巻き込まないで下さい
今しがた遭遇した三人の少年。
赤髪がアイン、緑髪がイール、紫髪がウッドイルと名乗った。
三人はセルシィという教師のクラスに在籍しているのだとか。
セルシィ、という名に聞き覚えはない。というかウェズンにとってはテラ以外の教師の名などほとんど知らないので、多分誰の名前が出てきても「へー、知らないな」で終了である。
入学式っぽい時に何名か名乗っていたはずなのに、完全にゴーレム見物してたせいでこれっぽっちも覚えていない。
名前を聞いてもピンとこないし、恐らく外見の特徴を言われてもわからないだろう。
だからこそウェズンはそうなんだ、で済ませた。
ついでに簡単に自己紹介を済ませて、僕たちはテラ先生のクラスだよと言えばそれ以上深堀されて聞かれるようなものもないだろう。
「それで、お前らはここが課外授業場所なのか?」
ヴァンの問いに三人が頷く。
「……という事はこの近くに神の楔があるという事か?」
「中庭の方にあるぜ」
「中庭あるんだ……」
アインがあっさりと答えるものの、ウェズンはなんだか解せぬ、といった雰囲気で室内を意味もなく見回してしまった。
外から見る限り中庭なんてありそうな感じではなかった。家の中に入って空間圧縮されている、と知った今でも正直ちょっとこの家どうなってんだ? という意識が強い。
実家は比較的普通だったと思いたいけれど、もしかして他の家は空間圧縮されているのが当たり前なのではないか? という疑問がよぎったのだ。
いや、流石にそれはないか。すぐさま思い直す。
空間圧縮が当たり前であるならば、ヴァンもルシアもこの家に入った時にいちいち反応する必要がなかったからだ。
つまり、空間圧縮してる家は普通ではない。
ウェズンはその事実を深く胸に刻み込んだ。これが当たり前だと思ってしまえばどこかで非常識っぷりを晒すのは目に見えている。だがしかし、空間圧縮するのが当たり前の建物もあるんだろうな、とも思う事にしてどっちも時と場合によってよくあるくらいの認識でいた方がいいだろう。そんな風に考えた。
「お前らはここが課外授業場所じゃないんだろ? なんでわざわざこっちに?」
イールに聞かれ、ウェズンは特に隠す必要もない話だからとカミリアの葉を採取している途中で魔物に囲まれて、数が多かったし事前に調べておいたセルシェン高地で出るらしき魔物ではなかったのもあって相手の強さもわからないため下手に攻撃を仕掛けるのは危険と判断して逃げてきた先がここだった、と答える。
家が一つだけぽつんと建ってるのは少しばかり怪しいと思ったけれど外は雨も降ってきたし、ずぶ濡れになるよりはマシだと言えば、三人はマジか雨降ってきたのか……とどこかうんざりした反応を見せた。
「湿気高くなると髪の毛がなぁ……」
ウッドイルが頭に手をやって、そのまま髪を撫でつける。湿気も何も既に天パ故にか髪の毛はぐりんぐりんである。だがしかし、もしかしたらこれ以上酷くなるのかもしれない。もしそうなら、嘆く気持ちも理解できない事はない。
「ところでそっちの課題は何だったんだ?」
ウェズンがこちらの課題の内容を話したからか、ヴァンはついでとばかりにアインたちの課題に関して問いかけた。
場合によっては死ぬとか言われていたものの、少なくともウェズンたちの課題はそこまで危険を感じなかったというのもある。
いや、図鑑にいなかった魔物に囲まれた挙句やたら低いイケボで「るー」と鳴かれごっつい目力で見られていた事に関してはちょっとどうしていいかわからず困ったけれど。
他の人の課題が何であったか、というのは聞かなかった。というか聞けなかった、と言うべきか。目的地だとかそこに出る魔物だとか色々と調べる事があって、自分たち以外の課題に目を向ける余裕がなかったが正しい。
しかしここで他の課題をしている生徒と遭遇したのだ。ついでに聞いてみるくらいはしてもいいだろう。ヴァンからしてみれば、自分の好奇心を満たすついでの世間話のようなものだった。
「あー、大した内容じゃなかったんだけど」
「ここ、魔女が住んでるんだよ」
「で、その魔女に届け物」
配送と考えれば確かに大した内容ではない。
ただしその相手が魔女と言われれば大した内容ではない、と言い切っていいのかわからなくなるが。
「神の楔があるから学園からここまで特に危険もなく来れるだろ。何せ中庭に転移門があるんだ。ここから更に外に出てあちこちうろつかなきゃ、魔物と出会う事もない」
言われてみればその通りだ。
「届ける荷物はセルシィ先生から渡されたし、それはリングに入れてしまえば途中で何かあっても特に心配するような事もないだろ」
「まぁそうだね。普通に持って歩くなら道中落とすとか奪われるだとかの心配はあるけど、リングに入れてしまえば本人に渡す時に出せばいい」
……本人に上手く化けた別人に渡す可能性、なんてものがチラッとよぎったけれど誰かの姿そっくりに化ける、という事が果たしてそう簡単にできるだろうか?
できなくはないだろうけれど、魔法か魔術か特殊メイクか、いずれにしろ何らかの手段や方法がなければ難しい。
「それで、荷物は早々に渡したんだけど」
「あぁ、終わったなら帰れるよな。でもまだいるって事は何かあるのか?」
ずっと暖炉に背中を向けていたからか、一部分だけ暑くなってきたのだろう。ルシアが身体の向きを微妙に変えながら聞いた。
「その、魔女の婆さんと取引をだな……」
アインがどこか気まずそうに言った。
ウェズンからすれば魔女、という言葉にそう馴染みがあるわけじゃない。
お伽噺。ゲーム。漫画にアニメ。それから歴史の授業でちょっとだけ。
前世で魔女という言葉を見る、または聞くのなんてそれくらいだ。日常生活で当たり前のように使う言葉ではない。
こちらの世界に魔女がいる、と言われてもまぁそりゃいるだろうなとしか思わなかった。
魔女がどんな存在であるのかはわからないが、魔法があって精霊がいるなら魔女がいる事はそうおかしな事ではないだろう。
だがしかし、ヴァンとルシアの表情を見る限りなんとも言えない感じなので、もしかしたらあまり良い存在ではないのかもしれない。ここで魔女って? と聞くのは話の腰を折るような気がしたのでウェズンはしれっと、魔女? 知ってますけど何か? という体を装った。
何とも言えない表情を向けられて、ついでになんとも言えない空気が質素なリビングに満ちたからか、アインは気まずげでありながらもポツポツと話をし始めた。
曰く。
魔女のいる部屋は薬を作る部屋らしく、棚には今までに作った薬がずらりと並んでいた。
その中にとても貴重な薬があって、アインはそれがどうしても欲しかった。
とはいえ、貴重な薬だ。タダでくれなど言えるはずもない。言っていたら最悪魔女にぶち殺されても文句は言えない。かといって普通に買うと言ったとして、その薬はあまりにも高価。
けれどもどうしても欲しかったので、アインは咄嗟に取引として自分の全財産を払うからその薬を譲ってほしいと言ったのだ。駄目元だとかあわよくばというのがあったのは否めない。
魔女は言った。
取引は一度に大勢とする気もない。今日取引をするなら当分は誰ともしない。他に取引をしたい奴はいるかえ? よく話し合って決めな。
イールとウッドイルは別に魔女が作った薬に興味はなかった。
いや、まったくないわけじゃないけれど、どうしても欲しいという程の熱意はなかった。
取引したいのはアインだけ。だから、そのままの流れで取引になるはずだった。
ところが魔女は他にもこの家に人がいると言い出して、そいつらもまさか取引するとか言い出すようなら話し合って決めなと告げた。
もし、ここに魔女がいる事を知っている何者かがやってきて、取引を持ち掛けようとしているのなら。
早い者勝ちとばかりにアインが取引を持ち掛けようにも、魔女は新たな客人の意思を確認しておいでと首を振ってそれ以上は何も言わなかった。
もし取引しに来た相手であれば、アインはどうにかして今回は諦めてもらおうと思い――勢いに任せて部屋の中を駆けて移動し――結果がドアにタックルする勢いでの登場である。
「取引、ねぇ」
「頼むよ。今このチャンスを逃したら次いつになるかわからないんだ」
「ちなみに何の薬を欲してるわけ?」
「霊薬だ。滅多に手に入る物じゃないんだ。わかるだろ!?」
まさかのエリクサー。ゲームなんかでは入手できる数が限られたりしているものの、何か勿体なくて大半のプレイヤーが使う事のないまま終わるというアイテムランキングの上位に位置してるやつである。
仮に大金で購入できるとなっても、正直そこまでして使いたい物でもないので結局あまり使われないままという印象が強い。
「いや、僕たち雨宿りに来ただけだから、別に取引とかは……」
「本当か!? 後からやっぱり、とか言い出さないな!?」
正直今そこまでどうしても欲しい! と言える程の物はない。
強いて言うならイアがすっかり忘れてしまったこの世界を原作とした小説とかゲームなのだが、ゲームの場合はゲーム機とかテレビとかセット一式でとなるので、そうなるとやはり小説だろうか。全何巻なんだろうな。
なんて思いながらも、その魔女の所にそんな都合よくこの世界の事が書かれた物語などあってたまるかという話である。
そういう意味ではウェズンにとってはエリクサーとか珍しいから一度くらいはお目にかかりたい、くらいの気持ちはあれど、どうしても欲しいとまではならないし、ヴァンもそこまで興味を持った様子はない。
ルシアだけは少し興味深そうにしていたけれど、あくまで興味があるだけでアインを押しのけてまで取引をしようとまでは思っていないだろう。
それぞれが別に取引とかするつもりはない、と言えばアインは念を押してきたが、何度言われても別に気が変わるわけでもない。むしろあまりにも念押しされるとそこまで言うならいっそ心変わりしろって事か? という気になりそうだなんて言えば、アインはしつこく念押しするのをやめた。
一応話がついたら全員で来いって言われてるんだ、とウッドイルに言われ、その全員にはこっちも含まれてるんだろうなぁ、と理解してしまったのでウェズンたちも大人しくアインたちについていく事にした。アインたちがやって来たドアの向こう。ウェズンたちにとっては未知のエリア。
とはいえ、アインたちの後ろをついていく限りではそこまで変わった様子はない。外から見る限り中がこんな広いとか嘘だろう、という思いはあるけれどそれだけだ。
「話はついたぜ婆さん!」
魔女がいるという部屋にたどり着くなり、アインはそう叫んでドアを開けた。
室内は広く、部屋の中央にはでっかい釜があった。
う、うわぁ~いかにもな感じのやつ~! と叫びそうになりつつも、どうにか自重したウェズンが室内を見回せば、何かその手のゲームにありがちなやつだな、という感想しか出てこないのだが、壁際にずらりと並ぶ棚には今まで作った薬だろう。おどろおどろしい物から神秘的な輝きを放つ物まで実に様々に陳列されている。
一体どれがエリクサーなんだ……とか思いながらも、あまり薬の棚を見ていればまたアインがやっぱりお前取引したいとか言い出すんじゃないだろうな、なんて言いかねないので視線を魔女に戻す。
釜の中身を長い棒でかき混ぜている魔女は、なんというかお伽噺に出てくる悪い魔女みたいな見た目をしていた。




