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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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どう足掻いても修羅場



 倒れたジークはぴくりとも動かないが、それでも一応生きてはいた。


「えっ、えぇっ!? 勝っちゃった、の……?」


 何がなんだかわけがわからないよおかあさん、とか泣き言を漏らしていたイルミナは、あまりの展開に呆然とするしかできなかった。


 魔女の試練に来たはずなのに気付いたらほとんど何もしていないという事実。

 えっ、これ、試練クリアしたって言える?

 戦いに関しては何もしていないどころか下手したら足手纏い以外のなにものでもなかった自覚はある。

 だからこそこれでクリアだと言われたとしてもいやそれでこれからお前は正統な魔女であるとか言われても……という話であるし、この状況で正しく魔女だと言われても正直自分が一番そうだと思えない。


 例えるならば替え玉で試験を受けさせた相手が合格したけど自分は何もしていないのと同じようなものだ。


 これで結果だけ合格と言われてもという話である。


「ウェズン……きみって実はすごかったんだな……?」


 親友と戦う事を拒んでいたアレスもまた、全く使い物にならなかった自覚がある。

 戦わなければいけない。向こうはこちらを殺すつもりであったし、死にたくなければ抗うしかない。

 頭ではわかっていた。

 いたのだけれど。

 それでも戦う理由はアレスにはなかったのだ。


 相手が魔物であるだとか、放置しておけば自分はともかく自分の身の回りの人たちに危害が及ぶかもしれないだとか、そういった理由があればまた違っただろうけれど。


 しかしジークは意味もなく殺戮を振りまくような厄災ではない。

 それをアレスは理解していた。


 気まぐれに命を弄んで愉しむような奴ではない。


 強大な力こそ持っているけれど、その使い方、使い道を理解しているタイプであるとアレスはよくわかっていた。


 そう考えると身近な災厄って同じ学院にいるワイアットなんだよな……と思ってしまう。

 あれこそ真の邪悪。


 もしこの場で戦ってどちらか死ぬまでやらなければならない、という相手がワイアットならアレスだってこんな風に戦いたくないなんて躊躇したりすることなく、やられる前にやるしかない……! とむしろこちらも殺意全開で臨んだ事だろう。


 だって別にワイアットは死んでもアレスの心が痛まないから。


 傷つけたくないなんて優しい事を思う事もなかっただろう。

 俺のためにお前が死ね。それくらいの心持ちである。


 そう、ここにいたのがジークでさえなければ、アレスももうちょっと違う行動をとれたと思っている。


 いやどうだろう。

 仮に中身がジークでなかったとしても、イルミナの母親の身体を使っている何かであるのならやはり結果は似たようなものになっていたのではあるまいか。

 けれども、自分が死ぬかもしれないとなれば、その時はきっと割り切って行動できたはずだとも思っている。

 思っているだけで、実際その状況になった時に本当にそうできるかは怪しいが。


 身体は別の人のものでも、それでも中身はジークだった。


 ドラゴンの時と違う姿だったから最初すぐには気付けなかったけれど、それでも親友だったのだ。雰囲気というか気配というか、まぁ懐かしい何かを感じ取ったのは確かだ。

 もし、中身の事に気付かないまま外側だけに目を向けていたのであれば、気付かないままならアレスも最初からウェズンと同じように戦っていたはずだ。途中で真実を明かされたら使い物にならなくなっていたかもしれない。


 いや、その場合むしろ気付いてくれなかったのか、親友なんて言っておいて所詮はその程度の関係だったのだな裏切り者め、とか言われて更なる精神的ダメージを食らっていた気がする。

 有り得る。

 ジークなら有り得る。

 突ける隙は遠慮なく突いていけとか言うタイプだ。


 もしそうなっていたら、アレスが一番傷つくタイミングで暴露していた可能性はとても高かった。



 まぁ、そんな事には結局ならなかったのだけれど。

 何せ初っ端の時点でアレスもイルミナもほとんど役に立たないまま戦線離脱したようなものだ。


 どっちがマシだったのだろう……と考えて、結論なんて出ないなとすぐに思い至ったので不毛な想像はやめにする。


 今受け入れるべき現実は、ウェズンが一人でジークを倒してしまったという結果である。


 しかもだ。

 向こうはこちらを殺すつもりでいたというのに、実力的な事をどれだけ冷静に見積もったところで勝ち目はとても薄かったというのに。


 ウェズンは一人で勝ってしまった。


 しかもその場合死に物狂いで戦う事になったはずで、それ故にジークの生存はほぼないものと考えるべきだったはずなのに。


 生きている。


 ウェズン達も、ジークも、この場にいる全員が生きていた。


 それが余計にアレスにとっては信じられなかったが、しかし何度見てもジークは怪我が酷いが生きてはいるし、こちらも五体満足である。


 一体何がどうなって……? と思うのも当然の事だった。



「ところでさ、この状況ってどうすればいいと思う?」

 けほ、と軽く咳き込みながらウェズンが誰にともなく問いかける。

 少ししてから腹のあたりに手をやって、それからゆっくりと治癒魔法を展開させた事で、アレスは今更のようにやっぱ無傷ってわけじゃないよな……と納得した。

 割とけろっとしていたので、治癒魔法を使うまでそこにすら気付けなかった。


 実際ウェズンのあばらは何本か確実に逝っていたのだが、骨が砕ける音を聞いたわけでもないし体内の様子をリアルタイムで確認できたわけでもないので、アレスが思っている以上に重傷であったとはアレスもそうだがイルミナすら気付いていなかった。

 なんだったらちょっと内臓もヤバかったのだが、気力で持ちこたえていただけである。


 早々に戦線離脱状態になっていた二人と違い、最初から最後まで戦っていたウェズンは思っていた以上にボロボロだったのだ。外見に露骨にそれが表れていなくとも。


 ウェズンとしても思う。


 この怪我でよく戦えてたなと。

 ついでに身体を貸した何者かもよくこの状態で動けたなと。

 身体を貸した何者かはとっくに沈黙してウェズンの脳内に何かを語りかけてくる事もない。


 これからどうすれば? という質問と疑問をウェズンが口にしたのは、その何者かに語り掛けるつもりもあったのだが、返事は一切なかった。


 アレスやイルミナに聞いたところで、この二人だってこれからどうすればいいのか知っているわけじゃないだろう。


 勝った、とは思う。

 現時点ジークは倒れ意識を失っている。

 完全勝利を狙うのであれば、今この瞬間にトドメを刺せばいい。

 それもわかっている。


 けれど、ウェズンがそれをする必要はないし、イルミナもアレスもそうしないだろう。

 魔女の試練なんだから、イルミナがやりなよ。

 なんて言おうものならとんでもねぇ人でなしである。


 かといってジークを引きずりつつ引き返そうにも、戻る道がない。


 来た道を引き返すにしてもだ。

 一つ前の部屋の、何か光の中に沈んで落ちるようにやってきたのがここであって。


 塔の内部であるのは確かだろうけれど、では塔のどの部分にあたるのか、と問われるととても謎。


 ファラムが置いていかれた塔の最上階から更にその先に行く感じだったのだ。空間が多重にすれ違うように存在していたとして、塔の最上階と思われる空間が複数あったのは間違いない。ファラムがいたあの部屋に戻るにしても、どうやって戻ればいいのか……それすらウェズン達にはわからなかった。


 ゲームでボスを倒したと思ったらそこから先BGMも何もかも消えて一切先に進めなくなったバグみたいな状況と言われたらウェズンは昔のゲームで何かあったなそういうの、とか言いそうなのが現状である。


 そうこうしているうちに、ジークの口から「うぅ……」と小さなうめき声が漏れた。


 睫毛がかすかに震え、ゆっくりと瞼が開く。けほ、と小さく咳き込んだジークは少ししてから大きく息を吐き、ゆっくりと何度か深呼吸を繰り返した。


「とどめを刺さなかったのか」

「勝ったら教師になるとかどうとか言ってませんでしたか」


 はー、と殊更大きく息を吐いて、ゆっくりと身を起こすジークにウェズンはとりあえずそう告げた。


 別に教師になってほしいだとか、そういう事ではない。

 ただ、この場でジークにトドメを刺せる奴がいないだけで。


 考えなくても既にわかる事だが、イルミナにとっては母の身体の相手。

 アレスにとっては中身の魂が親友。


 そんな状態で、ウェズンがトドメを刺してジークを殺したとしたならば。

 彼はクラスメイトの母親と友人と言えなくもない相手の親友を殺した事になってしまう。


 正直、前世一般人だったただのおっさんにはあまりにも業が深すぎる。


 己の人生を駄目にしてでも殺したい相手がいて、でも容疑者として即疑われないために交換殺人持ち掛けたとかそういった事だってなかったのに、それなりに良好な関係のクラスメイトと一応友人と言ってもいい相手の恨みを一度に両方買うような事、平然とできるようなメンタルは生憎持ち合わせていないのだ。


 戦う前に殺さず勝てたら、とか何か言ってたしだったらそれを理由にしてしまえばいい。

 その言葉は、ある意味でとてもわかりやすい逃げ道だった。


「……そうか、お前もそれを選ぶのだな。いいだろう……勝ちは勝ちだ。

 だがしかし、お前、兄上はどうした?」


「その兄上ってなんですか」


 ウェズンの周囲に視線を走らせジークが問うも、ウェズンも正直わかっていない。


 今現在ウェズンの脳内には何者も語り掛けてきてはいないので、あの存在がどこからどうやってウェズンに語り掛けたかもわかっていないのだ。


「嘘だろう、気配も何も感じられない……!? さっきまでのお前は間違いなく兄上だったのに!?」


 愕然とするジークに思った事と言えば、やっぱりジークにはお兄さんがいたのか、という事くらいである。


 身を起こした状態で立ち上がる寸前の体勢のままジークはウェズンにがしりとしがみ付いてあちこち視線を移動させたが、お目当ての存在を感じ取れる事はなかったのだろう。

 傍から見れば膝立ちのままウェズンに縋りつくような状態である。


 ガワがクラスメイトの母親なので、なんというかとてもこう……気まずさを感じるな、とウェズンは身じろぎしながら思った。


「よく、わかんないんですけど」

「あぁ教師か。教師な。いいだろうやってやろう。お前学園の生徒だな? お前の近くにいればまた兄上が出てくるかもしれないわけだし、お前のそばで見守ってやろうではないか」


 ウェズンとしてはこの状況さっぱりわからんけど、とりあえずここから出るにはどうすればいいかと聞こうとしただけなのに、ジークの中で話が勝手に進んでいく。


「は?」


 ジークの言葉にアレスが何でこんな事に? みたいな声を出したが、ジークは意にも介さない。

 何故ってジークの中では裏切り者認定しているかつての友人より居場所もわからぬ兄上の方が大きいので。


「お前が兄上の器としてまた動くかもしれんと考えると、今のお前はあまりにも脆弱が過ぎる。よい、よかろう。我が直々に魔王の名に相応しい存在へと鍛え上げてやる。感謝するがよい」

「いやあの」


「え?」


 勝手にどんどん話が進んでいって、ウェズンはちょっと待て落ち着けステイステイ、と言いそうになるが、ジークは多分聞いちゃくれない。


 ちなみに「え?」とか言ったのはイルミナである。

 お母さんの姿をした奴が、ウェズンを直々に手取り足取り鍛え上げると宣言したのだ。


 えっ、お母さん私にだってそんな事してくれたことないんですけど……? えっ?


 という気持ちからの「えっ?」である。


 中身が母親でない事はわかっているが、それでも見た目は何をどうしたってお母さん。

 それが、実の娘を放って他所の子の面倒を見る、と……? という気持ちでいっぱいだった。



 トドメを刺して殺さずとも、何か知らんうちに修羅場が形成されているという事実に。

 無駄だと思いながらウェズンはそっと目を逸らしたのである。無駄な試みだが。

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