丸投げ! 課外授業
精霊との契約が済んでいるのであれば、浄化魔法とやらは問題なく発動できた。
これがまともに契約出来ていないうちからやろうとすると失敗して瘴気が出たりするのだとか。瘴気の浄化に関しては精霊の手助けがなければ実現するのも中々に難しいものだからこそ、魔術での発動はできないのだとか。魔術というのが己の魔力のみで発動させるものであるならば、確かに下手をすれば死ぬというテラの言葉も冗談でも何でもないのだとわかる。
少しばかり例えとしては異なるかもしれないが、自然災害に何の装備もなく己が身一つで挑むようなものと考えれば危険度合はわからなくもない。いかにも近所を散歩してます、みたいな軽装で火山が噴火した所にふらっと行くような無謀さ、とでも言われれば確かに死ぬなとしか思えない。
精霊の手を借りて発動させてもなお自分だけを浄化するのがやっと、だとかの実力しかない相手であれば、なおさら魔術だけでやろうとすれば死ぬと言われても当然だと思えるものであった。
精霊と契約して浄化魔法を使えるようになった生徒たちは試しに発動させてみたものの、そもそも教室内は別に瘴気が充満しているとかでもないし、ましてや現状自分の身体が瘴気に汚染されているわけでもない。
だからこそ、試しに発動させたといっても「凄い!」とかそういった反応をする者はいなかった。
ただ数名、なんとなく身体が軽くなった気がする……? と断言するほどではないが何となく効果があったようななかったような……といった反応をしていた。
「問題なく発動できるようだな。じゃあこの先の授業とか大丈夫だな。あ、とはいえ外に出た時にあまり大っぴらにやるなよ。自分だけしか浄化できないとかだとしても、瘴気に汚染されつつある奴からすればそれでも藁に縋る思いでしがみついてくるからな。しかも一人にやられたら他の連中も群がってきて収拾つかなくなるから。前にやらかした結果両肩外された生徒がいた。首もがれる前に離脱できたようだけど、魔物相手に死んだとかならまだしも、そういう死に方は流石にアレすぎるからな。ホント気をつけろよ。
自分以外も浄化できるっつっても、世界全部をそうできるならともかく、まず無理だからな。
学園卒業して浄化魔法使って儲けようって考えてた奴も昔はいたんだけどな……うん、まぁ、ロクな死に方してなかったな」
毎年、という程ではないがある程度一定数そういう奴は出る。
どんな死に方するのも勝手だけど、あまりしょうもない死に方はするもんじゃないぞ。
そんな風にテラが言えば、生徒たちは何とも困惑しているような反応をした。
「浄化魔法が多少周囲に効果を及ぼす程度には強い奴だったとしてもだ。
それで依頼者の瘴気を浄化させる、にしてもまず金額で揉める。
大金だった場合はこれだけ払うんだからさぞ効果絶大に違いないと相手の期待は高まる一方だし、それで結果がしょぼければ金返せなんて掴みかかってからの殴り合いにだってなりかねない。
ここで実戦経験積めばそこらの一般市民に負ける事は滅多にないが、武力行使した場合相手が素直に泣き寝入りしてくれればまだしも、そうじゃなかったら仲間引き連れて殴り込みだ。そんな騒ぎが起こればその土地に住みにくくなる。
というかそれ以前に商売あがったりだな。
じゃあ適度に料金を安くするとどうなるか。
休みなく依頼されて魔力が枯渇する、なんて事が有り得る。魔力枯渇状態で魔法や魔術を使うと勿論失敗するからそうなると瘴気が発生。そうなると自分たちがひっきりなしに依頼してたにも関わらず、手の平返したように瘴気が発生した元凶扱いされて追い立てられる。
仮に、奇跡的に料金が適正価格だったとしてもだ。
人体に蓄積された瘴気を浄化する程度、でやってたとしてもそのうち土地そのものの浄化まで頼まれるぞ。瘴気問題はそれだけ切実だからな。
大金請求してそれに見合うだけの浄化を奇跡的に一度だけできたとしても、そうなるともっと払うから、でくっそ面倒な依頼が舞い込む。どう足掻いても使い潰されるコースになるし、それに応えられなきゃボロクソ言われる。
人を金を吐き出す新手の資源かなんかだと思う程度に人の事を何とも思ってないタイプならともかく、人の助けになりたくて! なんていう考えでやったら間違いなく病むぞ、心を。
ちなみにそういった末路辿ってるのはうちよりも勇者養成してる学校の生徒のが多いらしいな。勇者も魔王も大して変わらんからな。自分だけは大丈夫精神で自滅すんなよ」
過去にあった実例を語られれば、ははは冗談きっついですよセンセ~、なんて茶化す事もできそうにない。
依頼を受ける数を制限してある程度やったら他の土地を転々と……すればまだいけそうな気もするが、それだって下手をすればいずれ自分が住む場所を失いかねない。土地を移動しても、かつて知り合った相手がたまたまその地に来ていた、なんて事だってありえるだろうし。
浄化魔法でドカンと儲けて悠々自適な生活! なんて夢を見ていただろう誰かも、はたまたこの魔法で人助けができるのではないかと希望を抱いていた誰かの表情も、テラの言葉を聞いて全員一律もれなく虚無っていた。
「はい、じゃとりあえず次。クジ引いてもらう」
「脈絡なさすぎだろ」
テラの目の前にポンと音を立てて出現したボックスは、テラの言葉を素直に受け取るならくじ引きの箱なのだろう。だがしかしあまりにも唐突すぎてレイが思わずといった形で突っ込んでいた。ホントそれ、だとか、そうだそうだ、なんていう言葉もちらほらと聞こえてくる。
「うるせぇいいから引け。じゃなきゃ単独にすっぞ」
くそかったりぃ、とか言いそうな顔のまま言われ、一同はしぶしぶ順番にクジを引く。
一体何をさせるためのクジかはわからないが、単独、という部分で嫌な予感がしたのだ。
ちなみにまだ精霊と契約できていない生徒は引かなくていいと言われたので、どう考えても授業に関連する事なのだろう。
実験とかを一人でやれ、というのであればまだいいが、それよりももっと危険度合いの高いものであったなら一人というのは最悪死に直結するかもしれない。
死んでも自己責任、という事を言われている以上、下手に反抗してもいい事はない。
うげぇ、と言い出しそうな顔をしている生徒たちが数名いるのを見て、ウェズンは一体何名がこの学園に来た事を今更のように後悔してるんだろうな、なんて考えていた。
何のクジかもわからないので、ウェズンは順番がきてクジを引く時、特に何も考える事なく適当に引いた。これが豪華賞品が当たる! とかいうやつだったらもうちょっと悩んだかもしれない。大体そういう時は外れるにしても、適当に引いて外れるのとしっかり選んだ結果外れるのとでは諦めの付け方が違ってくる。
まぁ、いきなりとんでもない事にはならんだろ、と思って引いたクジを確認すれば、そこには番号が記されていた。
早速引いた者たちの中で小声で「お前何番?」だとかのやりとりが囁かれている。
そこから聞こえてくる声の中に、ウェズンが引いた番号はなかった。
「よーし引いたな。とりあえず現状浄化魔法を覚えた連中で三人一組で課外授業をやってもらう。今引いたクジはそのメンバー決めるやつだな」
そう言われた途端、生徒たちは一斉に黙りこくって周囲を見た。それぞれ自分と組むであろう生徒を確認しようというつもりであるのは言うまでもない。
「誰がどのグループになったかちょっとそれぞれ集まってくれ。今すぐ。後からこっそり引いたクジ取り換えてメンバーチェンジするとか前にやらかした奴いるから、今ここですぐ」
圧が強い。
はい集合、とテラがパンと手を打ったので一部の生徒はしぶしぶと、そしてそれ以外の生徒の大半は困惑しながらも手にしたクジと同じ番号の紙を持ってるだろう相手を探す。
そうして三人一組で集まった結果。
「あー、おにいとは別かぁ……」
残念そうに言うイアの近くには、イルミナとレイが。
「まぁクジなんて運だからな。別々になってもおかしなことじゃない」
妹に向けてそう言ったウェズンの隣には、ヴァンとルシアがいた。
ウェズンからすれば原作の中でどのポジションだったかわからないが、多分モブじゃないだろう、という相手だ。小説かゲームかどっちかにこういった課外授業というのがあるのであれば。
もしかしたらこの組み合わせは原作にあったものかもしれない。
であれば、やはり彼らはモブではないのだろう。
モブではないだけで、必ずしも仲間になるか、と言われるとまた違ってくるとは思うのだがこんな序盤でいきなり主人公が死ぬような事にもならないはずだ。ゲームだと戦闘に負けたなどの展開があるので油断はできないけれども。
ヴァンとルシアの実力が全く分からないけれど、イアと組むことになったレイについては殴り合いだとかの荒事に関してなら確かであった。
課外授業がまさか学外で仲間同士で殺しあえとかでなければイアの方は案外どうにかなりそうな気がした。
ふと見ればテラは集まったメンバーを確認しつつ、どうやら名簿を作成しているようだった。こいつと組むの嫌なんであっちとトレードしたいです! なんていう言い分は聞く気がないのだろう。
ま、そこまで人間関係拗れるような相手はこのクラスには今の所いないと思うが。
ガリガリと紙に文字を書く音が止まったのと同時。
「課外授業は二日後。明日一日準備期間をくれてやる。各自必要な物はリングに収納しておけよ。武器に関して用意できなかった者については、申請書を出せばレンタル可能だ。
図書室の魔法書コーナーも司書に話を通してあるから、お前らの実力と相談して習得できそうなのはしておけ。最初の課外授業だが、油断してると死ぬからな。なんだったら遺書とか書いておくのもお勧めしておく」
「誰が書くかよ」
小声であったがそう呟いたのはレイだった。まぁ確かに教師に言われて遺書を用意しました、とか不吉が過ぎる。その言葉を真に受けて書く奴などいないだろう。今後課外授業とやらがあまりにも過酷すぎていずれ死ぬな、と思うような事があればどうなるかはわからないが。
(しかしそうか。武器か……前にも言ってたな。そもそもまだバイトも何もできてないから、買うのは無理。だから今回はレンタル可能って事なんだろうか)
声に出さずにウェズンは武器か、武器ね……と口の中だけで呟く。
一応父から護身程度にいくつか教わったとはいえ、生憎前世の記憶のせいであまりにも馴染みがないものだ。使えなくはないけれど、使いこなせるかと言われるとちょっと……といったものなので武器を買うにしてもどれを使えばいいのかがわからない。それもあって後回しにしていたが、流石にそうも言っていられないようだ。
レンタル前に試しにちょっと素振りくらいはさせてもらえるだろうか。
あぁでも、何を用意すればいいんだろうか。
「じゃ俺様は他にやる事あるから今日は解散。明後日のための準備に時間を費やすといい」
この学園って魔王を養成するんだったよな……あまりにもまるなげすぎやしないだろうか……そんな風に思った生徒は一人二人ではなかったけれど。
言うなりさっさと教室を出て行ったテラを追いかけて他に何かないんですか!? と聞いたところでまともな返答はなさそうだったので、案外物分かりのいいクラスの生徒たちは溜息を零しつつもそれぞれチームを組むことになった相手と向き直ったのである。




