それはさながら自動で進むイベントシーン
さて、そんな感じで魔女の試練当事者であるイルミナがこの状況に全くこれっぽっちもついていけず泣き言を漏らしている真っ最中、ウェズンは他人事のようにジークとの戦いを見ていた。
見ていた、というか自分の身体なので超絶至近距離である。
意識は普通にある。漫画だとかでありがちな、死にかけて幽体離脱して自分の身体を自分が見下ろしている、みたいな感じではなく普通に視界はいつもと同じで、ただ、身体は今現在自分の意思で動いていないだけだった。
だけ、とか言っていいかもわからないけれど。
意識はきちんとあるのに身体が自分の意思で動かずオートで動いているとか、充分に大変な出来事だが、ウェズンは自分の身体の変化というか異変に焦りも恐れも持たなかった。
それというのもジークと現在互角どころか若干こっちが押してるレベルで戦えているので。
赤の他人に身体を勝手に使われてしかも自分より雑魚だった日にはこのままじゃ知らんうちに死んでしまう、とか思っただろう。それならいっそ自分の意思で戦って負けて死ぬ方がまだマシだ。
だが、現在死ぬかもしれないこの状況どうにかしないと……! と頭を悩ませていた状況からどうにか脱した状態である。焦りが勝って周囲を冷静に見ていたつもりでも見えていなかったあれこれだとかに気が付いて、ウェズンとしては精神的に余裕が出てきたところだった。
というかだ。
(容赦なくブン殴ってくね、一応その人の身体クラスメイトのお母さんのなんだけど)
『下手に遠慮するとやられるぞ』
(それはもう充分わかってるんだけどさ)
心の中で呟くようにしたそれは、どうやら身体を貸している相手に聞こえているらしく、先程と同じように脳内に声が響いてくる。
イルミナやアレスにとってはとても戦いにくい相手だなと思っていたけれど、冷静に考えてみると自分にとってもちょっとやりにくい相手だと今更のように気付いてしまった。
イルミナにとっては母親の身体。
アレスにとってはかつての親友の魂。
そういう意味でどちらにとっても相手をしたくない状況だったが、自分にはそこまで関わりがないと思っていたしそれ故に自分がなるべくどうにかするしか……! と思っていたのだけれど。
しかし冷静に考えてクラスメイトのお母さんぶん殴るってどうなの? と思ってしまった。
例えばそのクラスメイトが母親から虐待を受けていて、危うく自分の目の前で行き過ぎた虐待の果てにクラスメイトが殺されそうになっていたから咄嗟に庇うように前に出て思わずぶん殴ってしまった、とかであればまだ殴った事に関しては仕方がない事じゃないか、と思うのだ。
なんかそういう感じのサスペンスドラマとか前世で見たような気がするし。
家庭の事だから外部が中々介入できなかったけれど、たまたまその人の家を訪れた結果そんな場面に遭遇して咄嗟に、なんていうところからドラマが始まったような気がしないでもない。
まぁ実際どんな内容だったかなんてもうこれっぽっちも思い出せないけれど。
そもそもそれは本当にドラマだったか? という疑問すら出てくる。
ともあれ、そういった咄嗟に動いてしまう状況だった、みたいな事であるならクラスメイトの母親を殴るというのも仕方なかったんだ、とか言えたかもしれないけれど。
いや、向こうはこっちを殺すつもりだから殴るくらいならまだマシな方じゃないか? と思わなくもないのだけれど。
色々と、なんていうか倫理観とか常識とか良心に訴えられて試されてる気がとてもしてくる。
しかもそれやってるのが自分の身体という事もあって、なんというか余計にこう……なんて言えばいいのだろうか。居た堪れない、というのとは違うがそれに近しい感情に陥っているのは確かだった。
謎の罪悪感があるのは間違いない。
けれどもウェズンのそんな心境とはお構いなしに、ウェズンの身体は攻撃こそ最大の防御とばかりに攻撃を重ねていくのだ。しかも結構的確に入っている。
ジークは既にドラゴンとしての力の一部を使いこなしているようなので、身体がイルミナのお母さんのものであったとしても恐らく腕っぷしだとかはイルミナのお母さんだった頃と比べて強化されているのだと思っているが、こちらもそれに負けず劣らずのパワーである。
ゴッ、とかガッ、とかまぁ一撃一撃が重たい音してて聞いてるだけで痛くなってくる。
現実逃避がてら思わずウェズンは前世の事を思い出していた。
親が仕事人間すぎて、親の愛情に飢えていた弟の一人が端的に申し上げてグレた事があった。
結果として周囲の人に迷惑をかけるような事までして、学校に親呼び出し、という展開になりかけたのだが丁度その時親は父が海外出張、母親が県外に研修だかなんだかで出ていて、結局親の代わりに長男だったウェズンが行く事になったのだけれど。
まぁ当然弟はふてくされていた。
こんなことをしても親が来ることがない、という事実に大層不満げにふてくされていた。
正直このころになると上の弟たちや妹たちは両親に対してそういった期待をするのはやめていたのだけれど、この弟はまだそこまで諦観の念をもってはいなかった。
とはいえ、諦めるまで周囲に迷惑かけ続けるチャレンジされても困るし、ウェズンが行けない場合その下の弟かこの弟にとっての姉が代理で出向くとしても状況次第では足を運べないかもしれないしで、親に対する反抗期は当事者に向けてやってくれと思うのもあって。
迷惑をかけた相手への謝罪を済ませた後、家に帰ってそれはもう盛大に拳骨を落としたのであった。
あの時、脳天にまっすぐに落とした拳も中々の音を立てていたけれど、でも今聞こえてくる音の方がよっぽどえげつないなぁ……なんて思うわけだ。
もしこのレベルの威力で弟に拳骨してたら下手したら頭ぐしゃっといくんじゃなかろうか。流石にそれはまずい。
まぁその後、別の方向性にグレた別の弟とヤンキーのタイマンバトルばりに暴れて肉体言語でのお話合いをした結果多少落ち着いてくれたのだけれど。
というかそのステゴロバトルには長男だからという理由で巻き込まれた。
思えばそのせいで喧嘩に若干慣れてしまったのは今でも解せない。
別に周辺のヤンキーに喧嘩売ったり売られたりしたことすらないというのに。
というかだ。
両親が兄弟を沢山作った理由としては、自分たちが一人っ子で子供時代に寂しい思いをした事に起因している。家族が沢山いれば寂しくない。まぁ、実際そうなのかもしれない。けれど、前世の両親は決定的に間違えた。
兄弟が多くいるからって、寂しくないわけじゃない。事実弟や妹たちは小さな頃なんだかんだ親に構って欲しかった事は沢山あったはずなのだ。じゃなきゃ迷惑系構ってちゃんなどしていない。
兄や姉、弟や妹がいたとしても、それが親のかわりになるかと言われればそれは違う。親は親だし兄弟は兄弟だ。
結局のところ、兄弟姉妹の間ではそれなりに仲良くやってきたけれど、親と子という関係で見ればなんていうか距離感はあった。仕事が楽しくて、やればやるだけ結果が出て出世して、やりがいとか生きがいになってたんだと思う。
そこに自分たちの幼かった頃の一人で寂しかったという経験から自分の子にはそうさせないぞ、と思ったまではいい。そこでせめてどちらかが家庭に入るだとかしていれば、また違ったんだと思っている。
けど、子供時代に自分たちが寂しかったから、あの時に兄弟がいたらなぁ、と思った結果そうしたまではともかくとして。
結局両親は、寂しい、という原因を作った自分たちの親と同じ事をしていただけだ。
あの人たちは、たくさん子供を作ったけれど。
それで、あの人たちは寂しさが解消されたのだろうか。
前世の自分の死んだ原因とか詳細はほとんど覚えていないのだけれど、とりあえず親より先に死んだのは確かだと思う。
だから、いつか――あの人たちのどちらかが死ぬ間際にでも、聞こうと思った事は結局聞けないままだ。
家族は沢山できたけれど、貴方たちはそれで満足できましたか?
死ぬ間際なんて思わないで、もっと早くに聞いていれば良かったな……とは、こうして前世の記憶があるから今更のように思っているだけで、思ったところでもう聞くに聞けない質問だ。
「ぐ、がっ!?」
なんて思ってるうちにえげつないくらいの連続技がヒットしていた。
うわぁ、自分の身体ってこんな風に動かせるものなんだな……と過去どころか前世に想いを馳せていたのを中断してそんな風に思う。
その技の向かう先がクラスメイトの母親ボディというのがとてもアレだが……
しかしここで勝たねば自分たちはまとめて死ぬので。
どこの誰かは知らんがファイト! と気持ちだけは応援しておく。
先程までは自分の心の中の声なんて聞こえてなかったはずなのに、身体の行動権を渡してからはウェズンの言葉は声に出さずとも一応伝わるようになっていた。とはいえ、あまりに脳内が騒がしいと気が散って余計な怪我をされるかもしれないと思ったから、相手に語り掛けるような感じで念じたりはしていなかったのだが。
ところでこれって心の中で自分がペンラ振って応援してるの想像したらそれが相手に伝わるんだろうか……? なんてとてもどうでもいい疑問を思い浮かべたところで。
「今の技……まさか、兄ッ!?」
ぼぐぅ!
セリフの途中で容赦のない一撃が顔面に叩き込まれる。
いや、それは最後まで言わせてもいいんじゃないか……? と思ったのだけど。
というか聞き間違いじゃなかったら「あに」って聞こえたんだけど……?
えっ、ジークのお兄さん……ってコト?
それが今自分の身体を動かしている……?
今現在身体の行動権は相手に渡しているけれど、そうじゃなかったらとても困惑した表情をしていた事だろう。
再び鼻血をぼたぼた流し、鼻のあたりを手で覆いながらジークはよろけた足取りでどうにか体勢を立て直す。
「いい加減終わらせるとか言っていたな。それには同意する。沈め」
そんなジークを見下ろしながら、今ウェズンの身体を使っている何者かはとても平坦な声で言ってのけた。
自分の身体なので勿論声だって自分のものだ。
ウェズンがいつも喋る時に自分でも聞いているはずの声なのに、それでも何故か別の誰かの声のように思えていた。というのも、声のトーンがあまりにも静かすぎるからかもしれない。
静か、というか感情の起伏がほとんどないというか。
先程まで脳内で聞こえていた時のノリと違いすぎて、実はもう一人別の誰かがいるのではないかと疑ってしまった程だ。
ともあれ、言いながらトドメを刺そうとするように攻撃に移る自分の身体を。
「何故そのような……お労しや、兄上……」
ジークはどこか呆然とした様で言って。
直後、マジで容赦のない一撃を食らい完全沈黙したのである。
「……あ、戻った」
そして何の説明もなくウェズンは自分の身体の権利が戻されている事に若干遅れてから気付いたのであった。
「いや、え……?」
戻ったのはいい。
決着ついたっぽいし。
まぁ手柄は自分じゃないけれども。
だが、こういう時、一応何らかの説明があって然るべきではなかろうか。
それが一切何もないままに、身体を渡す前の状態に戻されて。
これどうすればいいんだろう……と、ウェズンはとても素直に戸惑った。
むしろ戸惑う以外に最初に何ができたかという話である。
何となく過去というか前世の事をぼーっと思い出しているうちにほとんど終わってるとか、この場にいる誰であっても真実を知ったらウェズンが怒られそうな状況だった。




