勇者物語 旅の終わりに
エンディングまで突っ走るだけ。
事実ウェズンがやるべき事はそう多くない。勇者のくせに。
強いて言うなら聖剣化した己の武器を手に魔王が纏っている闇の衣を切り裂くのが一番の大仕事だろうか。
いろんな話で見かけるような概念的な魔王の姿をしていたウィルだが、言い方がアレだが要は着ぐるみみたいなものだ。可愛げなんてこれっぽっちもないけれど。
その概念的な魔王の姿をしているそれさえ取っ払ってしまえば、中から出てくるのは勿論ウィルである。知らなきゃこんなこともしないで普通に倒していた可能性もあるので、もしそうなっていたら後が大変だっただろう。
結局ウィルは何の役だったんだ? とか魔本から出た後で聞いた時のその場の空気を想像するだけでも寒々しい。
勇者が魔王を倒した後で女神様的なポジションで出てきて世界に平和が訪れました、みたいな事言うだけの役でもあれば良かったが、生憎勇者物語にそういったシーンはない。いや、流れで作ればいけるかもしれないが。だって魔本だし。本来の話に無い展開だろうとも、魔本であれば一応どうにかなるのは散々やらかしてきたので理解するしかない。
世界が平和になりました、とだけ言う女神の役をあてるにしても、既に魔王をやっていたウィルがそうなる可能性は微妙に低い。結局魔本から出た後で空気が凍る可能性の方が圧倒的に高いのだ。
魔王の闇の衣が切り裂かれた後は、中からウィルが出てきて真の姿がどうのこうのという魔王っぽい口上を述べられたが、この時点でもうウェズンがやるべき事は特にない。
仲間たちがいい感じに魔王の足止めをしたりはしたけれど、ここからはレイの頑張りにかかっている。
ウィルの隙をついてあっという間に距離を詰めたレイは、そっとウィルの両手を取った。
「……レイ」
「なぁウィル、こんな茶番とっとと終わらせて戻ろうぜ」
「でも……」
ウィルとしても茶番である、とは勿論思っている。
むしろ今まで散々聞こえてきた勇者たちの旅の軌跡はどこまでいっても最初から最後まで茶番でしかない。いいなあ皆楽しそうで! という気持ちすらあった。
できる事なら自分だってそっちで参加したかった。だってこんな機会滅多にないもの。魔本の外で皆でわいわいやる事がないわけじゃない。でも、命の危険が全くない状況下でふざけ倒せる事などそうないのだ。
しかもウィルは、いや、ウィルだけではない。アレスもファラムも学園にやってきてまだ日も浅いのだ。
友達と遊ぶ事そのものが、ほとんどなかったとも言える。
アレスとファラムは早々に向こうで出番を与えられたし、しかもしれっと勇者一行に参加してるし。
途中の四天王戦の時だって、何気に色んな事をしでかしていたのだ。
そんな、楽しそうな音声を聞かされてみろ。早いとこ自分もそっち側に行きたいなー、と思ったって仕方がないではないか。
ウィルが本来与えられていた役は、実のところ聖剣を授けるための試練を与える精霊だった。
ところが初っ端から勇者に選ばれたのが暗殺者という本来の勇者物語にはない情報を付け加えられた事で、聖剣を得るためのルートがしれっと消滅したのである。
一応ある程度の話の展開は決められているとはいえ、これは魔本。
無理矢理に話を続けたら展開が致命的に破綻する、もしくはそうなりそうとなれば、魔本も柔軟に展開を変更する。ウェズン達のアドリブに合わせなければならないとなると、魔本そのものも中々に大変だっただろう。まぁ、魔本にそんな感情があるかは知らないが。
精霊役として出る事がなくなったので、ウィルは後何の役残ってたかな……と途方に暮れつつ気付けば魔王役になっていた。うわぁ、ウィルが魔王かぁ……と思ったのは事実だ。
けれども、話はきちんと終わりを迎えれば問題なく魔本から脱出できる。
そのためには魔王は倒されるべき役どころではあるのだ。
それなのに、魔王を倒さずここで戦いをやめてしまったら。
果たしてそれは本当に物語を終えたと魔本が判定してくれるのか。
最終的にきっちり魔王が倒されないと、物語が終わったと見なされない可能性を考えるとここでウィルがやられ役として倒されるべきだ。
流石に魔本の中から出られないままずっと過ごすわけにもいかないし。
レイのさっさと終わらせて戻ろうという提案は確かにその通りなのだが、しかしここで戦いをやめるのは物語の展開的にどうなんだろう……とウィルは悩んだ。
一応ウィルはウィルなりに真面目にこの魔本から出るために与えらえた役を全うするつもりではいたのだ。
レイに手を取られながらも、ウィルは困ったように視線をうろつかせる。
そんなウィルに、レイは何度かの瞬きと言葉に出さず唇だけを動かして、ついでにアイコンタクト。
それを見て「あ」と思った。
昔、まだウィルがレイと一緒に船に乗っていた時によくやっていた。
合図、というか、まぁ周囲の大人に聞かれたら止められるか怒られるかするような悪戯の相談みたいなものだが。
お子様なりに知恵を巡らせて、周囲にすぐにばれないようなやりとりを習得したわけだ。
もう長い事そんなやりとりをしていなかったけれど、思い出せばある程度レイが何を言おうとしているのかはわかる。
だからこそ、
「魔王の……真の本体は……その闇の衣……っ!」
と若干苦しそうな演技をしつつウィルは言った。
直後。
聖剣でさらにずたずたにされる闇の衣。道中で手に入れた事になったらしい聖なるアイテムによる浄化。
ウィルの外見をすっぽりと覆い隠していかにもな魔王の姿をさせていた闇の衣は、かくして根こそぎ消失する事となる。
これで終わった、みたいな雰囲気を出してウィルはとりあえずレイに身を預けた。魔王に身体を乗っ取られていましたよ、それが終わったとはいえ疲労は相当なものでしたよ、と言わんばかりの演技である。
ぶっちゃけると今の今までスタンバイしていただけなので、これっぽっちも疲れてはいない。
ただ、ちょっと皆いいなー楽しそうだなー、という思いをして待機していただけで。
無理に言えば暇すぎて疲れたかもしれない。
まぁ、その程度だった。
『かつて、魔王は自らの身体が限界を迎えている事を悟りました。故に魔王は古の禁呪を用いて新しい身体を手に入れようとしたのです。そして、それに選ばれたのがウィルでした。
けれども勇者たちの活躍によってウィルは無事救出され、魔王は今度こそ完全に倒されたのです。
こうして、世界に平和が訪れました。王国へ戻った勇者たちを労い、祝うパーティーは何日も続きました』
パッと場面が変わり、スタート地点とも言えるお城にパーティーに参加しているだろう着飾ったモブが大勢動いている。軽やかな音楽が流れ、周囲はダンスを踊っている、というのが窺えた。
『レイはかつての友人であったウィルの行方を捜していました。人さらいにあったのだろう、普通に探したところで見つからないのであれば蛇の道は蛇、彼自身も盗賊となり、ずっとウィルを捜し続けていました。
ウェズンもまた、そんな友人の事を陰ながら助けようとしていたのです』
なんかいい感じにナレーションが入る。
話の本筋がそうなると、勇者というかもうレイが主人公みたいな扱いになりそうだが、あくまでも勇者が友人を助けた結果、という方向に落ち着いたっぽい。
『ともあれ、魔王はもう二度と復活しないでしょう。魔王の意思が宿った闇の衣は跡形もなく消滅したのですから。
勇者たちは、訪れたばかりの平和にまだ実感がわかなかったけれど。
とりあえずは、皆と一緒にパーティーを楽しむ事にしたのです』
いかにも大団円みたいな方向に持っていかれたけれど、つまりこれって最後にみんなと一緒に踊れって事か……? とちょっと戸惑った。
まぁ誰かしら踊っておけばそれっぽい体裁は整うだろうと判断して、ヴァンが近くにいたファラムに声をかけ音楽に合わせてワルツを踊り始める。
「あらやだ案外お上手ですね」
「まぁ一応ね」
ファラムだって別にそこまでダンスができるわけではなかったけれど、あまりにも自然にエスコートされて素直に驚く。ヴァンはそう難しいものでもないから、と言っているがそもそもワルツを踊る機会などそうあるわけでもない。
現にウェズンとかはそんな光景を眺めながら僕に踊れるのはソーラン節くらいかな、腰死にそう、とか思って一切踊る気配がない。
まぁ、ワルツ踊るのに流れてる音楽に合わせてソーラン節とかやられても、まーたおかしな方向に話が転がるだけなので見学でいいだろう。
もしくはインド映画とかでやってそうなダンスならどうにかできそうだが、やはりワルツの音楽には合わない。
ちなみに王子二人を魔王退治に行かせたこの国の王様は気付いたら何か色んな汚職の証拠を突きつけられて、今日からボクがこの国の王だ! とルシアが玉座に座っていた。
まぁ、勇者一行として世界を平和に導いた一人なので、周囲の貴族から反発もそこまで起きなかった。というか、起こせなかった、が正しいだろうか。
ワルツとは言い難いがレイとウィルも音楽に合わせて楽しげなステップを踏んでいるし――レイが振り回されている――アレスとハイネはお城のご馳走を堪能していた。
ハイネの立ち位置どうなってるんだろう……とは思ったが、あえて気にしない事にした。ここで余計なエピソードを増やしてエンディングかと見せかけて第二部はっじまっるよー、されても誰も幸せになれない。
ともあれ、ウェズンは穏やかにパーティーを楽しんでいる仲間たちを眺めていた。
イアも、本に浮かぶ挿絵でそれを察したのだろう。〆の言葉に入ったのである。
『こうして、世界は平和になりました。めでたしめでたし』
その言葉が聞こえた直後。
ウェズン達は周囲をぐるりと本に囲まれた部屋に戻っていた。
どうやら無事に全員が魔本から脱出できたようだ。




