
「はい、ウィルが障壁を展開します」
「それではわたくしはその障壁を強化させる補助に回りますわね」
ぴっと手を上げて宣言するウィルと、便乗するファラム。
障壁で守れるのは魔法からであり魔術からであり物理からでもあるのだが、何もかもから守れる万能結界のようなものは普通は無理だ。
だからこそその場の状況に合わせて展開する。
基本的に障壁は物理的な攻撃も魔法的な攻撃もどちらも防いでくれるけれど。
術者によってどちらに傾くかは多少どうにかできる。
物理寄りに防御力高めだとか、魔法攻撃を防ぐ方にステータス振ってるだとか。
とはいえ、ステータス全振り、なんて言葉もあるがそういうのは障壁では実行が不可能であった。
まぁ、魔法を防ぐための障壁をステータス全振りでどんな魔法も防ぐぞ! みたいな感じでやったとしてもその場合ちょっとした衝撃で壊れる事は容易だし、その逆にどんな物理攻撃も防ぐ最強の盾を作るのだ! なんてやらかしたところで、簡単な魔法で壊れるとなれば。
対処法がすぐに把握されてすぐに壊れる障壁など作る意味がない。
どちらの攻撃にも対応できるような究極の障壁は作れないのか、と考えた者も過去にはいたようだが、残念ながら不可能であった。そもそも術者の能力・実力を超える代物を作れとなればそう簡単に上手くできるはずもない。
ウィルの障壁は確かにある程度強固であるけれど、それでも完全でも万能でもない。
だからこそそこにファラムが補助強化するのだと言い出したのは、決しておかしな話でもなかった。
とはいえ、あまりにも大人数でやらかすと魔力が反発しあって脆い障壁が出来上がる……なんて話も聞くので力を合わせりゃいいってもんじゃない、というあたり色々と思う部分が出てきてしまう。これも神の策略であったなら、マジでこの世界の神様はイイ性格してんなとしか思えなかった。
それなりに実力はあるといってもウィルとファラムを前線に立たせるつもりはないので、ウェズン達は誰もその意見に異議を唱える事はしなかった。もし万が一、地下で火をつけた結果とんでもない事になりそうだったなら、すぐさまウィルの障壁でウェズン達も炎の勢いから守ってもらえれば言う事はないのである。
一段一段ゆっくりと下りていくシュヴェルは、別にビビり散らかしてゆっくり下りているわけではない。
その気になれば一段飛ばしでひょいひょい下りる事もできるけれど、あまりにも他の者との距離を開けた場合、最悪自分一人を切り捨てて撤退される可能性がある。
ザインはともかくウェズン達が親身になって助けてくれるとは勿論シュヴェルだって思っちゃいない。だがそれはそれとして、何かあった時瞬時に見捨てて撤退されるのは癪だなぁ、と思うのもまた事実であって。
それ故に、皆と歩調を合わせるようにしているだけに過ぎなかった。
ウェズンが浄化魔法と風魔法を組み合わせて悪臭をどうにかしているから普通にゆっくりとした歩調で階段を下りていられるけれど、もしそれがなかったならば恐らくは階段途中であまりの酷い悪臭に動けなくなるのではないか、と思い始めていた。
隠し階段を発見した時点ですら漂っていた臭いは、下へ行けば行く程強くなっている。消臭魔法でもって臭いをかき消しつつ進んでいるが、完全ではなかった。
消臭魔法を発動した状態だというのにそれでも隠し階段を見つけた時点と同じくらいには臭うのだ。
もし魔法がなければもっと強い悪臭を感じ取っていただろう。
ウェズンはこの悪臭を銀杏だとかの匂いがキツイものや魚介系の生ごみが発酵した時だとか、そこから更にドブやら何やら複数の悪臭の原因であろうものを混ぜたみたいな感じがすると思っていたが、シュヴェルもそれは同様だった。
ただ、シュヴェルの場合は魚介系生ごみというよりは普通に肉が腐った時みたいな嫌なにおいがするなとも思っていたけれど。
ここはかつて宗教施設だったというし、そのくせ見える範囲の部屋は宗教施設と言われてもピンとくるようなものではなかった。身寄りのない者たちが集まって生活していると言われれば納得しそうな雰囲気だった、と言えばいいだろうか。
だからこそ、ここの宗教理念だとかはさっぱりわからなかったし、それ故にどんなことをしていたかもわからないままだ。
老婆が現れて消えた時、内心かなりシュヴェルは驚いたのだがウェズン達が驚いた様子はなかった。どころか、見知った風であったのでとっくに遭遇していたのだろう。そのあたりの話は聞いていないが、しかし今聞いたところで手遅れな気もしている。
「なぁ」
それでも何も知らないままでいるよりはマシかもしれない、と思ってシュヴェルは声をかけようとしたのだ。
何をどう言えばいいかはまだわかっていない。ただ、それでも何も言わないよりはマシだろうと思って。
だがしかし。
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……と地下の奥深くで何かが響き渡るような音がして、思わずシュヴェルは何を言うべきか、完全にすっぽ抜けてしまっていた。
金属に別の金属を叩きつけた時のような音、と言われればそう聞こえた気もするし、生き物のうめき声であると言われればそうかもしれないと思えるものでもあった。
それと同時にぶわりと地下から風が舞い上がって、消臭魔法でかろうじて抑えていた悪臭が強くなる。
「うぉえっ」
そのあまりの酷さに思わず吐き気がこみあげてくる。
階段の周囲だけはアレスが光の魔法で照らしていたので踏み外して落っこちる、なんて間抜けな事にはならなかったけれど、それでもあまりの悪臭で思わずよろけた。そうして壁に手をついて、ふと気づいたのだ。
「アレス、その魔法で下の方もっと照らせないか?」
「え? いいけど」
不機嫌そうな声ではあったが、それはシュヴェルに言われたからというよりは強くなった悪臭のせいだろう。
いくつかの光の玉がぽいぽいと放り投げられるように階段の下へと落ちていき、周囲を照らし始める。
階段は、一直線に地下に向かうというよりはぐるりと回り込むような形で続いていた。
壁に沿って作られた階段。そしてその内側、地下室となっているだろう場所は思っていたよりも広い場所だった。
アレスの魔法で地下が照らされた事によって、階段で大体半分ほどの所まで下りてきていたのだ、というのは理解できた。
できたけれど、それ以上はあまり理解したいものでもなかったのだ。
壁と階段に囲まれるようにして作られていた地下室の中央に、何かがあった。
いや、居た、と言う方が適切かもしれない。
それは半分ほど地面にめり込んでいるようにも見えたけれど、本当にそうなのかまではわからなかった。
ただそれは、部屋の中央を陣取るようにして存在していたし、蠢いていたのも事実であった。
けれども最初、それが何であるかはよくわからなかったのである。
「なん、え? なんだあれ?」
素直に何あれ、という疑問を口にするのだって一度躊躇ったくらいだ。
それくらいわけのわからないものだった。
「アレス、あれの周囲もっと照らして」
「仕方ないな」
シュヴェルの時より大分柔らかい声でウェズンに了承の意を示し、アレスは更に光の玉を作り出した。
そうして謎の物体の周辺と、ついでにそれ以外の場所も何もかもを照らし出す勢いで明るさが増していく。
「…………合成獣と言っていいんだろうかね、あれは」
ウェズンの呟きには、誰も賛同も否定もしてくれなかった。というか、できなかった、が正しい。
「ウィル。障壁を念のためお願いできるかな」
「あ、うん」
「それからファラム、君は、あの部屋の中央にいるやつにありったけ火炎魔法をぶち込んでほしい」
「え、えぇ。わかりました。けど」
「こんなこともあろうかと食堂からくすねてきたアルコールがあるから、これも使って」
「どんな事態を想定してらしたんですか!?」
サクサクと進む会話に、シュヴェルは思わず振り返っていた。
ほとんど暗くて見えなかった時に延々階段を下りていたとはいえ、もし最後まで下りていたら。
こんな風な会話ができていたとは到底思えない。
シュヴェルもザインも、ウェズン達も全員が途中ですっかり足を止めていた。これ以上、誰も一段だって下に下りるつもりはないだろう。
「あ、そうだ」
リングから食堂からくすねてきたらしきアルコールとやらをファラムに手渡したウェズンは、ついでとばかりにモノリスフィアを取り出して、そこからカメラ機能を呼び出した。
一年の時はいくつかの機能も制限されて徐々に解放されていたが、二年目ともなれば大体の機能は使えるようになっていたのもあるとはいえ、これをよく撮影しようと思うよなぁ……とシュヴェルはちょっとだけ遠い目をしてしまったのだ。というかカメラ機能に関しては本来『無い』と言われていたのだ。というのもカメラ機能に関しては悪用しようと思えばいくらでもできてしまうから、誰彼構わず使えるようにできない、というだけの話だったようだが。
つまりは、カメラ機能を何か悪事に使った場合、容疑者は絞り込まれるしその場合後からとても酷い事になるので使えるようになった相手は教師からじっくり話し合いをする羽目になるのだ。なのでまぁ、シュヴェルは面倒すぎて自分のモノリスフィアにカメラ機能を実装というか解放してはいなかった。
正直、そんなことはないとわかってはいても、何か撮影したらその画像があるだけで自分のモノリスフィアが呪われるのではないか、と思えてしまってならないので。
数枚分撮影した時点でウェズンの中では合格判定が出たのだろう。よし、とばかりに頷いて、
「それじゃよろしく」
とファラムにGOサインを出す。
「いきますよ!」
そしてファラムもまたわかりやすく声を上げて、そうして魔法を発動させた。
食堂からくすねたらしいアルコールの瓶はそう大きなものではないが、火種としては使える代物だったのだろう。
蓋を開けて、そうして放り投げられた瓶は放物線を描いて部屋の中央へ落下していき、そこから中の液体が零れ落ちていく。次の瞬間――
カッ!!
と勢いよく炎が燃え上がった。
真昼間みたいに明るくなって――実際外は明るいけれども――アレスが周囲にまき散らしていた光の玉など目じゃないぜ! とばかりに更に明るくなったこともあって、シュヴェルは思わず目を細めていた。
アルコールの量に対してあれだけ燃えるのはおかしいだろう、と普通なら突っ込んだかもしれない。
けれども、あの部屋の中央にいるそいつが燃えやすい代物であったなら。
あっという間に引火したのだろうなとも思うわけで。
ご……ぉぉおおおおおぁぁぁああああああああああ……!!
先程聞こえた音はやはりあいつのうめき声か何かだったのではないか、と思えたのは、部屋の中央からつい先程と似たような音がしたからだ。
とはいえ先程のがうめき声なら、今のはまさに断末魔といった感じであったが。
「よし、戻ろう」
「そだね。ここに残ったら巻き込まれそう」
もうやる事はやったぜ、とばかりにウェズンとウィルがくるりと身体の向きを変えて階段を駆け上がっていく。一拍だけ遅れてアレスとファラムもまた階段を駆け上がっていった。
「あっ、待って下さいっす!」
そして次にザインが。
あまりにも素早い身のこなしであった。
「……あ」
そして更にワンテンポ遅れて気付く。
別段ピンチに陥ったとかではないけれど、それでもシュヴェルが置いていかれたという事実に。
「おい待てやゴラアアアアアアアア!! 置いてくんじゃねええええええええええ!!」
完全に下まで下りたわけではないけれど、それでも半ばあたりまでは来ていた。
そして下では今、赤々とした炎が我が物顔で蹂躙し始めている。
こんな所でぼうと突っ立っているわけにはいかなかった。
慌ててシュヴェルもウェズン達を追いかける。
――戦闘らしい戦闘はなかったけれど。
燃え盛る炎がじわじわと引火できそうな物質を巻き込んでいった結果、最終的に植物に覆われるように封鎖されていた建物は炎上した。




