勇者物語 戦いの準備
ウェズンはふと前世のRPGの内容を思い出す。
勇者に魔王倒してこい、と王様に言われて出発するゲームってそこまで覚えてないなぁ……でも割とありがちに言われてたのなんでだろう? と思いつつも、そこら辺は乙女ゲームに意外と悪役令嬢が存在していないのと同じようなものなのかもしれない、と思い直した。
とはいえ、ゲームだったら序盤の仲間って一人くらい最初からいるくらいならそうでもないけど、こんな風に最初からしっかり揃ってるのって後になってからキャラの掘り下げが出てくるタイプ多いよな……と先の展開がわからない分思わず警戒してしまう。
新たに仲間になるキャラが一人でダンジョンに、だとか、そういうのを助けに向かってそこでボスと戦って助けた相手が仲間に、とかいうのもよくある展開だが、今のところそういった展開ですらない。
本当なら盗賊のアジトではボス戦があったかもしれないのに、しれっと仲間入りしているわけだし。
ちなみにレイの盗賊団の子分たちは全部モブだった。
親分がいない間好き勝手に暴れまわったりしないようにと言われていたが、どこまで言う事を聞くのかは謎である。
親分がいない今俺たちの天下だとばかりに王国で暴れまわるかもしれないが、まぁ知った事ではない。
レイもこれが実際に自分の船の仲間たちだとかであるならともかく、そうでもないので最悪こちらの言う事を聞かず暴れたとしても、後でこちらに戻ってくるような事になった時に倒せば済むだけの話だ。
今倒していく、という選択肢はなかった。
現時点では彼らは一応親分の言う事を聞いている扱いなので。
『さて、そんなこんなで勇者たちが次に訪れたのはとある港町。そこから船に乗って魔王の居城がある大陸へ向かおうとしたのですが……』
天の声が次なる場所を示した事で、パッと周囲の景色が変わる。
盗賊のアジトがあった場所から一転し、今度はいかにもな港町だった。
といっても、漁港メインというよりは交易メインといった雰囲気がある。
『どうにも町の様子がおかしいのです』
周囲にパッと町の人たちだろうモブキャラが現れる。
彼らは一様に困り果てたような雰囲気を漂わせ、更にはあぁ一体どうしたら……なんてさめざめと嘆いている。
「失礼、何やらただならぬ様子。一体何があったのでしょうか?」
とりあえずこういう時、勇者なら――というかRPGの主人公なら率先してフラグを踏まねばなるまい。そう思ってウェズンは手近な町の人に声をかけた。
『声をかけられた者は勇者の姿を見て旅の人かい? とどうにか表情を取り繕おうとしましたが、どうにも上手くいきません。それもそのはず、なんとこの町一番の権力者の娘が魔王の配下に狙われているのです。そんな中でにこやかにする心の余裕はどこにもありませんでした』
魔王の配下がもう出てくるのか……とウェズンは話の展開早いな、と思った。
いやまぁ、だらだら引き延ばされても困るのだが。
けどそういうの、ゲームならどう考えても中ボスであって、まだチュートリアル的な最初のボスですら出会っていない……いやもしかしなくてもレイがそうだったのかもしれないけれども。
『娘を花嫁として差し出さなければこの町の人間を皆殺しにすると言われ、娘は泣く泣く従う事になりました。皆で逃げ出そうにも途中で捕まれば結局は皆、殺されてしまうのです。自分ひとりの犠牲で助かるのならば……と娘は望まぬ結婚をする事となってしまったのです。
結婚式は次の満月の夜。つまりは、明日です』
「展開サクサクだな」
「とりあえずその娘に会いにいけって事でいいのかな?」
「モブじゃなかったら誰だろうね、その役」
「ウィルかファラムの二択だろ。アレスかハイネだったら俺笑い崩れて動けなくなる自信しかねぇぞ」
「個人的にはボクだけ女装で登場したから、他の奴も同じ目に遭えくらいは思ってるけどね」
「お前はツラが圧倒的美少女だからまだいいだろ。アレスもハイネも顔は悪かないが、女装はきついと思うんだわ」
大真面目な顔をして言うルシアに、レイがげんなりした様子で告げる。
大変私的な理由で女装での登場を望まれているアレスとハイネ。ナレーションや話の展開に関係ある内容は一応伝わるらしいけれど、この会話も伝わっているなら二人の心境はどうなっている事やら。
実際アレスもハイネも中性的な顔立ちではあるけれど、それでも見ただけで女性と見間違うほどではない。どう見ても野郎であるとわかるのだ。
それで女装などされてみろ。出オチ! とか叫んで笑い転げる自信しかないのは仕方のない話だろう。
逆にあまりにも似合いすぎると言えるくらい気合の入った女装で出てこられても「うわぁガチだぁ」と慄く気しかしない。どう転んでも大惨事である。
とにもかくにもウェズン達は町一番の権力者――要は町長である――の屋敷へと足を運んだ。
どうやら魔王の配下、四天王の一人が娘を見初めて是非にと望んだらしい。
とはいえ、相手は魔王の部下。魔物である。人ですらないそれと愛する娘を何故結婚させねばならぬのか。町長はさめざめと娘に訪れた不幸を嘆いた。
町の人間の命を救うために一人を犠牲にしよう、というタイプではないらしい。
まぁ勇者であるならば、ここは助ける一択である。
「まぁいけませんわ。危険すぎます」
『そう言って現れたのは町長の娘でした。彼女はファラム。明日には魔物の花嫁となる悲劇の娘です』
「わたし一人の犠牲で皆が助かるならそれでよいのです。どうか、危険な事はなさらないで……」
瞳を涙で潤ませて言うファラムは、完全に悲劇のヒロインであった。
「そこまで台本なんだね。で、本音は?」
「さっさとブチ倒してしまいましょう」
その告白のせいで町長の娘二重人格説が発生しない? とウェズンは思った。ま、今更である。
ともあれ、相手が魔王の配下、それも四天王の一人となれば無視できない。
どう考えてもいずれ倒さなければならない相手だ。
その四天王が本に引きずり込まれた誰かであればまぁ、どうにか戦闘を回避して解決できるパターンもあるかもしれないが、そうでなければ戦うしかない。
とりあえずその四天王の一人が現れるのは結婚式当日。つまりは明日。
それまでにそいつを倒すための準備をしなければならないし、作戦だって立てねばなるまい。
「で、これどうすればいい感じのやつなんだろう?」
式当日に乗り込んでその場で相手をぶちのめして終了、というシンプルに暴力で終わらせる方法で解決できればいいが、わざわざ満月の夜とかいういかにもな時間帯指定している魔物だ。
町の人たちに見守られて結婚、とかなら昼間だろうけどあえての夜。
魔物の力が増すとかいう設定があってもおかしくはないし、花嫁と花婿だけで開始して終了ともいかないだろう。多分配下の魔物はいる。
「そもそも結婚式ってくらいだから教会でやると思いがちだけど、相手魔物だよね? どこでやるの? 町の外?」
だったら広い場所なら立ち回りもそこそこできそうなのでそれはそれで構わないのだが。
「教会ですね」
「魔物だろ、なんで神の力と密接とまでいかなくても関係ありそうなところでやろうとしてんだよ」
「さぁ? わたしに聞かれても。ナレーションさん、そこのところどうなんです?」
とってもメタくファラムはイアに向けて声をかけた。
『変なところ乙女ちっくで、夢見がちなんじゃないかな。もしくは教会の中魔物の感性で魔改造されてる可能性ある』
そのやりとりを聞いてウェズンは思った。
本の中のストーリーを進ませるとは言うものの、なんだかこれ、TRPGって言われた方がしっくりくるな……と。
普通のTRPGなら一応自分がこなすキャラがどういう感じなのか、とかいうキャラシート作ったりもするけれど、この魔本にはそれがない。けれども魔本にとって話が大きく別物にならないのであれば、そしてナレーションが却下するような展開にならなければ割と自由度は高いと見た。
「とりあえず……神父に会いに行ってみようか」
だからこそウェズンはそう提案したのである。
神父はアレスだった。
「教会の中は別に魔改造されたりはしていない」
見るか? なんて言われてウェズン達は戸惑いながらも頷いた。
見れば見る程普通の教会である。
そこまで教会に詳しくない人物でもふわっと想像できるくらいの、なんだったらゲームとかにありがちなシンプルめの教会である。
ウェズンの前世で言うならば、主に教会がセーブポイントだったりするゲームでよく見るような感じのやつ、と言えば大体の人はあぁあれ、と言ってくれそうな見た目をしていると言えばいいだろうか。
そこそこ大きな港町の教会は、それなりの大きさである。
結婚式とか大勢呼んでできそうだな、と思う程度には大きい。
身内だけでひっそりやるとすると、ちょっと建物が大きすぎて開いてるスペースありすぎてその分余計に寒々しく思えるような、どう見たって大勢呼んでやろうぜ! みたいな広さだ。
「どう見てもここで切った張ったやれって言われてる気がする」
「奇遇だな俺もだ」
ウェズンが周囲をぐるりと見まわして言えば、レイもまた同意とばかりに頷いた。
「町の人たちはこの結婚式に参加するのかな?」
「一応、外での参加は許可されている」
恐ろしいくらいに神父服が似合っているアレスに、ヴァンが尋ねる。
「つまり教会の中には入れない、と」
「あぁ、配下の魔物が参加するようだ」
ちなみにアレスはそんな四天王の一人とファラムの結婚式を執り行う神父である。
魔物のくせに、と思わないでもないがもしかしたらこれが精一杯の花嫁への寄り添いなのかもしれない。
ファラムからしたらそんな気遣いいりませんわとしか言いようがないのだが。
「外で見る人っていうのは?」
「何とかうまい事助けられないかなとかそういう」
「邪魔だな」
ルシアの言葉に、アレスは否定しなかった。
仮にその結婚式にウェズン達が乱入したとして。
魔物たちとの戦いが始まったとして。
教会から外に出てそこで見守ってどうにか花嫁を助けられないかと隙を窺っていた町の人たちに襲い掛かられたらと考えると、どうしたって邪魔以外のなにものでもない。
ウェズン達が守り切れるかは不明なのだ。だったら最初からいない方がマシ。
ウェズンとレイとアレスが何やら話し合って、そうして話はまとまったのか一同が頷く。
「とりあえず、事前練習なんてできるもんじゃないからぶっつけ本番になるけれど。
まぁ、そこは天の声が上手い事フォローしてくれると信じよう」
あまりにふざけた行動であれば駄目出しされるかもしれないが、そうでなければフォローはしてくれると思いたい。
そんな、若干甘い見積もりでもってウェズン達は四天王との戦いに挑む事になったのである。




