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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
六章 広がるものは

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歪曲した上で叶えてやろうの精神



 あっ、これ仕組まれてたんだな。



 イアがそう理解した時には既に手遅れであった。

 学外に依頼をこなしに出かける授業を受けるものもいたけれど、今回イアは特に自分に適したものがなかった、という事もあってそれじゃあとりあえず他のクラスの人たちとの合同授業にでも参加しよっかな、くらいの軽い気持ちでもって魔本授業へ参加したのである。


 とはいえ、それなりに人数が集まってしまった事で数人のグループに分かれる事になった。


 本の中の登場人物をはるかに超える参加者がいたとして、モブ役とかに人数を割くよりはいくつかのグループに分かれた方が確かに効率的ではあるのだ。

 だからこそ、くじ引きでグループを決めようじゃないか、と言われて特に誰も否定はしなかった。

 きちんと登場人物をやりきるならともかく、モブとして本の内容にあまり関係のない役どころをやった場合、クリアしてもあまり魔力量が上がらないなんて話もあったので。

 主役と脇役とでも若干の違いはあるが、脇役以前の完全なるモブとなると参加したところでメリットが少ないのである。無理にモブにも活躍の場をもたそうとしても、やりすぎて話の中身が破綻するとやはりクリアしてもメリットが少ない。おいしくもなんともない終わり方をした場合、他の参加者としても時間を無駄にしたとしか思えないだろうし、そう言う意味では本の内容に適した参加者数で臨むのは正しい。


 イアたちが最初にうっかり事故で巻き込まれたみたいな魔本 勇者物語だってあれ、旅の仲間でもある勇者一行だけが本来の参加者数であったようだし。

 ナレーションとしてプラス1されても、明らか少人数向けのやつ。


 今回の魔本は水妖姫の物語、である。


 ざっくりストーリーを述べるのであれば。

 イアが前世で見た人魚のお姫様のお話と似ていない事もない。


 水妖の姫が人間の王子に一目ぼれして、人間の世界に飛び込んで王子と結ばれようと奮闘する物語である。

 恋する女の子のお話、と一言で言ってしまえば微笑ましいが、こちらのお話は悲恋である。

 魔法薬で人になった水妖の姫は、しかし慣れない人間社会に翻弄されて、王子は最初そんな姫を珍しいものを見るように、何も知らない幼子を保護するかのように接していたけれど。

 価値観があまりにも異なりすぎたのである。


 無垢、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、何も知らな過ぎた姫をやがて王子は疎んでいく。

 そうして、同じような価値観を持った隣国の姫との結婚を決めるのだ。


 魔法薬の効果は王子と結ばれなければ毒となり、水妖の姫は最後消滅してしまう、という呪いにもなっていた。種族を変換させるとなると、それくらいの制約が必要になってくるのだ。魔法は決して全能でも万能でもないので。


 その美貌だけでは王子を射止める事ができなかった水妖姫の最後はいくつかの解釈に分かれるのだが、まぁ悲恋である。


 イアはよりにもよってその本の参加者になったのだ。

 ナレーションとして。


 またか、とも思った。

 だがしかし、この組み分けがどうやら仕組まれていたらしいぞ、と判断した時点で。

 ナレーションとか一番いいポジションだな、とも思ったのだ。



 登場人物はそこそこいるが、重要なのは王子と水妖姫、それから隣国の王女。

 それ以外の脇役もいるけれど、今回特にそっちで異色さを発揮するようなのはいないので、イアとしては意図的にそちらは数に入れない。


 というかだ。

 このチームの参加者、一人を除いて全員女性なのである。

 故に、王子役は必然的にその男性がやることとなったらしい。男装した人が王子役でもいいんじゃないか、とイアは普通に思ったが。


 参加者全員女性だったらそうなっていたんだろうな、と思ったものの、まぁナレーションであるイアはそれじゃさくっと終わらせますかと決意するだけだ。



 王子役に選ばれたのは、スウィーノだった。


 話の中だけでもハーレム築きたいんじゃー! と叫んでいた彼は、己の欲望にとても忠実である。

 王子がそんな叫ぶこと、ある? と素で突っ込んだが後悔もしていない。


 ナレーション様何卒、なーにーとーぞ、王子が大勢の女性と結ばれるハッピーエンドをおおおおおお! と物語が始まる前に土下座する勢いで頼んできたあたり、もうなりふり構ってないなとすら思える。

 ここで普通に考えるのならば、王子が水妖の姫と隣国の王女と結ばれる両手に花エンドをスウィーノは所望している、と受けとるべきだが。


 水妖姫はアクアだし、隣国の王女はウィルだし。


 ……これ、きちんと結ばれると思うか? という話でもあった。


 チーム分けするときに、一体どんな仕掛けをしたのかまさかこっちの参加者一名除いて全員女性とか、ストーリーがどう転んでも女性と結ばれたいという執念すら感じられる。

 イアと同じく、こちらのチームに組み分けられた他のメンバーたちの視線はとても冷ややかだった。


 彼がモテないのは、きっとこういうところなんだろうな、と思う。


 イアは普段それなりに善良な少女であるが、しかし前世の記憶も持っているので、勿論何も知らない無垢な娘というわけでもない。


 誰でもいいならそれこそダッ●ワイフ相手に腰でも振ってろ、と面と向かって言わないだけの分別はあるが、そういう毒を内心で吐き出すくらいにはイアも女性なのである。


 配役を割り当てられてげんなりしていた他の女性陣相手に、イアは「俺に任せろ」とばかりにぐっと親指をおったてた。


 任せろ、水妖姫の物語を本来のものとは違う解釈で進めてやんよ。本来のストーリーからがっつり外れるから、今の配役が突然別の役になるかもしれんがまぁそこは大目に見てくれ。


 そんな気持ちで。

 イアは水妖姫の物語を開始したのであった。


 ちなみに前回の勇者物語の時はいきあたりばったりで配役が決まったようだったが、こちらの魔本は最初の時点で役が割り振られていたのである。

 なお水妖の姫を人間に変える魔法薬を作り渡す海の魔女はファラムであった。

 もしイルミナもいたのなら、間違いなく彼女もここに巻き込まれていたに違いない。


 水妖姫の物語の内容をざっくりと思い返しながら、イアは最初のストーリー部分を読み始める。


 楽しみにしていたのは、間違いなくスウィーノだけだった。


 最初に配役を定められた者たちも、後になってから急な配役チェンジをする事になるなと思いながらも。


「これはとある水妖の姫の物語――」


 イアは物語を紡ぐ。

 この魔本を作った妖精もびっくりなルートに突き進んでやる……! そう思いながら。



 アクアは思っていた。

 よりにもよってあの男に恋する役柄か、と。

 いやまぁ、実際本気で恋をしろとかじゃないわけだし、これはそういうお話だとわかっているのでそこは呑み込むにしてもだ。

 でもどう見たってあれが王子なら、水妖の姫男の趣味悪すぎるだろう、と思うわけで。


 物語の中の実際の王子はもっと素敵だったのかもしれないが、初っ端からアクアのやる気はガンガン消失しているところだった。


 そんな中、イアのナレーションの声が響き渡る。


『とある日、海を泳いでいた水妖の姫は船の上にいる王子を見て一目で恋に落ちました。

 直接会って話がしたいけれど、しかし相手は人間で姫は水妖。種族が異なるが故、そして異種族に対する理解がまだ低かった事もあり、姫は気軽に王子の前に姿を見せるわけにもいかなかったのです』


 まぁ確かにそうね、とアクアは声に出さず相槌を打った。

 そういう種族だ、とまだ理解が及んでいないころなら間違いなく水妖は人間から見れば魔物だと勘違いしたかもしれない。そんな所にのこのこと姿を見せてみろ。珍しい生き物だ、捕まえて見世物にしよう、だとか。化け物め殺してやる、の二択が高確率で待っている。


 故にアクアは船に近づこうとはせずに、遠巻きに船を眺めるだけに留めておいたのだ。


 確かこの次にまた王子が船に乗っているのを目撃した後で、嵐がやってきて王子は船から海に投げ出される。それを助けて水妖の姫は人間となって王子に会いに行こうと決心する流れであるのだが。

 ナレーションは突然別展開をぶち込んできた。


『水妖の姫は、王子を一目みてからというもの彼の姿が忘れられません。それ故に、思い募った彼女は海の魔女の元へと訪れたのです』


 本来海の魔女のところへ行くのはもうちょっと先なのだが、しかし魔本からもNGである、みたいな駄目出しは出てこなかったがために、しれっと舞台は海の底の、魔女の住処へと変わる。

 本来の出番だったはずの脇役たちの出番が消えた事で、一部ちょっとざわついていたけれどイアはそれをガン無視した。

 ついでに王子役のスウィーノは多少展開を変えでもしないと自分が女性に囲まれる展開はないだろうと思っているので、イアの突然の場面転換に文句一つ言わなかった。


『水妖の姫の恋の話を聞いて、海の魔女は早速彼女のためにと薬を作りました。そしてその薬を手に、水妖の姫は次にあの方に会える日が待ち遠しいわと浮かれておりました』


 おや? と勘のいい者たちは次の展開が異なるだろうことを早々に把握し始めた。

 本来の流れは嵐で船から投げ出された王子を水妖の姫が助け、陸地にどうにか運んだあと、彼女は陸地を自由に歩ける身体ではないために海へと戻る。

 その後、本来ならば海の魔女に人間になれる薬をもらいにいくわけなのだが……


 既に薬があると言う事は、助けた時点で私が貴方を助けました! とでもやって即ハッピーエンドルートへ運ぼうとでもいうのか。

 なんて、まだ登場するタイミングでもない者たちはふわっと考えていたのだが。


 イアがそんな可愛らしいストーリー進行をするはずがない、という事に気づいている者はほとんどいなかった。

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