圧倒的蚊帳の外
アレスとイルミナが知り合いであった、という話は聞いた事がない。
そもそもその話をわざわざする必要性を感じなかった、というのであればともかく、二人が学園の外で遭遇した時――それこそ、イルミナが持っていた鍵が融合合体きめた時だとか――で、アレスもイルミナも知り合いに遭遇した、といった反応は示していなかったように思う。
幼い頃の知り合いで、疎遠であったからこそ最初は気付かなかった、だとか言われてしまえば一応納得できなくもないが。
けれども、今回共に行動する時も、どちらかと言うと二人が知り合いであったか、と問われればウェズンとしてはどうだろう……? と首を傾げる事になる。
では、イルミナと知り合いではなくとも、その母親とアレスが知り合いであった場合。
そう考えて、まぁこの世界の人間の年齢もうあってないようなものだもんなと思いながら、可能性としてはゼロじゃないんだろうなとも思う。
呆然とした様子のイルミナも、アレスも、まだ動く気配はない。
そして目の前の女も。
こちらは二人の反応を見て愉しんでいるように思えなくもない。
とはいえ、あまり長い時間このままという事もないだろう。
イルミナが産まれる前にアレスが既にいたとして。
近所のお姉さん的ポジションにイルミナの母親がいたのであれば。
まぁ、アレスがここでそんな反応をするのもわからんでもない。
イルミナを産む直前でアレスの家の近所から引っ越していった、だとかであれば、まぁ。
近所に住むお姉さんが初恋でした、とかそういう甘酸っぱいエピソードでもあったなら、ここでまさかの再会を果たして思わず驚いてしまった、という反応なら別におかしくもないとは思うのだ。
(……いや無理だな充分おかしいわ)
自分で思っておきながら、すぐさまその発想はセルフ却下された。
何故って出会う場所がおかしすぎる。
ここ以外の、どこか別の場所であったならおかしいと思う事もなかったかもしれない。
けれどもこのタハトの塔は滅多に人がやってこないし、来てもそもそも入れる部屋は少ないし入れても何もないと言われているくらいだ。
物好きな考古学者がたまに足を運ぶ事はあるかもしれないが、それ以外の誰かがずっとここにいるとか、状況をあれこれ考えてもおかしいとしか言いようがない。
「……それじゃあ、貴方は一体なんなんですか」
イルミナは母が死んだという言葉の衝撃から未だ抜け出せず、アレスも現時点で冷静な反応をしろというには少しばかり無理がある。
この場で一番冷静というか落ち着いているのは、何が何だかわかっていないウェズンくらいなものだろう。
それもあって、まずお前は誰だと問うた。
ここには魔女の試練をイルミナがうけるべくやって来た。であれば、ここにイルミナの母がいたとしてそれはおかしくないのだけれど、しかし目の前のイルミナの母そっくりな女はイルミナの母は死んだと言う。
見た目が似ているので、イルミナの血縁だろうと思うが、他人の空似でイルミナの血縁とはこれっぽっちも無関係の可能性もゼロではない。けれど、その場合何故ここにいる、という疑問が前面に出てくるわけで。
「我か。ふむ、まさかそなた、何も聞いてはおらぬのか。そうか。そうか……ふ、はははっ」
「何が面白いんだ……」
いきなり楽しそうに笑われても、ウェズンとしては展開についていけるはずもない。
えぇ、いきなり笑いだしたぞこの人。笑いのツボっていうか沸点わっかんねー……という気持ちでいっぱいになる。
「まさかとは思うが、知らぬままに封印を解いたのか?」
「封印……?」
「あぁそうだ。ここに来るまでにまず鍵を用意しただろう」
「それは……まぁ」
イルミナと、アレスと、ウェズンの持っていた鍵。
イルミナは魔女の試練関連で入手した鍵で、アレスは家に保管されていた鍵。
ウェズンの鍵もアレスと同じだろう。入手経路が若干異なる程度で。アレスは自ら実家に戻り家にあった鍵を持ってきたが、ウェズンは親から送られてきた。そのうち必要になるだろうから、と。
いずれわかる、という言葉も添えられていたけれど、生憎と今になってもこれっぽっちもわかりゃしない。
「まさかとは思うが、そこかしこに刻まれていた文字を読めない、などではあるまいな」
「読めませんでした」
「なんと……ふ、くくっ、あーっはっはっはっは! では本当に知らぬままにやらかしたのか。なんと、なんと愚かな!!」
いっそ腹を抱えて笑った方がいいんじゃないかというくらいに笑う女に、ウェズンはなんというかとても嫌な予感というか気配を感じた。
知らないうちにとんでもない事をしたような気がしてくる。
そしてその予感はきっと間違ってはいない。
そんな風にひしひしと感じられた。根拠はない。確証もない。けれど、それでも何かをやらかしたという感覚だけが拭い去れない。
「そなたら、ここには何をしに来た?」
「何って……イルミナの、魔女の試練を受けに」
「死にに来たの間違いではなくか」
「魔女の試練ってそんな難しいものだった……?」
ウェズンとしては最初にイルミナに付き合わされたあの試練が根底にあるせいで、あとは前世の漫画やアニメ、ゲームといった媒体のあるあるネタなどで、精々試練っていっても魔女なら必ずこれだけは覚えとけ、みたいなちょっと難易度の高い魔術とか魔法を覚えるやつかな、くらいに思っていた。
だからこそ、属性在りきの術すらマトモにできなかったイルミナに、最初のステップアップとしてあの試練があったのだろうとも。
なので、ここで何らかの儀式とかやって何か難しい魔法を覚えるだとかする過程で、もしかしたら何かすっごい精霊とかと戦う可能性も想定していないわけではなかった。
ゲームだと何か凄い力を得る際にそれを担当している精霊と戦って力を示すだとかは割とよくある話なので。むしろ何の苦労もなくするっと入手するとかそういう展開はほぼないと言ってもいい。
「では次の灯篭。あれに記されていた文字も読まなかったのだな」
「読まないというか読めない、ですね」
最初の鍵を掲げるところはファラムがいた。
特定の位置に立って鍵を掲げた事で次のフロアへ移動できたので、アレに間違いはなかっただろう。
ただ、ファラムは言っていた。
一つ前の世代の文字。
そして魔女が使っていた暗号。
古い文字を用いて、更に普通に読むだけでは理解できないように暗号にしてある、という点で。
もしファラムがあれを読み間違えていたならば、という可能性は普通にあり得る。
同じような言葉であっても、ちょっとしたニュアンスの違いで全く違う意味になってしまう言葉、なんてのは別に古代文字じゃなくたって普通に存在する。それは、きっとどの国の言葉であろうとも。
それでなくとも、素直にそうとしか表現できないような言葉を使ったつもりであっても、受け取る側がちょっと捻った解釈をしてこじれる、なんて事だってよくある話だ。
次のフロアにもファラムがいたならば、もしかしたらこの女の言う灯篭に記された文字とやらもわかったかもしれないが、今必死に思い返してみてもあの灯篭にそんな文字があったか、ウェズンの記憶にはこれっぽっちも残っていなかった。ある、というのならあったのだろう。それくらいの認識だった。
「あの灯篭はここの封印を解くためのものだった。鍵もまた然り」
「封印……」
「そうだ。我の封印よ。魔女の試練を受けに来た、というのであれば一人で訪れるべきだった。そうすれば。
そうすれば、この女も望む死を得られただろうに」
この女、と言いながら女はするりと右手を自らの胸へとやった。
胸元に添えられた手は、間違いなく自らを示しているのだろう。
ウェズンの中で嫌な予感が増す。
前世のウェズン本人はそもそもそこまで漫画やアニメだとかに没頭した事はないけれど、それでも弟や妹が布教してくる事がそれなりにあったので、なんだかんだ色んな作品を嗜みもした。
だからこそ、なんとなくではあるものの。
「その身体は、イルミナのお母さんのものか?」
「あぁ、ようやく理解したか」
相も変わらず嘲るような笑みを浮かべ、女はイルミナを見た。
呆然としていたイルミナも、流石に言葉の意味まで理解できなかったわけではない。
「身体は……って、じゃあ、じゃあ貴方は何なの!?」
怒りの滲む声。
まぁそうだろう。
身体は母親であっても、中身は別だと言ったも同然なのだから。
「何、と言われてもな。そこのお前なら知っているのではないか? なぁ? アレスよ」
くく、と喉の奥で笑いをかみ殺すようにして、女は次にアレスへ視線を向けた。
てっきりイルミナの母親と面識があったものだとばかり思っていたが、まさか中身の方と知り合いなのか……!? いやその場合どこで気付いたんだ、と頭の片隅で冷静な突っ込みが入りながらも、ウェズンもまたアレスの方へと目を向けていた。
「まさ、か……まさか、お前は……ジーク……なのか……?」
「久しいな、裏切り者」
「違う、裏切ったつもりは……っ!」
「そんなつもりがなくとも、結果を見ればご覧のあり様だ。それで違うだのどうだのと言ったところで……何が変わる?」
「――っ」
とりあえず、とウェズンは知られないようひっそりと溜息を吐く。
とりあえず、現時点この状況に一切関わってないのって自分だけでは? イルミナの母も、イルミナの身体を使っている何かの存在も、自分には関係がない。
わぁすっごい場違い感というかアウェー感……! なんて思いながらも、流石に態度に出すわけにもいかない。
情報を引き出すタイミングを窺いながら、とりあえずウェズンはアレスとジークとやらのやりとりを眺める事にしたのである。




