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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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喉元過ぎた



 リィトが去った後、レイはというと未だその場にいた。


 相変わらず目を開けられない状態で、怪我だって治っていない。

 治癒魔術を発動させるにしても、魔法にするにしても詠唱しなければならないのだが、ただでさえあまり得意ではない術を、怪我をしたままの状態で意識を集中させて詠唱し発動させなければならないなんて考えただけでも気の遠くなる話である。


 落とした武器の回収もしたいけれど、はて、どこに落としたっけか……なんて思いつつ目を開けようとしたものの痛すぎて開けられない。

 あーこれ相当ヤバい事になってんなー、なんて思いつつも、第三者がここにいればお前口でヤバいって言ってる割に態度はそうでもないよな、なんて言われそうである。


 武器の回収を諦めて帰るにしても、神の楔の位置も実のところあまり把握できていなかった。


 何故なら神の楔は別に存在感を主張しているわけではないので。


 世界各地に存在しているし、ある種の魔導具とみて間違いはないはずだけれど、魔力を蓄えているだとかを肌で感じる程でもない。

 視認できない時点で、どこにあるかを感覚だけで察知しろというには難しかった。


 そういう意味ではリィトの存在感は圧倒的で、目を閉じていてもわかりやすかった。


 ――元々、五感が優れていた。


 幼い頃、それこそまだウィルと出会う以前のもっとずっと小さな頃。

 まだ父と一緒に船に乗る前の、本当に幼少期としか言いようがなかった頃。


 レイは、目を閉じたまま生活していた。


 見えなかったわけではない。

 けれど、目を閉じていた方が色々とわかりやすかったのだ。


 どこに誰がいるのかなんて、音だけですぐにわかった。

 周囲の音の反響具合から、何処に何があるかなんてのもわかっていた。


 その場にいる人間の呼吸音だけではない、瞬きをした時の音や、鼓動の音すらもレイの耳は捉えていた。

 鼓動で済めばまだいい。けれど、下手をすれば体内を流れる血の音すらも聞き取っていたかもしれない。


 聴覚だけが優れていたわけでもない。

 嗅覚も優れていたが故に、何処に誰がいるのかなんて簡単にわかっていた。


 目を閉じて生活しているのに、障害物にぶつかる事もなければまだ声を出す前から誰がいるかすら把握しているこども、というのを周囲は不気味がっていたくらいだ。

 それでなくとも……例えば嘘を吐いた人物のちょっとした動揺、瞬きの回数、不自然に上がる脈、暑くもないのに出た汗、そういったものは聴覚と嗅覚だけでも判別できる。

 目を閉じているのに何もかもを見透かすかのようなレイは、そういう意味では脅威であったのだろう。


 まぁ、海から帰ってきた父が色々と話をして、そうしてそこでレイは目を開ける事にしたのだが。


 それでなくとも視力を自ら塞いでいたせいで、聴覚や嗅覚が余計優れていたというのもある。

 だから、部屋の中でじっとしていてもレイの周囲は騒がしかった。部屋の外から聞こえてくる様々な音や、漂ってくる匂い。


 けれども同時にそれは自分を知らず追い詰めていた。


 寝ていても聞こえてくる物音。

 ごちゃごちゃとした匂い。


 部屋の中にじっとしていても、休まると言えるものでもなかった。


 それもあって、レイの父は目を開けて無駄に鋭くなりすぎていた五感をある意味で正常に戻そうとしたのである。


 目で物を見始めると、脳はそちらに意識を割くようになった。意識して集中すれば目を開けていても聴覚は以前のように働いたかもしれないが、意識しなければ以前ほどでもない。

 嗅覚も、それなりに落ち着いてきた。


 そうでなければ人が大勢いるところでなど、生活するだけでも大変だったというのもあるのだけれど。


 目で見なかった世界と、目で見るようになった世界は同じはずなのに随分と違って見えた。

 知らないままの方が良かった事に気付いてしまったりしていたけれど、人並みに鈍感になれたと思う。


 そうして周囲から異端と思われない程度に、普通の子供としてレイは父の船に乗る事となった。


 馬鹿みたいに優れていた状態の五感は、どれか一つを封じたりすればまた別のどれかがその分鋭さを増したかもしれないけれど、そうでなければ人よりちょっと優れてる程度に落ち着いたのだ。

 レイとしてはそちらの方が良かったと思えなくもない。

 少なくとも、ぐっすりと睡眠がとれるようになったのは大きかった。


 レイ本人も今になって思い返してみれば随分とまぁ不健全な幼少期だったなとすら思っているくらいだ。


 その後は周囲との交流もするようになって、ある意味で人間らしくなったとも言える。

 とはいえ、その後は見事に悪ガキに成長したので父親からすれば頭の痛い話だったかもしれない。



 ともあれ、まさかこんなところで過去のあれこれに助けられるとは思っていなかった。

 リィトが実体を持ったタイプの精霊だったのも今回どうにかなった要因だろう。

 いや……仮に実体がなかったとしても、気配くらいはわかったとは思う。とはいえ、攻撃をするにも物理が通用しなければ勝てなかっただろう。

 視覚が封じられた事で、かつてのように聴覚が働いた結果リィトの居場所は手に取るようにわかったし、動く際の音だってとてもわかりやすかった。無詠唱で術を発動する際だって魔力の揺らぎのようなものすら手に取るようにわかったのだから。

 目を開けたままでは気付けなかったし、ああならなければ負けていたのは自分だったかもしれない。レイはそれを自覚していた。


 リィトは学院の生徒として戦いに参加する事はないとはいえ、しかしまた戦う可能性は普通に存在している。次は今回のようにはいかないだろう。きっともっと確実に警戒してくるに違いない。


 次の事を考えてはいるものの、しかし今は一先ず終わった事だ。ウィルも帰った事だし自分も戻らなければ。


 そう、思いはするものの。


 正直、怪我をした状態なので目を開けて神の楔の位置を一瞬でも確認しないといけないとはわかっている。

 リィトと戦っているうちに、神の楔の位置などほぼ把握していなかった。何せ思っていたより動いたので。

 このままだと帰るに帰れない。

 リングからポーションだとかの飲み薬で回復させるにしても、久々の視界ゼロはどうにもやりにくくて仕方がない。リィトと戦ってる時はそちらにだけ意識を集中させていたのでどうにかなったが、終わったと思った時点で気が抜けたのもあった。


 このままここでこうしているわけにもいかないとわかってはいる。


「あー……めんどくさ」


 けれどもなんというか。

 とても面倒だった。さっきまででやる気は全部使い果たしたと言っても過言ではないくらいに。

 けれども、このままこうしているわけにもいかないというのもわかってはいるのだ。


 気分としては病院に行かなきゃいけないんだけど行く前から待ち時間が長い事がわかりきっている患者のような心境である。


 とはいえ、リィトが撤退してからうだうだしていた時間はそう長いものではない。

 仕方ねぇなどうにかすっか……とようやく重い腰を上げるように動こうとしたレイであったが、しかしそこで動きは止まった。


 気配がする。


 今、何かが現れた。

 魔物、だろうか……なんて思って警戒していたが。


「レイ? 大丈夫か? っておわー!?」

「なんだハイネか」

「なんだハイネか!? お前何その余裕っぷり!? えっ、大惨事じゃないか、うわ……わぁ……いっ……たそぉ……」

「いてぇよ」

「なに平然と言ってのけてるんだよ痛いっていうならもっと痛がれよ!」

「もうそのテンション過ぎ去ったからな……悪いんだけど治癒魔法かけてくれ」

「えぇ……おれが? 正直そこまで得意じゃないっていうか、むしろそんだけの怪我を治せる自信ないぞ……? 応急処置で止血だけにしておいて、学園に戻って教師から治療してもらった方がいいと思う。ほら、保険医の」

「あいつか」

「諦めて。腕は確か」

「まぁそうだけども。……わかった、じゃあとりあえず血だけ止めてくれ。あと、聞きたかないけど制服どうなってる?」

「色が黒だからわかんないけど、確実に血で汚れてると思うよ」

「だよな」

「戻ったら部屋の管理人に洗濯してもらいな」


 やって来たのがハイネだとわかった途端、警戒は吹っ飛んだ。

「……悪い」


 目のあたりに温かな光を感じ、痛みが和らぐ。とはいえまだ完全に治ったとも言い難い。本当に止血だけしたのだろう。


「とりあえず、手ぇ出せ。引いてくから」

 目が見えていないという状況にハイネはまたもや「うわぁ……」と痛々しそうな声を出してレイが出した手をそっと握る。生憎こんな怪我人を介護した覚えがないのでこういう時これが正しい方法かどうかもわからないが、ともあれ学園に戻ればなんとかなるだろうと思い直してハイネは動くぞ、と一言告げてからゆっくりと歩きだした。


 レイが思っていたよりも神の楔からは離れていなかったらしく、それじゃ戻るぞ、というハイネの言葉が聞こえて数秒後には学園に戻っていた。



「いやそれにしてもさ、驚いたよ。中々戻ってこないなー、とは思ってたけどね?

 イアから連絡きてさ」

「イア? なんであいつ」

「そう言われてもな……ただ、大至急レイを迎えに行ってやってくれって。もしかしたら戦闘中かもしれないから、もしそうなら合流したらすぐ撤退しろって」

「…………あ、あぁ、そういう……」


 保険医による治療により傷は見事に完治した。

 てっきり戻ってくるのが遅いから様子を見に来たものばかりと思っていたが、実際は違っていたらしい。


 イアからモノリスフィアで連絡がきた、という部分になんであいつが? と思ったものの、そういえば……と思い直す。


 そういえば、イアはウィルと友人だったのだったか。

 友人になってモノリスフィアで連絡を取り合える仲になっている、という事実にちょっと理解が追い付かなかったが、しかしそれならわからないでもないのだ。


 リィトと戦っていた事実を把握できているのはウィルで、そのウィルが学園側の生徒で話がそれなりに通じる相手――イアに連絡をしてレイの回収を頼んだ。

 とはいえイアはレイとは別のグループだ。既に学園に戻ってきているらしいのだが、そもそもレイがどこに行ったかまでを把握はしていない。

 だが、レイと同じ課題に取り組んでいた相手がハイネであるというのはわかっていたがために、ハイネへと連絡がいったのだろう。



 ちなみにそのイア本人は学園に戻ってきているとはいえ、クイナたち留学生組が死んだ事などの報告をしているので、現在教師に事情説明中である。

 一足先に戻って来たハイネも学園にいたけれど、直接会って話をしていたならばとてもじゃないがレイが戻ってくるまでにはもう少し時間がかかっていただろう。


 ウィルのお節介に助けられた形になったな……なんて思ったが、余計な事をとは思っていない。


 リィトが学院に戻ってウィルに関してあれこれ言うとは思っていないが、もう少ししたらこちらからも連絡を入れておくべきか……と思ったものの、レイ本人からの連絡なんてリィトが知ったらまたややこしくなりそうなので、イア経由で無事であると伝えてもらうか……なんて考えて。


「そういやあいつは? ウェズン」

「え? いや、まだ戻ってきてないって聞いてるけど」

「はぁ? あいつらの課題ってそんなてこずるようなものだったか?」

「どうだろ? 終わらせたついでに周辺の町とかで休憩してから帰ってくる、なんてありそうだし、もしくは……」


 言いながらハイネはちら、とレイへ視線を向けた。


 暗にお前みたいに何かトラブってるんじゃねーの、と言いたげである。

 レイはその視線を意図的に無視した。


 ま、あいつなら大丈夫だろ、そう思う事にする。



 実際、課題は特に問題がなかったが、トラブルに首を突っ込む形になったようなものなので。

 ウェズン達が戻ってくるのはもう少し先の話である。

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