割とよくある
ウェズンがうちの子の捜索お願いするわね、なんて言われてから割とすぐに上からアレスとザイン、そしてシュヴェルも下りてきた。
学園の制服を着たアレスにウェズンが声をかけて、アレスは学院の制服を着たザインとシュヴェルと何やら話をしているのを見て、母親の信用は何故か勝手に上昇したのである。
本来敵対している学園と学院だが、腹を割って話ができる関係、という風に見えてしまったのだ。
アレスがシュヴェルに向ける全く気遣いもない態度や、シュヴェルの砕けた雰囲気。
時として喧嘩もするけれどなんだかんだでいい友達、みたいに母親の目には見えたのである。
男の子ってそういうものよね、みたいなノリで。
見る目大丈夫か? と問いたいが言ってはいけない。
ここで下手に不信感を持たれても何もいい事などないのだから。
まぁ、なんだかんだお子様捜索に関してザインとシュヴェルも参加する事になってしまったのは予想外であったけれど。
こういうのは人手が多い方がいいし、いくら敵対している生徒は殺したりもするとはいえ、流石に町で普通に暮らす子供を殺すような事にはなるはずもない。
往来で流石にてめぇぶっ殺してやろうか! とシュヴェルが叫ばないだけの分別は勿論あるし、それ故に迷子と思われる子を心配する母親、というのを見捨てる程薄情でもなかったと言ってしまえばそれまでの話である。
というか、ザインとシュヴェルもこの町に来たとはいえ、ウェズン達と似たような課題を出されたも同然で。
しかし何をするでもこんな平和そうな所で何をしろと、となるからこそ、ザインとシュヴェルは大自然に囲まれた静かなところで精神統一修行でもしようか、なんて話していたくらいなのだ。
心配する気持ちも勿論あるが、そこに丁度いいネタが転がり込んできたという思いも含まれていたのである。
どいつもこいつも打算たっぷり、と言ってはいけない。
とりあえず、母親の子の名をタックと言うらしい。
特徴を聞いたが、正直これといった特徴はあまりないと言えた。
年齢は七つ。まぁ、お外で遊んで時間を忘れて……という事をやらかしてもおかしくはない年齢である。
タックは本日朝から友人と森で遊ぶ約束をしていたらしい。
「えーっと、その友人がチェザ、だっけ?」
「なぁに?」
宿からでてとりあえず森に移動しようと思いながらも、お互いそれぞれ先程得た情報を確認しあっていたのだが。
タックと遊びに出かけた友人である子の名をウェズンが口にした直後、すぐ近くで声がした。
呼ばれたから返事をしました、といった反応だったため思わずウェズン達は足を止めて声のした方へと視線を向ける。
そこには七、八歳くらいの子がいた。
なんか知らん人に名前呼ばれたな、といった表情でこちらを見ている。
「えぇっと、君、チェザくん?」
「そうだよ。お兄ちゃんは」
「僕はウェズン。さっきそこの宿でタックのお母さんからタックがまだ戻ってこないって言われて、お母さんのかわりに僕たちが探す事になったんだ」
目線を合わせるようにしゃがみ込んで言えば、チェザは「え?」と困ったように首を傾げた。
「あいつまだ戻ってきてないの?」
「そうみたいだよ。今日、一緒に遊んでたんだよね? きみが戻ってきてるってことはタックは?」
「あー……」
まるでいたずらがバレて叱られる寸前みたいな声を出すチェザに、ウェズンは急かすでもなく言葉を待った。
「えっと、お昼前には戻ろうとしたんだよ」
「うん。それで?」
「でもあいつ、もうちょっと遊ぶって言って」
「元気いっぱいだね」
叱るでも怒るでもない態度のウェズンにチェザも少しばかり安心したのか、えっと、えっとね? とどうにか言葉を選びながらといった感じであったが朝からの出来事を話してくれた。
曰く、朝から森の中を元気いっぱい駆け回って、虫を捕まえたり、花の蜜を吸ったりとまぁ野山だとかでありがちな遊びをしていた二人であったが、お昼ご飯の前には帰るように、とチェザも親から言われていたのでそろそろ戻ろうか、となったようではあったのだ。
ただ、そのそろそろ戻ろうか、と言ったのが思っていたよりも早い段階だったのもあって、タックはまだ大丈夫だろ、と戻る様子を見せなかった。
確かにまだ遊んでいても大丈夫そうではあったけれど、前にもそう言ってタックと遊んでいるうちに気付いたら戻らなきゃいけない時間を大きく遅れて帰った事で、チェザはお母さんに怒られてしまったのである。
遊んでいる時は楽しくて、時間を気にすることがなかったのだ。
遊ぶといっても、追いかけっこだとか虫取りだとか、いい感じの木の枝を拾って冒険ごっこだとか、ずっと同じことをしているわけではない。疲れたらちょっと休憩だってするし、そういった遊びと遊びの合間にふとそろそろ帰る時間じゃないか? なんて気にするのだが、遊んでいる時はそっちに意識が集中してしまうので。
確かにまだ少し早いかもしれないけれど、でもまた遊び始めたら次に気付いた時にはきっと帰ると約束した時間帯から遅れてしまうんじゃないか。
チェザのお母さんは怒ると怖いので、そう何度も怒られたいとチェザだって思っていなかったのだ。
だから、まだ少し早いかもしれないけれど、チェザは帰ると宣言したのだ。
お昼ご飯を食べてから、また遊びにくればいい。とはいえ、家の手伝いを言い渡されたら遊びには来れないだろうけれど。
タックも家に帰ってご飯を食べた後、家の手伝いをするようにと言われる可能性を考えたのかもしれない。
まだいいじゃん、なんて言っていたけれど、それでもチェザはそこで乗っかることはしなかったのだ。
やだよ、こないだお母さんに怒られたばっかだもん。今回も怒られるのヤだから帰る。また後で遊びにこよ?
なんて言ったけれど、タックが頷く事はなかった。
むしろぷうと頬を膨らませて、親に叱られるのが怖いのかよ、なんて悪態をつかれて。
いや怖いよ。言葉で言われてるうちはまだ怖いだけで済むけど、こっちが反省もしてないと思われたら拳骨される事もあるし。
きっとタックなら、自分がそう言われたら怖くなんかないやい! と誘いに乗ったのだろう。
だからあえてそう言った。
だがチェザはそうではない。
お母さんに怒られるのは怖いし、ましてやあまりにも悪戯が過ぎてもうアンタなんか知らないからね! と見捨てられるような事を言われたらと考えるともっと怖い。
チェザのお母さんは確かに怒ると怖いけれど、いっつも怒っているわけじゃないのだ。
チェザがいらん事をしない限りはお母さんは優しいし、チェザが良いことをすればちょっと大げさなくらい褒めてくれたりもする。だからチェザはそんなお母さんが大好きであったし、大好きなお母さんを怒らせないようにしようと思ってもいた。
その日の気分で怒ったりするような人ではない。何をすれば怒るのか、チェザだってそこら辺は大体わかってきているのだ。
人に対して失礼な態度をとらない。
待ち合わせだとかの時間はきちんと守る。
約束した事はなるべく破らない。
食べ物を粗末にしない。
お勉強もきちんとやる。
概ね、普通の事だった。
チェザがまだ子供でそこら辺よくわからないうちにうっかりやらかす失礼だとかは後からこっそり指摘されたりもするけれど、あからさまにわざとであると思えるような態度になれば勿論母はこれでもかと叱った。
今日はお昼ご飯までには戻ってくる、という約束をしていたので、勿論チェザは守るために戻った。
タックはまだ時間に余裕があるからと残った。
要約すればただそれだけの話である。
遊びに入った森だって、そこまで奥に行くわけじゃない。
あまり危ない場所にはいかない事、というのも前に約束していたのでチェザはそれを律義に守っていたし、何より危ない場所にいかなくても怪我をして帰ってきたらお母さんはとても心配するので。
「だから先に帰ってきた。タックはまだ帰ってきてないんだ」
ウェズンの話からチェザだってそれくらいは理解する。
「町中で見かけたって話がないなら、やっぱまだ森の中だと思う。
流石にタックも一人で奥まで行ったりはしないと思うけど……」
チェザはご飯の時間までに戻ってきたので、当然お昼ご飯を済ませている。
その後は家の手伝いでもしなさいと言われるかと思ったけれど特に言われなかったから、こうして今度は町の中で遊ぼうとでも思っていたらしい。
一人だとあまりやることもないけれど、他にも友達と呼べる相手はいるのだから、そっちに声をかけてみてもいいんじゃないかな……なんて。
一応町の中に小さいけれど公園があるので、とりあえずそこに行けば誰かはいるだろうと思っていたのだ。
そしてチェザは公園に向かう途中でウェズン達の口から自分の名前が聞こえたからこうして話しかけたのである。
「森か……よし、それじゃちょっと探してこようか」
「そうだな。あまり遅くなって暗くなったら奥まで行ってないにしても危ないだろうし」
ウェズンとアレスが話を進めている間に、チェザは「それじゃあ」なんて言って去っていった。
タックを置き去りにした、というわけでもなく彼は自分で帰るのを拒んだ。
故にチェザを責めるのはお門違いだ。大体、帰ろうと言った時点で素直に帰っていればこんなことになってはいない。
とりあえず片方が無事である事だけでもわかったのは大きい。
これでチェザまでまだ戻ってきていない、となれば探す労力は単純に倍になるので。
かくしてウェズン達とザイン、シュヴェルの計六名はまず湖へと足を運んだのであった。




