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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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状況把握もままならない



 なんというか勿体ぶった割に、階段の向こう側の空間は至って普通であった。


 なんかこう、言葉に言い表せないような神聖な、だとか厳かな、だとかそんな表現を用いるまでもない。

 室内の広さはそれなり。周囲に物があるわけじゃないから思っているよりは広く見える。

 明るさは一つ前の所と比べれば明るい方だ。

 先程までは夜のようだったが、ここはどちらかといえば昼間のような明るさである。

 床全体を使うような大きな魔法陣が描かれている以外は、これといって何を言うでもない普通の部屋であった。


 もっと物々しい雰囲気だとかがあるのではないか、と警戒していたイルミナは知らず肩の力を抜いていた。

 魔女の試練。

 それがあるはずの場所。

 いつ、どこで、どんな無茶振りを突きつけられるかわかったものじゃない場所。


 母が用意した最初の試練は、試練なんて言えばきっと他の魔女から失笑されるくらいの易しいものだったけれど、これが本番であるならばあんな生易しいものであるはずがない。

 かつて祖母が言った言葉を思い出す。


 魔女の試練なんて、本来は生易しいものじゃない。できなきゃ死ぬ。それくらいのものだ。


 どこか突き放すような声で言われたそれは、事実なのだろう。

 だから、魔女としてやっていくには到底向いていないと判断された自分はそんな試練やめておけ、と遠回しに言われているのも理解していた。


 それでも。


 それでもだ。


 祖母も、母も、魔女として生きていた。

 自分もそうやって生きていくのだと信じて疑っていなかった。


 魔女以外の道があると言われても、自分にとってはそれ以外の道など必要としていなかった。

 自分にとっては魔女になる事こそが当たり前の、唯一の道であるのだと。

 ずっとそう思って生きてきたし、今更魔女になるのを諦めるなんていうのも論外だ。


 自分が魔女としてやっていくには向いていないと祖母も母も思っていたとしても、それでもイルミナ自身が諦めたわけではない。

 結果として試練をクリアできず魔女になれないまま死んだとして。

 結果として母や祖母を悲しませる結果になったとしても。


 魔女じゃない自分が長生きするのを、自分自身が認められなかった。


 魔女でなくとも生きていてほしい、という家族の願いを薄々理解はしていたけれど。

 それでも。


 それでも、イルミナは生き方を変える事ができなかったのである。


 この先にどんな試練が待ち構えていようとも、何が何でもクリアしてみせる……!!


 先程までは気が進まない状態であったけれど、しかしここまで来たのだ。

 来てしまった以上、いい加減覚悟を決めなければならない。


 広い室内の中心に、同じく白い材質でありながらも淡く光が輝く壁のようなものがあった。

 壁と断言しなかったのは、それがドーム状になっていて、中に入れる状態だったからだ。

 中からも柔らかな光が漏れ出ていて、それはなんというか冬の、雪のある地方で作られるかまくらと呼ばれる物に似ていた。


 他にこれと言える物があるでもなく、恐らくはあの中に行けという事なのだろう。


 部屋の中央。魔法陣の中心部。

 いかにも、といった具合ではないか。


 次は一体どんな場所なのだろうか、なんて思いながらもイルミナは率先して足を踏み入れた。

 大きさ的に人が二人くらい入れるかどうか……といった代物であったけれど空間拡張くらいはされているだろう。そう判断して。


 実際にその読みは当たっていた。


 中に入れば床は光が渦巻いていて、その光の中に沈むようにしてイルミナの身体は落ちていく。

 落ちる、といっても速度はそこまででもなかったから慌てるような事もなかった。

 ただ、ゆっくりと、ふわふわと風に揺られる綿毛のような軽やかさでもって下へと落下し――



「――え」


 そこで見たものに、思わず目を疑った。



 ――そもそも鍵を手にしたもののこれをどこで使うのか、だとか、床に刻まれた暗号だとか。

 わかる奴がいなければ完全に詰んでるし、初見で適当にやってどうにかなるか、と問われればそれはそれで微妙な話であった。

 まず鍵の時点でファラムがいなければ、無駄にあちこちうろうろして結局どこに使うものかもわからないまま、今回はわからんのでまた次の機会にでも時間作って調べに来ような、となっていたかもしれない。


 けれども、もしかしたらきっとその方が良かったのかもしれない。

 灯篭があった部屋で、ウェズン達は気付かないまま最悪の選択をしてしまったのだから。


 落下した先の空間は、鍵を使って最初にやってきた室内と同じように、柔らかな光が波のように揺らめく空間であった。

 けれどもそこと違うのは、そこに、自分たち以外の人物がいたからである。


 長い黒髪。

 すらりと伸びた四肢。


 ウェズンはその女性に見覚えがあった。

 とはいえ、直接会ったとかではない。


 最初にイルミナに魔女の試練だと言われ連れていかれた先で見た、イルミナの母親。

 魔法か魔術かはさておき、イルミナがあの場所でどうにか試練をクリアした後で出てきた母親の姿をした幻影。

 それとまったく同じ姿をした女性が、そこにいた。


「お、お母さ……」


 イルミナの声が震える。


 イルミナが最初の試練とやらをクリアできないまま、気付けばいずこかへと行ってしまった母。

 どこで何をしているのか、だとか、そういった事すら知らないまま年月は過ぎてしまった。

 イルミナの祖母は何も答えてくれず、生きてはいると思いながらも、元気なのかもわからなかった母。


 そんな母の所へ近づこうとして一歩、イルミナが足を動かした矢先――


「まさか、自ら死にに来たとはな。恐れ入る」


 女の口から、どこか侮蔑するような冷ややかな声が漏れる。


「え……?」


 あまりにも冷たいその声に、イルミナの足が止まる。

 すっ、と動かした女の視線が、どう見ても我が子に向けるものではない。


 そこで気付く。


 イルミナの母の目の色は、果たして金色だっただろうか……? と。

 幻影で見た時は確か、イルミナと同じだったはずだ。

 イルミナと同じ、黒い髪に黒い目。

 いや、幻影はもしかしたら色をそこまで細かくできなかったのかもしれない。モノクロ写真のように、出せる色が限られていた可能性は少なからず存在する。

 しかし、とウェズンはその考えを即座に打ち消した。


 その幻影を作ったのは、間違いなくイルミナの母であり、魔女だ。

 ウェズンは未だこの世界における魔女というものがどういった存在なのかハッキリとわかっていないけれど、しかしそれでも魔法の腕前は間違いなく今のウェズン達以上だと思われる存在。


 そんな相手が、自分の幻影を作るにあたって、表現できる色が限られるだなんてあるだろうか?


 そりゃあ、色なんてこだわりだせば馬鹿みたいに種類があるのだ。ウェズンは前世で白と一言でいっても二百種類くらいある、とか聞いて「馬鹿なの?」と危うく芸術方面の方々にケンカを売っていると思われてもおかしくない発言をぽろりとさせてしまったくらいだ。


 ゲーミングカラーみたいな感じにしろとも言わないが、それでも、魔女が己の姿を投影するのであれば、色彩に関してはそこまでケチったりしないだろうと思っている。

 というかだ、白と黒だけしか発色できないとかそっちの方が有り得ないとも思えてくる。


 それに、金色の目というのはイアから聞いたが精霊の血が流れている可能性のとても高いものでもある。

 実際学園にいる精霊のイフやディネ、ついでに学院にいる精霊のリィトの目は確かに言われてみれば金色で。


 精霊と無関係であろうとも、魔力がそれなりに高いとそうなる事もある、とも聞いているだけにモノクロしか幻影ではできません、とはとてもじゃないが思えなかった。


 イルミナの母の姿をした女性が、ひゅっと右手を薙ぎ払うように動かした。


 同時に、甲高い音を立てて床に転がっていた何かが吹っ飛んでいく。

 それらがウェズン達に命中する事はなかったが、ウェズン達の背後へ勢いよくすっ飛んでいった物は、一瞬しか見えていないがウェズンには鎖の欠片に見えた。

 背後で落下したらしき音がするが、しかし振り返って確認しようとは思わなかった。


 なんというか、イルミナの母だと思われる人物から明確な敵意というか、殺気が溢れているのだ。下手に目を逸らしたら、それと同時に自分は無事ではいられないのではないかと思えてならない。


 だからこそ背後を振り返って確認はしなかった。

 それでも、一瞬見えたそれは鎖の破片というか欠片だったと思う。


 ……何故、そんなものがここに?


 その疑問は当然浮かぶ。

 何かに繋いでいた、だとか、何かを封じていた、と考えるべきだろうか。

 では、その何か、とは。

 考えるまでもなく、ウェズン達の目の前にいるこの女性なのではないか……? あえて聞く気はないが、ウェズンはそう思っていた。

 他に鎖を結んだり繋いだり巻いたりするような物がここにあるようには見えなかったし、であるならば彼女が繋がれていたのではないか。そう思うのはそこまでおかしな発想でもないだろう。


「……イルミナの、お母さん、ですよね?」


 とはいえ、では何故、という疑問はどうしたって残る。

 名前は知らない。イルミナはお母さんとしか言わなかったし、ウェズンもわざわざ名前を知ろうとは思わなかった。そもそも名前を聞いたって呼ぶような事などないと思っていたからだ。


 しかし、同時に本当に母親か? という疑問も生じていた。


 あの時見た幻影の母親と、今目の前にいる女性とでは、確かに見た目はほとんど同じだ。目の色という違い以外は完全一致と言ってもいい。

 けれど、あの時幻影がイルミナに向けて告げた言葉だとかを思い返すと、あちらはイルミナの事を少なくとも案じていた。

 母としては魔女などではなく普通の人として生きていってほしい、と言っていた。けれど、その上でそれでもイルミナ本人が魔女として生きていく事を選ぶ事を止めたりはしないとも。

 自分の人生は自分で切り拓けと言ったあの幻影の母は、確かにイルミナを一人の娘として愛していたように見えた。


 できれば苦労はしてほしくない、といった感情が滲んでいたと思う。


 それが魔法で作られた幻影であっても。


 けれどもでは、今目の前にいる彼女はどうだ?


 イルミナに向ける目はどこまでも冷ややかで、とてもじゃないがあの幻影と同じであるとはとてもじゃないが言えやしない。

 いっそ他人の空似と言われた方がまだ納得できる。


 あまりにも底冷えするような冷たい目を向けられて、イルミナは思わずといったように動きを止めてしまったし、このままいきなり戦うなんて事になったら間違いなくイルミナはロクに何かをするでもないうちから倒されてもおかしくはない。

 けれど、もし、似ているだけの別人であるならば。


 イルミナも気を取り直してどうにかできるだろう。


 最悪母親だと言われてしまえば今より状況が悪化することもあるのだが、それでも。


 事態を一つでも進展させない事にはどうしようもない。


 それもあってウェズンは確認するように言葉をあえて区切って強調するように問いかけていた。


「……ふ、あの女ならとっくに死んだ」


 イルミナの母親そっくりな女の口から出た言葉は、ウェズンが想像していたものよりも呆気なく、最悪の展開を突きつけてきた。

 いっそ何らかの事情があって母親本人であった方がまだマシだったかもしれない。


 そう思ったところで、とても今更ではあった。


「え、死ん……うそ」

 イルミナの、呆然とした声。


「嘘なものか」


 女のどこか愉悦に満ちた声。


 多分、イルミナはマトモに使い物にならないだろうな、と判断したのでウェズンはそっとアレスに目配せをした――のだが。


 アレスもまた呆然とした様子で女を見ていた。


 えっ、あれ? この二人って知り合いだったっけ……? とウェズンはそんな事聞いた覚えがないけどなと思いながらも、もう一度女へ視線を戻す。


 現実を簡単に受け入れられないだろう相手と、そもそもどういう状況かを理解していない者。

 このままの状態で戦えとなれば間違いなくウェズン達が不利なのは言うまでもない。

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