一体どういう血筋なの
挑んだ魔女の試練が知らんうちに最高難易度になっていた件。
なんて一体どこのラノベのタイトルだ、と言わんばかりな言葉が脳裏をよぎっていく。
そもそもの話。
ジークはここに封印されていたらしい。
直接封印されていたところを見たわけではないが、じゃあやっぱさっき吹っ飛ばしたあれ鎖であってるのかー、と軽く理解しつつ、封印されてたってどういう事だ、とも思う。
そして、本来の魔女の試練はイルミナだけで挑めば封じられてロクに身動きとれない状態のジークを仕留める事で終了したらしい。
無抵抗の相手を殺すだけの簡単な試練。
そう言えばとてもイージーだが、しかし見た目はイルミナの母。
無抵抗の母親を手にかけろというのは果たして簡単だろうか、と思うのだが、精神面を無視すれば確かに楽な試練ではある。相手が無抵抗なのだから。
しかしそれはそれでイルミナの精神に甚大なダメージいきそうだし、下手すりゃトラウマものである。
というかだ。
鎖で拘束されていた間はまだイルミナの母の精神もギリ残っていたらしい。
それを聞いてイルミナの顔が真っ青になったのは言うまでもない。
少なくともウェズン達がこの塔に足を踏み入れた時点では、まだイルミナの母はかろうじて生きていたという事なのだから。
けれども、完全に封印を解いた事でジークとしての力が強まり、結果自らの肉体に封印をしていたイルミナの母はその時の反動で精神が消滅――と聞けば、まぁそうなるだろうなともわかる。
知らなかったとはいえ、イルミナは自分の母を殺す選択をとってしまったと言っても過言ではないのだから。
「そんな……お母さん……おかあさん……っ!!」
幼い頃に少しだけしか母親と接した事はなくとも、イルミナにとって母親の存在は大切なものであった。
呆然と、イルミナはその場にへたり込む。
無理もない。これからジークと戦うとなっても尚そうしていたら死ぬぞと言うしかないが、今はまだいいだろう。ウェズンはとにかく話の先を促した。
本来であれば、魔女の試練にイルミナだけが挑めばイルミナの母から事情を聞いて、そうして自らの手で母を殺める事になっていた……と考えると果たしてどちらがマシだったのか。
どっちにしても母が死ぬ。
意識的にか無意識にかの差でしかないとか、どうあがいてもクソである。
封印を解く事になったのは何か、と問われればそれは灯篭にあった。
灯篭に魔力を与えあの室内を照らしていったなんて事のない行為が、よりにもよってここの封印と連動していたのである。
それも、灯篭に魔力を与えるのがイルミナだけであったならば、もしくは最初に魔力を使ってしまった相手だけであったなら、まだイルミナの母が生きていた可能性はあった。
けれども灯篭が灯った時に魔力式で明るくなるという部分だけ察して、その時に明かりの中に浮かんでいたらしき文字にはこれっぽっちも気付けなかったので、ウェズン達は手分けしてあの部屋の灯篭にそれぞれが魔力を注いでしまったのだ。
それにより、試練を受ける者も確定した。
あの灯篭は試練を受ける者だけが魔力を注ぐべきだったのだ。
とはいえ、魔女の使う暗号で記されてる時点で知らんがなとしか言いようがない。
魔女として育てられてこなかったイルミナにわかれというのも無茶振りだし、ましてや今まで魔女とロクに縁もなかったウェズンだって同様だ。
アレスはどうだか知らないが、それでも暗号なんて知らなかったのだからこちらも魔女と関わった事があろうとなかろうと、大差ないだろう。
魔女の試練はイルミナの母を殺す事――ではなく、封印されていたジークを仕留める事。
イルミナだけで挑んだならば、ジークはロクな抵抗もできないまま死ぬ事になっていた。
だが、鍵を分けた三名で挑むのであれば。
物理的に封じられていた動きも解放され自らの意思で動く事ができる。
そうして試練に挑んだ相手を殺せば、晴れてジークは自由の身である。
イルミナの母の身体ではあるものの、それでもジークは新たな自由を得て好きに活動できる。
どちらにしても、ここでジークの封印が全てでなくともほぼ解けたのであれば、決着をつけないわけにもいかない。
ウェズン達に引き返す道はないし、ジークもここでいつまでも大人しくしているつもりはないのだから。
「……魔女の試練の内容については理解した。
でも、それじゃあ、ジーク、だっけ? きみは、何なんだ?」
その疑問もある意味で当然のものであった。
アレスは知っているようではあるけれど、しかしイルミナ程ではないが現時点でこちらもマトモに会話ができるような精神状態ではなさそうで。
アレスに聞く、というよりは率直に本人に聞いた方が早いと判断したのだ。
その質問に、本当に何も知らないのだな、と言わんばかりのきょとんとした顔をされてしまったが、知らないものは知らないのだから仕方がない。
生憎今現在こうして学園に通い魔王となるべくあれこれやってるところではあるけれど、それ以前――学園に行く前での生活は割と普通だったのだ。
一応、外で魔物と遭遇してもどうにかなるように鍛えられはしたけれど、この世界に関するあれこれだとかは学園の授業で習うのだから、という事でかはわからないが、少なくとも父からも母からもあまり教わった覚えがない。
本当に最低限。
学園に行ったら今までみたいに暮らせないだろうから、それまではせめて……という思いもあったのかもしれないが、ネタバレとか気にしないんでせめてもっとあれこれ教えておいてほしかったなという気持ちもなくはない。
この世界について割と知ってるだろうイアだって、原作の小説の内容だとかゲームの内容だとかほとんどすっぽ抜けてるので、ジークという存在については勿論知っているかすらわからない。
そもそも原作に出るキャラなのかどうかもウェズンからすれば不明のままだ。
イルミナの母、という点で完全なモブではないだろうとは思うけれど、しかし本編に出なければどれだけ重要な立場にあろうともモブはモブ。
大体魔女の身体を器にしてまで封印しないとならない存在ってなんだ、と考えれば間違いなくロクなものではないだろう。
「我か。我はそうさな……元は竜種であった。
暗黒竜ジークフォウン。それが本来の我よ」
竜。
その言葉に。
ウェズンは思わずアレスを見ていた。
はっ? 知り合いっぽい感じだったけど、えっ、あの、竜と……!?
そう言いたい気持ちはたっぷりあったけれど、しかし今はそれを言う流れではなさそうだった。
竜種――と言われればゲームだとかでは東洋系の竜も西洋のドラゴンもまぁ一括りにされがちではあるけれど、とりあえずは魔物カテゴリに入る。
だがしかし、この世界では竜は魔物ではない。
いくら見た目だとか能力的に魔物にしか見えなくとも、ドラゴンは魔物ではないのだ。
とはいえ、それをウェズンが知ったのは学園に入ってからの授業である。
それ以前はそもそも竜という存在がこの世界にいたという事実すらわかっていなかった。だって見た事ないもの。
瘴気を大量に摂取した魔物がドラゴンっぽい見た目になったとしても、それはあくまでもドラゴンっぽい見た目の魔物であってドラゴンではない。とてもややこしいが。
大きさは様々だが、大抵は巨大で瘴気に対してもかなりの耐性を誇る。
そして知能も高く、人語を解する事も可能。
更には魔法や魔術を扱える。
虎やライオンといった大型の猛獣と同じようなカテゴリかと思いきや、ドラゴンはドラゴンという種族なのだとか。まぁ、大型動物カテゴリにしれっとドラゴンがいると言われてもそれはそれで違和感が酷いので、ウェズンはその部分には特に何を思うでもない。
エルフやドワーフだとかの種族と同じように、この世界ではドラゴンも人と同じ扱いではないがまぁ一つの種族として認識されている……というのが正しいだろうか。
ウェズンとしてはちょっと常識的に理解が及ばない部分があろうとも、そういう時は「でもここって前世と比べて異世界だもんな」という安定の呪文でもって精神を落ち着かせる事にしている。
異世界だもんな、そりゃ前世の常識通じるとか思ってないわ。
くらいのノリでいないと、とてもじゃないがとっくにSAN値とやらが消滅して発狂していたかもしれない。こういう時、全然違う世界の常識を把握しているという前世持ちは困るのかもしれないな……ととてもどうでもいい事にまで思いを馳せていた。
とはいえ、ドラゴンというのはそう多くいるわけでもないらしい。
まぁそうだろう。
大体ウェズンだって今の今までお目にかかった事がないし、ましてやそもそも授業でその存在を聞くまではいるとも思っていなかった。
いると言われてもまぁそりゃここ異世界だしー、剣と魔法のファンタジーみたいな感じだしー、いてもおかしかないよなー、ゲームだったらまぁ間違いなく敵モンスターとかで出てきてたんだろうなー、なんて思った事だろう。
あとは食物連鎖というか、弱肉強食というか、生態系的な意味でそんないっぱいいてたまるかという話でもある。
どう考えても生態系の頂点にいてもおかしくない存在が、世界各地に大量にいます、なんて言われたら色んな意味で恐ろしい。
まぁそこそこの数はいるんだろうなとは思うけれど、しかし実際の目撃例は思っているよりも少ない……らしい。
らしい、というのはどうにも信憑性のない噂も乱立しているからだ。
恐らくはドラゴンぽい見た目の魔物も含まれている気がする。
ともあれ。
そんな、どう考えてもヤバイ生命体だと言われて驚くのは当然だった。
ウェズンとしては前世の知識で色んな作品のドラゴンを思い描ける程度には知っているけれど、この世界のドラゴンは真偽不明な噂も多すぎて、どれが真実かもわからないものがかなりある。
けれども、共通しているのは間違いなく強大な力を持っているという事だけだ。
仮にその中にドラゴンの見た目をしているだけの魔物が含まれていたとしても、ドラゴンとほぼ同じ見た目に育った魔物なんてどう考えても強い魔物である。
ドラゴンだろうと魔物だろうと、普通に考えて気軽に関わっていいものではない。
「え、でもそのドラゴンに……アレス知り合いっぽい感じだったよね……?」
海竜だとか水龍だとか、まぁ呼び名は様々あるだろうけれど。
暗黒竜とか間違いなく一昔前のゲームだったら神話級の化物扱いされてたり、ラスボスやっててもおかしくない響きだ。
そんな相手に裏切り者とか呼ばれてなかったっけ……?
「えぇと、念の為確認しておくけれど。
アレスは、竜種ではない、んだよね……?」
裏切り者と呼ばれたくらいだ。
同胞でありながら自らを敵対勢力に売った、とかそういう事をしていたらまぁ裏切り者って言われるだろうけれど、それ以外だと中々想像し難いものがある。
「そやつが竜種であってたまるか。そやつはただの脆弱な人の子よ」
「脆弱……?」
いやまぁ、ドラゴンさんからすれば脆弱かもしれないんですけれどもね?
でもアレスが脆弱って言われると、何故だろうか、ウェズンの中では途轍もない違和感しかないのである。
「むしろ、竜種というのなら、それはそなたであろう」
「え?」
なんだか聞き流してはいけない言葉が耳を通り過ぎて行った気がして、思わずジークを見れば。
ジークはくい、と顎でまぎれもなくウェズンを示していた。
「いやあの、僕もどっちかっていうと人の子だと思うんですが……?」
そんな否定の言葉を果たしてジークが聞き入れたかどうかは定かではない。




