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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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思い出を語るまでもない



 ――課題は順調だった。

 特に難しいと思うような事もなく、普段通りにこなして終わらせる。

 そうして、随分と呆気なく終了したのだ。


 だがしかし、これで後は学園へ帰るだけ、という状況になったところで。


 遭遇してしまったのだ。


「あっ、レイ」

「……ウィルか」


 学院の生徒、となれば本来は警戒するべきなのだろう。

 しかし既に共に行動していた留学生たちは先に神の楔で学園へ戻っただろうし、今しがたハイネも転移した。


 残っていたのはレイだけだ。


 そして、学院側の生徒もまたウィルだけであった。


「単独行動か?」

「うぅん、さっきまでは一緒だったよ。ただ、こっちも課題終わったから後は各自で自由行動。

 ウィルはこの辺お散歩ちゅー」


 実際この辺りは魔物もそう強くなかった。

 だからこそ、ウィルが一人でふらふらしていても危険はないだろう。

 レイだって単独でこの辺りを適当にふらついていたとして、魔物と遭遇したとしてもまぁ苦戦はするまい。

 例えば突然数百もの数の魔物が発生した、とかであれば流石に苦戦するだろうけれど、そういった特殊な事例は考えたところでどうしようもない。


「……元気だった?」

「まぁな。そんなかわんねーよ」


 見上げるウィルに、レイは僅かに苦笑した。


 あの頃の――まだ二人、船にいてお互い友人として毎日のように一緒だった頃を思い出す。

 途中で道は分かたれてしまったけれど、それでも今は敵対している立場であるだなんて思えないくらい穏やかなものだった。

 そうでなければ、もしまだウィルがレイに誤解をもったままであったなら。

 きっとここで間違いなく戦闘になっていただろう。


 けれども今はお互いに戦う理由がない。


 二人に与えられた課題に学園、学院の生徒と遭遇した場合倒せだとかそういう内容は一切含まれていないので。

 この後まだ他にやる事があるなら長々と話もできなかっただろうけれど、レイはもう帰るだけの状態で、それはウィルも同じであった。

 だからこそ、二人はそっと寄り添って当たり障りのなさそうな会話を始める。


 かつての誤解は解けたとはいえ、それでもまだ若干二人の間には距離があった。


 あの後、二人が別れたあの日から今に至るまでに何があったか、を語る事はしなかった。

 多少なりとも知ってはいたけれど、改めてじっくり語り合おうとまではレイもウィルも思っていなかったのだ。

 今更そんな昔の話をするよりも、大事なのは今なのだから。


 お互い距離を探るような会話は、当然の事ながら弾むというものでもない。

 だからこそ、会話は突然途切れたりもした。


「でも、良かった」

「ん? 何がだよ」


 そんな会話が途切れたあたりで、ウィルが小声で言うものだから。

 レイはそれが独り言のようなものだとわかっていながらも問いかけた。


「もし、学園の生徒と遭遇したら戦って倒せっていう内容が含まれてなくて本当に良かった、って思っただけだよ」

「……そう、か」


 誤解が解ける前ならば、望むところだ喧嘩上等くらいの勢いだったかもしれない。

 けれども今はもうウィルにとってレイとは戦う理由もないので。

 どちらかといえば戦いたくないとすら思っている。


 もし、あのままずっと裏切られたのだと思い込んでいたのであれば。

 そのままレイと戦う事になったのであれば、刺し違える覚悟をしてでも戦っただろう。裏切られた自分の傷を癒すためには、裏切った相手の命をもって――そんな気持ちで。

 けれども今はもうそんな風に思ってもいない。思えるはずもなかった。


 あの日、数年ぶりに戻ってきた指輪は濁流の中壊れるまではいかなくとも傷が沢山ついてボロボロだった。

 それでも、ウィルにとっては一等大切な宝物のままだ。


 あんな勘違いをしなければ、きっともっとずっと一緒にいたはずなのに。


 そう思ったところで今更である。


 もし最初からレイと一緒に学園に入学していたら、なんて考えたところでウィルが今いるのは学院なのだから。



 そっと身を寄せるようにしているウィルをレイは何も言わずに見下ろしていた。

 どう足掻いても身長差があるので、レイがしゃがむかウィルがどこか、レイよりも足場が上だとかにいない限りはどうしたって見下ろす形となる。

 だから今ウィルがどんな顔をしているのかレイにはわからない。

 今見えるのはウィルの頭頂部だ。

 なんとなくそのてっぺんを指でずん、と刺してみれば、ウィルは思わずといったようにレイから二歩分距離をとって「なにすんの!?」と叫んで見上げてきた。


「なんか殊勝だったから。学院でヤな事でもあったのかと思って」

「そっ……んな事ないもん! 順調にやってるもん! バカ! レイの馬鹿!」


 お前人が折角久々の邂逅に浸ってる時によぉ、とガラ悪く言うような事はしなかったが、確かにちょっとおとなしすぎたかな、と思い直した。

 あの頃はもっと子供で、でも今みたいに距離を探りあぐねるような仲でもなくて。

 お互いもっと遠慮がなかった。それは子供だったが故に、と言ってしまえばそれまでなのだが。


 誤解は解けた。


 けれど、あの頃と同じように接していいものなのかウィルにはわからなかったのだ。

 一方的に裏切られた気持ちになって、殺してやるだなんて思って、ふくしぅしてやるなんて思って。

 そうしてそれを本人にも宣言して実行しようとしていたのだ。

 そんな事をしておきながら、誤解がなくなったその後で何事もなかったように振舞うのはウィルにとっては難しかったのである。


 対するレイは、あまりそういった事を気にした様子もないようだが。


 でもなぁ、とも思う。

 あんな事までしておいて、今更それを無かったみたいにしてレイと接するのはウィルにとっては違うよなと思うのだ。あの一件が解決したとはいえ、その事実がまるごとなくなったわけじゃない。

 なのにそうなる以前と同じように、あの頃のように接したら、なんていうか……ちょっと図々しくない? とも思うわけで。


 レイならきっとそんな事気にしないのだろう。けれどもウィルは気にするのだ。

 それもこれも全部ひっくるめて、いつか気にせず前みたいに接する事ができたなら……とは思うのだけれど。

 今すぐにそうするのはまだちょっと難しかったのである。


 頭のてっぺんを両手で押さえて、これ以上はつつかれないぞ、とレイを見上げるウィルに口の端を上げてレイは笑った。にこ、とかじゃなくてにや、っていう笑い方で、なんというかとても意地悪な笑みだ。

 けれどもとてもサマになっていた。


 レイってそういうとこあるよね……なんて思いながらも、ウィルはもうちょっとだけ距離を取る事にした。

 じりじりとゆっくり後ずさる。地面を擦るように摺り足で後ろへ移動しているので、移動速度は下手をするとカタツムリ並みだ。

 レイがその気になれば大きく一歩前に移動するだけで距離なんて有って無いようなものになるだろう。


 けれどもレイがウィルを追い詰めるように距離を縮める事はなかった。



「ま、元気そうならそれでいいや。精々死なない程度に頑張れよ」

「あ……」

 ひらりと片手を上げてそう言われて。


 あ、帰っちゃうな、とウィルは途端に親とはぐれた子供みたいな目を向けてしまった。


 もうちょっとだけ一緒にいちゃ駄目なのかな……

 あ、でも、課題が終わってこれから帰るところだった、っていうし、他の皆が先に戻っているなら一人だけいつまでも戻ってこないのは、何かあったかもって思われるかも。

 だから、そろそろ戻らないといけないのはわかる。


 わかってはいるのだけれど。


 折角出会えたのだから、あともうちょっとだけ、一緒にいたいな……なんて思ってしまったのだ。


 縋りつくように手を伸ばして、制服の端っこでも掴めばレイならあとちょっとくらい一緒にいてくれるとは思う。

 思うのだけれど。

 それと同時に、もしその手が届く前に躱されたら、だとか拒絶されたらと思うと自分の腕は途端に石にでもなってしまったみたいに動いてくれなかった。


 以前なら、そんな事なかったのに。

 まだまだ遊び足りなくて、でもそろそろ船に戻らなくちゃってなっても。

 もうちょっと遊びたいって言えばレイも同じように頷いてくれて。

 むしろウィルがそう言うよりも先にレイの方がまだ遊び足りねーからなんて言って、ウィルを連れて駆け回ったのだ。

 遅くに帰ったら勿論レイのお父さんに怒られたりもしたけれど。

 でも、そういう時レイは俺が引っ張りまわしたなんてしれっと言って、ウィルは巻き込まれただけみたいに言って庇うのだ。

 ウィルだって一緒になって遊んだのだから、どちらかが悪いとかじゃないのに。


 自分の方がお姉さんのはずなのに、こういう時はレイの方が年上みたいだった。


 流れる種族の血が異なるが故に、そしてウィルはほぼエルフと言っていいくらいエルフの血が流れているが故に、見た目は昔とほとんど変わらない。

 けれどもレイは。

 たった数年会わないだけで、随分と成長してしまった。


 今じゃレイの方が圧倒的に兄みたいに見えてしまうのだろう。


 置いていかれるのだな……と漠然と思った。思ってしまった。


 行かないで、と言いそうになった。

 だが――


「で? さっきからお前はなんなんだよ」


 その声は出なかった。出す前に封じられた。


 ウィルがいる方向とは別の所を見てレイがそう声をかければ、そこから誰かが現れた。


「……リィト?」


 誰か、なんて言っているがウィルにとってはよく知った人物――いや、精霊である。


「隠れて覗き見とはいい趣味してんな」

 棘しかないレイの言葉にしかしリィトは気まずいだとかそれに近しい感情を持っているわけでもない。普段通りの表情で、睨みつけられているにも関わらずその場に平然と立っていた。


「随分早くに気付かれちゃった。きみ、結構鋭いんだね」

 はは、なんて軽く笑うリィトに、レイの視線はますます剣呑さを帯びる。

 レイは即座にリングから武器を取り出していた。


「おっと? まさかいきなり戦う感じ? いやいいけどさ」


 言いながらリィトもまた武器を手にした。増幅器と呼ばれたあの杖ではない。

 まるで針のような細さを感じさせる突きに特化した剣。


 杖ですらない事にレイの眉間にしわが寄ったが、まぁ別に扱える武器が一種類なんてことはないよな、と早々に思い直しレイは何を言うでもなくそのまま地を蹴りリィトに迫る。


「え、ちょっとレイ!?」


 ほんの一瞬。


 ウィルにとっては何が何だかわからないうちに、レイとリィトの戦いは始まっていた。

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