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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
六章 広がるものは

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特に話に花咲かない



 どうにもアレスと因縁がありそうな二人の男を、とりあえずウェズンは露骨に視線を向けられていると気づかれないように観察した。


 一人は割とどこにでもいそうな、これといって目立つ風貌でもない男。

 とてもモブみがある。

 目立たない事でうっかり別の場所で遭遇しても気付けそうにないな、とウェズンは思った。

 見れば学院の制服を着ているので、もしそんな感じで気付けないまま別の場所で敵対するような事になったなら、と考えると割と恐ろしいものがある。


 もう一人はいかつい体格の大男と言ってもいい相手だ。

 がっしりとした筋肉の付き具合からしてなんというか重戦車のような雰囲気すら感じられる。

 こちらも学院の制服を着ていた。


 とはいえ、こちらは一度見たら忘れないだろう。余程やつれて衰弱でもしていたならば別人かと思うかもしれないが、そうでもなければまぁ気付ける。

 なんというか関わると面倒なヤンキーみを感じたが、それを口にするとどう足掻いても厄介な事にしかなりそうにないのでウェズンは黙ったままだ。


「なんでここにも何も、授業の一環だが」

「てめぇのせいでこちとら死にかけたんだぞ!?」

「殺すつもりだった。生きてたんだな、それは重畳」

「ふっざけんじゃねぇぞオラァ!」


「はぁ、公共の場で暴れるんじゃない」

「ぐぼっ!?」


「うわぁ……」


 ごつい男がアレスに掴みかかろうとしていたが、しかしアレスはそれをやはりひらひらと回避した。

 男の言葉からウェズンも何となく察する。


 あぁ、そういえばアレスは学院からこっちに来る時に、ワイアットの仲間と思しき生徒たちに攻撃仕掛けてきたんだったっけ、と。

 死にかけた、という事はつまり彼はワイアットの派閥に属する者なのだろう。

 そして、どうやらその体躯に見合った頑丈さが功を奏したのかアレスの奇襲ともいえる攻撃でどうにか生き延びた。


 そう考えれば、男の怒りはもっともだと思う。


 自分を殺そうとした男とこんな所でばったり遭遇して、その上でお互い見なかった事にしようね、とはいくまい。


 なんというかアレスはさももっともらしいことを言っているが、元凶は言うまでもなくアレスである。

 とはいえ、公共の場である事は確かだし、言ってる事はもっともなのだが、黙らせるべく放たれた蹴りは容赦なく男の下腹部にめり込んだ。

 あれは痛い、とウェズンは思わずドン引きした声を出していた。無意識である。

 ついでにもう一人のパッとしない感じの男も「いたそ……」とか呟いていた。

 ことこの件に関してはこの男とウェズンは話が合いそうではあった。まぁ、話に花を咲かせるつもりはこれっぽっちもないのだが。


「これからは改めて敵対する関係になったんだ。次も容赦はしない」


 穏やかな声で、しかし言っている事はとても物騒である。

 いやまぁ、敵対している事実を考えると間違ってはいないと思うのだが。



「あれ? なんか騒がしいと思ったら、ザインとシュヴェルだ」


 そしてそんな状況下で、まったく空気を読む気配も何もないままにドアが開けられ、そこからウィルが顔を出す。

 その後ろからファラムも覗き込むようにしていて、

「まぁ本当。生きてましたのね」

 なんてこちらも若干物騒な事を言っていた。


「あら? でも、考えたらあの時ザインっていましたっけ?」

「記憶にないかな」


「はは、運良く離れた場所にいたもので。無事だったよ」


 へっ、と吐き捨てるような笑いを浮かべるザインとやらに、ウェズンはまぁ、気配が薄いっていうか没個性的っていうか……他に大勢いるのであれば、確かにその中にいてもいなくても気付かれにくいだろうなぁ、と本人が聞けばとても失礼な事を思ったくらいだ。

 実際パッと見てこれと言える程の外見的な特徴がない。

 とりあえずそんな彼の名はザイン、とウェズンは忘れないように記憶に留めておこうと試みた。


 とはいえ、この後特に何もなければそのうちするっと忘れてしまいそうな予感しかしないのだが……


 こちらがザインであるならば、もう一人のやたらと厳ついというかゴツイのがシュヴェルか、とも把握する。

 シュヴェルは逆にわかりやすい見た目をしていた。というかその体格からして他に似たり寄ったりなのがそういるでもないので、人違いをすることもなさそうに思える。



 アレスたちは今でこそ学園の生徒ではあるが、元は学院の生徒だ。

 そして現時点でも学院の生徒である二人。


 心情的にウェズンが圧倒的アウェー感だ、なんて思うのも仕方のない事なのかもしれない。


 まぁ今はアレスとウィルとファラムはこちら側なのでアウェーだなんて思う必要はどこにもない、というのもある。

 もしウェズン一人だけでこれだけの学院の生徒と遭遇したら割と死を覚悟する流れになっていた、かもしれないなんて考えるとこれっぽっちもシャレにならなかった。


 今しがた遭遇した二人の実力はわからないが、アレスとウィル、そしてファラムの実力はわかっている。

 わかっているからこそ、この三人が同時に敵に回る可能性を考えたらそりゃあ死を覚悟するのも致し方なしであった。



「で、これ結局どういう感じの流れ?」


 ウィルがウェズンに向けて問いかける。

 ウェズンとしてはウィルたちの部屋の隣からこの二人が出てきた、としか言いようがない。

 なるほど、とウィルは一つ頷いて、

「二人はなんでここに?」

 と、これまた一切敵意も何もなく質問した。


 かつては味方だったはずの相手だが、今は敵と言っても過言ではないのにあまりにもそんな雰囲気を感じさせない。そのせいだろうか、ザインは毒気を抜かれたように「あー、まぁ」なんて声を出しながらぽりぽりと頭を掻いた。


「こっちも課題で来ただけっすよ。多分少数での潜入捜査とかそういうの想定したやつだと」

「あぁ、だから二人だけなんだ」

「そっす」


「課題内容をお聞きしても?」


 ウィルに便乗するようにファラムも続く。

 シュヴェルは相変わらずアレスをぶん殴ろうとしているようだが、あまりにもアレスがすいすい回避するせいで、後ろで何か派手にシャドーボクシングやってるようにしか見えない。そちらに話しかけるよりは、まぁザインと会話した方がマシだろう。


「あー、課題って言っても正直なんもないんすよ、ここ。見るからに平和でしょ?

 だからまぁ、湖の先に広がってる森の中で精神修行とかそういう方向でお茶を濁す感じにしておこうかなって」


 町から見える湖の周辺は様々な花が咲いているので、そこだと確かに人が多い。

 湖の向こう、先の方には確かに森が広がっているので、そちらならあまり人が来ないのではないか、と思うのもわかる。


 瞑想するにしても何にしても、あまり人の多いところでやると下手に注目を集めるのでそこに目をつけるのはわるくない、と思われた。


「なんだったらてめぇと模擬戦って形でオレらの課題に貢献してもらってもいいんだぜ?」

「する必要あるか? その場合間違いなく今度こそ仕留めるが」

「そう何度も簡単にやられっかよぉ!」

「だから、公共の場で騒ぐんじゃない」

「げっ……は……!」


 ずどむ、という鈍い音がしてアレスの拳がシュヴェルの腹にめり込んだ。

 ドストレートで急所に入ったのだろう。脂汗を流しながらシュヴェルはその場で膝をついて腹を抱えて蹲った。


「なぁザイン」

「なんすかアレスくん」

「こいつここで殺していいか? さっきも同じ事言ったばかりなのに全く頭に入らないとかあまりにもバカすぎる。こんなのワイアットも荷物にしかならないだろう?」

「やー、正直アレスくんが他のお仲間ほとんど殺してくれたせいで、手駒がないんすよ。なんで頭が悪いという理由でさらにこっちの手数減らされるのは困るっすねぇ……主におれが」


 アレスは別にワイアットの事を案じて、だとかで言ったわけではない。

 これならそのうちどこかでワイアットが自分で邪魔だなぁ、で処分しそうだし、なら別に今ここで仕留めても何も問題ないんじゃないか、というくらいの気持ちで聞いたに過ぎない。

 正直人の心どこ置いてきた、という気しかしないが。


「あぁ、下手に残ったせいで盛大に使いっぱしられてるわけか」

「わかってるならこっちの人数減らさないでほしかったなぁ」

「でもそうしないと俺たち学園に行けなかったし」

「ははっ」

「ふふ」


 いやなんでそこで笑い始めてるんだ? とウェズンは思ったが、首を突っ込むとろくな事になりそうになかったのでそっと視線を逸らす。

 逸らした結果ファラムと目が合って、ウェズンと目が合ったファラムはちょっと困ったように微笑んだ。

 まぁここでこうしていても割と不毛な展開にしかなりそうにないので、ウェズンは廊下の先を指し示す。

 こいつら置いて先に下行ってようぜ、の合図である。


 それに真っ先に賛成したのはウィルだった。


 確かにここでちょっと懐かしい顔に遭遇したとはいえ、話に花を咲かせる程親しかったわけでもない。

 この場はアレスに押し付けて、一足先に宿の外に出てもいいんじゃないか? と思うのは割と仕方のない事だった。


 ウェズンはザインとシュヴェルの事をほとんど知らないとはいえ、それでもここにアレス一人を残したとしてアレスが負ける事はないんじゃないか、と思っている。

 だからこそサクッと置いていくなんて選択肢が出たわけだ。


「先行ってるから」


 とはいえ何も言わずにおいていくのは流石に……という思いもあったので一声かける。

 わかった、とばかりに頷いたアレスを置いて、ウェズンはウィルとファラムを連れて下の階へと向かう。


 流石に建物を吹っ飛ばすような勢いで攻撃しあったりはしないだろう。



 そうして階段を下りて、とりあえず外で情報収集でもしてくるか~なんて暢気に考えていたのだが。




「どうしましょう、うちの子が帰ってこないのよ……」


 一階に下りて早々に、何やら事件の香りが漂う声が聞こえてきた。

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