覚悟を決めて選べ
ウェインもまたウェズンがそう答える事を想定していたのだろう。
だろうな、と今にも言い出しそうにしながらも、関わるなとは言わなかった。
「神によって私とファムはテラプロメへ強制的に連れ戻されるような事は回避できた。とはいえ、こちらから関わった場合はその限りじゃない。
向こうは関わらない。関わりたくとも関われない。故に力尽くで連れ帰るという方法はとれなくなった。
だが、こちらが関わった時点で向こうもその縛りはなくなる。
具体的に言うならば、お前がテラプロメと事を構えるとなればお前もまたテラプロメに狙われるという事だ」
言われている事は理解できないわけがない。
向こうは関われないから、といっても一方的にこちらが攻撃を仕掛けたとして無抵抗でいろというわけにはいかないだろう。そうなれば向こうも抵抗するべく応戦するのはわかりきったことだ。
「つまりそれって、おにいがもしテラプロメ側の人ってわかってる上で攻撃を仕掛けたりした時点で、おにいは場合によってはテラプロメに連れていかれてルシアのかわりに使い捨て魔晶核扱いされるかもしれない、って……こと?」
こてんと首を傾げて言うイアに「そういう事だ」とウェインは即座に頷いた。
わぁ。
……わぁ……!!
「はいあの疑問なんですが。
学院に恐らくその関係者っぽい人いるんですけどその場合は?」
「学校行事で対立している分には問題ないんじゃないか? ただ、もしルシアとやらを連れ戻しにきたテラプロメの使者相手にお前が攻撃を仕掛けたりして妨害したなら間違いなくお前はあの都市に狙われる」
「その場合だと狙われるのは僕だけ?」
「あぁ。誰か一人が手を出して一族郎党、というのをテラプロメは望んでいたかもしれないが。
しかしそれを神は禁止した。あくまで手を出した相手限定だと」
そう聞けば案外平等というか、配慮されてる気がしなくもない。
まぁ馬鹿な身内のとばっちりを受けた側からすればたまったものではないだろうし、はたまたそういう風に手を出す事を誘発させて、という企みがないとも限らない。
一族連座で、となればテラプロメからすればとても手っ取り早いだろうけれど、それを防いだ事で一人一人狙いを定めて誘導するのは逆に手間だ。
こちら側にとっては下手な事して身内を巻き込む可能性がないので、いざやるとなれば自分だけ覚悟すればいいだけの話となるのである意味で都合が良いように思える。
「とはいえお前の浄化能力がどうなってるかはわからんが……まぁそれでも利用価値がないわけじゃないからな。もし関わるなら油断はするな」
「はい」
「知らないままでいてくれた方が安心だったんだがな……知れば、いつかどこかで手を出す可能性が高かったし」
実際そうなりそうになってるし……という小さな呟きをウェズンは聞かなかった事にした。
確かに知らないままであれば、一生無関係でいられたかもしれない。
しかし知ってしまったのでもう手遅れだろう。
自分から率先して関わるつもりは今のところないけれど、その時が来たならば関わるだろうな、とどこか漠然とそう確信すらしている。
ルシアに出会う前に、もし学園に入る前にそれを聞いていたら果たしてどう思っただろうか。
そんな、今更ではあるものを想像する。
そんな場所があるのか……と思うのは避けられないだろう。いつ知ってもその感想だけは確実にある。
イアが原作の内容をほぼ思い出せていないにしても、そんな場所があるならいつか行く事になるかもしれない、と事前にあれこれ情報を集めようとしていたかもしれない。
テラプロメ側が果たしてどこまでこちらを探っているかは知らないが、もし知らないうちに身近にそういう……スパイのようなものを潜ませていたなら、干渉しようとしていると見なされて実際まだロクに何も知らないうちから連れ去られた可能性も捨てきれない。
「知らないままの方がいい事というのは往々にして存在する。
知った以上はもうどうしようもないが」
まぁ確かに、と思わないでもない。
そのまま一生知らなければ平穏に過ごせていたというのは事実だ。
それに、空中を移動していて外側からそれが常に見えるわけでもないとなれば、大抵の者もその空中移動都市の存在を知らないのだろう。
知っているのは極一部。
「ジークのやつ……無駄に周知させてどうするつもりなんだか……」
空中移動都市とか聞くだけで浪漫とか見出しそうな代物に興味を示してどうにかして行ってみよう、なんて思うやつがでたら厄介極まりないというのに、なんていう嘆きも聞こえた。
「行ったら何か問題あるの? いや、その、レッドラム一族とかそういうのに関係してないとかでも」
「あそこ人権なんてほぼないも同然だぞ。いいか、外部からロクに人が入る手段がないから危険度も何もわかってない奴しかいないが、下手に陸続きの都市だった場合間違いなく近付くなって言い伝え出るやつだからな」
流石有識者は言う事が違う。
下手に夢見ていつか行ってみたい、とか言い出す連中が行く手段を探したりしない事を願っておくべきだろう。具体的にどう酷いか、をウェインは語らなかったがまぁルシアの話を聞いたりした時点で、ほんのりでも察する事はできる。
恐らくそのうっすらほんのり知った情報の何倍も酷いのだろう。
「そういう意味ではイアはテラプロメとは関係ないが、それでも関わった時点でロクな事にはならない。いいか、その場のノリと勢いだけで関わろうとかするなよ」
本心でそう言っているのだろう。
某お笑い芸人の「押すなよ」のネタと同じにしたら間違いなく駄目なやつ。
そこまで言われたら頷かないわけにもいかない。
ウェズンもイアも同じように真面目な顔しながらしっかりと頷いた。
……まぁ、その場のノリと勢いで関わるな、なのでよく考えた上でやらかすのは恐らく諦めている。
とはいえそこまで詳しくは聞いていないが、それでも母を連れて故郷を逃げ出すとなった時、間違いなく苦労したのだろう。それもあるから余計に大真面目に言われているのだな、とは理解するしかない。
「ねねねダディ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ」
話はこれで終わりなのだろうな、と思ったからこそイアはふと気になった疑問を口にしようとした。
「なんで、学園だったの?」
その疑問に大きな意味などない。なんとなく気になっただけ。
ただ、好きな相手を連れての逃避行だ。なんというか、物語のお姫様と騎士のような雰囲気がなくもない。
しかもウェインは最終的にたった一人で勇者側の連中と戦い勝利している。
そして神に褒美を、と言われた結果自由を勝ち取った……と見れば。
確かになんていうか、魔王側にいるよりも勇者側にいてもおかしくない感じがするのだ。
なんというかノリが呪いにかかったお姫様を助ける騎士とか勇者に近い。
たった一人で強大な敵と戦って勝利して、最後にお姫様を安全な場所まで運んで幸せに暮らす。
そう考えると王道のハッピーエンドな物語と言っても過言ではない。
イアのそういった質問の意図を理解したのだろう。
ウェインは「逆に」と口を開いた。
「逆に、何故勇者側に行かねばならない?」
「ぅえ?」
ウェインの言葉の真意を、イアは理解できなかった。
何故。何故ってそれは。
「だってなんか、お話の中にでてきそうな感じだったよ? 王道の、お姫様を助ける騎士みたいな」
騎士、という点では確かにテラプロメでウェインはそういった立場にあった。
あくまでも言葉だけではあるが。
ファムに対して暴力をふるった事などないけれど、しかし反抗的な他のレッドラム一族を怪我による瘴気を発生させない程度のギリギリを見極めて痛めつけた事など何度だってある。
最終的に儀式で命を使う相手であるならば、直前で多少瘴気を出したって構わない。
そう言われて、指を切り落とし、それでもまだ反抗的な態度があるようなら更に腕を切り落とすなんて事もやった。
自分の身体の一部だったもの。
最期に見たのがそれ、という感じで使われた者だっていたのだ。
やってる事はどう考えても騎士とは程遠い。
騎士、と一言で言ったって国によっては後ろ暗い汚れ仕事をさせているところもあるだろうとは思うけれど。
それでも、騎士という言葉から想像するイメージからかけ離れているのは否定できなかった。
イアがそんな事を聞いたのは、大体イメージから想像したものであって別に深い意味はないのだろうと思っている。
学園の制服は黒を基調としているが、とうの昔に卒業したウェインは当然制服など着てここに来たわけじゃない。
どちらかといえば白を基調とした服――装束、と言われた方がしっくりくるかもしれない。
まぁそれもあって、余計にそっち側のイメージがついたのかもしれなかった。
「イア、お前の知る物語の勇者とは、恐らくきっと世界を救う希望であり、人類にとっての希望なのだろう。
だがそれはあくまでも物語の中の話だ。現実は違う」
「う、うん? そりゃまぁ、そう、かもだけど」
その反応で、あ、わかってないなとウェインは早々に判断した。正解である。
童話。お伽噺。
そんな物語の中に出てくる勇者であるならば、イアの言うそれと一致している。
ちら、とウェインは視線を上に向ける。
パーテーションで囲まれてるとはいえ、それでも天井まで覆い隠すような事になってはいない。少し離れた壁に時計が掛けられているのが見えたし、時間はまだ余裕がありそうだなと確認する。
「ここから先は与太話みたいなものだから、そこまで真剣に聞かなくてもいい。何故学園を選んだか、だったな。
物語とは異なるからだ」
そう言われても。
やっぱりイアにはよくわからなかったのである。




