表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
六章 広がるものは

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

246/467

勇者物語 土のゴラン



 そういうわけであっという間に四天王の一人、土のゴランとやらとの戦いである。


 満月が上空に浮かんだその時が式の始まりであった。ぶっちゃけド深夜である。


「くっそ迷惑な時間帯に式やるじゃん?」

 思わずウェズンは呟いてしまった。何故ってもう草木も眠る丑三つ時だ。作中時間なので現実時間ではないのが救い。本の中で時間も場面もポンポン進んでくれるからまだいいが、これが実際に本の外で起きた出来事ならまず間違いなくブチ切れている。


 例えばこれが、許されない恋をした結果駆け落ちをした二人が、誰にも祝福されないとわかっていながらそれでもひっそりと、二人だけで愛を誓う……みたいなシチュエーションであったなら、ウェズンだって現実的な突っ込みはさておき、そういうシチュエーションであったならまだ許せた。


 駆け落ちをした事で家族あたりに迷惑をかけているとしても、でもまだシチュエーション的にわからんでもない。

 わざわざ真夜中に神父を叩き起こして今すぐ結婚式をさせろ! とか脅したりしないであくまでも二人だけでそっと……とかいう展開なら恋愛ジャンル作品にありそうなのでまだ許せた。


 だがしかし、わざわざ人間の町にやってきて結婚しなければ町の人間の命はないと脅し無理矢理花嫁にして花嫁の望まぬ結婚をごり押しするとかいう時点でワンアウトだし、更に町の教会使うのはまだしも、よりにもよってド深夜である。

 先にあげたようなひっそりシチュエーションであったならまだしも、配下の魔物が教会に押し寄せてやんややんやと祝っているのだが、正直に言おう。

 やかましい。

 これが昼間ならまだこのくらいの騒がしさは許されたと思うけれど、深夜である。

 大抵の者は大体すやぁしている時間帯である。

 そんな時間帯に騒がしくしてみろ。


 騒音問題で殺人事件が起きる事を、ウェズンはとっくに知っている。主に前世で。


 なので、こんな静かな夜に騒がしくしてみろ。

 殺すぞ、という気持ちがうっかり掘り当てた穴から湧き出る油田のように滾々と出てくるわけで。


 けれどもウェズンはじっと堪えたのである。下手に殺気を漏らして気付かれてはたまったものではない。


『教会では、四天王、土のゴランが待ち構えていました。花嫁は逃げ出したい気持ちでいっぱいでしたが、それでも逃げたら町の人が殺されてしまいます。だから、怖いのを必死に我慢して一歩、一歩とゴランと神父が待つ場までたった一人でヴァージンロードを進んでいきました』


 イアのナレーションがこれまた悲壮感たっぷりに語ってくれた事で、花嫁の悲劇性が増す。


 月明りが照らしているだけの教会の中はほとんど暗い。魔物の姿はほとんどがシルエットではっきりとわからない。まぁ、明るい場であっても魔物もモブ扱いであれば多分見た目はぼやっとしてそうではあるのだが。


 土のゴランの姿は大きな岩のようであった。手足があるし一応人の形をしているとは思うのだが、それでも大岩をどうにか人の形に近づけました、といった見た目と言った方が正しい。


 ヴェールで隠れているので花嫁の表情は見えないが、重い足取りから決して晴れやかな表情をしていないのは明らかだ。

 とはいえ、それでもゴランのところまで行ってもらわない事には話にならないのだが。


 ブーケを両手で持ったまま、花嫁は進む。

 そもそも本来は新郎新婦、途中までは花嫁の父親だとかと共に歩むべき場所であるはずだがたった一人で花婿の所へ進まされているといったところか。

 ブーケを持つ手が僅かに震えているが、果たしてどれだけの魔物がそれに気づいているだろうか。

 ゴランは気付いているのかいないのか、ご満悦そうに近付く花嫁を見ている。


 暗い中、ではあるけれど。

 暗殺ギルドを束ねる者という肩書による補正なのかウェズンにはとても良く見えた。

 そうだね、暗殺者って別に昼にも殺す時は殺すけど、まぁ夜とかそっちの方が活動時間っぽいもんね。普段の自分よりも夜目がきいてる気がするのは決して気のせいではないのだろう。


 花嫁がゴランの元に辿り着けば、神父アレスはコホン、と小さな咳払いを一つして、結婚式でよく聞く病める時も健やかなる時も~というセリフを開始した。実際その前に何か他に言うべきセリフがあったような気がしないでもないが、魔物でもあるゴランにそこら辺の細かな作法はわかっていない可能性もあるし、なんだったらさっさと終わらせたい気持ちもあってアレスはそこら辺すっ飛ばした。


 ゴランが誓うと口にして、同じような質問に花嫁が誓うと言えば誓いのキスをする流れ、ではあるのだが。


「だぁれが誓うか馬鹿野郎」

 ぶしゅっ、という音がして花嫁の手にしていたブーケから霧状の液体が噴出された。


「ぐあっ!?」

 油断していた新郎――ゴランはもろにそれを食らい、思わずのけぞる。


『なんだ、と部下の魔物が声を上げます。そこで花嫁はブーケを床に投げ捨てました。ブーケには、密かに毒が仕込まれていたのです。それは筋肉を弛緩させるだけで、命に係わる程のものではありません。けれどもゴランにとって効果がなかったわけでもなかったのです』


「くっ……なんだこれは」


 ゴランが呻きながらも顔を拭う。とはいえ、少量吸い込んでしまったのでじわじわと効果を発揮する事だろう。即効性ではないのですぐに、というわけにはいかないかもしれないが。


 ついでに花嫁はブーケを投げ捨てた後、ヴェールもむしり取るようにして外すとそれを床に叩きつけた。


「お前……一体何者だ!?」


『花嫁だと思っていた相手が全くの別人であった事にゴラムは思わず声を上げます。そこにいたのはファラムではなく、花嫁に扮したルシア王子だったのです!』


「結局女装するんじゃないか!! くっそ、折角姫の立場から抜けたと思ったのに!」


 ファラムが本来着るはずだった花嫁衣裳をルシアが着る事になったものの、案外どうにか着れてしまったのもルシアにとって叫びたい理由の一つだった。

 胸のあたりは流石にちょっと足りなかったので詰め物をしたけれど。

 別に入れなくてもよくない? とルシアは訴えたものの、暗いとはいえ魔物からは見えているだろうし、下手にシルエットが違えば早々に別人だと見抜かれかねない。

 ルシアとファラムの背丈は若干違うけれど、それだってヒールの高い靴を履いているからですとかで誤魔化せばどうにかなるものだ。


 声までは流石にどうにもならなかったから、ゴランの所へ行くまでルシアは決して声を出さないようにしていたけれど。


「おのれ、おのれよくも謀りおったなぁああああ!!」

『騙されたゴランの怒りの咆哮が轟きました。配下の魔物も一斉にルシアめがけて襲い掛かります』

「うわちょっ、とぉ!?」

「こっちだ」


 寸前でアレスに救出されてルシアはどうにか事なきを得る。

 作中で死んでも現実で生きてるとは言え、だからといって大ダメージを負いたくはない。しかも慣れないヒールまで履いているのでルシアは正直バランスを取るだけで精いっぱいだった。


 一人でヴァージンロードを歩いていた時も、途中で足首捻って転ばないかどうかがとても心配だったくらいだ。まぁそのせいで悲壮な決意をもって進む悲劇の花嫁っぽい雰囲気になったので結果オーライではあったが。



『ガシャン、という音がして教会のステンドグラスが割れ、ゴランの上に降り注ぎます。

 なんだ!? と思い頭上を仰ぎ見ればそこから勇者が降ってきました』

「はいどーん!」

 暗殺者束ねてる立場の男という役柄の割に軽いノリでウェズンは突入する。ステンドグラス割ってのダイナミックおじゃましますとか人生でそうそうやる機会がなかったので正直ちょっとノリノリだった。


 奇襲攻撃でとりあえず一発かましたものの、ゴランの身体にはそこまでダメージが入らなかったのか案外ピンピンしていた。

 見た目は岩みたいなので、むしろノーダメージの可能性も考えていたが攻撃が通ったならマシだろう。


「野郎ども、やっちまえ!」

 ゴランの叫びに配下の魔物たちが襲い掛かるも、ウェズンはそれらをひらりひらりと回避していく。

 暗殺者補正とでも言おうか。身体が軽く曲芸でもしているくらいの気軽さでひょいひょい動けるのもあって、回避しつつ魔物の攻撃を誘導し同士討ちに持ち込んでいく。


「ヤバイ意外に楽しいこれ」


 現実でもこれくらい動けるようになりたいな、と思い始めてちょっと脳内でいくつかのトレーニングを想像し始める。本の外だと多分こんな軽やかに動けないので多少の練習は必要になるのは言うまでもない。


「何者だ貴様!」

「通りすがりの暗殺者です!」

「暗殺者がそんな元気一杯襲い掛かってくるはずがなかろう!」


 元気溌剌なウェズンにゴランの突っ込みが轟いたが、ウェズンとしては「いや今ド深夜なんで! フィーバータイムなんで!」というとんでも理論でごり押す。


「ははは馬鹿め! こんな時間に式を挙げなければ暗殺者に目を付けられる事も無かったのに!!」

「な、なんだとぅ……っ!?」


 勇者とは言わず暗殺者である事を前面に押し出しつつウェズンは更に攻撃を仕掛けていく。気付けば配下の魔物の数もそこそこ減っていた。


「そう、昼であれば、暗殺者が目をつける事もなく。そしてまた」

「盗賊に命狙われる事もなかったんだろうなぁ!!」

「ぐはぁっ!?」


 ウェズンが派手にダイナミックお邪魔しますした時点で、レイもまたこっそりと教会の中に忍び込んでいた。ウェズンが倒したように見せかけつつこっそりひっそりサポートに回り、そうして隙を見つけたので丁度いいとばかりに背後からゴランに攻撃を仕掛ける。

 最初にルシアが使った毒の効果がじわじわと出てきたからか、ウェズンが攻撃を仕掛けた時よりも更に深くダメージが入る。


 見た目が岩っぽくとも無機物というわけではなく、きちんと有機物であったからこそ毒の効果も出たのであった。

 土のゴラン、という名称ではなく岩のゴランであったなら、もしかしたら通じなかったかもしれない。

 漠然とそんな事を思った。


 まぁ、本当に岩なら岩でぶち割れば済む話なのだが。


「まぁ? 昼でもやるときゃやるんだけどな? でもほら、俺ら、夜の方が独壇場だし」


 とってもいい笑顔で言ってのける。


 白昼堂々犯罪をする事がないわけじゃないけど、夜の方がやりやすいよね、という意味である。どう考えても勇者一行のセリフではない。


「きっ、貴様ら……もしや勇者一行か!?」


『単なるアングラ職業の人間が仮にも魔王の四天王に襲い掛かってくるはずがない、そう思ったゴランは思い当たる節に声を上げます。そして二人は答えました』


「いいえ、通りすがりの暗殺者と」

「同じくただの盗賊です」


 頑なに勇者ではないと言い張る。


 だが、これでいいとウェズンは思っている。

 暗殺者だろうとバニーガールだろうと最終的に魔王倒せば勇者として祭り上げられるのだから。

 勇者が魔王を倒すのではない。魔王を倒した相手が勇者なのである。そういった言い分でごり押しするつもりであった。


 そんなわけなので、ウェズンとレイはとても――それはもうゲスとしか言いようのない――いい笑顔でもってゴランに攻撃を仕掛けていく。

 レイもゴランに攻撃を仕掛けたり周囲の配下の魔物に攻撃を仕掛けたり、もうやりたい放題だった。

 なんだったら最初に避難したルシアはともかく、アレスも教会にそっと潜ませておいたボウガンでもってそこら辺の魔物に矢を撃ち込んでいる。


 数の上では最初圧倒的に有利だと思われていたゴランたちは、正々堂々なんて言葉からかけ離れた卑怯な手段も用いるウェズン達によってどんどん仲間の数を減らされ、そうしてとうとうゴランだけが残ったのである。


 だがしかし。


 シュッ、という風を切るような音がした、と思った時にはゴランの首に――

「が、ぁっ……!?」


 これまた鋭い一本の矢が深々と突き刺さったのであった。


『ゴランは何が起きたのか最期まで理解できませんでした。それは勇者ウェズンが教会に入ってきたステンドグラスの向こう側――外からゴランめがけてやって来たのです。その矢は、特別製の物でした。矢、というよりは槍に近いものでした。教会の向こう側、大きなお屋敷の屋根の上からそれは打ち込まれたのです。

 他ならぬ、生贄になりかけていた花嫁の手によって』


「ふっ、またつまらぬものを射抜いてしまいましたわね」


 屋根の上でカッコつけるファラムであるが、うっかり屋根から落ちないようにヴァンが支えていた。

 実際打ち込んだのは槍でもなく、どちらかといえば大型の魚を仕留める時に使う銛といった方が正しい。

 交易メインではあるけれど、別に漁業をしていないわけではない。町長の家にそういったアイテムがないわけがなかったのである。


 教会から町長宅まではそこそこ離れているものの、それについてはヴァンが方向性やタイミングを見計らっていた。適当にぶちかまして味方に攻撃が当たったらたまったものではないので。

 双眼鏡片手に教会を確認し、ファラムが屋根から落っこちないよう支えつつタイミングを見計らって攻撃のGOサインを出す。地味ではあるが中々に重要な仕事であった。

 ファラムが攻撃を仕掛ける必要はあるのか? と思われるが、ただ守られるだけの花嫁などごめんですわ! とファラムが言ったので。


 本当だったらファラムも乗り込んで攻撃に参加してやるつもりだったのだが、花嫁をルシアにすり替えた時点でゴランのファラムへの思いは裏切られたというもので一杯だろう。下手にその場にファラムが姿を見せたら攻撃が集中するのが目に見えている。

 だからこそ、どこぞのスナイパーのようにファラムはじっと離れた場所で攻撃の機会を窺っていたのだ。


 そうしてその一撃は、見事ゴランの首を撃ち抜いたのだ。

 最初にルシアが使った毒が最大限効果を発揮したのもあってとてもいいタイミングでのトドメであった。



 かくして、四天王、土のゴランは勇者たち一行の手によって退治されたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ