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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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なにもわからない



「お、おか……っ!?」


 綺麗なくらいストレートで顔面に入った拳に、どうして母親の姿をしている者と戦わなければならないのか。母親の身体だけとはいえ傷つけるのは本意ではない……と思っていたイルミナは咄嗟に大丈夫!? と叫ぼうとして……結局できなかった。


 ジークとやらが何者かもわからないうちならともかく、アレスの知り合いであるドラゴンの魂が入っていると言われてしまえばもう何がなんだかわからなすぎて、なんでそんな事になってるのかとか、もうそこら辺の経緯を全部最初から教えてほしいくらいだったが、暢気に語り合うような状況でもなかったので。


 どうすればいいのかわからなくて、結局マトモに動くこともできないまま割と最初の小手調べくらいの段階でイルミナはジークに吹っ飛ばされてそのまま戦闘不能状態に陥っていた。

 大怪我をしただとかで動けなかったわけではない。

 ただ、精神的に戦えと言われてもマトモに動けなかっただけで。


 なんでどうしてお母さん。


 今のイルミナの口から出る言葉は大体これだけだ。


 自分で考えるにしても、母が何を思ってこんな事を試練にしたのかもわからないのだ。いや、わかりたくない、が正しいのかもしれない。


 けれどこのまま戦わなければ、母の身体を使っているジークはこちらを容赦なく殺すだろうというのもわかってはいたのだ。


 わかっている。

 わかっているけれど。


 それでも、何もかも割り切って殺しあおうと思える程の気持ちになれなかった。

 死にたくない。

 けれど、殺したくもない。


 どうにかなるような他の方法がもしかしたらあるんじゃないか、と思いたかった。思わずにいられなかった。


 けれどもそんな都合の良い方法が簡単に思い浮かぶはずもなく、結局どうしたって何もできないままほとんど一人でウェズンだけが戦っていたようなものなのだ。


 それだって、どうにかかろうじて、という状況だったのに。


 一体全体何がどうなったのか、突然ウェズンはジークの顔面に一発ぶちかました。


 そりゃあイルミナだって母親の身体、どころか顔面にグーパンいれられたら「おかあさんっ!?」と叫びたくもなるだろう。

 イルミナにとっての母親が殴られて当然だと思うような女であったならともかく、イルミナにとっての母は大好きで尊敬していてできる事ならもっとずっと一緒に居てほしかった相手だ。

 親離れできていないと言われようとも。


 顔面に武器叩き込まなかっただけマシなのかもしれない。

 もしそうなっていたら今頃顔面がパックリ割れて大惨事の流血沙汰である。

 というか、普通の人間なら死んでる案件だ。

 母の身体でも中身の魂がドラゴンらしいし、何か相応に凄い力使ってるみたいだからそうなっても即死はしないかもしれないけれど、だが実の母親の姿をした相手のそんなスプラッタな光景、見たいなど思うはずもない。



 勝てるのであれば、殺さずともよい。

 そんな感じの事を戦う直前でジークが言っていたような気がするので、勝てるなら勝つべきだとは思う。

 けれども実力差がありすぎて、それも殺し合いで明確なルールが決まったものでもないもので、何をしたら勝ちなのか。

 殺し合いであるなら最後まで生き残った方が勝ちだ。


 けれど、そうじゃない戦いの時は?


 相手がこちらの実力を認め、お前たちの勝ちだ、とか宣言すればそれはそうなのかもしれないが、そうじゃない場合結局どちらかが死ぬまでやるしかない。


 ウェズン達を殺して自由の身になった上でここを出るつもり満々なジークが、明らかに勝てるのにあえてこちらに勝ちを譲るとも思えない。

 勝率はあまりにも低かった……はずだ。


 だが何故か突然ウェズンの動きががらりと変わって、そのままジークへ攻撃を仕掛けている。

 最初の一撃は咄嗟の事すぎてついていけなかったとしても、ジークとてやられっぱなしというわけではない。

 綺麗に一撃が入った事で流れ出る鼻血を雑に手で拭い、そうして折れたかもしれない鼻の位置をざっくり戻して、何が何だかわからないままにステゴロに突入している。


 率直に言うと――


 ついていけなかった。


 ジークは応戦しなければ一方的に殴られ続けるわけだから、そりゃまぁ戦法切り替えて殴り合いに発展してもまぁわかる。

 けれど、それを同じくイルミナにも適応させて今からでもその戦いに入れと言われても、ついていけるはずがなかったのだ。


「まって、何、なんでこんな事になってるの……?

 せめてもうちょっと一から百まで何もかも全部詳細明かしてからにしてくんない……?」


 戦う二人からはそれなりに離れているのでいきなりとばっちりで巻き込まれて殴られるとか蹴られるとかされる事はないだろうけれど、これがさらにヒートアップして魔術とかも同時発動させたらヤバイ。

 自分と同じように相手と戦う事に乗り気ではないアレスはそういえばどうなったのだろう、と思ってイルミナはともかく視線を動かしてアレスの姿を探す。


 彼も確か、何か最初の方で魔術で吹っ飛ばされて盛大に床にバウンドしてそのまま転がってった気が……

「一応生きてるようね」

 視界に捉えたアレスは、立ち上がろうとしたのかそれとも立つ気力も途中でなくしたのか、膝立ちのまま呆然と現在拳で語り合ってる二人を見ていた。



 学園に入った最初の頃、突然クラスメイト全員で殴りあうなんて事をさせられた。

 あれはちょっと強烈すぎて忘れたくても忘れられない学園最初の思い出だった。

 魔王だとかなんだとか言っていたので、てっきり最初っから難易度の高い魔術だとかを使って何かさせられるとかは想像していたのに、まさかの物理。肉弾戦。


 最後まで勝ち残ったのはウェズンだった。

 それも覚えている。

 妹のイアを庇いながら、レイと殴り合って、そうしてレイを倒した後でとてもやる気のない一撃でイアを倒した――というか勝手にイアがやられた――事で、終わったあの一件。


 床に倒れたままだったイルミナはそれでも一応最後まで意識はあったので、覚えている。



 確かにそれなりに格闘もできていたけれど、あまりにも動きが違いすぎる。

 そりゃあ、入学してからそろそろ一年が経過しようというのだ。その間にテラにしごかれ他の生徒たちとも戦って、自分に合った身体の動かし方だとかを学んであの頃と多少動きが変わる事はあるだろう。


 けれど、あまりにも違いすぎた。


 まるで別人が乗り移りでもしたように。


(まさか)


 そう考えて、しかしイルミナは頭を振った。


 確かに今目の前にいる母の身体の中には別の魂が宿っているけれど、それは母が自分の身体にドラゴンの魂を封印したからだ。

 それと同じようにウェズンという器の中に別の魂がいたのであればまだしも、だがしかしそんな状態ではマトモに動けるはずもないのだ。


 イルミナは魔女として育てられてはいないけれど、それでも祖母の書斎にこっそり入り込んだりして様々な蔵書を読んでいたから、知識だけはそれなりにある。

 実践できた試しはないし、何やら難しい話もあったので学園に入ってある程度学んでからあの時読んだ本の内容ってああいう事か、なんて遅れて理解した物もあるけれど。

 なんというか詰め込むだけ詰め込んだ雑学、みたいなもののせいで、自分の中で情報がまとまっていないので肝心な時に役に立つようにすんなり思い浮かんだりもしないけれど、それでも。


 もしウェズンの身体の中に別の魂が入っていたとするならば、学園で何も対応していないのはおかしいのだ。


 本来肉の器に入るべき魂は一つだけ。

 そこに無理に複数の魂を詰め込めば、当然破綻する。

 案外うまくやっていれば長い間活動できるだろうけれど、そうでなければ早々に肉体が崩壊する事もあり得るのだ。


 あと、基本的にそういうの大体禁忌扱い。


 もしウェズンの中にもう一つ魂が存在したとして、それが案外うまくやっていたとしても。


 ほぼ禁忌に等しい状態で学園生活を送っていたなら、学園側も監視とか何かしてあっておかしくないはずだ。

 しかしそういった感じではなかった。


 そもそも、ジークがそうだからといってウェズンもそうであるとは限らない。


 ウェズンもまた竜種の血を引いているとは言われていたけれど、ドラゴンに複数の魂が宿るだとかそういった伝承はなかったはずだ。


 けれど、別人が宿ったと言われれば突然戦い方のスタイルが変わったことは納得できる。

 できるのだが……では、その別人とは? となるわけで。



「なんなのもう何もわかんない。わけわかんないよおかあさん」


 戦わなくてはならないのだ、と頭ではわかっている。


 けれども、何をどうすればいいのかさっぱりわからずイルミナは途方に暮れて、できた事といえば泣き言を漏らすくらいだった。

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