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人を見た目で判断してはいけない、とは前世で言われていた言葉だけれど。
けれどもウェズンは思うのだ。
そうはいっても人間視覚情報に頼った生き物なんだから、見た目で判断するのは仕方のない事なのでは、と。
生まれつき目が見えないだとかいうならまだしも、見えてる以上はどうしたって目で見たもので判断する事が多いわけで。そういうのもあるから、身だしなみは整えておけとか言われたりするのだ。
似たり寄ったりな風貌の人間が二人いてどっちかを選べと言われたらとりあえず小綺麗な方を選ぶだろうし。
見た目が全く同じであるなら、次に選ぶべき基準はなんだろう。匂いだろうか。
いかにも浮浪者みたいなおっさんが二人いたとして、片方は汗が発酵したような嫌な甘ったるさを含んだ酸っぱいにおいがしていたとして、もう片方はフローラルな香りであったなら大半はフローラルな方を選ぶ気がする。
スーパーに買い物に行ってちょっとでも賞味期限の長いやつを買うような感じ、と言えば同列にするなと言われそうだが。賞味期限が近くて割引になってたら話は変わるが、いかんせん人間に割引セールは適用されていない。
いかにもな見た目をしていたとして、中身は違うんですよと言われたってその違いがわかるまでは見た目に準じた扱いになるのはもうどうしようもないと思えてくる。本能というよりは業とかそんなやつだとウェズンは思っている。
何が言いたいかというとだ。
えっ、お前このいかにも悪い魔女みたいな奴と取引すんの!?
である。
これが例えばもっとこう……同じお伽噺に出てくるんでも、主人公を助けてくれる側の善い魔女とかならウェズンだって何を思う事もなかっただろう。しかしこのお婆さん、どう見たってヒロインに毒リンゴを渡したりしたとしても違和感がないのだ。ぶっちゃけ開幕必ず死ぬ呪いとかかけてきたとしても、ですよね、で納得できそう。やられた側からすれば納得いかないとは思うが、それでも見た目から得られる説得力が高すぎる。
大釜の中身をぐーるぐーるとかき混ぜていた老婆は、アインが部屋に入ってきたためか作業の手を止めた。
「ヒッヒッヒ、そうかい。それで? 結局取引をするのは誰なんだい?」
うわぁ。
ウェズンはそんな率直な気持ちをどうにか声に出さないように堪えた。
笑い方からして悪い魔女じゃん。森に迷い込んできた兄妹を食べようとしちゃう魔女みたいなやつじゃん。
偏見はよろしくないとわかっているものの、どうしたって連想される童話の悪い魔女の数々。もうちょっと魔女がお助けキャラな感じのやつを思い浮かべようとしても、見た目が善に寄ってくれない。どうしたって混沌・悪。
それでもどうにか脳内でいい感じの魔女、人に対して無害な感じのやつ……と想像力を働かせたものの、練れば練る程色が変わって……というセリフから始まってテーレッテレーの効果音に行きついてしまう。
いや駄目だろ、この魔女が作ってる薬お子様向けの知育菓子とかじゃないだろ。全部が毒ってわけじゃないのは、さっきのアインの言葉からわかるけどそれにしたってイメージの力が強すぎる。
もしかして無意識に洗脳する感じの魔法とかかかってないか……? といっそ言いがかりにも近い想像すら浮かんできた。
ウェズンは最近魔法を覚えたばかりの初心者なので、仮にそういった魔法がこの室内にかけられていたとしてもどうにもできそうにない。
他の二人は大丈夫だろうか……と、ひょっとするとするだけ無駄かもしれない心配をし始める。
アインたちについてはもう知らね、の気持ちである。
いやだって、どう考えても怪しいじゃんこの人。
なんでこの人と取引とかしようとしたの? エリクサーがそこにあるから? 考え直せ。今ならまだきっと引き返せるぞ。
そう思いはするものの、口に出すまではいかなかった。
言った所で聞くとも思えないのだ。
これがイアであったなら、もうちょっと強引にやめろと言えるのだが。
別にアインは身内でも友達でもないしなぁ。同じ世界に生まれただけの、同じ学園にいるってだけの他人だもんなぁ。そう思ってしまうと身体張ってでも止めようという気にはなれなかった。
ヴァンとルシアならここまで一緒に来たという事もあるしクラスメイトだし、無理矢理止めずとももうちょっと落ち着いて考えた方が……とか言ったと思う。流石にクラスメイトが死ぬとかヤバイ相手と関わって人生を転落させるだとかを放置するのは寝覚めが悪いし。
なんて、ここまでくるといっそ現実逃避になりそうな事を思いながらもウェズンはアインたちを眺めていた。
「取引はオレがする。さっきも言ったけどオレは自分の全財産を差し出す。だからそこにあるエリクサーを譲ってくれ」
そこ、で目当ての品にアインが指差したので、なんとなくウェズンもそちらに視線を移動させる。
あ、あれがエリクサーなんだ。え、むしろよく他の薬と区別できたな?
瓶の中に入ってる薬、という意味で括ってしまえば同じようなのがそれなりにある。パッと見ただけで判別できるか、と聞かれれば今のウェズンには無理だった。これから先、色々あれば見分けがつけられるようになるかもしれない。けれども今はどれも同じような薬にしか見えなかった。微妙に色が違うのもあるので、全部が全部同じに見えるというわけではないけれど、それでもいきなり薬の名前だけ言われてそこから取ってくれ、と言われたとしても正直どれを示しているのかはわからない。
そう考えるとアインは薬に詳しいのだな、と感心するべき部分はある。あるけれど、それにしたってどうかと思う。危機感生きてる? 生存本能仕事してる?
正直な話、ウェズンはこの部屋に来てから何となく嫌な予感がし始めていたのだ。
勿論この魔女とちょっとお話したくらいで殺されたりはしないだろう。けれども、深入りするのは危険だ。強くそう思う。だがしかし怯えている様をあからさまに表に出すのも問題がありそうなので、ウェズンは精一杯平常心を保とうとしていた。
ちら、と視線を横に移動させてみればヴァンとルシアも恐らくは似たようなものなのだろう。
固唾を飲んで見守っているのはイールとウッドイルだ。いや止めろよ、そんな気持ちがあるがだからといってじゃあウェズンがかわりに止めるか、となれば止めても無駄だろうなとなる。
大体ついさっき出会ったばかりのほぼ初対面の人間の言う事を素直に聞くだろうか。
明らかに危険な状況で今ここで相手の話を聞かなければ命が危ない、とわかっているならともかく、アインはエリクサーを手に入れられるかどうかがかかっているのだ。正直欲に目が眩んでいると言ってもいい。
その状況で、やめといた方がいいよ、なんて言ったとしてじゃあ止める、とはならないだろう。
「全財産、ねぇ。まぁ構わないけれど、お前たちはどうなんだい?」
魔女はちら、と視線をアイン以外へ順番に向ける。その視線はちら、というどころかギロッという程に鋭い。
「え、あの、おれらはこいつの付き添いみたいなやつです」
イールがこたえる。
「つまり、こいつとの取引に関係はしないんだね?」
「はい」
念を押すような言い方に、イールとウッドイルはこくこくと頷いた。
先程の様子からもしここで彼らも取引に参加しようという素振りが見られたなら、アインと揉めるのは言うまでもない。それもあって、自分たちはあくまでもここに居合わせただけなのだと主張しているのだろう。
「それでそっちは?」
今度はウェズンたちへ鋭い視線が飛んだ。
「僕らは雨宿りに来ただけです。取引だとかをするつもりはないし、無関係です」
「ま、同じ学園にいるとはいえクラスも違うし今日初めて会っただけの他人だよね」
「あぁ、そちらの取引に関与するつもりはないと誓おう」
きっぱりとウェズンが答えれば、ルシアとヴァンもそれに続いた。
「そうかい」
魔女の声は、やけに耳にこびりついた。
なんというか、いかにもな猫撫で声とでも言おうか。そのせいでますます嫌な予感が膨れ上がる。
アインは一切それに気付いていないのか、早速リングから自分の財布を取り出している。
「じゃあ取引といこうかね」
「あぁ、これがオレの全財産だ」
恐らくは、エリクサーを買うとなれば間違いなくあの財布に入っている金だけでは足りないのではないか。そう思えるものの、しかし魔女は全財産がいくらあるのかとまでは問わなかった。もしかしたらアインはそういう部分を突いて、出し抜こうとしたのかもしれない。とはいえ、あまりにも稚拙であるが。
「まだあるだろう。出しな」
「え? いや、本当にそれが全財産で」
財布を受け取った魔女は中身を確認するまでもなく、更に言い募る。
有無を言わさぬ迫力があった。
「さっきお前は言ったね。お前の全財産を出す、と。嘘をついたのかい?」
「いや、本当に金はそれだけ」
「金じゃあないよ。財産の話をしてるのさ、アタシはね」
あっ、やっぱマズイ奴だったじゃーん。
部屋中の空気が重苦しくなるのを感じながら、ウェズンは意識を飛ばさぬようにそんなことを考えていた。現実逃避とも言う。
「あんたが自分から出す気がないならこっちが勝手に徴収するよ」
「いや待ってくれ、何の話を――かはっ!?」
魔女の言葉に意味が分からないとばかりに距離を取ろうとしたアインだったが、おもむろに口から血を吐き出したため言葉は最後まで続かなかった。
いつ出したのかわからない杖が、アインの身体を貫いている。ずっ、と引き抜けば開いた穴が広がるように肉がめくれ上がった。
「が……ぁ……!?」
「ひっ!?」
「お、おいアイン!?」
イールとウッドイルの悲鳴が上がる。
ついでにウェズンの隣にいたルシアがウェズンの背中にしがみついた。ひょわぁ、とかいう悲鳴が背後で小さく上がっている。
一瞬で人間の開きになってしまったアインは、それでもまだ生きていた。
血がボタボタと滴り落ちる。ひゎっ、というか細い声はウェズンの背後から聞こえた。視線を一瞬そちらへ向ければ、ルシアは真っ青になってアインを見ていた。
そこから視線を移動させればヴァンもその表情を歪めて口元を手で押さえている。
血と、後は何のにおいなのだろうか。体液であるのは間違いないが、脳がそれらをどういうものか判別するのを拒否しているように思考は働いてくれなかった。
どこか遠い世界の出来事でも見ているかのような心持ちで、医学書とかの人体図と一致してらぁ……という感想だけは浮かんだけれど、仮にそれを口にしたところでこの場にいる誰もそれに共感なんぞしちゃくれないだろう。
当面焼き肉よりも魚の開きがダメになりそうな光景だった。
魔女はけれどもそんな凄惨な光景を作り出しておきながら、何事もなかったかのように手を伸ばし、ぐちゃ、と粘っこい音をたてて魔女曰くの財産を取り出していく。
心臓だけではない。
それ以外の内臓も取り除かれたし、骨だって丁寧に一つ一つ外されていく。そうしてぽんと魔法で出したらしい机の上に丁寧に並べていくのだ。
魔女がアインと取引を始めてから、まだ三分と経っていないだろう。
けれども、彼らにはその時間が永遠にも感じられてしまっていた。ウェズンを除いて。




