闇の深い家庭事情
かつて、魔晶核を人工的にどうにかできないかと研究し、結果生まれたのがルシア達一族である。
そう聞いて真っ先に思ったのは、それ絶対真っ当な研究じゃないよな、である。
ついでに呟いた事で、そうだよむしろ真っ当な研究であった方がどうかしてるさ、とはルシアの言だ。
ジークが言う。
「かつて、人と恋に落ちたドラゴンがいた。ドラゴンといっても今の我のように半人半竜のような姿でいる事ができる者もいたのでな。人に紛れて暮らす事など造作もなかったのさ。
ただ、人と竜の間に生まれた者の中に魔晶核はないようだった。だが、人もそうではあるのだが、周囲の瘴気を体内に取り込み汚染されるわけだが、竜種として生まれた者たちはその取り込む量が若干多いらしくてな。
魔晶核こそ持たぬものの、しかし体内に取り込んだ瘴気で汚染される事は滅多にない」
それだけ言われると、瘴気耐性の強い新人類が生まれたようなものだと思えるのだが、ウェズンの脳内では闇が深い話と言われていたのもあって、どうしてもロクな想像ができなかった。
そんなウェズンの表情から読み取ったのだろう。ジークが鼻を鳴らす。
「恐らくそなたが想像したものの何十倍も酷い実験はいくつかされておるぞ。それだけではない、血の濃い竜種を最終的に隷属させ本人の意思に関係なく繁殖させ――そうして増やして管理した。
その頃にはもう竜種の血を引く者を一度きりの魔晶核扱いにする術ができていたからな。
今ある浄化機がいつ壊れても問題のないように。使い捨ての浄化機としてレッドラム一族は管理されてきた」
竜であるはずなのに赤い羊とは面白い事を言うものだな、なんて言われて。
あ、そういう意味で受け取ってよかったんだ……とウェズンは思わず呟いていた。
「そういう意味?」
「え、あ、いや」
「他に何かあるか? 良い、許す。言ってみよ」
イルミナにとてもよく似た顔で、とっても尊大に言われてなんだか妙な圧まで感じるが、ここで言わなければそのうち強制的に言わされるかもしれない。主に暴力だとかを用いて。
そう思ったからこそ、ウェズンは前世の記憶をほんのり引っ張って最初にルシアの名前を聞いた時に声にも出さずに思った事を伝える。
とある、推理漫画だったと思う。
もうどんなエピソードだったとかこれっぽっちも覚えていないけれど、それでも確かレッドラム、という言葉があったのは覚えていた。
そしてそれが、逆から読むと殺人鬼とかいう意味になるというのも。
英語の成績悪かったらそんなん絶対気付かんぞ、とか弟の誰かが言ってたような気がする。
というか、仮に英語の成績が良かろうともそうすぐに気づくものだろうか……とはウェズンも前世で思っていたはずだ。ふわっとしか思い出せないので断言まではできないが。
逆から読む、というのは色んな作品で使われる技法――と言っていいかは微妙――だが、まぁよくある話だ。
あと文字を入れ替えて別の意味にしたりするものも。
だが、そういうのがある、とわかっていてもすぐに気付けるかどうかは人それぞれだ。
ウェズンはリングからメモ用紙を取り出して、その上にアルファベットを並べていく。
異世界からの文字も存在しているが、何と恐ろしい事にこの世界アルファベットが通用する。
もし通用しなかったらウェズンが思った事を伝えても、果たしてうまく伝わったかはわからない。
「――で、てっきりなんかこう、暗殺者とかそっち系に関連してるのかな、とか」
メモに書いた文字を逆から読めば確かに、と言えるもので。
そう、実のところウェズンはルシアが暗殺チャレンジをしている、という事実を知った時、ほんのりとではあるが、忍者の卵たちが頑張るお話のように暗殺者の卵が一人前になるために努力奮闘してるとかそういうやつなのかな、とも思ったりしていたのだ。
ウェズンは原作を知らないのでスピンオフとかでそういうギャグとかあってもおかしかないよな、とも考えてしまったので。
失敗続きだという部分で、コメディとかそっち系ならそりゃ成功したらまずいわな、とか割と暢気に構えていた。
そんなウェズンの説明に、ジークはメモ用紙に書かれた文字をじっと見て、
「うわ」
と明らかにドン引きしてますと言わんばかりの声をだした。
大抵の事はさらっと流してしまいそうなドラゴンがドン引きしているというある意味レアな光景に、一体どういう反応をすればいいのかさっぱりだった。
「そなた、よくこれ気付いたな……?」
「え? あぁ、いや、その。はは」
前世の漫画のやつです、とは言えるはずもない。
だからこそウェズンは困ったように乾いた笑い声をあげた。
「しかもこれお前ら一族が殺すとかいう意味じゃなくて、都市がお前らを殺すっていう点でまさにその通り……みたいになっておるとか……えぇ、うわ」
「あのすいません、ボクも今初めて知った事なんでそういう反応されても困ります」
ルシアもてっきり生贄としての名だけだと思っていたのだ。逆から読もうとか思った事なんてそもそも今までの人生で一度もなかった。
レッドラム一族が生まれるまでにでた犠牲だとかも含まれて揶揄している部分はあるんだろうなと思うと、もし実際そうでなかったとしてもこの説はとてもそれっぽく思えてくる。
覗かなくてもよかったはずの深淵を覗き込んだ気分だった。
「それで。何の話だったか」
「うちの一族の由来とかだったんじゃないですかね」
眉間にしわを刻み込んで言うジークに、ルシアも投げやりに答えた。
「あー、まぁ、そうやってレッドラム一族をテラプロメは管理している。人でありながらも人扱いされず。牧場と言ってもよかろうな。故にレッドラムの名をつけられてもあぁそういうものか、と思っていたというのに……」
「逃げだしたりとかは、しなかったんですか?」
ある意味で当たり前の質問。けれどもルシアは無理だよとばかりに首を横に振った。
「逃げ場がないんだ。神の楔がないわけじゃない。けれど、あの都市から外に出るには元老院の承認が必要になる。逃げ出したい相手がそんなもの得られるはずもないだろう」
「神の楔を使わないで逃げるってのは?」
「無理だよ」
笑う。
ルシアとしては「あぁ、なんにも聞かされてないんだな」としか思わなかった。知っていたらそんな言葉が出てくるはずがない。
「ウェズンは、テラプロメがどこにあるか知らないんだね」
「というか大半の者たちは知らんだろうよ」
ジークの言葉にそれもそうか、とルシアは頷く。
「え、何。普通の方法で行けないような場所?」
その反応にウェズンも薄々察するしかない。
頭の中に浮かんだのは、ゲームにありがちなある程度話を進めないと行けない場所の数々。
例えば、空を飛ぶ乗り物を得てからじゃないと辿り着けない場所。
マップ上に見えていても、行く手段が序盤では決して見つからずあれどうやって行くんだ……と思わせるような……キャラクターがぶつかって障害物扱いになってる山みたいなのに囲まれた場所だとか。
空から行くか、はたまた海の底からか。
「…………もしかして、空に浮かんでる、とか?」
「惜しいな。浮かんでいるがついでに移動もしている」
「わぁ」
思わず窓の外へ視線を向ける。窓の外から見える空なんて限られているし、そう都合よく空中移動都市が見えるはずもないのだが。
「あの都市は、魔法で外から見えないようにされているから空を見上げたところで見る事はできぬ」
「なんでそんな迷彩仕様に?」
「見つからないためだろうな」
神の楔は各地へ行ける便利な転移門ではあるけれど、同時に各地を封じ込める結界の役割も果たしている。瘴気汚染されている者を閉じ込める役目もある。
汚染された者たちが逃げ出そうにも汚染度が高ければどこにも行けず、まだ一度も解除されていない結界がある土地では瘴気すら封じ込められたまま。
海だとかはそこまで瘴気汚染される事はない。
では、空は?
結界が解除された時、今までその土地に閉じ込められていた瘴気は周囲に散る。一部分に集中して集まっていた瘴気が他の場所にも流れていくので薄まるには薄まるが、それはつまり他の場所に瘴気が少し流れて増えているという事でもある。
土地の自浄作用があるとはいえ、どこもかしこも完全に浄化されている土地なんて――学園があるとされる島だけだ。
空の上であるならば、恐らく瘴気はそこまで汚染されていない気がする。
けれども、そこで暮らすために魔法や魔術を用いた物を使うのであれば、瘴気は発生する。
その場にとどまった状態だと瘴気が下にある大地へ垂れ流し状態になってそこに暮らす者たちがあの忌々しい上空都市を堕とせとなるかもしれない。移動しているのであれば、溢れた瘴気が都市の外に漏れたとしてもそこまでの被害にはならないのではないか。
そういったあれこれを考えて、あぁ海の上を移動するなら瘴気が溢れても問題はなさそうだな、という発想が浮かぶ。
「ともあれ、空を移動しているためにそこから出るなら神の楔を使うしかないのさ」
「……神の楔の結界で閉じ込められてもそれって意味あります?」
「あの都市にある神の楔は人工的に作られた物だ。神が自ら世界に打ち込んだものではない」
「作れるんだ」
空を移動する都市、なんてのも驚くけれど、そんな事よりも神の楔を人工的に作る事ができた、という話の方が衝撃度合は大きい。
「あの都市は古代にこちらにもたらされた異界の知識や技術を多く保有しているからな。だからこそ可能だったのだろうよ。とはいえ、今となっては失われた物も大きいようだが。
あの都市が作った神の楔は見た目は本物とそう変わらず、都市以外にも打ちこまれた物も多くある。
そして神はそれを好都合とばかりに利用しているのさ」
なんでこんな場所に神の楔があるんだろうなぁ、と思うような場所にもあったけれど、ウェズンはそれも神の世界に対する嫌がらせだと思っていた。結界で封じ込める場所が多ければ多いだけ神前試合の後に解除される土地もその分あるわけで。
完全に解除されるまでに随分と時間がかかる。
神からすればこの世界はもうとうの昔に放棄したいものであり、時間がかかればかかるだけ、神にとっては都合が良い。だからこそ、勝手に神の楔を作り出してそこらに打ち込んだ者がいたとしても何も問題はなかったという事だろう。
神にとって不都合であれば何らかの手段を講じていた可能性がとても高い。
それこそ勝手な真似をしたという事でペナルティを課す事すらできただろう。
「元より神の楔がなかった場所だ。地上にある神の楔でテラプロメへ行く事は難しく、またテラプロメが作りだした神の楔による干渉によるプロテクトがかけられた」
「……聞く限りとんでもないところですね」
神が作った代物と同等の物を作り出して、尚且つテラプロメによそ者が入り込めないように他の神の楔からも来れないようにしてある、と聞かされればそう思うのも無理はない。一体何をどうすればそうなるのか、ウェズンには想像も理解もできそうになかった。
「あれ、でもルシアはこうやってここにいるよな」
「条件付きで許されているに過ぎないよ。向こうから戻れと言われれば戻らなければならない」
「そのまま逃げる事も無理?」
「あぁ。テラプロメは本来の役割上、探しものに関しては得意だからね。逃亡者の捜索なんてお手の物さ」
聞けば聞くほど情報量が増えていく。
そうしてどんどん横道にそれていっている気がした。
「結局、僕を殺そうとしていたのは親が原因だった、ってのはまぁいいんだけどさ」
「君を殺せば親が出てくる可能性が高い。その時に、かつて盗んだ魔晶核に関して聞けるだろうかと思ってたのが一つ。恐らくその時に都市から刺客を放つつもりだったってのもある」
「成程僕は餌だった、って事」
本命を引きずり出すため、とか聞かされるとそれはそれでとてもしょっぱい気持ちになる。
完全に巻き込まれている立場。そんなんで殺されていたら、成仏もできそうにないではないか。
ふと思う。
こんな話を原作のウェズン少年が聞いていたら、彼はどうしたのだろうか、と。
元々親と反発し勇者になりたいと言って完全アウェーな学園生活を送る事になっていたであろう主人公は、そんな話を聞けば余計に親に対して思う部分がありそうではあるのだけれど。
想像してみたところで今のウェズンにはさっぱり理解できなかったのである。




