勇者物語 始まり
ウェッジとしてはそこまで重大な出来事だとは思っていなかった。
あるはずがない魔本がまーた適当な部屋にやってきて誰かを巻き込んだ、という部分にはちょっとうわぁ、と思うわけだがしかしそれくらいならまだどうにかなる範囲の出来事だ。
おかしな魔力の流れというか乱れというかは、魔本が人を取り込んだ時のものだ、とわかってしまえばそこまで警戒する必要もない。
対処法はハッキリしているので、危険度合いはそう高くない。
魔本の中には本当にもっと性質の悪いのがあって、読み終わるまでに数日かかるようなものもある。
けれども魔本 勇者物語は、比較的初心者向けの魔本だ。
魔力を上げたいけれど中々総魔力量が上昇しない、という生徒たちにとっては、協力者さえ用意できれば、本に閉じ込められた側も読む側も、最後まで話を進めれば最終的にちょっとだけでも魔力量が上昇する魔法のアイテムとも言える物だ。
タイトルにあるように、勇者物語はそのままの内容だ。
勇者が魔王を倒しに行く話。
道中そこそこの苦難を乗り越えて最後に魔王を倒せば終わる話。
物語の王道をある程度理解していれば、そう苦労する事もなく話をラストまで持っていける。
だからこそ、ウェッジは初めての魔本遭遇にわたわたしていたイアという生徒を微笑ましく見守る事にしていたのだが。
何というか今まで自分が聞いた勇者物語の内容とは、初っ端から展開が異なりそうな予感がし始めていた。
「勇者物語」
イアがタイトルを改めて口に出す。
そうして一度深呼吸をしてから、イアはそっと本のページを捲って読み始めた。
本の中身は、上三分の一程に挿絵があって、その下に文字が並んでいる。
最初はお城の絵があって、どうやら魔王を倒すために王様が勇者を呼び出したところから始まるらしい。
「さて勇者よ、と王は重々しい口調で彼を呼びました。そなたを呼んだのは他でもない」
と、ここで早速文字に不自然な空白があった。
勇者として呼ばれた相手、彼が呼ばれた理由を言うらしい。ここはイアが自分で決めて言わなければならないようだ。
勇者、という言葉から大半は国一番の猛者だとか、剣術大会優勝者だとか、まぁそういういかにもな理由をつければいいだけではある。
けれどもイアは。
少し前の父との会話を思い出してしまったが故に。
「勇者ウェズン、そなたを呼び出したのはそなたがこの国の暗殺ギルドを束ねる者だからだ。王はそう言いました」
それを聞いていたウェッジは危うく咽そうになった。
とんでもねぇ相手を王様呼んじまってますが!? と突っ込みが入らなかったのは、せめてもの意地だ。
そもそもそんな物騒な相手を普通に城に呼ぶな。どう考えても拘束されてこれから刑に処す、みたいな肩書の人物だろそれ、とも思うし、そしてそんな相手が普通に王様に呼ばれて行くなよ、とも思うのだが。
イアはそんな事を気にせずにストーリーを進めていく。
えっ、これ本当に大丈夫なやつ? とウェッジはほんのり、そこはかとない不安に見舞われた。
――さて、本の中に閉じ込められてしまったウェズン達ではあるけれど。
彼らは普通に現状を把握していた。
というのも本の中に入った途端周囲は真っ白な世界が広がっていたし、その時点ではまだ全員そろっていたのだ。
「え、何これ」
「さぁ? つか、なんもねぇな……?」
なんて事を言ってるうちに、何と頭上に文字が浮かび上がったのである。
勇者物語――燦然と輝くかのようにドンと出現した文字に、全員が声をそろえて「は?」と言ったのは仕方のない事だろう。
「いや待って、もっかい言うね。何これ」
改めて言い直したところで何の解決にもならないのだが、とりあえず気分の問題である。
そもそも「何これ」の疑問の方向性がさっきと今とじゃ微妙に異なる。
先程までは真っ白な場所に突然連れてこられたかのような感じだったが、今は突然の勇者物語の文字に疑問しかない。
ここに来るまでそもそも何してたっけ? と思い返そうとして、そうして思い出した。
「もしかしてここ本の中とか言わないよね」
そんなメルヘンあってたまるか、と前世であれば言えたけれどしかしここはウェズンにとっては前世と比べて圧倒的異世界で、剣と魔法のファンタジー世界カテゴリに入る代物である。
魔法があるなら本の中に入っちゃった、なんていうのはあったとしてもおかしくはない。
大体前世にも似たような話はゴマンとあったし、なんだったら美術館の絵の中に最終的に閉じ込められる歌だってテレビから流れていた。
その他にも作者が何故だか自分が描いた漫画の世界に閉じ込められて、俺は作者だぞこの野郎、とばかりに暴れまわるゲームだってあったような気がしている。確かアメコミだった、作者が日本人ならそもそもそんなアクションできるはずもないというド偏見。
なのでまぁ、魔法も魔術もあって精霊もいて魔女もいてエルフもいるし妖精も存在している世界で、本の中に閉じ込められないなんてあり得ない、とか言えるはずがないのだ。
「つまり本の中に閉じ込められた?」
「あっ、そっか魔本!」
怪訝そうにウェズンの言葉を自分の中で消化するように口に出したルシアの声をかき消すかのようにウィルが声を上げた。
「魔本? 何それ」
ハイネの疑問にウィルは「えっ、学園じゃ知られてないの?」と驚く。
学院では既に魔本については知られていたのだ。
とはいえ、気軽に手に取って読めるかと言われるとそうではなかったのだが。
ただ、学院も学園に劣らずやんちゃな生徒はそこそこいたし、故にうっかりで魔本を手にする事故がなかったわけではなかった。だからこそ一応という程度ではあったけれど、ウィルたちは魔本という物自体については名前くらいは知っていたのだ。
かくかくしかじか。
魔本についてウィルがざっくり説明をしているうちに、勇者物語と書かれた頭上にでかでかと存在していた文字が徐々に形を変えていく。
そうして魔本の中でも魔本についての説明がされ始めた。
外に唯一残った人物がナレーションをし、その通りに話を進め物語が終わりを迎えたら本からは出られる事。
本の中で死んだとしても現実世界に影響はない事。ただしノーダメージというわけではないので、現実に戻れば多少疲労は出るとも書かれる。
ともあれ役に合わせて物語を進め、そうして無事にエンディングへ辿り着けばいいというのは理解した。
ついでにこれが終わると少しだけ参加者の魔力量が上昇するというのも知って、この中で魔力量が低いレイが「へぇ」と声を上げた。
正直魔力量を上げるにしても、限界まで魔力を使って休むを繰り返したところで思った程上昇しない者もいるし、他の修行も下手をすれば魔力が上がらず体力だけ上昇して終わるなんて事もある。
レイは基本的に何やっても魔力じゃなくて体力や腕力が上がるばかりだった。
瞑想も効果があるとされているが、レイにとっては気休めレベル以前の話だ。
どれだけちっぽけだろうとも、魔力量が上昇するというのが確定しているのはレイにとってはかなりマシな事なのである。他の面々は「そうなんだ、ふぅん?」くらいのノリだったけれど。
その後に、他の魔本もルールが同じとは限らないので、他の魔本の中に入った時は必ずルールを確認するべし、というとてもありがたい忠告が浮かび上がる。
そうしてどうやら物語は始まりを迎えたらしく、ウェズンは気が付いたらお城の玉座がある場で王様らしき人と向かい合っていた。
そして天からの声――ナレーションである――という名の妹の声が響き渡る。
「えっ、僕勇者役? ってか暗殺ギルド束ねてんの? マジで言ってる?」
ナレーションの声に思わず突っ込みを入れるも、その声は妹に聞こえていないのだろう。
なんかサクサク話が進んでいく。
さっきまで周りにいた皆がいないけれど、恐らくはそれぞれの役に割り当てられているのだろう。
王様の近くにヴァンとルシアがいるけれど、二人とも必死に笑いをこらえていた。
気持ちはわからんでもないので怒るに怒れない。
えっ、この勇者物語大丈夫? ちゃんと終われる?
ふとウェズンはそんな不安を抱えてしまったのだが。
まぁ今後の展開は大体イアにかかっている。




