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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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フラグは踏むもの



 一年生が二年生になろうという直前のある日の事。


 ちょっといくつか薬の調合しておきたいんだよね、というワイアットの言葉につまり手伝えって事ね、と早々に理解するしかなかったザインは折角の休日が消えていくのを感じながらも調合室へと訪れていた。


 魔力回復薬だとかをせっせと作っているワイアットの近くで、ひたすらに材料を細かく刻んだり使い終わった道具を洗ったり片付けたり。完全に助手である。


 広々とした教室には現在たった四人しかいない。


 ワイアットとザインを除いた他にこの場にいるのは、アレスの襲撃をかろうじて生き延びたシュヴェルとアンネであった。


 シュヴェルは元々頑丈な方であったし、一撃で致命傷でこりゃもうだめだ、みたいにでもならない限りは案外無事だろうと思われていた。実際そうだったので、ワイアットも「ホント頑丈だよね」とにこにこしていたくらいだ。


「頑丈なのはいい事だよ。だってすぐに壊れたりしないんだからさ」


 と、深読みすると恐ろしい事を言っていたが。


 だがもう一人のアンネは別に頑丈だとかそういう感じではない。

 シュヴェルを大型動物とするなら、アンネはどう見たって小動物。クマとハムスターくらいの差があると言ってもいい。いや、実際アンネはハムスターのようなちんまさはないのだけれど。あくまでもイメージである。


 アンネが生き延びたのは、本当に運が良かっただけだ。

 ギリギリで急所を外し、死にかけていたけれど急所にダメージを負ったわけではないのでどうにかこうにか生き延びた。ただそれだけの話である。

 治癒魔法や回復薬などで集中的な治療をされ、後遺症も残らず治った。


 その状況から助かるなんて運がいいね、なんてワイアットが治った後のアンネに言えば、アンネは表情一つ変えずに言い放った。


「そうね。近くにいた子を盾にして正解だった」


 アレスの強襲はあの場にいた誰も予想なんてできなかったししてもいなかった。

 課題に関してあれこれ話し合っていた相手がとても丁度いい位置にいたから、アレスが襲ってきた時にそれとなく盾にしたのだ。その結果アンネ自身への攻撃は急所をどうにか外せたのである。

 そうでなければ、きっと致命傷を負って助からなかっただろう。

 割と致命傷に近い怪我だったので一歩間違えば死んでいたかもしれないが、確実な致命傷でなかったが故に生存率が上がったとも言える。


 アンネが犠牲にした相手は死んでしまったけれど。


 その言葉を聞いて、ワイアットは腹を抱えて笑った。

 自分が助かるために平気で他者を犠牲にした挙句、一切心を痛めていないとかどうかしてるぜ、とばかりに笑った。


 まぁ、同じような状況にワイアットが陥った時、大抵は迎撃するけれどもし仮に自分が攻撃手段をその時点で持ち合わせていなかったとして。そして近くに盾にできそうな誰かがいたのであれば。

 ワイアットも間違いなくそいつを犠牲にしていたのでアンネの事を責めるつもりはこれっぽっちもなかったのだ。


 アンネもまたそろそろ自分用の回復薬とか心許なくなってきたから、という理由でワイアットに便乗して調合室で薬を作っていた。

 シュヴェルは別に自分用の薬を作ろうとかそういう事は全く思っていなかったけれど、さも授業のおさらいをしに来ましたよという風を装ってこの場にやって来た。


 二年に進級してからの行動方針というか、活動方針の確認だけはしておこうと思っただけだったのだ。


 とはいえ、少し前にアンネに絡んで酷い目に遭ったばかりなので若干アンネに対して警戒していたのだが。


 そしてそれはワイアットに目ざとく見抜かれて、何かあったの? ととても返答に困る質問をされてしまったのである。


 どうにか言葉を濁してふわっと伝えたい気持ちはあったけれど、しかしシュヴェルが言葉にする前にアンネがしれっと暴露した。


「あぁそいつ、こないだふざけた事抜かしたからちょっと」

「どんな?」

「クソみてぇなママムーブかましてきたから、母乳出るようになってから言えって」


 ぶはっ、と吹き出したのはザインである。


「次やったら母乳出るように改造するとも言ったわ」


 その言葉に笑いかけてたザインの表情がすんとしたものに変わる。


「へぇ」


 なんて相槌を打ちながらにこにこしているのはワイアットだけである。


「でもさアンネ、きみ、そういうの得意だったっけ?」

「んぁ? 得意じゃないけどでもさ。

 乳首は二つあるんだから、一度目で失敗しても二度目で成功すればいいだけでしょ?」


「人様の乳首を犠牲にする前提で話をするのをヤメロォ!!」


 シュヴェルが叫ぶもアンネは意にも介さなかった。


「ま、両方失敗してもさ。この前偶然にも魔法薬で乳首増やす薬ができたから。チャンスは何度でも増やせるよ」


 ぺっかぺかの笑顔で言うセリフではない。

 失敗した乳首とっぱらってまた新たにつければいいよね、みたいに言っているが、人体ってそんな簡単なものではない。ザインが青ざめた顔でシュヴェルを見た。その目には同情の色が浮かんでいる。

 だがしかし元はといえばクソみてぇなママムーブをやってはいけない人物にかましてしまったシュヴェルの自業自得である。


 アンネは見た目こそ地味な外見で大人しそうで、なんだったらカツアゲとかされても抵抗できずに全財産とられそうなか弱い見た目をしているが、中身までそうではない。


 平然と自分が助かるために他人を犠牲にできるし、見た目がごつく厳ついシュヴェル相手であってもピンポイントで乳首を抓り上げ人体改造して母乳が出るようにしてやろうかと脅せるだけのメンタルの持ち主である。

 恐らくもし本当にそうなった場合、母乳がでるだけでは済まず、ママにそんなきたねぇもんぶら下がってるわけねぇだろ、とかのたまって足と足の間にあるブツまで失うだろう未来は想像に難くなかった。


 流石にシュヴェルは男性である事をやめるつもりはない。

 しかしこれ以上下手にアンネに絡めばその可能性が大幅にアップする。しかも別にそういった研究だとかが得意なわけではないので、失敗を前提に言われている。

 アンネにとってシュヴェルの人権も命も尊厳も、何もかもが薄っぺらいものであるというのは明白だろう。


 最終的にとんでもないクリーチャーにさせられそうなのが困る。


 あと、乳首を増やせる魔法薬とか何でそんなもん作った……? と聞きたかったが下手に声をかけると何が飛び火するかわからないので声をかけられなかったシュヴェルであるが、ワイアットが平然とその疑問を口にしたので疑問はあっさりと解決した。



「ちょっと前の授業で失敗した結果できた」



 作ろうと思って作ったわけではないのはわかったが、ちょっと前の魔法薬学の授業で作った薬は麻痺解除薬である。それを失敗すると乳首が増える薬になるとかマジで意味がわからない。

 シュヴェルだけではなくザインまでもが身震いしていた。


 やっぱアレスは一番殺しておかないといけなかった奴殺し損ねてんじゃねぇか……? と一体もう何度目になるかもわからない思いが浮かぶ。

 あの日、アンネに脅された時から気付くとそんな考えが浮かぶようになって、まだあれから日も経っていないのにそう思った回数はとうに二桁を超えてそろそろ三桁になろうとしていた。


 生き残った仲間に精神的なデバフがかかってるようなものなので、アレスからすれば殺さなくて正解だったな、と思うかもしれない。

 そもそも最初から全員殺すつもりで強襲仕掛けたので、生かそうとしていたわけでもないのだが。

 そういう意味では失敗しているが、その失敗が逆に成功例に見えてくる不思議である。



 それはそうと、二年になったらまた授業とかそれなりに色々あるだろうし、そうでなくとも神前試合の日が近づいているわけで。

 一年の時は様子見も兼ねていたけれど、二年あたりで実力を出し惜しみしていると三年の時点で神前試合に参加する相手の選出が行われるはずだが、その時に選ばれなくなる可能性も出てくる。


 だからこそ、二年になったら今までのようなこそこそした活動をやめて大っぴらにワイアットと関わるべき部分も出てくるとは思うのだ。とはいえ、二年になった直後にそれをやるとあまりにも不自然なので多少、様子を見ながらという事にもなるはずだが。


 成績だって意図的に落としていた者もいた。まぁ死んだけど。

 そいつらが生きていたなら二年になってからわざと落としていた成績を上げにかかっていただろう。



 どのみち生き残ったのは三名で、ワイアット含めて四人。


 まぁ、神前試合に参加する人数としては可もなく不可もなく。


「期待の新人が来るかもしれない可能性は低そうだしね」

 なんてザインが言えば、アンネはどうかしらね、なんて返した。


「アテでも?」

「アテっていうか……結構前に見学に来た子がいたのよ」


 将来的に学院に入りたいと思って見学にくる者はいる。

 アンネもたまたまその場に居合わせていた。

 適性もなければ他の学校を勧めるしかないが、魔力だとかあれこれ軽く調べたところ適性がないわけではなかったのだ。

 というか、既に魔法も使える感じだった。


 多くの生徒は気付いていないかもしれないが、それでもアンネはその見学しに来た相手が精霊と接触した痕跡のようなものを感じ取ったのだ。

 であれば、浄化魔法を覚える事は容易だろう。入学自体は難しいものではない。


「見どころありそうだった?」


 ワイアットの言葉にうーん、と首を傾げる。


「わからないけど、将来性はありそうな感じだったかな。ちっちゃくて、見てて癒される感じではあったかも」

「ふぅん」


 強そうだとかそうじゃないだとか、そういう意味とも違う評価だった事でワイアットの興味は薄れたらしい。


 けれども、と思う。


 もし、あの時見学に来た子が学院に新入生としてやってくるのであれば。

 先輩として色々教えてあげるのもいいかもしれない。


 期待に満ちたキラキラした眼差しでお姉さんみたいに強くなるにはどうしたらいいですか? なんて聞いてきた子の姿を思い出す。

 そうだ。あの子は見抜いた。

 実力を隠して平凡を装っていたアンネを、正しく強者の側であると見抜いたのだ。


 後輩としてやって来たなら、思う存分愛でるのも良いかもしれない。


 今度の新入生が入学する時にいるかはわからないけれど、ちょっとチェックだけはしておこう。

 そんな風にアンネは思っている。



 そう、名前は確か――


(イア……だったかしら)


 ふふ、と上機嫌に笑うアンネにシュヴェルとザインがよからぬ気配でも感じたらしくそっと遠ざかろうとしていたけれど。


 アンネにとってはどうでもいい事だったのである。

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