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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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突然の別れ



 毒と毒を混ぜ合わせる。

 それによって中和される事もあるけれどそういうのは適当にやってできるものではない。

 それどころか、更なる強力な毒になってしまう方が可能性としては高いくらいだ。


 とはいえ、毒性が強まろうともそれによって味も激烈に……なんて事は必ずしもあるわけではない。

 苦味だとか、舌の上に残るぴりりとした痺れだとか、そういう感覚がよりえぐくなるようなものはあるだろうけれど、性質の悪い毒は含んだ直後にそうと気付ける事がない物も多い。

 摂取して、そうしてどうしようもなくなってから効果を発揮して、そうして効果が出たらもう後は手遅れ、みたいなものも多く存在している。


 危険度が上がった事で味も不味くなる、なんて単純な話にはならないのだ。


 ワイアットもそれを理解してはいるのだろう。

 リィトの目の前で一つのグラスに別のグラスの中身をそっと注ぎ足していっている。


 見た目は酒かジュースかわからないけれど、綺麗なカクテルを並べましたと言われれば大半が信じるだろう見た目の物ばかり。

 ワイアットが手にして注いだグラスの中は、しかし一瞬にして毒々しい色へと変化した。


 飲み物同士を混ぜた事でお互いの色が混じってそうなっただけでは明らかに考えられないくらいの色合い。中に入っている毒も間違いなく変色させた原因なのだろう。


 ほんのりピンク色していた液体に、爽やかなグリーンをしていた液体を注いだ直後に毒々しい赤へ変わった時点でそうとしか思えなかった。


 最初からそれがグラスの中にあったなら、ワインですとか言われれば一応そこまでおかしいとは思わない色だとは思う。

 変化するところを見た以上どうしたって毒々しい色としか言いようがないが、最初からグラスの中にそれがあったなら、濃い赤――深紅と言うべきか――というだけだ。ワインかぶどうジュースか……見た目だけならそう判断したに違いないのだ。


 とはいえ元の色はピンクとグリーン。

 そもそもそれらを混ぜて真っ赤になるとかいうのがおかしいが、ワイアットは一切気にした様子がない。

 そのまま真っ赤な液体がグラスギリギリまで注がれる形となった物を持ち上げて、そっと口をつける。


「……普通だな」

「普通なんだ」


 でもそれ普通に毒なんて縁のない人間が飲んだら即死するやつだよね。

 とは口に出さない。


 それを飲んで苦しがる様子を一切見せず、平然としている時点でどうかしているのだがリィトからすればもうその程度は驚くほどのものでもなかった。


「あの時の不味さには及ばない」

「生憎知らないから手助けはできないんだけど、その不味さについて詳しく聞きたいわけじゃないから話さなくていいよ」


 下手に興味を持ってアレに近い不味さを味わってほしい、とか言われても困るのでリィトは一切興味を見せないように振舞った。全く気にならないわけではないけれど、それで自分がまきこまれるのはごめんである。

 どうせなら最終的に結果だけ知らせてほしい。途中経過も何もかもすっ飛ばして結果だけ知ればいいかな、と思うようなものでしかなかった。


 事情を知る前は最初から説明しろとか言っておいてなんだが、知ったからこそそうなってしまった。


 ある程度飲んでグラスの中身が減ると、今度はそこに別のグラスの中身を足していく。

 赤い色が更に深くなって、黒っぽく見える。部屋の明かりに照らせばまだ赤だと思える色をしているとは思うが、それでもぱっと見は黒に近い色になっていた。

 コーヒーです、とか言われればまぁギリ……と思わなくもないが、まぁ人間が飲む物ではない。

 何の毒を組み合わせたかはわからないが、一瞬だけつんと鼻をつくようなにおいがした気がした。


 それをワイアットは躊躇う事なく口へ運ぶ。


「……うぅん……普通」

「最終的にそれ全部混ぜてく感じかな? もしかしなくても」


 もしそうなら沢山のグラスを用意する前に、最初にバケツの中に色んな毒混ぜとけばよかったんじゃないかな……とは思っても言わない。


 流石にバケツ抱えてその中の毒を飲み始める光景とか見たいものではなかったので。


 ワイアット的に混ぜる順番を決めているというか、恐らくどの毒を混ぜればより効果がヤバくなるかはわかっているのだろう。それもあって、少しずつ混ぜていって調整しているとは思うのだが……


 やってる事は一歩間違えれば人が死ぬレベルのものであるはずなのに、傍から見てると利き酒でもしているように見えてくる不思議。


 そうしていくつもの毒を重ねていく光景を眺めていると、バタバタと激しめな足音が聞こえてきた。

 足音は一人、周囲に一切何の配慮もしていないくらいに騒々しいもので、音だけ聞けば何者かに追われでもしているのかとすら思えてくる。逃げる時は足音なんて気にする余裕がない事だってあるわけだし。とはいえ、もし本当に何かから逃げているなら足音をああも大きくたてるのは悪手である。何故ってその音で居場所が特定されやすくなるので。


 追手がもう足音すら聞こえないくらい遠くにいるとか確信してるなら気にしなくてもいいのかもしれないが、外ならともかく建物の中で追手の数が確定していてどこに誰がいるというのがわからなければ、そこらの教室に追手がたまたまいた、なんて事もあり得るわけで。



 なのでリィトは別に何かから逃げてるわけではないんだろうな、と早々に判断を下した。あまりにも切羽詰まった感はあるが、追いかけっこをしているとかではないのなら、誰かしら探して走り回っているだとかかもしれない。


 その足音はこの教室を通り過ぎて遠ざかっていく――はずだった。



 けれどもリィトの予想をあっさりと裏切って、教室のドアが開けられる。

 空き教室を使う事に関しては一応教師に許可を取っているので、ワイアットに用があるなら居場所は把握されているし、ここにそういった誰かが来たとしてもそこまでおかしな話ではない。

 だが、ワイアットにわざわざ接近して話しかけに来る者、となると数がとても限られるのでないんじゃないかなぁ、とリィトは思っていたわけだ。その予想が外れたわけだが。


「たっ、大変だワイアット!」

「なんだザインか」


 ザインは学院に入学した初期の頃から比較的ワイアットと親しくしている人物である。

 とはいえ、露骨に友人として接しているとワイアットを敵に回した連中が他のお友達を巻き込もうとしたりだとか、まぁともかく面倒な事になるのもわかりきっていたのであからさまに友人というよりは、顔見知り以上知人未満、くらいで接していたものだが。


 一時期ワイアットの周囲に群がっていた取り巻きと比べれば実力もあり、他にもそういった相手と共にあまり目立たないようひっそりとワイアットと交流をしていた人物である。


 そんなザインが血相変えて飛び込んできたのだ。

 何かあったのは間違いない。


 とはいえ、学院の中で起きるトラブルなんて別段そこまで酷いものなどそうあるわけもなく。ザインとは違いワイアットは落ち着き払っていた。


「落ち着いてる場合じゃないぞワイアット、あいつらが……あいつらが皆やられた!」

「皆?」

「そう、おれはたまたま離れてたから巻き込まれなかったけど、他のやつらは違ったんだ。授業だとか課題だとかの話でそこそこ固まってて……それで、そこを狙われて一網打尽に!」

「決闘でもあったって事かな?」

「わかっててお前言ってないか!? 違う、そうじゃない! あいつ、アレスがやらかしたんだよとうとう!」


「へぇ?」


 思わず語尾が上がった。


 アレスはワイアットが目をかけている実力的にも将来性を感じさせる相手だ。今倒すよりももっと強くなってから戦えばきっと面白い事になると思ってあえて決定的なトドメを刺すような事はせず、精々がちょっと揶揄うくらいのちょっかいで済ませていた相手でもある。

 時折思いついた嫌がらせもする事はあったけれど、そういうのを平然と受け流したりしていたので、その反応を見るのが一種の暇潰しにもなっていた。


 とはいえ、あまりにもちょっかいかけすぎたせいで警戒されていたので、最近は少し距離をとっていた相手でもある。向こうもまだ何かをしてくるのではないか、とこちらの様子を警戒していたように思うが課題だとか進級試験だとかで忙しくなる頃でもあったし、ワイアットが関わりを減らした事はそこまで不審に思われていなかったと思う。

 進級してからまた改めてちょっかいかけようと思っていた相手。


 そのアレスが、やらかしたと言う。


 何を、と聞くまでもなかった。


「そう。アレスだけ? 他には?」

「……女生徒二人。確か……ファラムとウィル、つったか……」

「ふぅん? 三人だけ?」

「あぁ。基本はアレス主体っぽかったけど、間違いなくあの二人も関係している」

「そう。それで」

「あいつらはとっとと学院出たみたいだけど、どうする?」

「やられた連中ってのは皆死んでるわけ?」

「……いや、それはわからない。おれだけ離れた場所で見る感じだったのと、近くに行けば間違いなくおれも巻き込まれるから確認はしてない。ただ、他にもその場で見物してたやつはいるし、そっちが医務室に運んだ可能性はある」


「リィト」

「仕方ないな、一応様子確認してきてあげるよ」



 ワイアットに名を呼ばれたリィトは「はいはいわかってますよ」とばかりに腰を上げる。毒入りドリンクちゃんぽんしてるのを延々見ているだけというのも暇だったし、そういう意味ではいいタイミングで中座できたとも言える。


「学院を出てくと見せかけてそっちに襲撃かける可能性もあったけど……どうやらそれはないっぽいな」

「こういうのは時間勝負だからね。学院であえてやらかしたんだ。下手に留まる方がどうかしている」

「驚かないのか」

「その可能性もあったからね。驚いてはいるよ。表に出てないけど」


 そう答えれば、ザインもそれ以上あれこれ言ってはこなかった。


「ま、一人だけでも無傷なのが残って良かった、とだけは言っておこうかな」


 別に何か裏がある発言というわけでもないのに、何故だかザインは引きつった笑みを浮かべたのである。

 お前ひとりだけかよ残ったのは、とか言われるとでも思ったのかもしれない。



 アレスがやらかした、という意味をワイアットは正しく理解していた。


 学院で散々好き勝手振舞ったワイアットの事をよく思っていない生徒はそれはもうたくさんいるのをワイアット自身把握している。けれど、いざ排除してやろうと思ったところでワイアットが周囲より抜きんでて強いせいで力尽くでブチ倒す、なんてのもできないからこそ普段は距離を取って関わらないように無関係を装う生徒がほとんどだ。


 ワイアットから関わると逃げ場はないが、こちらから関わらなければ、そしてまたワイアットがこちらに興味を示さなければそれなりに平穏は望める。

 嵐だとかの自然災害みたいな認識を持たれつつあるのをワイアットはしっかりと把握していた。


 手当たり次第に生徒を抹殺してはいないけれど、それでも数名殺した相手はいる。

 だからこそ、同じ学院に所属していても絶対的な味方とは限らない……と生徒たちにそういう認識が植え付けられたと思っていたのだが。


 それでも、ワイアットと密かに親しい関係を築きつつあった連中はやられたのである。


 どうして、と疑問に思う必要はワイアットにはなかった。

 何故って、少し前にこれと同じようなものを見ているので。


 見て、というか前の時は自分が唆したようなものだったけれど。


 アレスは間違いなくこの学院を出て、学園に鞍替えするつもりだろう。

 そう、少し前にワイアットがクイナに伝えた方法と同じやつだ。


 直接ワイアットと戦って出奔という方法も有りだとは思うが、その場合生きて学院を出られるかどうか疑わしいと判断したのだろう。

 かといって、特に恨みがあるような相手、アレスやファラム、ウィルにはいなかったはずだ。

 あの三名は別に周囲と常にぶつかっていがみ合うような事などしていなかったのだから。


 であれば狙うのは将来的に勇者として選ばれる可能性の高い相手の仲間になりそうな存在。

 将来的な戦力を潰して敵対組織に下る、まぁよくある話ではなかろうか。


 そのうち自分の陣営に引き込めれば良かったんだけど……とアレス本人が聞けばまずそんな未来はこれっぽっちもあり得ないと言いそうな事もちらっと考えていたのだが、こうなってしまっては仕方がない、とワイアットは早々に割り切った。


 味方にして使うより、敵となって立ち向かってくれた方が恐らくは楽しいと思うので。


 そのせいで死んだか瀕死の重傷を負っている仲間たちには申し訳ないな、という気持ちもなくはないのだけれど。

 その可能性は常にあったのだから、こうなったとしてワイアットに恨み言を言ってきたとしても今更だろう。


 交流会の時にいた取り巻きどもの末路だって彼らは知っていたのだから。


 流石に襲撃された連中全員が死んでいたら、仲間として使えそうなのがザイン一人は心許ないのでどうにか頑張って生き残って欲しいものである。


 一応リィトが様子を見に行ったけれど、自分も足を運んだ方がいいかもしれない。

 そう思って、ワイアットはとりあえず医務室へ行く事を決める。


「あ、そうだ。ザイン、これ飲む?」

「おれに死ねと?」


 片付けついでに余ったドリンクを提供しようとしたのだが、普通に断られた。

 毒耐性を得る丁度いいチャレンジだと思ったのだが断られたのであれば仕方がない。


「じゃあこれ片付けといて」

 医務室行ってくるから、と言えばザインはやや重ための溜息を吐いたが。


 嫌だとも行くなとも言われなかったのでワイアットはその場を任せて教室から出たのである。

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