誰もお悩み解決できない
「そもそも、僕たちの知ってる依頼と明らかに違うんだよなぁ……!」
どうにか無事に着地を決めたウェズンは、頭上を見上げつつぼやいた。
「そうだね。依頼って、まずこういう事情でこういう解決を望みます、っていう感じの説明入るよね普通は」
「なんだっけ、使い魔の討伐だっけ? その時点でちょっとこう、おかしくないか?」
ウェズンの言葉にルシアとヴァンが便乗した。
そうして三人がちらりとイルミナを見る。
「だから、私魔女としてはかろうじて半人前だから! か・ろ・う・じ・て! 半人前なの!
かろうじないと半人前ですらないのよ!?」
つまりは、こっちに意味深な視線を向けられてもお答えできませんよというやつだ。
それどころかむしろイルミナの方こそ詳しく聞きたいとか言いたい気分である。
「魔女、ってのがそもそも何なの? って感じなんだけどさ」
割と根本的な部分からの疑問だった。
ウェズンにとってはもうこの世界ファンタジーが普通に存在してるから、魔女がいてもへぇそうなんだ、で受け流せるし、エルフもいるし妖精も精霊もいるとなれば、魔女という存在に固執する事もない。
ファンタジーにありがちな存在が普通にいるんだな、で終了である。
とはいえ、ウェズンの知る魔女はそう多くないので何とも言えないが、とりあえず『魔女』という言葉から何を想像するだろうかと考えて。
黒い三角帽子。真っ黒なローブ。曲がった杖。
割とここら辺オーソドックスな魔女三点セットだと思う。
まぁ、前世だとそんな地味オブ地味みたいな魔女童話の中くらいしか存在しないし、アニメに出てくる魔女は大体カラフルな衣装だったりする。
なんだったら女児向けアニメなら、着せ替えセットみたいな衣装が売られていたりもする。対象年齢大体三歳くらいのやつ。どう見ても普段着には絶対できそうにない。
対象年齢がもうちょっと高いと、魔女っていうかちょっとセクシーなお姉さんだったり合法ロリ少女だとかロリババアだとかだ。
童話の中に出てきそうな、腰が曲がっていたり鼻が鉤爪のようになっていたり、というようなのは本当に少数だ。
そういった魔女よりもむしろお菓子のCMでテーレッテレー♪ してる魔女の方がまだ記憶にある。
とはいえ、前世の魔女は魔法が使えるわけでもないし、ぶっちゃけてしまえばただ魔女っぽい衣装を着ているコスプレおばあさんである。仕事でやってる。
こっちの世界の魔女と一緒にしてはいけないやつ。
「えー? 魔女ってくらいだから、魔法が使えるんだろうけど」
「でも魔法なら僕らも使えるだろう。学園に来て精霊と契約して魔法も魔術も使えるようになった。では、学園の女子生徒や学院の女子生徒は皆魔女か? と言われれば、答えは否」
ウェズンの今更な疑問にルシアが軽く答えるも、それに否と言ったのはヴァンである。
「魔女、という言葉から女性である、というのはまぁ、わかるんだけど。でも場合によっては男性も魔女扱いされるところもあるとか聞いた事あるんだよね」
主に前世で。
中世の魔女狩りは、魔女でもなんでもない女の人が犠牲になったけれど、狩られたのは女性だけではなく中には男性もいたと聞く。
男性の場合は魔女ではなく魔法使いと呼ばれる事もあったはずだけど、そこら辺今はあまり関係ないだろう。
「……そうやって考えると、魔女とはなんぞや? って哲学みたいだね」
まぁそれは魔女に限った話ではないけれど。
「私あまり覚えていないけれど、少なくともうちでは魔女というのは魔法や魔術に関して、より深く、より高みへ至るもの……と言われていたような……?」
そのままの意味で受け取るなら、それだと確かにイルミナは魔女に向いていないと思われても仕方がない気がしてきた。
ゲームで例えるなら剣士が剣の達人になるとか、そういう感じなんだろうか。
とはいえ、それだけではない気もするのだが。
「ま、今それ深堀しても新しい情報が追加されるわけでもないし、わかりようがないか。
じゃあ次だ。魔女の使い魔ってそもそも、使い魔なんだから魔女のしもべと考えていいわけだよね?
つまりは魔女にとっては味方になるはずだと思うんだけど……」
「依頼内容は使い魔の討伐」
「うん、最初から何か変だなとは思ったけどさ……でもだからこそ依頼者に会ったら詳しく事情を聞けるかなって思ったわけなんだよ」
ところが詳しい事情も何もなく、突然こんな風に使い魔がいるらしきフロアに落っことされるとは思わなかったわけで。
ウェズン達は明かりで周囲を照らされている中を注意深く見回すが、少なくとも近くに何かがいる気配はない。
いや、ここに落下する前に何か、潰した感覚はあったのだけれど。
明るく照らされているので、地面についた黒い染みが嫌でも目立つ。
果たしてこれが、使い魔だとでも言うのだろうか。
そうであるなら依頼は完了した、という事になるが……
「どう思う?」
「そう簡単な話じゃないと思う」
「同じく」
「そうね、私もそんな簡単に終わるものとは思えない」
地面についた黒い染みを見ながら聞けば、全員一致でこれで終わりとかないだろう、となった。
まぁこれで終わったねやったー、じゃあもどろっか。なんて他の誰かに言われてもすんなりそう思えるはずもないので、ここで意見が一致するのはある意味当然だが。
落ちてきた場所からそこまで動いていないので、真上に行って天井――向こうからすれば床板だが――をぶち破れば戻れるとは思うのだが、しかし相手は魔女なので、あの板が本当にただ普通の板か、と聞かれると悩む。
「ただの板なら、そもそも使い魔とやらがぶち破ってここから脱出してたりしても何もおかしくないんだよなー」
「あの高さまで行けない可能性もあるぞ」
「飛べなくても、そこら辺よじ登るくらいはできそうじゃない?」
明かりで周囲が照らされている現状、周囲を見回せば地下洞窟みたいになっているのがわかる。
出入口があるかはわからないが……
壁部分は土のところもあるが、ゴツゴツとした岩になっているところもあるので、上手い事頑張ればまぁ、上に登れない事もないとは思う。とはいえ、あの板を開ける事ができなければそのうちうっかり落下するだろうとも思うのだが。
魔女の使い魔なのだから、魔法とか魔術とか簡単なものを使えると仮定しておくにしても、自力で登ってどうにかしてここから出るくらいはできるのではないか? と思うのだ。
マトモに情報も寄越さずいきなり現地に飛ばす――というか落とす――とは思わなかったので、使い魔に関してはさっぱりであった。
「せめてどんな見た目してるとか、そういうのは最低限教えておいてほしかったよね」
「どうする? 手分けして探す?」
「いや、それは望ましくない」
ルシアとイルミナがあまりにも気楽に言うものだから、思わずウェズンは引き止めていた。
「前にその……神の楔の誤作動っていうか、まぁそういうやつで全然知らないところにとばされた事があるんだけど」
「そういやあったわね、そんな事」
ウェズンが無事に戻って来た事ですっかり忘れ去っていたが、滅多にない事故に巻き込まれた一件だ。イルミナの記憶にしっかり残っていたらしい。
ルシアとヴァンも言われてそういやそんな話あったな……とふわっと思い出したようだ。
「その先も魔女絡みの場所だったんだけど。
合成獣の失敗作を捨てる館だったんだよね、そこ」
思えばあの場所でアレスと知り合ったのだが、まぁそれはさておき。
「そこでさ、対象者の血とか肉とか一定量取り込んだらその姿を真似る事ができる、みたいなのがいたんだよ。しかも記憶っていうか、まぁ、本人が知ってる情報もある程度わかってるらしかったから、なりすましている、っていうの想像もしてなかったらまぁ、騙されるよね……」
そうだ、思えばあの館でアレスと出会ったけれど、最初に出会ったのは偽物だった。なんだかんだよく無事だったな、ととても今更に思う。
そこまで言えば三人もウェズンが何を言いたいかなど嫌でもわかる。
つまりは、別行動してもしそういうのがここにいた場合、ヤバくない? という意味だ。
実際にそういう体験をしたことがある奴が言うので説得力が段違いである。
「使い魔と合成獣は別、って言ってしまえばそうなんだけど、使い魔にそういう能力がない、というのとはイコールにならないからさ、ほら……」
否定できる要素がない。
「よし、時間はかかるかもしれないが、全員で行動しよう。それじゃ最初はどっちから見に行く?」
ヴァンの言葉に誰も反対はしなかった。しても意味がないのだ。何となくヴァンの言う事に従うのがイヤだ、とかいう理由でごねるにしても最終的に結果が同じになるのはわかりきっているし、ここでヴァンと無駄に対立するような事を言ったとして、自分の株が上がる事もない。
まぁ、わざわざヴァンに対立しようと思う者はこの中にいないだけというのもあるけれど。
ウェズン達が落下してきた場所から左右に道が伸びていて、その先は明かりで照らし切れていないので暗いまま。もしかしたらどっちかは行き止まりの可能性もあるけれど、どっちにしてもどっちかに進まなければならないわけだ。
正直どっちに行っても……という気持ちではあるがとりあえず四人は一度何となく両方の道をじっと見た。
ヴァンが魔法で出した光の玉をいくつか暗闇の向こう側に移動させるが、案の定よくわからないままだった。
一応ほんのりと照らされているのはわかるのだが、あまりにも暗すぎて光の玉が淡く輝いているのがわかるだけでその周辺はほぼ何もわからない。
ここから動かないまま先の様子をどうにか確認しようとしたが、それは難しいというのがわかった。
右に進もうと左に進もうと正直どっちでもいいよ、というのが心からの気持ちだが、しかしまず最初にどちらに進むか決めなければならない。
討伐依頼を出された使い魔の実力もよくわからないので、適当に二手に分かれて、というのも危険だからだ。
それ以前にさっきウェズンが言った事を思い返せば、別行動は使い魔の実力以前に避けたいものとなる。
誰もあっちを先に見てこよう、とか言い出さなかった事に業を煮やして……というわけでもないだろうが、埒が明かないと思ったのは事実。
ルシアがリングから短剣を一つ取り出して、それを軽く地面の上に立てるようにした。
そうして手を離せば、地面に突き刺したわけでもない短剣はそのままパタリと倒れる。
倒れた先から、とでも思ったのだろう。
乾いた音を立てて倒れた短剣は、しかし左右のどちらにも倒れず、通路が続いていないただの壁を指し示すようにして倒れたのである。
「……リ、リテイク!」
「木の枝の方が良かったんじゃないか? こういうの、そういうやつなんだろう?」
「木の枝なんてそもそもリングに入れてるわけないだろ!? 入れてどうすんだよ!?」
ヴァンに突っ込まれるも、ルシアもルシアでもっともな突っ込みを返した。
ゲームだったら初期装備になりそうな木の枝ではあるけれど、まぁ普通に考えてそんなもん後生大事に持ってる奴の方が少ない。いくらリングに収納魔法がかけられているといっても、装備者の魔力によって収納数が異なるのだ。無駄な荷物をいつまでも持ってると、後になってからこれ以上収納できません、となった時に困るのだから。
「面倒だからその壁の方に行って壁ぶち破るって選択肢は?」
そもそも使い魔とやらがどっちの通路の先にいるかは知らないが、いない方に行っても無駄足、いる方に行くのであれば待ち構えられている可能性もある。
それならいっそ向こうの予想外の行動でもして逆におびき寄せたらいいのでは? なんてさもそれっぽい事を言えば、それもそうかと誰も反対しなかった。
ウェズンとしてはちょっとした冗談のつもりだったのに。
とはいえ、すっかり三人は乗り気である。
故に、ウェズンは今更今のやっぱなし、とは言えなかった。




