新たな仲間
まず最初に思ったのは、おかしいだろこいつら……である。
一応それなりの難易度ではあったけれど、別に実力に見合わないものをやれと言ったわけではない。
だからこそ、まぁそれなりに苦労はしたけど何とか皆で頑張ってクリアしましたよ、という報告を受け取って終わるはずだったのだ。
……まぁ、他のクラスの生徒の中には不幸にも学院の生徒と遭遇した挙句どう足掻いてもバトルの回避が不可能で戦った結果命を落とした、なんて生徒もいたようだが。
それに比べれば自分のクラスの生徒は生きて帰ってきているだけマシではあるのだ。
ただ、ちょっとテラの予想を色々と軽率に飛び越えるような結果がついてきただけで。
軽く死にそうになっていたルシア。
これはまぁ、予想していなかったわけではない。
彼の成績は可もなく不可もなく。クラスの中では大体平均といったところだ。
魔法陣だとかの細かなものが得意だというのは発覚したけれど、それ以外の実践的なものはクラスの中ではどこまでも平均的。
なので、戦闘になれば苦戦するだろうなという可能性はあった。
しかし今回の課題は進級試験も兼ねていたし、どう考えても多人数でやらなければならないようなものを少数でやれ、なんて無茶をやらせるつもりもなかった。
ある程度実力が近い者で固めたグループもあれば、多少実力がばらけた状態で組み合わせたところもあった。
ルシアは後者である。
ある程度人数がいれば、どうにか協力して乗り越えられない事もないだろう。
実力的にちょっと微妙であっても、まぁあいつ顔だけはとんでもねぇ美少女だからちょっとしゅんとした状態でごめんね? とか謝ればまぁ何度かは乗り切れる。
そういうのが通用しそうな相手も組み込んでいた。
ヴァンも何気に瘴気耐性が一般以下という状況なので、あまり下手なところに行かせるわけにもいかなかった。
体術の授業などでとことん体力が低くて物理防御力が低いルシアと、瘴気耐性だけがとんでもなく低いヴァン。防御力が紙装甲なんてレベルで済まないくらいのよわよわっぷりである。
金魚すくいに使われるポイとどっちが強いだろうか……と思わず真剣に考えてしまうくらいに。
ポイは水に浸けてもまだ金魚を確保しようとしないうちは勝手に破れたりしないけれど、金魚を取ろうとしてもたもたしてたらあっという間に破けてしまう。
正直あいつらの防御力とか耐久性とか、一秒後に破れるポイみたいなもんだよな……とテラは二人が聞けばとても失礼な判断を下した。
そこに更にイアも入れたのは、そこまで考えての事ではない。
ただ他の留学生たちと組み合わせるにしても、ヴァンとルシアだけでは上手く連携がとれないのではないか、と思ったのだ。
留学生の実力を二人が正確に把握しているわけでもないし、しかしあの二人は下手に前に出すと逆に危険でもある。かといって二人が後ろに回って留学生のサポートに回るだけになったとしても、下手をすればこの二人が自分たちを盾にして安全を確保していると思われたら仲間割れに発展するかもしれない。
前も後ろも関係なくちょこちょこ移動できるタイプが一人いれば、多少はどうにかなるんじゃないか。
そう思ってとりあえず組み分けたに過ぎない。
事前に渡された留学生たちのデータを見て、テラなりにこれならまぁ、大丈夫だろうと思っていたのに。
まさかそこで留学生の一人が学院へ行くためにこちらの生徒を殺そうとするなど、思っていなかったのだ。
一応、そういった方法があるというのはテラも知っている。
ただ、生徒からするとそれは本当に最終手段なのだ。
かつての居場所を裏切って、今まで敵対していたところへ行くというのは初っ端から頼りになる味方でもいないととてもじゃないがやってられない。
前いた場所を裏切った、という意識が周囲にはあるだろうし、そんな相手を簡単に信用するのは難しい。
余程メンタルが図太くなければ折角望んだ場所へ行けても早々に潰されるか自滅する。
それでも実行する生徒はいないわけではないが、それをやるにしてももうちょっと早いか遅いか、少なくとも今ではない、と無意識に思っていた。やるにしても実行するタイミングとして今は適していないと思っていたからだ。
しかしその思い込みは軽率に裏切られたわけだが。
結果として殺された留学生と、裏切った留学生の死。
割と人数が多い組み分けにしたグループで生存したのはテラのクラスの生徒だけだ。
聞けば交流会で一人ずば抜けた実力してた学院の生徒と遭遇したらしいし、よく生きて帰ってこれたものである。留学生が全滅したけど。
正直、仮に死ぬにしてももっと先でいてほしかった。
あまりにも簡単にポンポン死なれると、留学という制度自体見直さなくてはならなくなる。
けれども現状これ以上あれこれ規約を作ると他の学校の生徒が留学できるラインを軽率に超えてしまって留学制度そのものが消える事になるし、それでは流石に困るのだ。
学園と学院はともかく、それ以外の学校に通う生徒たちの教育には偏りがある。
偏ったまま何年も教育を続けていけばそのうち次代が育たなくなる。
一体いつまでこんなことを続けるのかはわからないが、いずれ使える手駒が何もなくなりました、なんて事になればその時点で何もかもが終わってしまう。
それが世界の総意であるならまだしも、そんな事にはならないだろう。
留学生の人数が減った事で、留学生たちだけで一つのクラスになるはずだったのだが、他の組み分けに回されていたところでも数名死んでいるので、クラス一つとするには数が足りなくなりそうだ。となると、他のクラスに振り分けられるのだろう。
自分のクラスに来る奴は果たしているのだろうか……と考えてみるも、そこは割とどうでもよかった。
イアたちは一応生きて帰ってきた。
いや、他の自分のクラスの生徒たちも生きて帰ってきてるので、そこはいい。
その中で一番怪我が酷かったのはレイだ。
戻る時に少し一人になっていた、という報告は聞いた。
その間に何やらあって、どうやらリィトと戦ったらしい。
さっさと戻ってきていればそんな事にはならなかっただろうけれど、今更そんな事を言ったって仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
生きて帰ってきたのだから、そこはもういい事にしておく。
しかしそれにしたって、一歩間違ってたら両目失明という状態になっていたかもしれないのだ。
治癒魔法で治すにしたって、手遅れになる事はあり得る。
目と目の間も思っていた以上にざっくり切れていたらしく、ハイネがレイを迎えに行くのがあとちょっと遅かったら傷は残っていた可能性があった。
ハイネが治癒魔法を使えたからいいようなものの、レイ本人がその手の魔法だとか魔術だとかがあまり得意ではないというのがとても危険な状態だったのである。
生きてるし、最終的に怪我は治ったとはいえ。
だからってまた同じような怪我をして、次も無事であるとは限らない。
テラのクラスの中でレイという存在は荒事という点での実力は断トツだと言ってもいい。
馬鹿みたいに何も考えず敵陣に突っ込んでいくタイプでもない。
だから、まぁ、そう無茶はするまいと思ってはいるけれど。
だがああいった手合いは無茶をするしかない状況に陥れば躊躇う事なくやらかすタイプだ。
テラからすればそういうやつは嫌いじゃないのだが……
「ああいうやつから死んでくんだよな……」
お前人の事言えないだろう、と突っ込んでくれる人はその場には困ったことにいなかった。
ウェズンがこの場にいたならば「お前が言うな大賞受賞者が何か言ってる」と声に出さず内心で突っ込んだ事だろう。
まぁ生きて帰ってきたので今回は良しとする。
なんだかんだありながらも一応全員生きて帰ってきた、と安堵するはずだったのだ。
竜種でもあるジークがやってこなければ。
しかも話を聞けばジークの本体はとっくのとうに存在しておらず、魂だけがあるだけ。
器となっているのはイルミナの母。
イルミナの母って確か魔女だったよな……と思いながらも、しかしその中にいるのはドラゴン。
イルミナの母の魂はすでに消滅。つまりは器を乗っ取ったとみてもそこまで間違っていない。
馴染んだらまたドラゴンとしての力を自在に操るだろうと考えると、何気にとんでもねぇ脅威なのだが……しかし今のうちに殺せとするには色々と問題がある。
ドラゴンは確かに強大な力を持っているけれど、魔物ではないので率先して倒さなければならないというような存在でもない。
人里から離れた場所で暮らし、人の前に滅多に出てこない。
ドラゴンという存在が様々なものに使えるから、人前に出た時点で狙う者はもちろんいるけれど、そう簡単にやられるような弱いドラゴンはそもそもいない。
というか、ドラゴンと戦おうと思って相手のホームへ突撃しようにもまずどこかがわからない。神の楔もないような僻地かつ人が行くには無茶無謀というような場所の可能性が高確率なのだが、仮に行けても本当にいるとは限らないのだ。
昔は知らなかったけどテラとて今は知っている。
彼らの体内に存在する魔晶核こそが浄化機を動かす重要な物質である事を。
ドラゴンがいる、なんて聞けばどの国もこぞってそこを目指すだろう。
だがそう簡単にドラゴンが人前に姿を見せる事はない。竜種の血を引く者はいれど、純粋にドラゴンである存在が人前に姿を見せるのは本当に稀なのだ。
で、そのドラゴンが他の者の肉体を使っているとはいえ、ここに教師としてやってきた。
ここで教師として働きたいんです、なんていうドラゴンがまずいるわけがないし、ドラゴンじゃなくても教師としてここで働かせて下さいと言われたところでいいですよ今日からよろしくお願いしますね、とはまず普通はならない。
ならない、のだが……
紹介者、というか推薦者、つまりはジークに教師になって教え導いてほしいとのたまった相手は、学園からすれば無視できない存在である。
ウェインストレーゼ。
ウェズンの父であり、過去神前試合で三度戦い勝利を掴みとった挙句、神からお前これ以上出場されても結果見えてるしつまらんから出禁な、とか言い渡された相手である。
過去魔王に選ばれた者の中で歴代最強と言ってもいいだろう相手の推薦だ。
つまり、それだけの力を持つ者が、教師として選んだ。
ジークが学園の教師になる事によるメリットはある。デメリットは逆にそこまで存在しないと思われる。
故に、教師にしないという選択はないだろう。
学園にしろ学院にしろ、教師の大半はかつて神前試合に参加していて尚且つ生き残れた相手が多いが、必ずしもそうではない。座学としての知識を教える事はできても実践で叩き込める相手はそう多くはない。
神前試合に参加し、なおかつ生き残ったと言っても魔王だ勇者だというよりは、その仲間、部下みたいな感じで参加して生き残った者の方が多いので。
それでもまだ半人前の生徒相手にするなら間に合ってるだろうけれど、しかしそれで神前試合に参加するに相応しいと言えるだけの存在を育て上げられるか、と問われると自信をもって頷くには難しい。
そういう意味では。
ジークの存在はむしろ願ったりかなったりなのである。
まぁ本人は見込みのない奴を鍛えるつもりはないし、無駄だと判断したならやらぬ、とのたまっていたが。
しかしそれだけの発言をしても許されるのだろうな、とテラは思っている。
実力的なものはもとより、知識的なものも確実にある。
生徒たちを失ったという事実を含めて考えてみても、ジークが学園に協力してくれるというのは大きい。
とんでもねぇもん連れてきたな、と思いはするけれど。
連れてきた当の本人たちはそれがどれだけとんでもない事なのか全くわかってないというのもあるけれど。
「それくらいぶっ飛んでないとやってけないのかもしれないな……」
面白みのない優等生ばかりかと思っていたが、テラが思っていたよりもそうではなかったようで。
もっとこう、色々と型を突き破れよとか常々言っていたけれど、これからはあまり言わない方がいいかもしれないな……と思い始めていた。
突き抜けろって言ったり落ち着けって言ったりどっちよ、と生徒からすれば言いたくなるかもしれないが、何事にも限度というものはある。
こちらの想定している範囲からちょっとはみ出るくらいならいいが、いきなりこっちもついていけないくらいにぶっ飛ばれると流石にどうしようもないので。




