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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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心に残る



 ――学院に戻って来たリィトは日常ってつまらないものだと思っていたけれど、無かったら無いで困るものなんだな……と割と俗世に染まったような事を思っていた。


 何せちょっかいかけた相手が思ったよりもヤバかったという事実に直面した後だ。


 精霊であるリィトにとって並大抵のことはそこまで驚くものでもないのだが、故に驚くような事に遭遇して非日常を体験した事で思う部分は色々あったらしい。


 リィトは元々学園にいた精霊であったが、途中から学院に移った存在である。

 故に今でも学園に入り込むだけならそう難しい話でもないし、だからこそ学園で保管されていた貴重な品々をちょっくら拝借するなんてのは余裕でできる事だったのだ。


 一応境界だのなんだのあまり関係のない精霊ではあるけれど、それでも一度も学園に存在していなかった精霊があの保管庫に入り込もうとしたならば、きっともっと早くに気付かれていたに違いない。

 リィトはかつてそこにいたからこそ、異物と思われずそれ故に気付かれなかったに過ぎない。


 とはいえ、あまりあれこれ持ち出したら流石に大問題になるのはわかっていたので、必要な物だけを奪ってきたわけだが。

 あまりやらかしすぎると学院も庇いきれないだろうし。それくらいはわかっているのだ。


 長い年月人の暮らしを見て、一応それくらいは学んでいる。


 さて、そんなリィトが数日の休暇を過ごし、ようやく当たり前の日常に戻って来た気がするな、と思えた頃の話だ。



「……うわ、何これどうしたの?」

 長いテーブルの上にずらりと並んだグラスには、色とりどりの液体が入っている。

 ジュースにしろ酒にしろ、どっちにしても種類豊富ですねと言いたくなるくらいの種類が並んでいた。

 ここに更に他にも人がいたならば、何これからパーティーとか飲み会でもすんの? と軽く聞いていただろう。

 けれどもこの場にいるのはワイアットとリィトだけである。


 リィトがこれらを用意したわけではない。

 つまりこれを用意したのはワイアットである。

 いや、他の誰かに頼んだ可能性もあるけれど、もしそうならその相手もいるだろうと思ったのだ。


 とある空き教室を占拠してやらかしているのだが、特に咎められる事もない。これから使う予定のある部屋ならともかくそうではないので教師も注意をする事がないのは、ワイアットもとっくに把握していたしリィトも何となく察している。


「何って……見てのとおりだよ」


 ワイアットしかいない教室で、クラスメイト全員が手に取っても余りそうなくらいあるくらい飲み物があって。

 それを見てのとおりだよ、とか言われてもリィトにはちょっと理解できなかった。


 一人で飲むにしても、流石に多すぎる。

 絶対これお腹ちゃぽちゃぽするでしょ、とは口に出さなかったけれど。


「……うん、よくわかんないな。何するのにこんな用意したの?」


 大分理解しつつあったと思える人間の行動を、でもやっぱりまだわかってないんだよな~、というノリでリィトは受け流す事にした。ワイアットに関しては彼の目的だとかは一応聞いて理解できているけれど、それ以外は正直分かり合える気があまりしないというのもあった。


 とはいえ、二人はどんな関係かと問われればお互いに友人だと言うだろうとは思っているが。


「飲む以外に何かある?」

「あ、飲むんだ。一人で?」

「別に飲みたいなら飲んでもいいけど」

「…………やめとく」

「だろうね。全部毒入りだし」


 やっぱりな、とは言わなかった。

 けれども、ずらりと並んだそれらを見た時点でリィトは察していたのだ。


 精霊全てがそう、というわけでもないがリィトは少なくとも毒が混入している物かそうでないかくらいは見分けられる。見分けたからどうというわけでもないが、ちょっとした特技みたいなものなら人間誰しも一つくらいは持ってるって言うし……と思って別に気にした事もなかった。


 ワイアットが幼い頃から毒に耐性を得るために色々と摂取していた事は知っている。


 だから、今更になってまた毒を摂取するという意味がわからなかったのだ。

 定期的に摂取しないと抗体も薄れてしまって……というのならともかく、ワイアットの体質は別にそういうものでもない。ある程度耐性を得てしまえば、あとは一年に一回くらい摂取しておけば毒の抗体が薄れて……なんて事もない。

 なのである程度強力な毒に慣れてさえしまえば、頻繁に毒を食らう必要もなかったはずだ。


 ワイアットが摂取した毒の種類はかなり多い。まだ世界で誰も知らないような未知の毒でもあるだとか、はたまた何かの拍子に新しく生まれてしまっただとかでない限り、ほとんどの毒に耐性があると言ってもいい。


「これを飲むって? 今から?」

「そう。今から全部」

「お腹たぷんたぷんにならない?」

「そこなんだよね……」


 ワイアットもそれくらいは理解しているらしい。

 どう考えたって一人で飲む量ではない。というか、毒だけ集めて飲むならともかくあえて飲み物に混ぜているので水分摂取量が無駄に多くなっているのも事実であった。


「なんで今更」

「あぁ、これらの毒はいくつか混ぜたら新たな何かが発生するんじゃないかなって思ってね……」

「つまり、新種の毒を開発したいって事でやらかそうとしてる、で合ってる?」

「概ねそんなところかな」


 概ね、とか言ってるけれど、どうやら完全に正解というわけではないらしい。


「実はさ、少し前に色々あってね、負けてしまったんだ」

「えっ!?」


 負けた。

 その言葉にリィトは素直に驚愕した。


 馬鹿みたいにというか、いっそ冗談みたいな強さを誇るワイアットだ。

 弱い者いじめをするだけの三下みたいな事も確かにするけれど、強者と戦う事も好んでいるワイアットだ。

 強者には強者の、弱者には弱者なりの戦い方があるのでそれらを楽しんでいると言ってしまえばそれまでの事。


 単なる殺し合いとなればワイアットが負けるとは思っていないが、それ以外の何らかのルールなりを決めて行われる勝負であるならば、負けても不思議ではない。ワイアットとて別に何でもこなせる万能の人というわけでもないのだから。


「毒に耐性はあった。だから、もし入っていても問題ないと断じて食べた。けれども」

「ちょっと待った。待って。何、どういう事。突然モノローグに入るような語りされてもそこ本当に導入部分? 起承転結の半分くらいすっ飛ばしてない?」


 語り始めたワイアットをどうにか無理矢理言葉で邪魔して止めた事で、ワイアットはきょとんとした表情を浮かべてリィトを見た。

 ワイアットの中では既に終わった話である事だし、自分が体験した事なのだから別に細かく語る必要がないと思っていても当事者なのだからそりゃあ補足も何も必要ないだろうけれど、生憎リィトはその場にいなかったのでまずどういう流れでそうなったのかさえわかっていない。


 一応、この前の課題の時の話かな、と察してはいるのだけれど、そこで何があったかなんて詳しく知らないのだ。

 それなのに何かもう既に佳境部分に入ってる感すらしてしまえば、そりゃあ語り始めたばかりとはいえ横やりを入れるのも当然というものである。


 本来ならばこういった役目は他のやつがやるべき事だ。

 堂々とつるんではいないけれど、それでも密かに交流していた連中がやるべき事のはずだ。


 だがしかし、悲しい事に今この場にはワイアットとリィト以外誰もいないのである。

 そうなれば、突っ込みだとかは全部リィトがやるしかない。

 語り部がワイアットなのにワイアットがセルフ突っ込みするなんてするはずがないのだから。


 ま、たとえ語る側がリィトであったとしてもワイアットはそこまで突っ込んだりしてこないのだが。

 突っ込みを入れたとみせかけてボケ倒してくる事ならよくあった気がしないでもない。


 ともあれ、現状ワイアットの話に耳を傾けるだけでは間違いなく肝心な部分をすっ飛ばされそうな気がして、適当なところの椅子を引っ張ってきてリィトは腰を下ろした。


「ちょっとさ、最初から詳しく」


 そうして詳しく聞いてみれば。


 ……なんていうか、どうしようもない話だった。


 自分が言えた話じゃないけれど、ちょっと余裕かましすぎじゃないかなぁ……と思ったし口に出したけどそれは華麗にスルーされてしまった。いや聞けよ。


 っていうか、毒が入ってても問題ないからって差し出された食べ物を口にしてそれであまりの不味さに倒れたって何それどういう事……?

 リィトにとってあまりにもわけのわからない話だった。


 リィトは精霊なので人間みたいに食べ物を必ずしも食べないと生きていけないというわけではない。けれども嗜好品的な感じで食べる事は普通にある。マトモに実体を持っていない精霊であればそれすら不可能だけれど、リィトは人に紛れて活動したりすることもあるので、食べ物を口にするという行為はできた方が周囲から不審に思われる事もないし、あまりにも食べない事で逆に無駄に心配されるような事もない。

 一応味覚も恐らくそこらの人間とそう変わらないと思っているし、だからこそあえて美味しくないと言われている物を食べようと思った事はなかった。

 いや、一度だけ興味本位で食べた事がないわけじゃないのだが、その時に興味本位でやるような事でもないなと思ったからそれ以降食べる物はある程度選んでいる。


 過去食べたあまり美味しくなかったものは気を失う程ではなかったけれど、飲み込むのは少し躊躇うようなもので。


 だからまぁ、気絶するくらいの不味さ、と聞いてわけがわからなかったのだ。

 世の中にはそんな得体の知れない食べ物が……? と。


 一体どんな食べ物だったのか、問えばチョコレートだったという。

 えっ、前に食べた事あるけど普通に美味しかったけどな。甘くて、でもちょっとほろ苦くて。

 ワイアットの味覚がおかしいんじゃないかと思ってもうちょっと詳しく聞いてみれば、最初は普通のチョコだと思えたらしいのだ。だが、飲み込んでほんの一拍程度遅れてから。


 猛烈な不味さが襲い掛かってきたのだという。


 そんな時間差で襲い掛かってくるようなチョコレート、リィトですら知らなかった。

 なんだその罠。


 ワイアットもそう思ったようだが、吐き出そうにもとっくに溶けたチョコは飲み込んでしまった後で。


 それでも無理矢理に吐き出そうとしていたら、胃液もセットで吐き出すわけだが……


「とても、嫌な予感がしたんだ」

「吐いた後ってしばらく残るよね……下手すると鼻の奥まで」


 神妙な顔をして言うワイアットにリィトが言えたのはそれだけだった。


「で、それでなんでこうなってるわけ」

「あぁ、その……」


 テーブルの上に並べられたのはチョコではない。毒入りドリンクである。


 毒じゃないなら毒を飲んで耐性を作ろうとかそれ以前の話である。

 であるならば、今ここでやっている事は無駄でしかない。それくらいわからないワイアットではないだろうに。


 そんな感情が露骨に顔に出た自覚はあるが、それでもリィトは取り繕おうとは思わずそのままワイアットを見ていた。そんな視線だとか表情に気付いているだろうに、しかしワイアットが気にした様子はない。

 そしてそんなワイアットは、仄かに頬を紅潮させてのたまった。


「……忘れられないんだ」


 あ、これ絶対どうでもいいやつだ。

 リィトはここにきてようやくそれを理解した。しかし今から急用を思い出した事にして離脱しようにも、恐らく無理だろう。

 なので適当に聞き流す事にする。


 曰く、あの時のあまりの不味さはもう二度と体験したいと思わないのだけれど、それでもふとした瞬間に思い出してしまって忘れられない。まるで身体がそれを求めるように。

 それこそあれは毒で、故に慣れろと言わんばかりに。

 勿論あれが毒でなかった事は自分が一番わかっている。

 けれど、次また同じ事になった時、なすすべもなく倒れるなどあってはならない事なのだ、とまるで脳が指示を出しているかのように、忘れられないのだ。


 とはいえ、ただ不味い料理を食べるとなるととても微妙。

 調味料を馬鹿みたいに入れるだとかすれば、まぁ、それなりに不味い料理は出来上がるだろう。けれどそうではないのだ。

 あの時の、あの味。


 あれを再現しなければならないと本能が訴えている。そしてあれを克服せねばならないと。


 だがしかし、チョコに適当に調味料をぶち込んで不味くしてもあの味にならないのだ。


 ならばいっそ、アレに近しい衝撃をもたらす毒で代用できないか……そう考えた末のこのドリンクである。

 大量にあるのは今更普通に飲んだくらいでは意味がないから。飲んだ時にあからさまに毒だとわからないように飲み物に調和できるタイプを用意して、その上でいくつかの飲み物を混ぜて飲めば相乗効果でとんでもない事になるのでは? そう判断した結果が故だった。


「……うん、なんていうか。まぁ、頑張ればいいんじゃないかな。ボクは協力しないけど」


 適当な毒を混ぜ合わせていく方向性ならともかく、多すぎて飲み切れないからとかいう理由だったら絶対手伝いたくないやつだ。

 それもあってリィトは道端で死にかけの虫を見るような、慈愛なのか哀れみなのかわからないような表情を浮かべてそれを言うのがやっとであった。

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[一言] 目覚めちゃったかあ……
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