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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
一章 伏線とかは特に必要としていない

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知らぬ間の締結



 契約書には自分の魔力を流し込んでおけ、そう言われたので確かに言われたとおりウェズンは契約書に己の魔力を流し込んでいた。

 それは他の生徒たちも同様だろう。そうでなければ契約書はあくまでもただの紙。

 契約書に染み込んだ魔力によって、誰が契約するのか、というのを精霊側に知らせるものである。だからこそ、他人の魔力が纏わりついた契約書を手に契約を迫ったとして、仮に契約が成功したとしてもそれは魔力の持ち主本人との契約であって、他者の契約書を片手に迫った相手とは契約が果たされない。


 昨日の時点でテラはそこまで詳しく説明していなかったけれど、それでもちょっと考えればわかる事だ。


 昨日の時点で契約書には魔法陣といくつかのわけのわからない文字――多分古代文字とか精霊言語とかそっち系のやつなんだろうとウェズンは勝手に納得している――が書かれていた。

 白い紙はウェズンの魔力を吸って色を変え、本人に自覚なんてないがそれでも見る者が見ればわかるものなのだろう。

 実際同じく契約書を取り出した他の生徒たちの手元を見れば、紙の色は実に様々であった。


 ただ違うのは、昨日はその契約書になかった文字がウェズンの契約書にはずらずらと並んでいる事くらいで。


 何が書かれているのか、ウェズンにはわからなかった。契約書を取り出して、何か知らんけど変な文字増えてるー!? とウェズンだって驚いたのだ。

 えっ、これもしかしなくても自分で悪戯したって思われたらどうしよう。

 授業態度が最悪ですとかで内申下がったりする!?

 と前世基準の学生のノリで顔に出しこそしなかったが慌てふためいた。

 どうにかしようにも、今から契約書寮に忘れちゃいましたぁ、なんて言い訳が通用するはずもない。大体収納魔術が組み込まれているリングを装着している時点で忘れ物とか、普通に忘れ物する以上にうっかりを晒すだけだ。必要そうな物は大体リングに収納しておけ、というスタンスなのはリングを配布された時点で理解するしかなかった。

 つまりは、教科書を忘れました、だとか筆記用具を忘れました、だとかはたまた運動着を忘れました、という言い訳はほぼ完封されていると言ってもいい。

 服に関しては洗濯した後しまうの忘れて、という言い訳がギリ通用しそうではあるが、契約書はそうもいかない。お前契約書洗濯したの? とか半笑いで言われるのが目に見えていた。


 言い訳や下手な誤魔化しは逆に自分にとってよろしくない、と判断したウェズンは困り果てた様子を多少抑えながらもテラに相談しようと思ったのだ。


 ところがである。


 それを見たテラは、

「なんだもう契約済ませたのか」

 の一言で終了させたのだ。


 えっ、契約できてる?

 なんで??


 わけがわからなくてウェズンは「えっ!?」と素で反応していた。

 自覚があるならともかく、全く身に覚えのない出来事なのだから無理もない。

 何か知らんが自分にとっていい感じに事が運んでたぜラッキー! なんて能天気に思える程楽観的でもなかったのだ。


 自分の実力でやらかしたならともかく、そうじゃないのであればいつそのラッキーが消えるかもわかったものじゃない。そうなればいつか自分の手に負えない出来事に見舞われた時がやって来た時に、打つ手も何もなしに酷い目に遭うかもしれないのだ。

 ウェズンの前世だと思われるおっさんの記憶にも、部下に仕事押し付けて楽をしていた隣の部署の上司、という違う系統のおじさんの姿があったが、事が判明してからのそのおじさんはその立場を追われみるみる会社での居場所をなくし、最終的に落ち武者みたいになっていた。

 そんな記憶がチラチラ主張してきていれば、自分でやったことじゃないこの件をラッキーで済ませられるはずもない。


「あの、契約した覚えがこちらにはこれっぽっちもないのですが」


 だからこそ、どうしてこうなっているのかを知るためにウェズンはさながら上司に報告する部下のように畏まった態度でテラに言ったのだ。


「覚えがない? それだけ契約しておいて? 冗談だろ?」


 そしてテラはウェズンの言葉を素直に信じてはくれなかった。


 テラも正直なところ精霊との契約書に書かれている文字についてはそこまで詳しくはない。かつて一応習った事もあるが、専門分野ではないので。学生時代に自分で契約書を書いて精霊に契約を迫る、という事がなかったわけではないけれど、それだって基本は何となく覚えていたけど細かい部分は図書室で専門書引っ張り出して何度か失敗を重ねてようやっと完成にこぎつけたと言えば、詳しくないという言葉も頷けるだろう。

 今こうしてこの学園で教師をしているけれど、だからといって何でもかんでも完璧に教えられるかと言われればとても微妙なところであった。


「その契約書は基本的な魔法に関してだけの契約なんだが」

「はぁ」


 テラの言葉をわけがわからないとばかりな反応でウェズンは聞いていた。


「そこに書かれた内容はまず必須の魔法に関してだ。確実にこれだけは覚えなければならないという魔法がこの学園には存在している。その一つがその契約書にあるわけだ」

「つまりそれを覚えられなければ」

「そうだな。この先ここで生徒やるのも難しいから、その時は別の学校に行くか、実戦経験だけ積んで冒険者として魔物退治で頑張るかだな」


 そう。この魔法だけは覚えなければならない。逆に言えばその魔法さえ契約して使えるようになれば、多少実力が劣っていようともまだ学園の生徒として存在できる。

 この学園に生徒として迎え入れた者たちではあるけれど、新入生に関してはまずここをクリアしなければならないと言うべき最初の関門でもあった。


 今回入った生徒たちの大半は最初の関門はクラスメイト同士での殴り合いだと思っているかもしれないが、あんなものはちょっとした挨拶程度の小手調べでしかない。


「つまり、その必須魔法を使えるようになった、って事でいいんですか?」

 言いながらもウェズンには実感がなかった。無理もない。契約こそしたとはいえ、実際使ったわけではないのだ。まだ魔法も魔術も使い方などほとんどわかっていないも同然。だというのに「やった!」などと喜べるはずもない。


「まぁそうだな。ついでにお前と契約した奴はご丁寧にも他の魔法に関してもある程度力を貸すって書いてるぞ。……本当に心当たりないのか?」


 専門分野でなくとも、単語を読み取るくらいはテラにもできる。多少文法が間違っていようとも、大まかな意味さえ拾い上げる事ができればそこからどういう内容が書かれているかを推測するくらいはできた。

 そしてそれら文字を読み取れば、最低限の契約どころの話ではなかったのだ。


 将来的に魔王を目指す、という目標こそあったとしても、成長過程は生徒ごとに異なる。

 授業で基礎知識だとか実戦形式で経験を積ませたりはできるけれど、戦闘スタイルだって個人で異なるのは言うまでもない。それに応じて必要となる魔法は異なるし、魔術だけで全てを間に合わせようなんてのは土台無茶な話だ。


 どうしたって途中から自分にとって必要な魔法を修得するための契約書を作る必要が出てくる。これに関してまだテラは生徒たちに伝えていないが。

 だがしかし、ウェズンの手にしている契約書を見る限り、今後必要な魔法に関しても手を貸すと書かれているようなのだ。言い回しが随分と古風めいているものの。


 こんな気前のいい精霊と遭遇したなら、どっかで何かこう、記憶に残ってるだろ、とテラは思うのだがウェズンの反応を見ると本当に精霊と遭遇したのかわからないとばかりに首を傾げたままだった。


「いつ契約したとか自覚がないのか……? 本当に?」

「はぁ。この紙もらった後は寮に戻って、それから特には……あ」

「なんかあったんだな?」

「朝早くに目が覚めたんで、ちょっと散歩しようと思って」

「思ってたよりジジ臭いな」

「そしたらそこで泣いてる人がいて、えっと、半透明の」

「……半透明?」


 ぴく、とテラは片眉が上がるのを自覚しながらも、思わず怪訝な表情を浮かべていた。

 かつて、テラもこの学園の生徒をやっていたが、精霊は基本的に人前に姿を見せないか、それとも完全に人に紛れているかのどちらかだ。そんないかにもな姿で現れるような存在に心当たりはない。


「そいつの外見覚えてるか?」

 特徴がある程度わかれば、こちらでも調べようがある。

 現在この学園に存在している精霊に関しては把握しているが、それでもある日ふらりと他所から流れ着いたりすることがないわけじゃない。もしそういった流れの精霊であるなら、早めに接触してなるべくこの学園でのルールを守ってもらう必要が出てくる。


「えぇっと……女の人、でしたね。制服とは違う、なんかこう、巫女さんって言えばいいのかな、教会とかで働いてそうな感じの。顔は……顔は……あれ?」


 テラの質問に答え始めたウェズンであったが、そこでおもむろに言葉が止まった。


「あれ? どんな顔だったかな……」

 えっ、という声が出そうになってウェズンは思わず片手を口元にあてていた。


 朝の出来事だ。それも今日の。

 そういう意味ではつい先程の話なのに。


 泣いていた。涙と鼻水で顔中くしゃくしゃにしていたのは覚えている。ハンカチを渡した事も。


 けれど、彼女がどんな顔をしていたかがまるで思い出せない。声はかろうじて覚えているけれど、声帯模写ができるわけではないウェズンがテラにこんな声の人です、とは説明できそうにない。


 前世であれば、アニメの〇〇ってキャラの声に近い感じ、とかの説明もできたかもしれない。だがこの世界でそういった説明をしたところで果たして通じるかはさっぱりだった。

 そもそも声だって思い切り特徴があったわけじゃない。あぁ、女の人の声だな、とわかるけれど、それだけだった。


「……もしかしてお前認識阻害の術かけられたかしてないか……?」

「どう、なんでしょう? 何か半透明ってところに目が行ってそれ以外がさっぱりなだけかもしれません」

「それにしたって覚えてなさすぎだろう。髪の色とか目の色とか、そういうのは?」

「……あれ?」

「……お前か、向こうのどっちかに認識を阻害させる術がかかってると考えて間違いじゃなさそうだな……いやいい、一応こっちでも調べてみる。もしまたそいつに遭遇したら誰でもいいから教師に連絡しろ」

「わかりました」


 ウェズンとしては頷く他ない。


 テラの様子からして、何かイレギュラーな事態が起きたというのだけは理解できた。


 契約書を事前に用意していた事から、この学園にはそれなりに精霊が存在しているのはわかる。大体契約をするための儀式部屋なんてものがあるのだから、いないはずがない。

 イアの話では儀式部屋での契約は成功率が低いと言われていたとしてもだ。


 つまり、教師たちは何らかの方法・手段をもって精霊の事を把握しているのだろうな、とはウェズンでも考え付く事だ。

 だが、学園側で把握している精霊の中で、初っ端からこんな風に大盤振る舞いな契約をしてくる精霊はいないのだろう。何かきっかけがあって、その精霊に好かれるような事実があったならわからなくもない。

 仮にあの半透明の女が精霊だったとして、ハンカチ貸したくらいだ。それでテラの言う通りの契約が結ばれたのであれば、釣り合いがとれていないようにしか思えない。


 とりあえず契約は結び終わっているから、もう戻っていいぞ、と言われてしまったのでウェズンは言われるままに教室に戻り――この時点でまだ他に誰も契約を結んでいなかったからか、無人の教室でしばらく時間を潰す事となった。

 精霊との契約はすぐに終わるものでもない。だからこそ、今日の授業はそれだけで他にないという事にウェズンが気付くのは、この一時間後の話である。

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