お望みのハーレムだぞ
展開に若干ついていけていないスウィーノの様子を確認しつつ、イアは淡々とストーリーを進めていく。
本来の展開から完全に離れた時点で魔本の先の展開がほとんど白くなってしまったので、こうなればもうあとはいかにナレーションが話を進めていくかがカギとなる。
本来王子と共に登場するはずだった城の人間やら、隣国の王女といった登場人物もここから先は出ない。
とはいえ、まだそれは魔本の中で確定したわけでもないからか、この後急遽役変更される人たちはそのままだった。
『海の底は王子にとって未知の世界でした。陸とは異なる美しい世界。けれどそこは、陸以上に恐ろしい世界でもあったのです』
見た目はほぼ人魚といってもいい姿でスウィーノはよたよたと不格好な移動をしている。
二本足で歩いていた時と異なり尾びれを動かして移動しなければならないというのは、簡単に慣れるものではなかったらしい。
水妖の姫の役になったアクアはというと、最初からそこら辺魔本の力でどうにかなっているのか、海中での移動はとてもスムーズだった。
勿論、姫と同じく海の底がホームグラウンドである役の者たちもだ。
ただ一人、スウィーノだけが現時点で海の中での移動に苦労していた。
『人の身から水妖へと変化した王子は海の底での生活に苦労しておりました。けれども、姫が常に優しく寄り添って助けてくれます。他の水妖たちも姫が連れてきて甲斐甲斐しく世話をしている王子の事を温かく見守っておりました』
ナレーションが言うのだから仕方がない。アクアはそう割り切ってスウィーノを支えるように行動する。
物語が始まる前のイアの様子から、悪いようにはならないと信じているので。
逆に、スウィーノはこれから先何が起きるのかわからずやや戦々恐々としていた。
『そうして過ごす事しばし。王子と姫は結婚する事となりました』
「ちょっとまった!? その、王子的には陸に帰りたいとかそういう事言うんじゃないかなぁ!?」
展開がサクサク進むのはともかくとして、王子ならば言うだろう。
そんな簡単に結婚とか、ねぇ……? とばかりにスウィーノは声を張り上げた。
『その姿で? もう人の身に戻ることは叶わないというのに?』
そしてそんなスウィーノにナレーションは淡々と返す。
戻れない。
そう言われてしまえば察するしかない。
この姿で上半身だけ海から出るならまだしも、下半身を見られれば人とは違う生き物だと誰にだってわかる。
いくら王子だと言ったところで、この姿ではもうあの国で過ごす事はできないだろう。
仮に保護されたとしても、公的な立場として人前に出る事などできるはずがない。出たが最後、化け物と恐れられるか見世物に転ずるかだ。
『王子は相変わらず尾びれを動かしての移動に慣れていないせいで、動きはいつもゆっくりでした。なので、一人でこっそり地上へ泳ごうなどとできるはずもなかったのです。大抵は、どこか途中で姫か、それ以外の者たちに気づかれてやんわりと連れ戻されます』
「え、ちょ……」
帰りたいのに帰れない。
しかも、もし誰にも見つからないようこっそりと地上へ行こうとして、運よく誰にも見つからなかったとしても途中で大きな魚、それも肉食魚だとかに遭遇すればその時点で王子の身はとてつもなく危険な事になる。
鮫だとかのいかにもなわかりやすいやつなら王子だって危険だとわかるだろうけれど、悲しいことに王子はそこまで魚に詳しいわけではない。うっかり知らぬ間に危険な魚の接近を許す事はとても有り得る話だった。
『美しい姫との結婚、そして周囲の祝福。ある意味で幸せな光景なのでしょう。
水妖としての目線であれば』
「いやー、なんか不穏さが漂いはじめてきたー!?」
スウィーノが叫ぶが、今更元の話に戻るはずもない。イアは淡々と話を進めていく。
『普通の人間であれば結婚式の後、きっと初夜が待っていた事でしょう。けれども王子に待ち受けていた初夜は、王子が想像するものとは大分違いました』
「おいおいおい一体どんな展開に転がすつもりだよぉ……」
嫌な予感が留まるところを知らないのか、スウィーノの声がひきつっている。
『王子はとある部屋に案内されます。
その室内には、小さな卵がたくさん存在していました。
一部の水妖は胎生でありますが、ここの水妖たちの大半は卵生だったのです』
そう言えば、この先の展開に思い当った数名の「あ……!」という声が聞こえた。
『すでに生まれた卵に、あとは精子をかけるだけです。王子の初夜は、水妖の姫の卵の他、それ以外の水妖たちの分まで行う事になっていました』
この場にウェズンがいたならば、そういや鮭とか養殖のやつでそんなシーンをテレビで見たなぁ、とか言っていたかもしれないが、まぁスウィーノは養殖の魚でもないので無理矢理身体を絞って体液を出すわけでもない。
とはいえ、自分の意思でやるにしても、あまりにもあまりな状況であった。
この場合果たしてどちらがマシだったのか。
『水妖の姫のみならず、現時点この水妖たちの国は男性が少なすぎて中々繁殖する機会がなかったのです。それ故に、王子は引っ張りダコとなりました。
姫が選んだ殿方ならば……と他の水妖たちも群がります』
「いやあのナレーションさーん!? ちょっと! ちょっと待って頼むから待って!?」
なんだか喚いているけれど、しかしイアは知ったこっちゃねぇとばかりに話を進める。
『そうして王子は気付けば大勢の水妖の繁殖に手を貸す事となったのです。
姫を始めとした水妖の女性たちに囲まれて王子は生涯水妖の国で過ごしましたとさ。めでたしめでたし』
イアが話は終わったとばかりに魔本を閉じれば、ポンと音がして本の中に入っていた面々が出現する。
「というわけで、喜ぶとよいよお望みのハーレムだ」
にこっと微笑むイアではあるが、その微笑みは純真無垢とは程遠い。
イア以外の女性陣も、笑ってはいるけれどしかしその目は笑っていなかった。
「いやあの、お望みのハーレムとは程遠いっていうかですね」
「うん。でもハーレムだよ?」
「ハーレムって言えば何かもう何もかも許されるみたいな言い方ですけども」
「人間としてのハーレムとまでは言われてなかったから」
「そうなんですけどもおおおおおおお!!」
しれっとイアが言い放てば、スウィーノは頭を抱えて叫んだ。
違うんだ! 自分が望んでいたハーレムっていうのは、そりゃもう綺麗なおねーさんたちに囲まれてウハウハな生活であって……とかのたまっているが、
「うん、でも。
そういうハーレムをお望みなら、まずそれだけの女性を養える甲斐性がいるし、それだけの女性にちやほやされるだけの権力とか、財力とか、ともあれそういうのがないとね。
顔だけ良くてもおねーさんたちだって生活かかってるんだったら金のない男に群がろうなんてしないと思う」
見た目が幼く見えるイアにあまりにも現実的な事を言われ、スウィーノは言葉に詰まる。
「貴方の言うハーレムは大勢の女性に養ってもらいたい、つまりはヒモ生活したいっていう事? でもそれならそれで、この人はわたしがいないと生きていけないの、って思えるだけのなんかこう……庇護欲とかそそるとかでもないと難しいし、ましてや複数名の女性が養ってあげなきゃって思うだけの魅力とかないと無理では?
それならお金持ちのお嬢様とかに狙い絞って一人の人に養われるペットにでもなる方がまだ現実的」
容赦がない。
「でもさっきのエンディングからして人として扱われないと不満なんだよね?
じゃあもうその場合はいっそ一人でも生きていけるくらいに自立した状態にでもなった上で、でもあの人の事をでろでろに甘やかしたい、とかいう女性の目に留まるしかないんじゃないかなぁ、って気がしてるんだけど」
「いやさっきのはアレ、ハーレムっていうよりどう考えても種馬エンド」
しかも魚類に分類されるような状態なので種馬といっても女性と性的な行為に及べるわけでもなく、本当にただ一人虚しく……といった感じなのだ。
ハーレム、女性に囲まれてウハウハ、とかそういうのを想像していたらまさかの一人孤独に種を蒔くエンドとか、落差が激しすぎる。
しかもこの場合、確かに水妖の姫以外の女性とも、となってはいるが実際に恋愛的な接触も何もほとんどあったものではなかった。
慣れない水の中での移動。
故に逃げたくても逃げられない状態で、女性たちにやんわりと囲まれていてもそれはどこか監視めいていた。
多くの女性に必要とされていたといっても、必要とされていたのはあくまでも子種であって本人ではない。
「違うんだよぉ、自分を必要としてくれる人じゃないとイヤなんだよぉ」
「女性だってそうじゃないの? 自分の事をいっとう好きでいてくれる人がいい、っていうアレでしょ?
でもスウィーノくん別に女なら何でも良かったんだよね? じゃああのハーレムでも全然かまわないんじゃないの?」
やっぱり容赦がない。
「仮に一人に絞ってその一人に嫌われたら心が死ぬから!」
「嫌われないための努力はしないの?」
「した上で嫌われたら死ぬだろ!?」
「だから不特定多数に感情向けるってのもなんかこう……本末転倒みを感じるね?」
スウィーノが本心をさらけ出した途端周囲の女性の目が大層生ぬるくなったが、スウィーノは気付かない。
「でも正直、この人に対する女性の評価ってあんまりよくない」
「え、そうなの?」
アクアがぽつりと口にした言葉にイアは思わず聞き返したし、スウィーノは突然の予想外のダメージに胸をおさえて蹲った。
「色んな人に言い寄るから誰でもいいんだって思われて、下手に付き合ってもすぐ浮気しそうっていう評価」
「あー」
「しかも自分の友人にも言い寄るものだから、二股とかかけられた挙句自分がその友人ともめるかも、って考えたら友情クラッシャーもいいとこだし、実のところ新入生の女子にも裏で注意喚起されてる」
「マジかよ!?」
大勢の女性に声をかけていけばそのうちだれか一人くらいは自分の事を好きになってくれるのではないか、と思っていたスウィーノではあったが、まさかその行動が逆に女性陣を遠ざける結果になっていたとは思ってもいなかったらしい。
しかも裏で新入生がうっかり毒牙にかからないように、と注意喚起までされていると暴露されて、叫んだ声は完全に泣く一歩手前だった。なんだったら涙目にもなっている。
学年的に一つ上だけであろうと先輩フィルターがかかって新入生的には素敵な先輩、と思われる可能性もあったはずだが、早々に要注意人物扱いされているとなれば今後新入生の女子生徒がスウィーノに親しげに接する事は相当根気強く関係を深めていかない限り難しい、となれば、まぁスウィーノの泣きそう一歩手前状態もわからないでもないのだが……とはいえ同情まではできなかった。
結局周囲の女子生徒たちからも、まずあんたはもうちょっと誠実な人付き合いから始めな、とか言われてしまって。
お話の中だけとはいえあわよくばハーレムを、なんて妄想していたスウィーノの野望はこうして打ち砕かれたのである。合掌。




