引き延ばし交渉術
アレスとジークのやりとりを聞けば、少しは情報が得られるだろうかと思っていたものの。
「まぁいい。ここで貴様らを殺せば晴れて自由の身。さっさと終わらせるぞ」
情報を得るどころではなくなりそうな展開に、ウェズンは慌てて待ったをかけた。
「ちょっと待った! 状況が! さっぱり理解できない!!」
理解する必要なぞない、疾く死ね。
とか言われて攻撃されたらもう完全アウトなのだが、ジークはとても残念な生物を見るような目をウェズンへ向けた。ある意味転生して初めてそんな目で見られたな、という感想が浮かぶ。
とりあえずジークとやらが自分たちと戦って、挙句こちらを殺した後で何事もなかったかのようにここから出ていくつもりである、というのは理解できた。
正直あまり理解したいものでもないが。
あえてそうしなければならない、という事はやはり直前までジークはここで身動きを封じられていたのだな、とも推察できる。先程ジークが吹き飛ばした欠片というか破片はやはり鎖だとか、そういった物だったのだろうとも。
「まさか本当に、本当の本当に何も理解できておらぬ、と?
いやでもおぬし、鍵を手にしていただろうが」
「人から送られた物なので、どんな由来かだとかそういうのはさっぱりです!」
ここで下手に躊躇するような反応をして、小声でポソポソ喋ったら聞こえない扱いでそのまま攻撃されそうな気配を感じ取ったので、ウェズンはたとえあほの子を見る目を向けられようとも元気一杯答える事にする。必死度合もそこから察してほしい。切実に。
「はぁ? まことか……? マジか、そうか……」
最初の時点で結構残念な生物を見る目だったけれど、そこから更に進化してなんだかとても可哀そうな生物を見る目に変わった気がした。夏の終わりに死にかけのセミを見るような目と言ってもいい。
ガワは同級生の数年後と言っても過言ではないくらいの見た目で、友人の母親と言っても間違いじゃない相手。そんな年上女性から蔑むような目を向けられるという体験、滅多にできるものではない。
とはいえ、別にウェズンの性癖だとか、新しい扉が開いたりはしなかった。
逆にいたたまれなさ過ぎてどうしようかと思うくらいだ。
「最初のところで一応解読できた友人がいたけど、鍵を掲げた後でいなくなってたからそこから先は何か書いてあったとしてもさっぱりです」
「あぁ、鍵を持たぬ者は先に進めぬ仕様だからな。それで、鍵を持ってる連中は揃いも揃ってインテリの欠片もない脳筋集団だった、というオチか?」
「いやあの、一つ前の世代で使われてた文字とかそもそも習う機会もほぼなければ、挙句魔女の間で更に応用されまくった暗号みたいになってるやつを平然と解読できる奴のが少ないと思うんですよ。割とマジで」
精霊と契約する際に使うタイプの古代文字だったら、もしかしたらワンチャンあったかもしれない、とは思っている。けれどもウェズン達が知ってる文字とは一切かすりもしない別言語だ。わかれという方が無茶振りである。
前世の海外の文字だとかで例えるならば。
英語はまぁわかる。意味を理解してなかろうとも使われてる文字からして「あ、英語なんだな」くらいは理解できる。何が書かれてるかさっぱりであろうとも。
英語じゃなくても何となく雰囲気からドイツ語かな、だとかフランス語かな、とかそこら辺もなんとなく把握はできると思う。内容が理解できなくとも。
というかだ、日本語以外の言語に対応しているゲームだとかで言語変更の時にポチポチ適当に変更したりすれば、何となくどの国の文字か、くらいはふわっとでも把握するだけなら可能である。
けれどもこの塔で使われていた文字はそういった、雰囲気だけでも察せられるようなものですらなく、更には暗号化されているときた。よっぽど言語学に興味があってこの世界で使われている文字の数々を学びたいんです、という情熱でもない限り、一般的な学生が把握していろというのはやはり無理難題にしか思えない。
「はぁ? だがしかしここに来るのは魔女の試練とやらであろうが。それくらいは我も覚えておる。魔女の試練を受けに来ただろう奴がおるのに、まさか読めない……とでも!?」
信じられない、というような口調で言われるも、読めないものは読めないのである。
突然の飛び火にイルミナの精神にもダメージを食らったが、しかし読めないのは事実なので反論もマトモにできやしなかった。
「あの、彼女はその、魔女として育てられてきたわけじゃないんで……学ぶ機会も割とつい最近、って感じなんで……」
微妙に嘘ではないフォローをいれておくウェズンであったが、ジークとやらの目は冷めたものだ。
「ロクに知識も蓄えず行き当たりばったりでやって来た、と。やはり脳筋と呼んで過言はないのでは」
「すいませんねえ若さゆえの過ちとか若気の至りとかいうやつなんで!」
実年齢を考えるとまぁ、本当に若いか? と疑問になりそうだが、一応まだ学生だしセーフセーフと心の中で唱えつつ勢いだけで押し切ろうとする。
「いや待て。そこの裏切り者はともかく、おぬしが本当に何も知らんとかどういう経緯で鍵を手にした?」
「さっきも言いましたけど、送られてきたんです」
「そこが解せぬ。そもそも気軽に譲渡できるものではない。ましてや赤の他人に渡すなど以ての外。
……まさかおぬし、ファーゼルフィテューネの関係者か」
「えっ、あー、母、ですかね」
即答できなかったのは、普段母がファムと呼ばれているからだ。
それをいきなり長ったらしい本来の名で呼ばれたとて、すぐさま理解できなかった。
「思い切り関係者ではないか! というか何故そこで言葉を濁した!?」
「すいません、普段そんな風に呼ばれてないもので……一瞬誰? って思ったもので……」
「いやまぁ確かに長い名前だけども」
そこはジークも否定はしなかった。
「成程な。つまりあやつの夫あたりが押し付けてきたというわけか。そうかそうか。
……まだ諦めておらぬとはな……しぶとい」
聞き流していいものかどうかもわからない言葉が呟かれる。
諦めていない、とは……?
とりあえずジークがウェズン達がここにいるのは全てを理解した上で、という事ではない、というのだけは理解している、と思っていいだろう。
敵意や殺気といったものがバッシバシに感じられていた時と比べると、若干そういった圧はなくなったように思える。とはいえ完全に消えたわけでもないので油断は禁物だが。
「確かにイルミナの魔女の試練に関してここに何かがある、って事で来たんですけど。
具体的に何をどうするのか、わからないままなんですよね。
なんだかそちらはこっちと戦うつもりである、というのは理解しましたが。けど、それは魔女の試練になり得るものですか?」
未だ母親は死んだ発言から理解が追い付いていないイルミナの代わり、と言っていいかは微妙だが、ともかくウェズンは情報を引き出すべく話しかける。
下手に言葉を途切れさせたら、その時点でではもういいな、始めるとしようか、なんて言い出して戦闘になるかもしれないのだ。そうなったら、結局何が何だかわからないまま戦わなくてはならなくなる。イルミナの母の身体を使っている何者かと。
「マジでなんもわかっとらんのか……前代未聞じゃないかこれ。魔女の試練ってもっとこう、事前にあれこれ情報を得て始まるものだと思っとったが」
物凄い馬鹿を見る目をウェズンだけではなく、アレスにもイルミナにも向けられているが、否定しようがない。
何せファラムに鍵を掲げろと言われた後、彼女と別行動になった時点でもう何が何やらさっぱりで、とりあえず流れるままにやって来た、と言ってもいいくらいだ。
しかもどうやら灯篭があった所でも何やら情報になり得る何かがあったと聞くし、けれどもそれらはウェズン達には解読どころか気付く事のないままだ。
ゲームで言うならとりあえず適当にダンジョンの中進んでみたらあっさりとボスのいるところまで来ちゃいました、みたいなものである。
攻略するつもりでやってきているので、ある意味それは正しいのかもしれないがゲームであるならまずボスの所に行く前にあちこちにあるだろう宝箱とかを回収したい。昔のゲームだったら下手するとクリアしたらイベントで自動的にダンジョンの外に出された挙句、しかもそのダンジョンが崩壊したりしようものなら二度と入れなくなる、なんて事だってあったのだ。ボスに行く前に回収できるアイテムや素材は余すところなくゲットしておきたいと思うのは当然だろう。
まぁ、この塔はゲームのダンジョンとすると入れない小部屋ばかりで手抜きか? とか言いたくなるし、更には宝箱なんてあるはずもないので寄り道してどうのこうのと言うものですらないのだが。
「まぁ、いいか。教えてやろう。知らんまま死ぬのも可哀そうだし」
哀れみ100%で言われると色々な意味で心にくるな……とウェズンは改めて自覚した。
ジークとやらの中では戦闘は免れないものらしいし、更にはこちらを殺すつもり満々である。
えっ、それ本当にやらないと駄目なやつ?
戦闘とか回避して穏便な解決ってないんですか。
そう聞きたいが、聞いた時点で結論に至りそうだし結論を先に口に出した時点でじゃあもういいよね、なんて事になられるととても困るので口を挟むにしても言葉を選ばないといけないのは確かである。
一応相手が哀れみモードに入って教えてくれるというのであれば、聞かないなんて選択肢あるわけがなかった。




