普通の家の基準がわからない
魔物と遭遇し、その実力は未知数。そして数が多い事もあり一時撤退。
ここまではいい。
下手に留まって死ぬよりは逃げて機会を窺うのは当然であるからだ。
そして、逃げた先で見かけた家。
人が住むには正直どうかと思うような立地。そこにポツンと一軒家。
ウェズンの前世なら衛星写真とかでもないとこんなところに家があるなど誰も知らないだろうと思えるような場所だ。そういやそんな家に訪れる番組があったような気もするが、あれは基本少し離れたところに人里があったり、家族が住んでいたりする。
仮にそういうのがなかったとしても、辺鄙な場所すぎてテレビで見たけどちょっと行ってみようかな、と思えるような場所ではない。それでも何かよからぬ事を企もうとして行こうとするやつはいるかもしれないが、そういう家って大体山の上とかにある印象が強い。
車で行ければいいが、大体途中から山道が狭くなってて車での移動が無理になってる気がする。
そして車から降りたとしてもだ、そこから徒歩で大体5キロ程山を登れば到着です、みたいな感じがとてもするのだ。
平坦な道の5キロはともかく、山道の5キロは体感倍以上だと思ってもいい――とウェズンは思っている。整備された道ならまだしも、舗装もされていない獣道のようなところを移動するとなれば、体力だって思った以上に消耗するものだ。
何が言いたいかというと、どう考えても人が住むにはどうかと思う。これに尽きた。
山道でなかったとはいえ、魔物と遭遇する可能性は高くまた近くに人里があるでもない。
普通に考えればかつて誰かが住んでいたとしても今は無人である、となりそうではあるのだが。
「すいませんどなたかいませんかー!?」
それでも人が住んでいる可能性が1%でもある以上、ウェズンは家の扉を勝手に開ける前にまずドアノッカーを叩いて声をかける事にした。
「雨が止むまででいいので少しばかり場所をお借りしたいのですが」
中に誰もいなければ全く意味のない発言だが、もしいた場合勝手に入り込んでしまえば侵入者と思われて迎撃をされるかもしれない。
ウェズンが前世で過ごしていた日本ならまだしも、海外なら下手すりゃ拳銃でズドン、とされてもおかしくはないのだ。海外でそうなら、では、異世界は?
いきなり魔法が飛んできたっておかしくないし、室内で番犬がわりに育てている使い魔みたいなのが襲い掛かってきてもおかしくはないと思う。
どうにもこの世界の常識がどこまでそうなのか未だにウェズンは理解できていないので、とりあえず最悪の展開を想像しておくのはある種の癖になりつつあった。
声をかけてしばし。
特に何らかの反応があるわけでもない。
やはり無人か。そう思える程度には待った。
ギッ。
それなら勝手に入っても――などと思いかけた矢先、内側からドアを押すような力が加わったのを感じて、ウェズンは咄嗟にドアノッカーから手を離す。そうして少し後ろに下がれば、それを見計らったようにドアがゆっくりと開いていった。
その向こう側にはてっきり誰かがいるものだと思っていたが、開いたドアの向こう側には誰もいなかった。
(よくある展開だな)
本来ならばもうちょっと恐れおののいたりするのだろうけれど、いかんせん前世でみたホラー映画などではよくある展開すぎたので、今更驚きも何もない。ただ、ルシアだけがちょっとだけ「えっ、何で誰もいないわけ!? なんでドア勝手に開いたの!?」と叫びこそしないが小声で言っている。
とはいえ、ドアが勝手に開いたからとて、それこそそういう魔法があるのかもしれないと考えれば別に驚く程のものでもないだろう。魔法はお伽噺の中とかゲームだとかの創作の中だけ、なんていう前世ならいざ知らず。
「お邪魔します」
入れ、という事だと勝手に判断してウェズンはひとまず声をかけてから入る事にした。
ウェズンが入るのを見て「えっ!?」とルシアが本当に行くのか? と言いそうな声をあげたが、雨の勢いは弱まるどころか強くなる一方だ。木の枝を伝って雨水がぼたぼた落ちてきているところもあり、気付けば地面はかなりぐちゃぐちゃになっている。
流石にその状態で外にいるのは、先程ルシアが言ったように風邪ひきそう、となってしまう。
ちょっとした小雨程度ならまだしも、傘があったとしても足元はずぶ濡れになりそうな勢いで降っているのだ。更に風が強くなれば傘があったとしても何の意味もないだろう、と言えるくらいに酷い雨だった。
玄関ギリギリの部分なら多少雨を回避できそうではあるけれど、風が強くなりなおかつ風向き次第では濡れる。ルシアが悩んでいたのは数秒程度だった。
「お、お邪魔します……」
ウェズンに倣ってそう言いながら、ルシアはそろりそろりと引っ越し先に着いたばかりの猫のような足取りで入った。
入ってなお周囲を恐る恐る見回しているルシアから視線をヴァンへと移動させれば、彼はリングから取り出した水筒から水を飲んでいるところだった。
「邪魔するぞ」
水を飲みこんで、それからヴァンも室内に足を踏み入れた。そうして三人が中に入った途端。
バタンと音を立てて扉は勝手に閉じた。
「ひぃわ!?」
ルシアの悲鳴が上がる。
流石にこの短時間ではあるが、理解するしかない。
こいつ、相当なビビりか……と。
黙っていればとんでもない美少女面なんだがな……と割とどうでもいい事を思いながらも、ウェズンもまた周囲を見る。特におかしいと思うような物は無い。石造りだからか多少ひんやりした空気ではあるものの、それ以外で気になるような物があるでもない、本当に普通の家だ。玄関から廊下を進んで、扉が――
「いやおかしいな!?」
中身は普通のお家なんだ、なんて思っていたがすぐさま異変に気付く。
外から見た家の大きさと中身が一致していない。
外から見る限りでは、玄関入ってすぐに部屋でもおかしくない程度、つまりはそこまで大きな家というわけでもないくせに、いざ中に入ってみればやけに廊下が長いのだ。
「空間圧縮されてるだけじゃないか?」
「こんな場所で!?」
ヴァンが平然と言うが、それに噛みついたのはルシアだ。
気持ち的にはルシアの言い分もわかる。
学園の寮だとかは空間圧縮がかけられていて、見た目の割に中が広いと言われている。それに、自室だって魔力を使えば内装どころか部屋の広さまで自在にできると言われているのだ。
学園以外でもきっと重要な施設だとか人が大勢いるのが当たり前である建物だとかはそういった魔法や魔術が組み込まれていたとしても、おかしいとは思わない。
テラの話から他にもそういう建物があるというのは何となく理解している。
ただ、一般家庭でそれをやれるか、となると話は別だろうけれども。
だからこそルシアの「こんな場所で!?」という言葉は大いに納得できるのだ。
魔法は精霊の力を借りるとはいえ、半永久的に使用できるかとなると契約次第だ。こんな辺鄙な場所で誰も住んでないけど魔法の力を継続させつづけるとなれば、なんだかとんでもない契約をしないと無理なのではないだろうか。
ウェズンはさておき、精霊との契約に多少難儀したルシアとヴァンはその考えに行きついて、「いやおかしいな」「ホントだよ」と言い合う。
であれば、流石に無人ではないのだろう。
多分ここには人がいる。
そうして多分魔法か魔術かで玄関先にやってきたウェズンたちの様子を見て、雨宿りくらいなら構わんと家の中に入れてくれたのだろう。
それは有難いのだが……
「奥入って大丈夫かな」
流石に玄関にずっといるのも正直どうかと思うものの、他の部屋に入っていいのかも微妙なところ。
このまままっすぐ進めば多分普通の家ならリビングとかあるとは思うが、それはあくまでも普通の家の場合だ。だがしかし、玄関にいつまでもいるのも正直ちょっと……となる。雨に濡れる事はないけれど、ちょっとだけ肌寒さを感じるし。ルシアなんかはコートをしっかり着込んでいるがそれでもまだ寒そうだ。
「……まぁ、駄目なら駄目でドアとか封鎖されてるだろ」
空間圧縮なんてやらかすくらいだ。であれば、家に招き入れた者に行ってほしくない場所の扉は魔法で固く施錠されていてもおかしくはない。
魔法での施錠は空間圧縮よりも容易らしいと聞いている、とヴァンが言うので、それならと三人は奥へ進むことにした。
真っ直ぐに続いている廊下を進み、その先にある三つのドアのうちとりあえず真ん中を開ける。
普通の家基準で考えるなら真ん中がリビングかなと思ったからだ。左右のどちらかは風呂とかトイレに繋がってそうな気がした。違ったら他のドアを開ければ済む話だ、と気構える事なく開けてみれば質素ではあったが一応リビングらしき部屋がそこにはあった。
質素ではあるものの、意外と生活感がある。
「やっぱり誰かはいるみたいだな」
生活感があるくせにむしろ無人だったらそっちの方が怖い。
その可能性はあってくれるなよ、という思いを込めてウェズンはそんなことを呟いた。
見れば暖炉があり、そこには小さいが火がついていた。おかげで玄関に比べればやや室内は暖かい。ルシアが安心したように暖炉へ近づいていく。
「ん……? 誰か来るな」
特に室内を見回そうにも、そう物があるわけでもない。危険そうな物も特に見受けられなかったので手近な椅子に腰を下ろそうとしていたヴァンが何かに気付いたように先程入ってきたドアとは別の場所にあったドアを見た。
ウェズンもまた言われてそちらへ視線を向ける。
雨宿りに、と迎え入れてくれた相手だ。いきなり襲い掛かってきたりはしないと思うけれど、しかし聞こえてきた足音はやけに忙しない。ドタバタと室内でたてるような音ではなかった。ヴァンが気付いてからウェズンがその音を捉えるまで、そう時間はかかっていない。ルシアも暖炉に向かい合っていたが、流石に気になったのだろう。暖炉に背を向けてウェズンたちと同じくドアを見つめていた。
ド、ダ、ダ、ダ、ダン! と床でも踏み抜く気か? と言いたくなるくらいの足音が近づいてきて、バンッ!! とドアが開けられる。勢いに任せてドアにタックルしました、と言われたら間違いなく三人とも納得しただろうくらいの音だった。
「ん? 生徒か」
もみくちゃになりながら、転がり出るように現れたのは三人の少年だった。ウェズンたちと同じ制服を着ているのでヴァンの生徒か、という言葉は単に事実を口にしただけだろう。
とはいえ、彼らに見覚えはない。別の教室の生徒である。
「は、え? なん、お前らもここに課題が……?」
怪訝そうな表情を浮かべながら、赤髪の少年が問う。
「いいや単なる雨宿りだ」
答えたのはヴァンだった。
そしてその言葉を聞いて、赤髪の少年はホッと露骨なまでに安堵の息を漏らしていた。
「そっか、なんだ、ならいいんだ」
「なぁアイン、いいんだ、じゃないよ。この人たちもここに来た以上連れてかないと……」
「そうだよ、後から拗れたら面倒な事になりそうだし」
緑色の髪の少年と紫色の髪の少年が赤髪の少年――アインと呼ばれていた――に小声で話しかけるも、その声はこちらに筒抜けであった。本人はきっと聞こえていないと思っているのかもしれないが、困ったことに最初から最後まで全部聞き取れてしまっている。
もしかしなくても、面倒な事に足から突っ込んでった感じかな? なんてウェズンが思うのも無理からぬことであった。




