未来の決め手は
結局のところ、話がどんどん大きくなってきた事もあって続きはまたにしよう、とジークが言いイフを連れて退室した。
結構長い時間話をしていたのだ、と時計を見てウェズンも驚いた程だ。
途中ちょっと展開についていけなくて、え、ちょっと待って? もっかい言って? とかそういう感じで話が止まったり繰り返したりしたのも原因だろう。
ルシアの懺悔については、正直ウェズンが怪我をしたりだとか危険な目に遭っただとか、はたまた周囲を巻き込んだだとかの迷惑行為すらなかったので、怒ってもいないし許さないとか言う以前の話だった。
殺害動機というか犯行動機もルシア本人の意思ではなく、半ば家族同然の相手の安全を保障――されていなかったけれど――するという話と、あとは人質でもあったのだろう。
ルシア本人が嫌だと拒否したとして、恐らくは次の誰かが選ばれていた可能性が高い。
テラプロメというのがどういった都市であるかもまだ詳しくわかっていないけれど、ロクでもない所なんだろうなとはウェズンとてわかる。
どんな大義名分があろうともやってる事が身内人質に逆らえないようにして犯罪強要という時点で、理解しろと言う方が難しい。
それ以前に話を聞く限りルシア達レッドラムと名のついた一族にそもそも人権はなかったのだろう。
ルシアはそれでもあの都市で、出来得る限り優遇されて生きていたようではあるのだが。
逆らえば相応の苦痛が待ち受けているのだろうとも予想がつく。そういう意味では、一つの処世術だったのかもしれない。逆らって痛い目を見て最終的に使い捨てられる人生にしかならないのであれば、なるべく従順に、せめて死ぬその時まではある程度融通がきく状態であった方がマシではある。
というのも、どうやらレッドラム一族を魔晶核の代わりとして使う儀式とやらで誰がどれくらいの浄化能力を持っているか、とかそういったものも調べる事ができるらしいのだ。
その中でルシアは浄化適性値が高く、故に次の儀式で犠牲になる事が定められていた。
今まで蝶よ花よとばかりに温室の中で育てられた花のような生活をしていたルシアは、身体を鍛える事もそこまでなかったし、魔術に関しても学園に来るまでは教わりもしなかった。
テラプロメを管理する元老院からすれば、これ以上ない程に使い勝手のいい駒なのだろう。
だが、そんな大事なアイテムをどうして学園に……と疑問に思うのは当然だった。
ルシアは逃げたところでいずれ捕まると言っていた。逃亡生活をしてそれをずっと続けていくのは余程精神的にも肉体的にもタフじゃないとやってられないだろう。ルシアには無理だと思える。
けれど、何かの拍子に後先考えず逃げ出そうとする者だって過去にいたはずだ。
そのあたりの疑問を問うた時、ルシアはルチルがいたからね……と言っただけだった。
それだけで充分だった。
大切な相手を置いて逃げ出せるはずもない。
そもそもウェズンが学園に入学する以前に既にその情報を掴んでいたテラプロメはどうなっているのか、と思うのだが、そこは言葉を濁された。
ルシアが無事にウェズンを仕留めた時は、ルシアが死んだ後もルチルの身の安全を約束されていたのだと言われてしまえば、ルシアが望まぬ殺人を犯そうとしていたのもわからなくはない。
本人的に自己犠牲のつもりはなくとも、それでも自分が泥を被れば身内は守られる、となればその手段をとる者はきっと、ウェズンが思っている以上にいるのだと思うので。
本来ルシアの世話係であったルチルは、ルシアが死んだ後はもう用無しであり、他に使い道がなかった場合彼女もまた処分される可能性が高かったのだという。
テラプロメどうなってるんです? と思わず言ってしまったウェズンに、ルシアは聞かないでくれ……ととても困ったように言った。
まぁ、うん。
ウェズンだってお前の住んでる世界どうなってんだよ、とか誰に、というわけではないが言われたらそれはそれで困るので、深くは突っ込まなかった。
テラプロメをルシアが作った、とかいうのであればまだしも、彼はたまたまそこに生まれてしまっただけのある種運が悪かっただけの人だ。
産まれた時点で人権なんてないし、道具同然の扱いだし、最終的に殺される事が確定しているし。
挙句、下手に逆らったら痛めつけられるからと逆らわずおとなしくしていた結果、武力もなんにも持たない完全なる一般市民。RPGの非戦闘員モブキャラレベルの軟弱さである。
下手に身体を鍛えていたら、それはそれで危険視されていたのだろうなと思う。
聞けば、ウェズンの母でもあるファムだってレッドラム一族だったようなので、そりゃあまぁ、思う部分もたくさんあると言われてしまえばウェズンは何も言えなかった。
母は学園で生徒としてやっていて、その後もしれっと生活している。
逃げたところで最終的に捕まるのではなかったのか、という疑問は、きみのお父さんが色々とやらかしたんだよ、の一言で納得するしかなかった。詳しく聞くのであれば、当事者に問い詰めた方が確実だろう。
ともあれ、ルシアは自分の意思でウェズンを殺すつもりだったわけではない。
それに被害など出てすらいない。
それなら、ウェズンがルシアを怒る理由も、恨みを持ち続けるような原因も、何もないのだ。
ルチルが死んだとワイアットに言われた以上、ルシアがウェズンを殺す理由は既にない。
ウェズンの死、そしてそこからウェインを引きずり出すつもりだったという言葉。
まぁルシアは勝ち目がないとわかっていたが、それでも一応ウェズンは二人の息子である。多少なりとも精神的な揺さぶりをかけたりはできるだろう。その隙に、抜け目なくテラプロメから刺客がやってきていたならば、もしかしたら元老院とやらの狙いは成功したかもしれない。
とはいえ、もうルシアが元老院とやらの命令を聞くつもりはこれっぽっちもないのだが。
他の同胞が犠牲になる、とか言われたらそりゃあちょっとは揺らぐかもしれないが、けれども集団で結託しないようにとレッドラムたちは基本的にそれぞれ隔離されていた。親だろうと兄弟だろうと気軽に会える状況ではなかったのだ。
ルシアからすれば、血の繋がったロクに顔も合わせた事のない身内よりルチルの方が余程大事であった。
そしてそのルチルはもういない。
ルシアの枷は既に存在していないのである。
これからどうするのか、という問いにルシアはすぐに答えなかった。
今までであれば、呼ばれたら帰るしかなかったのだろう。それが結果として自分の命の終焉であるとわかっていても。
最後くらいは派手に抵抗してみせようかな、と思わなくもないのだ。
とはいえ、自分の実力はわかっている。一人で暴れたところで元老院はおろかテラプロメにとっては然したる問題もないだろう。それが、悔しかった。
できる限りの事はやってみるよ、というのが精一杯だった。
強がりだと早々に見破られていそうではあったけれど、今のルシアにできる精一杯の虚勢だった。
ルシアが命を狙っていたというのに何の被害も犠牲もでていないから、と許す以前の問題なんだよね、なんて。
とてもあっさりと言われてしまって、ルシアとしては逆に困ってしまった程だ。
ウェズンの部屋に来た時は、きっともっと色々酷い事を言われるだろうし軽蔑もされるだろうし、なんだったらぶん殴られても仕方ないよな……なんて思っていたというのに。
ルシアが想像したそれらは何一つとして実行されず、挙句あっさりと許されてしまっては。
何だか逆に居た堪れなくなってしまったのである。
いっそ罵ってくれた方が気持ちは楽になったかもしれない。
それでなくともウェズンは自分が原因で命を狙われているわけではなく、親への嫌がらせも兼ねているのだろうから。当事者同士でやってくれませんかねぇ!? とか言ったっていいくらいだったのに。
ま、そんな事もあるよ。生きてたら。
なんて。
あまりにもあっさりと言われて、ルシアは内心でちょっと達観しすぎではないか? とも思ったのだけれど。
こんなんで許されてしまって本当にいいのだろうか、だとかいっそ罵ってくれれば楽になれたかもしれないのに、だとか。
どれもこれも全部自分の本心ではあるのだけれど、それら全てを集めるととても矛盾した気持ちが胸の中で燻っていた。
ルチルがいなくなって、本当にもうどうにでもなってしまえばいいと思っている。
死ぬ間際に盛大に元老院に対して嫌がらせができないものかと画策しつつある自分もいる。
今からでも残された時間、どうにかして鍛えて、大きな傷は残せなくても。
せめて、爪痕の一つでも残せるのでは。
そんな僅かな希望とも言えないものに縋りつこうとしている気持ちも確かに存在していたのだ。
結局のところ。
ウェズンにこれからどうするのか、なんて聞かれたところで。
そんなの自分が聞きたいくらいだった。




