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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
六章 広がるものは

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謎の老婆



 散らばったメランジェの実は、ウェズン達がタックを回収した時のままだった。

 甘い、とはいえその甘さが毒であるのなら森の動物たちは普段そこまで食べたりしないのかもしれない。


 何とはなしに周囲を見回す。


 仮に老婆がいたとしても、ウェズン達がタックを回収し森を出て、そしてこうしてまたやってくるまでの間じっとしているとは思っていない。

 まだこの森のどこかに老婆がいたとしても、同じ場所にずっといる、なんて事むしろあったら普通に怖いわとすら思える始末。


 どんぐりを拾っていた少女は幽霊が出ると言っていた。


 そもそも幽霊ってホントにいるのか? と思うのも仕方ない。

 幽霊っぽい魔物がいないわけでもないが、幽霊そのものを見たという人物は実のところいないので。


 いや、ウェズンは確かに幽霊っぽい何か、を見た事はある。

 あるのだけれど、最初に確かに半透明だったとはいえ、今はもう普通に透き通ったりしていない状態で出てくるので。

 勿論最初は幽霊を疑ったけれど、しかし今、あの女に幽霊かどうかを問うたならば。

 多分、恐らく、ほぼ確実に。


 彼女はきっと怒るだろう。


 なんとなくそんな気がする。


 それ以外で幽霊っぽい何か、というのをウェズンは見たことがなかったし、幽霊がいるだとかの話を聞いた覚えもない。

 前世でもその手の話はそこそこあったけれど、向こうの世界以上にこっちの世界ではいる可能性は高いので、いないと断言もできなかった。


 大体魔法がある世界だ。

 幽霊がいても何もおかしくはない。


 自分が見たことがないだけで、いないと断言するのは早計が過ぎる。

 それを言えば自分は神様を見たことがないが、しかし神前試合があってこの世界を捨てる気満々の神はいるのだ。

 魔法もあって神様もいるのに幽霊がいないとか、逆におかしい気しかしない。


 周囲を見回したところで老婆らしき姿は見当たらない。


 とりあえず、周辺をざっと見てみようかという話になってあまり遠くにいかないようにしつつウェズン達は周囲を見て回る。

 ウェズンはそのついでに熟して真っ赤になっているメランジェの実をいくつかもぎとってリングの中に収納した。


 毒ではある。


 毒ではあるのだが。


 一度に大量に食べなければ美味しいのだから。

 採っておいてもいいんじゃないかな、と思ったのだ。

 ついでにイアにも土産にしてみようと思い立った。

 大量に食べさせるような事はさせるつもりもないが、折角の機会でもあるので。


 そんな事を考えながらそこそこの量をもぎ取って、そのついでに老婆を探す。


 老婆を探しに来たはずなのに、すっかりその老婆は二の次だ。



「……ウェズン」


 老婆そっちのけでメランジェの実を採っていたウェズンに、アレスが近寄って小声で呼びかける。

 てっきりお前自分で言い出しといて老婆探せよ、の苦言かと思ったがどうにもそういう雰囲気ではなかった。


「あれ」

「え? あ」


 ちょいちょい、と肩を指でつつかれて、それから指示された方向を見れば少し離れた所をゆったりとした足取りで移動するおばあさんの姿が見えた。


 あれが、兄上の言ってた老婆だろうか……?


「見たっていうのはあれか……?」


 アレスに問われるも、直接見たのはウェズンではない。兄上である。故にウェズンはすぐに答えられなかった。


「どうだろ……多分、って気がするけど……ちょっと言って声かけてみよっか」


 相手が仮にも幽霊だったらそもそも気軽に話しかけるんじゃない、と言われるかとも思ったが、やや離れているからか老婆の姿はいまいちハッキリとしていない。すくすく育った木々の枝葉が影を作っているからか、その下を行く老婆の姿はやや薄暗く見えるものの半透明に見えるか、と言われるとちょっと断言できそうにない。



 思い返してみれば兄上は老婆、とは言ったが別に半透明とも言わなかったし、幽霊が出るとか言い出したのはこの森の入り口付近でどんぐりを拾っていた少女だ。


 であれば、兄上が見た老婆が普通の老人で、幽霊は別にいる、という可能性も存在している。


 あえて足音を立てながらウェズンは老婆がいる方へと歩いていった。


「こんにちはー、すいませーん」


 少し離れたところから声をかけ始める。

 近くに行って突然声を掛けたら驚かれるかと思ったからだ。

 耳が遠いご老人なら近くに行ってから声をかけた方がいいのはそうなのかもしれないけれど、一応少し離れたところから自分の存在を知らせておいた方がいいだろうとウェズンは判断した。


 ウェズンやアレスとはまた少し離れた所を見まわしていたファラムとウィルもウェズンがあげた声に気が付いて、かさかさと落ちてる葉っぱを踏みながらこちらに移動する。

 アレスはまだその場に留まったままだ。


 自分に声がかけられている、と気づいたらしき老婆は足を止めてウェズンを見た。

「はぁい?」

 どこか間延びした様子の声が、耳に届く。


「おばあさん町の人? お散歩ですか? さっきこのあたりに町の子来ててメランジェの実食べ過ぎて急遽連れ帰るとかになっちゃったんですけど」

「あらまぁ」

「お散歩なら大丈夫だとは思うんですけど、うっかり迷子みたいな事にはなって……なさそうですね」

「心配してきてくれたの? 悪いわねぇ」

「いえ。大丈夫ならいいんです」


 にこにこと穏やかに微笑む老婆に、ウェズンもこれ以上何を言えば……と言った感じである。

 流石にお婆さん幽霊? とか聞けるはずもない。失礼が過ぎる。

 失礼だと向こうが態度に出してくれるならいいが、逆ににこにこされたまま、確かに近々お迎えくるかもしれないものね、とかさらっと言われたらこっちが逆にどう反応していいか困る。


 とりあえず見た所このおばあさんが幽霊であるか、と聞かれたらどう見ても生きてるおばあさんにしか見えないし……幽霊ってのは、さっきの人のちょっとした冗談だったかもしれないなぁ、と思う事にした。


「大丈夫よぉ、この森は庭みたいなものだから」


 にこにこしながら言うおばあさんに、そうなんですね、とウェズンもにこやかに返した。


 とはいえ、今はまだ明るいけれどもう少ししたら暗くなるだろう時間帯だ。

 お昼は過ぎておやつの時間も終わって、もうちょっとしたら今度は夕飯時になる。季節的に早くに日が沈む感じではないけれど、それでも油断していたらあっという間だ。


「ふふ、わざわざ心配してくれてありがとうね。でも本当に大丈夫だから。

 それよりも貴方たちはそろそろ戻った方がいいわ。監視者に目を付けられないうちにね」


「カンシシャ?」


 唐突に不穏な単語が老婆の口から出たためか、ウェズンは一瞬何を言われたのか理解できなかった。聞こえたままに声にだして、それから一拍置いて「あ、監視者か」と理解する。

 そこから更にもう一拍して、監視者!? と叫びこそしなかったが驚いて。


「あっ」


 その声は、ウェズンではなかった。

 少し離れた所にいたファラムとウィルが発したものだ。


「消えた」

「消えましたね」


 老婆の姿がほんの一瞬で忽然と消える。

 ここに今、おばあさんがいました、と言われても恐らく誰も信じないくらい影も形もなく消えている。


「一つ、いいだろうか」


 カサカサと落ちた葉や枝を踏みつつやって来たアレスが、片眼鏡モノクルを押し上げながら周囲に視線を向けた。つられるようにしてウェズンも周囲をみたけれど、別段変わった物があるでもない。


「先程の老婆、一切足音がしていなかった」


「えーっと、それは……」


 ちょっと、不可能が過ぎるのでは? とウェズンは思った。

 そりゃあ、確かにある程度熟練の達人みたいな人ならば、足音を立てずに移動するくらい造作もないのだ。

 実際学園でやれ体術だなんだと鍛えられていけば、足音を消して歩くくらいはできるようになる。

 だって攻撃を仕掛けるときにバタバタドタドタ足音を立てていたら、これからそっちに向かって攻撃仕掛けますよと宣言してるようなものだし。


 足音が近づいてくることで、お互いの距離を把握されれば迎撃も容易い。

 だからこそ、攻撃を仕掛けるタイミングを簡単に読まれないためにも不必要な物音は立てないに越したことはないのだ。


 といっても、ウェズン達は確かに魔王を目指してあれこれ頑張ってはいるけれど、学園に入る以前はそれなりに皆普通に生活をしていた普通の人である。

 一応、学園に入るために、という名目の他、自衛のために多少なりとも体術やら武器の扱いだとかを学ぶ機会はあったかもしれないが、特殊な訓練を受けていた、という人は恐らくそこまでいない。


 ウェズンの場合は前世の経験もあって、足音を無駄に立てて歩かない、くらいは可能だった。

 集合住宅だと下の階に足音が響くと下手すると大変な事になるし、前世のウェズンが住んでいた所はさておき、友人の家だとかでも一応気を付けたりはしていたのだ。


 なので、よっぽどの場所でもなければ足音はほとんど立てずに歩くくらいはできる。

 足音を消して走れ、となるとまだちょっと難しいのだが……まぁ、それはさておき。


 ここは森である。

 足元は土で、舗装された道ではない。そして木々から落ちてきた葉っぱやら、折れた枝やらがそこかしこにあって、草だってそれなりに生えている。


 歩くたびに踏まれた葉っぱがカサカサと音を立てるし、気を付けて移動したとしても枝を踏んでパキッと小気味良い音を立てる事だってある。

 音を立てないように移動するにしても、下手なすり足だとかで移動すれば最悪伸びた蔓が引っかかってすっ転んだりしそうだし、かといって普通に歩けばやはり葉っぱを踏んだ時の音がする。


 きっとレイであってもここを足音無しに移動しろ、と言われたら難しいだろう。

 森の中なら割とお得意である、と言えるウィルであっても足音はしていたのだ。


 思い返せば先程タックを探していた時、ザインとシュヴェルだって普通に足音は立てていた。


 足音を消して移動しよう、と思わなかったというのも勿論ある。

 大体そう思ったとしても、中々に難しい場所だ。足音が出なかったとしても、制服の袖だとかがそこら辺の枝に引っかかって、だとか、木の皮部分に引っかかっちゃって、みたいな感じで音が出る事はあり得るし、木の上の方から垂れるように伸びてる蔓っぽい植物を避けようとして移動すれば、その拍子に間違いなく足音は出る。


 こういった場所で足音やそれ以外の移動する際に出るだろう物音を完全消音しろ、というのは土台無理な話だと思われる。

 勿論、出来る奴はできるのだろう。ただ、極端に数が少ないだろうな、とは思うけれど。



「あのおばあさん、もしかして本当に幽霊だった?」

「あんなハッキリくっきりした幽霊がいてたまるか」


 ウィルが首を軽く傾げつつ言うが、ウェズンは即座に否定した。


 幽霊ならもうちょっと幽霊らしくあれよ! という気持ちで一杯である。


 それならまだ、あのおばあさんがどこぞの特殊部隊に所属していた過去があったが故に、森の中での無音移動はお手の物! とか言われた方がまだマシですらあった。


 転移魔法で一瞬で消えた、という説も考えてみるが、そういった感じの魔力は感知できなかったので魔法ではなさそう、というのは早々に判明してしまったけれども。



「…………とりあえず、あの老婆の言葉に従って一度戻ろう」


 アレスがそう宣言する。


 まだ明るいとはいえ、老婆にも先程言ったがそのうち暗くなるだろうし、暗くなりかけたら案外あっという間である。

 そして監視者とかいう存在。

 目を付けられないように、と老婆は言っていた。

 つまりは、目を付けられると厄介である、と。そりゃそうだろ、と考えたらすぐにわかりそうなものでも、ウェズンの理解度はどうにも遅かった。何というか結びつかないのだ。言われた言葉と、目の前の状況が。


 自分の中でそれはない、と思っている事を指摘されてもすぐに理解できないのと一緒である。

 そういうのはまず最初に何を言われているのか理解が遅れて、ようやく意味を理解するまでにどうしたって時間がかかる。



 どちらにしても、数日はここに滞在しなければならない。

 タックを見つけてこれで万事解決さぁ学園に帰ろう、とかいう状況ならともかくまだ数日この町に残らねばならないのだ。


 何が何だかわからないとはいえ、自分たちの置かれている状況を悪い方に傾けたいわけでもない。


 この森の中に居続ける事で監視者とやらに目を付けられるのか、それとも町の方にいる存在なのか。

 それすらわかっていないのだが、情報を集めるにしたって周囲に誰もいないような森の中で情報が集まるとも思えない。


「そうだね、戻ろうか」


 だからこそウェズン達はあっさりと引き返す事にしたのである。

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