ややこしい話
時に息子よ、お前、父さんの事は嫌いかい?
そう、思わず口にして問いただしたい気持ちではあったけれど、しかしそこでの返答如何ではウェインの心に更なるダメージが刻まれる事になると理解しているのでウェインはその疑問を決して口に出す事はしなかった。
歴代で最強の魔王だとかそんな称号を与えられた挙句、神前試合に三度も出てあまりにも圧倒的な結果を叩き出した結果神に「お前もう出禁な」とまで言わしめた男ではあるが、しかし身内には弱かった。
「……ジークから、連絡があったんだ」
「へぇ」
「よりにもよって、テラプロメの事を話したと」
「なんか問題あんの?」
「そうだな。あると言えばある。普通に生きていたならば生涯知らなくていい話だし……」
歯切れが悪い。
ウェズンは一瞬だけウェインがイアを見た事で、じゃあどうしてイアまでこの場所に? と口に出した。
「確かにイアは関係ない。血の繋がりも何もないわけだからな。だが、家族だ。この話をお前にする以上、そことは一切無関係だからとて家族である以上仲間外れにもできないだろう」
「へぇ」
一度目のへぇ、と比べてちょっとだけ高くなった声。
ウェズンとしてはてっきり血の繋がりもないし関係ない事であるならば最初から話す必要もない、とか言い出してもおかしくはないなと思っていたので、それでも家族となった以上一人だけ蚊帳の外にしないと決めたらしき父の事を少しだけ見直した。
確かに関係ない話であったとしても、家族である。
これが例えば今度の休みお前友達と出かけるんだったよな、じゃあ夕飯いらなかったりするか? みたいな話であれば、他の兄弟にいちいち知らせる必要もなさそうに思える。
食事を作る相手が知っていれば済む程度の情報だ。
けれどもテラプロメという場所に関する話は。
どうにも両親の故郷であるとの事だし、何やら大変きな臭い場所にしか思えないし、まぁ学園でそこに行く事はなさそうな気がしているけれど、しかしウェズンにとっては無関係とも言い難い。
一応ルシアも友人という枠に入れているウェズンには、無関係ですと断言できるものではなかった。
仮にこの場にイアが呼び出されていなかったとしても、後からウェズンがイアに話すだろう事をウェインもまた予想していた。
イアが巻き込まれる事はないと思っているが、しかし一応知っておいた方がいいだろう、とも思っている。
「で、どこまで聞いた?」
「どこまでって言われても……そこまで詳しくは知らないよ」
まぁそのうちジークが授業で話したりするかもしれないとは思っている。
大体、闇の深い話だとか業の深い話だとか、人類が愚かって話、とかいう話として授業でやるって言ってたし。
ウェイン曰く生涯知らなくていい話をジークは近々授業でやると言うのだ。
どのみちドラゴンの体内にできる魔晶核が浄化機の動力源と言うのであれば、遅かれ早かれ知るような気もするのだけれど。
ウェズンが知っている範囲を話せば、ウェインはそうか……とだけ言ってしばし黙り込んだ。
「……そうだな。確かにあの場所は私とファムにとって故郷ではある。それはどうしようもない事実だ。
そうだな、ジークが話すというのなら、事前に説明しておこう。
確かにファムはレッドラム一族だった。
そして私は、レッドラム一族に付き従う騎士の家の生まれだった」
「騎士」
「とはいえ、名ばかりだ。従僕というよりは監視。いざという時力で従える相手は」
「……レッドラム一族」
「そうだ」
それ騎士って言うかな!? とウェズンは思ったが、これは恐らく認識の違いなのだろう。
騎士と呼んでいる相手はレッドラム一族ではなく、そのテラプロメとやらを支配している元老院とかそっちだと思われる。
要するに監視。
もし逃げ出そうとしたら容赦なく逆らえないように痛めつけたりする役目。
「逆らわず従順な相手であれば身の回りの世話をするだけに留まるのだが……反抗的な相手は徹底的に暴力にさらされる。不必要に怪我をして瘴気をまき散らさないようにした上で、相手の心を折る勢いで」
「完全に輩じゃないですか。うわぁ」
実の息子にドン引きですと言わんばかりの目を向けられて、ウェインは再び胸のあたりに見えない傷ができた気がするなと思わず手をやった。
どう考えても騎士というより監視してるヤクザとか言われた方がとてもわかりやすい。
そう考えるとルシアがテラプロメで大人しくしていたのは大正解だったのではないかと思えてくる。
ウェズンはテラプロメがどういった場所であるか知らないが、それでもロクでもない場所だというのだけはしっかりと把握する。
「で、何。これから父さんと母さんの馴れ初めの話でも始まったりする?」
「聞きたいか?」
「興味はあるけどそれ今回の話に関係ある?」
「一部」
「全部じゃないんかい」
全部、とは言い切れないと言うウェインに、まぁ最初から聞いてたら果たしてどれくらいの時間がかかるかもわからないしな……と思ってウェズンはじゃあ本題どうぞ、と促した。
イアに至っては全力できょとん! とした顔をしている。間違いなく知らない話だ。原作にもなかったのだろう。
「ざっくり要約すると、父さんは母さんに惚れてこんなクソッタレなとこからは出てってやると決めたわけだ。で、まぁなんやかんや騒ぎを起こして逃げてきたわけだが……あ、テラプロメが空中を移動する都市だってのは?」
「知ってる」
「そうか。飛び降りるわけにもいかんし、そもそも都市は全体的にシールド張られてるから真下に落ちようとしたところで上手くいくはずもないんだがな」
つまり何かの事故で転落してもそのシールドに引っかかるという事だろうか。
トラウマで高所恐怖症とかになりそうだな、と漠然と思った。
ルシアの話では一応都市にも神の楔がある、とは聞いているけれどしかしその神の楔は自由に使えるわけでもなく、元老院の許可を得た上でしか使えないとか言ってた気がする。
つまり、ウェインがファムを連れて逃げ出すにしても神の楔のある所までいけばオッケーというわけではない。
騒ぎを起こしてどうにかした、との事だがウェインはそこら辺を細かく話す気はないようだった。
実際ウェインがした事は、都市部の中枢、重要な施設だとかを一部破壊したりして都市に混乱をまき散らし、一時的にシールドを解除してなんだったら都市の高度を下げたりして都市が落下すると元老院に錯覚させてその混乱に乗じて神の楔の一つの使用権を奪ったに過ぎない。万一本当に墜落したら危険どころの話ではないが、一応ウェインは海上に都市がある時を狙ってやったので仮に落ちてもまぁいいだろうと考えていた。結果墜落まではしなかったが。
しかしやってる事が完全にテロリストである。
しかもそれを一人でやらかしたのだから、相当なものだ。
詳細に語ると時間に余裕があってもいつまで経っても本題に入れないので省いたに過ぎなかった。
「逃げ出せたといっても、見つかる可能性は高かった」
「それは、なんで?」
ウェズンとしてはそこがわかるようでわからない。
上空から地上を見下ろして探すにしても、高度があるなら地上で移動している人間なんてありんこくらいのサイズだったりしないだろうか、と思ったからだ。
とはいえ空中を移動するような都市だ。
もしかしたら何かすっごいハイテクな感じでそれこそ衛星写真みたいに地上の様子を鮮明に、とかあるのかもしれない。
「テラプロメの本来の目的は、神を捜す事。神前試合の時にだけ神のいる場に行けるとはいえ、行ける者も限られている。機会があまりにも少なすぎた」
「……神前試合以外で神の所に行く理由は?」
「決まっている。戦いを挑むためだ」
あまりにもあっさりと言われて、ウェズンもまた隣でおとなしく話を聞いているだけのイアと同じように全力できょとん! という顔をしてしまった。
「過去に三度、私にはその機会があった。しかし隙がなかった。神を殺すためには確実に成功させなければならない。二度目は決して存在しない。一度失敗した時点で、全てが終わる。文字通りにな」
もしかしたら、世界のどこかの大陸にひっそりと神の座が存在しているのかもしれない。
もしかしたら、世界のどこかに空間の切れ目でもあって、その先に神がいるかもしれない。
どこかにはいるはずなのだ。この世界のどこかには。
それが、通常人に認識できる場所かどうかはさておき。
テラプロメは本来、そういった通常では見つける事ができないであろうモノを探し出すためだけに生まれた都市である。
それを聞いてウェズンはとんでもないな、と思ったしイアも思ってたより壮大な話だった、とばかりにきょとんとした顔をしていた。
ウェインからすればさっきまでのきょとんとした顔を区別がつかないかもしれないが、ウェズンにはイアのきょとん顔の違いからある程度わかる。恐らくイアもウェズンがどういう感情でそんな顔をしているのかくらいはほんのりとわかっているはずだ。
とはいえ、もう随分と長い事テラプロメは世界中を彷徨っている。それでも見つからないが、しかし今更諦めるわけにもいかないのだとか。
神は見つからずとも、それ以外の探しものは大抵見つかる。
それ故にたとえ都市を脱出できたとしても、そう遠くないうちに発見されるのはウェインからすればわかりきった事だったし、だからこそ手を打たなければならなかったのである。
「その結果が学園に、って事?」
「そうだ。神前試合の参加者として選ばれてもし神の前に行けたとしたなら。そして万一神を倒すことができたなら。レッドラム一族を消費してまで都市を維持する必要もなくなる」
神を倒す。
そう聞けばまーた壮大だしゲームにありがちなやつ、とウェズンは思うわけだが、しかし言われてみれば理解できる部分もあるわけで。
元々この世界は神が見捨てる事を選んだ世界だ。
神からすれば滅んで構わない世界。手っ取り早く自分から滅ぼすような事をしていないのは不思議ではあるけれど、何か、神にとっての法だとか、決まりごとがあって直接滅ぼすのは禁忌とされているのかもしれない。事情がわからないのでそこはわからないが。
だからこそ、遠回しであろうとも世界に神の楔を用いて各地を封鎖し瘴気を閉じ込め部分的に滅びを加速させようとしていた、と言われればまぁ、一応の理解はできなくもないのだ。
世界を人間に例えるならば、直接的に殺せなくとも体の自由を奪いじわじわと死に至らしめる、という感じだろうか。
そうなる前に神を殺せば。
世界を滅ぼそうとする元凶は消える。
その後世界がどうなるかまでは未知数ではあるけれど。
それでもたとえその結果として神を失った世界が滅んだとしても。
それはそれで世界の寿命だった、と諦めがつくのかもしれない。
「…………もしかしなくてもこの話、複雑?」
ややしばらく考え込むようにしていたイアの言葉に。
世界絡んでる時点で複雑だろうよ、とは思ったものの突っ込むまではできなかった。
単なる親の駆け落ち話に世界絡むとか普通は思わないので。




