乱立したフラグ
「なんだ、自覚無しか。だが先程確かに言ったではないか。そなた、ファーゼルフィテューネの子であると。
ならば竜の血は紛れもなく引いておるだろうよ」
「えっ……!?」
「とはいえ、その血は薄く竜として君臨できるかどうかは疑わしいがな」
「いやあの、いきなりドラゴンになってでっかくなって室内にみっちみちに詰まるのとか想像すると困るので、別にそういう君臨とかどうかなって思うんですが……」
「……それは我も想像するとしょぼすぎて困るな。竜に対するイメージダウン甚だしい。というかだ、何故詰まる想像になる。いっそそこは建物を破壊する方向性で想像せよ」
「環境問題に配慮した結果ですかね……」
そう言えば露骨に溜息を吐かれた。
めちゃんこ呆れている。
だがしかし考えても見てほしい。
この世界の建物、前世と比べると製法が異なりすぎてて気軽に壊していいものかどうなのかって感じがすごいするのだ。
魔法だとかを使って建て直したりするのは便利ではあるけれど、その分素材が特殊な物も割と多く使われている。それを過失でうっかり壊そうものなら、弁償額は如何ほどになるのやら……と考えれば、景気よく破壊しようぜ! とはいかない。
何らかの事情があって盛大に壊して良し、という指示があったならともかく、そうでないのに壊すのはウェズンの中ではアウトである。のっぴきらならない事情でもない限りは。
「ちょっと待って? なんで竜が封印……? いや確かに強大な力を持ってるって点で危険視されてるんだろうなってのは想像できるんだけど」
ウェズンは前世の記憶でなんとなく把握している。
人間と言うのは同種に対してやたらと厳しい生き物であるという事を。
犬や猫といった動物には優しくても子供にはちっとも優しくない、なんていうのはよくある話だ。
そうでなくとも、同じ人間であっても国が違うだとか、生活水準が異なるだとかで人間というのは簡単に迫害できる生物だ。
学校なんかの小さなコミュニティでは、何となく視界に入るだけでイラッとする、なんて理由で軽率に虐めは起きるし、ちょっと集団から外れた行動するだけであいつ頭おかしいなんて言われたりもするし、出る杭は打たれるとは言われても、その出たのが僅か一ミリだとしても容赦なく粉砕する勢いになりかねないのだ。
同種族しかいない前世の世界でそうなのだから、異種族が多く存在する世界ともなれば差別はそりゃもう普通にあるだろうとも思えてくる。
前世で読んだ漫画にもあったのだ。
強大な力を持つ種族でありながら、人間との共存を望んだ者がいたが、しかしその力に怖れをなした他の人間がまだ何もしていないその人物に攻撃を仕掛け殺そうとしたりだとか、はたまたその人物と共に生活している人間の友だとか伴侶を人質にとったりして抵抗できない状態にして殺そうとしたりだとか、仮にその力に怯えなくとも、ただ自分のいるコミュニティに異種族がいるというだけで気に食わず追い出そうと無理難題を吹っ掛けたりだとか。
そんな事がなければ、その異種族だって別に何もしなかったのに、わざわざ攻撃するのだ。
共存の意を示したからって無抵抗であるというのは同義ではないというのに。
異種族だって攻撃されて身の危険感じたらそりゃ抵抗しますよ、と思ったものだ。
そうして最終的に人間側が先に手を出したにも関わらずボロ負けしてから被害者面して種族間の争いにまで発展させるまでがワンセット。
そういう感じの作品が、一つだけならまだしもいくつかあったので何かもう、人間の業とかサガなんだろうな……って思うようになったのであった。
人を襲うかもしれない猛獣には下手に近づかないくせに、強大な力を持っててその気になれば人間なんてちょちょいのちょいでどうにでもできる人型の種族には喧嘩売りにいくのだから、多分危機感とか生存本能が死んでるのかもしれない。
「強大な力を持っているから危険視……か。それも理由の一つかもしれないが、竜種以外の力を持つ種族が積極的に狩られているわけでもないからな。それは正解にはならんよ。
竜種には体内に浄化器官と呼ばれるものが存在している。そしてそれは長い年月を生きた竜の体内で結晶化する。長くあればあるだけ結晶は成長し、魔晶核と呼ばれるようになったものは――浄化機の動力源となる」
「は――?」
理解が追い付かなかった。
浄化器官。
それはなんとなくわかる。
魔法が使える種族の体内では魔力を循環させる臓器がある、なんていう設定の話を読んだ事だってあるし、そういうものがあったとしても別に何もおかしな話ではないからだ。
浄化機、も学園の授業で習ったものだ。
昔からあって、今ではまともに整備する事ができる技術者の数も少なく、今の世界は昔からある浄化機をポンコツだろうとなんだろうと使うしかない状況に追い込まれている、と言っていたような気がする。
浄化機を新たに作る事ができたなら一生くいっぱぐれない、なんてのはテラが言ったのだっただろうか。
てっきりそれは、失われた技術の復活を偶然とはいえできた者か、はたまた従来の浄化機とは別の新しい浄化機を開発できた者、という意味だと思っていたのだが。
もしかして、そういう意味ではなかった……?
そこを掘り下げるよりも、更に気になったのは魔晶核という物だ。
聞き覚えがあった。
あれは確か……ルシアに聞かれたのではなかったか……?
そして今しがた言われた、自分もまた竜種の血を引いているという事実。
では、まさか。
自分の体内にも魔晶核が出来上がる可能性が……?
いや、だがしかし竜の血は薄いと今言われたばかりだ。そんなものが体内で生成されているとは考えにくい。
気になる事ばかりが増えていく。
けれどももう何から聞けばいいのか、まるでわからなくなってきた。
聞く順番を間違えたら気になるものが一つや二つ聞き忘れたりするかもしれない。後になってからそれを聞き返す余裕があればいいが、恐らくはないような気がする。
「そう、そやつが裏切った結果、我の本来の身体は魔晶核狙いで」
「違うッ!! 裏切ってなんか……!」
「だが、結果だけを見れば事実であろう」
ウェズンが内心で悩みかけているうちに、話が先に進み始めた。
ゲームだったら選択肢を選ぶまではいくらでも時間に余裕があったりする――中には時間制限のある選択肢もあるけれど――が、生憎ここは現実だ。だんまりを決め込んでいたならば、まぁ勝手に話が進む事もあるだろう。
そして会話の矛先はアレスへと向かっていた。
「えぇと、そちらはどういった関係で?」
最初に裏切ったという言葉を聞いた時、てっきりアレスも竜種であるのかと思ったのにしかし違うという。
では、どういった状況で裏切るなんて事になったのやら。
「友人なんだ」
「友人だった、だな」
何となくではあるが、何かもう大体把握したわ、と言いそうになった。
今までの会話を思い返せば、魔晶核とはドラゴンの体内にあって、なおかつ浄化機の動力として使われる。
昔からある浄化機が壊れてどうのこうの、というのは恐らくそのエンジンに該当するような部分がイカれたとかそんなんではなかろうか。ウェズンは浄化機そのものをその目で確認したわけではないので、ここは推測に過ぎないが。
まぁ、大抵の機械とかは長年使ってたらどこかしらの部品がご臨終するしな……大したことのない部品ならともかく、動力にもなるだろう部分が逝かれつつあるとなれば、そりゃ馬力とか落ちて本来のパフォーマンスを維持できないとか、下手すりゃ動かないなんて事もあるだろう。
壊れたらどうするべきか、なんてのは考えるまでもない。
新品を用意できないのであれば、壊れた部分だけでも何とかして新しいのと取り換えて使う。
けれども、竜種とやらがそう簡単に人前に姿を見せないのであれば、そりゃあ各国の浄化機が気軽に部品交換できないのも当然だろう。
それ以外の部品に何が使われているかはわからないが、それでも竜の体内にある物と比べれば入手難度はそこまで高くはないだろうと思える。
浄化機の肝心なパーツとして魔晶核を得る事ができれば、そりゃまぁ、報酬も莫大になるだろう。もしドラゴンを倒してその魔晶核を得る事ができたなら、そいつは間違いなく英雄とされるかもしれない。
倒せるかどうかはともかく、この機を逃せば次にチャンスが訪れるのがいつになるかなんて、わかるはずもないのだ。
多くの犠牲を払ったとしてもドラゴンがいるなら討伐しようと考える者が現れてもおかしくはない。
「ジーク、信じてくれ。本当に俺は」
「たとえお前にそのつもりがなかろうと、まんまと後をつけられた事にかわりはない」
さっき大体把握したわ、とか思ったけれど、その言葉で尚の事確信する。
幼いアレスがどういう因果かはわからんが、当時はまだ竜の姿をしていたジークと出会って、敵対する事もなく友人になった。
まぁ、童話ちっくな話でありそうだなとは思う。
そうして交流していくうちに、まぁ周囲の大人が何かに気付いたかしたのだろう。
親に紹介できる友人ならともかく、相手がドラゴンとなれば気軽に紹介もできないだろう。
結果として、何か悪い人に騙されたりしているのではないか、とか疑った大人が友達に会いに行くアレスの後をこっそり尾行して……というところだろうか。
実際その光景を見たわけじゃないが、なんだかとても鮮明に想像できてしまった。
「国を救った英雄の息子となった気分はどうだ?」
「そんなつもりは!」
「あろうとなかろうと、そうなったのは事実であろうよ」
ばさ、とまるで厚い布を翻したような音がして、ふとウェズンは音の出どころを探す。
ジークの背から、羽が生えていた。コウモリに近い形状のそれは、まぁドラゴンっぽい気がしなくもない……と思う。ゲームなんかではお馴染みと言えるかもしれない。
だが、その身体は本来イルミナの母のものだ。
魔女の背から羽が生えるという光景に、イルミナが小さく悲鳴を上げた。
「どうあれ、我は貴様らを殺してここを出る。器が異なるが、まぁ長い年月をかければ元の姿を取り戻す事もできよう」
「どうあっても戦闘は避けられない、と」
「元はそこの魔女見習い一人で試練に挑むようにしておけば、抵抗もできぬ我を殺すだけで済んだのにまさかこの塔のそこかしこに仕込まれた情報を読み取れず封印を解いたのはそちらだぞ。
あぁ、でも。
万が一我に勝てたなら、その時は学園で教鞭をとれ、なんて言われていたな。
加減などするつもりもない我を、見事殺さず倒すことができたのであれば、その時はその言い分に従ってやろうではないか」
最早会話は必要ないとばかりのジークに、流石にこれ以上話を引き延ばせそうにないなとウェズンは悟る。
殺さず勝てば教師? 誰だそんな事のたまったの、と思ったが何となく言い出しそうな相手に心当たりがありすぎた。
そんな余裕をもって勝利なんてできるはずがない。最悪刺し違えて終わる可能性だって有り得る。
だが、それでも。
竜種がわざわざ教師となると言うのであれば。
なんというか、今まで知らなかった事実だとか深淵を覗き込む事になりそうだなぁ……なんて考えてしまった。




