我ながら他人事
異世界。
正直そういったものは創作の中だけだと思っていたが、いざこうして自分がそこにいると自覚した以上は認める他ない。
というか母親も魔法を平然と使う人だったので受け入れないと目の前の現実から逃避し続ける形となる。
父と母。そして自分。
それが、気付いた時の家族構成だった。
とはいえ父は家を出て仕事で各地を移動していたようなので、当初ウェズンは母子家庭なのだと思っていたが。遠くにいる人物と会話ができる道具――見た目はごっつい台座に乗った水晶玉みたいなやつ――に浮かんだ父を最初母の友人か何かだと思い込んで、元気一杯、
「初めまして、僕ウェズンって言います!」
と挨拶したのは記憶に新しい。
ぶっちゃけると父は泣いた。
そりゃそうだろう。家族のために働いてお金稼いでるってのにその家族、実の息子から汚れなき眼で元気一杯初めましてとか言われたのだ。父という認識すらされていないという事実に、父はその場で頽れて泣いた。
今にして思えばちょっと悪かったかな、と思わなくもない。
だがしかし、今の今まで父親という存在を話題に出される事もなかったから、てっきり離婚か死別だと思っていたのだ。そもそも父親だと言われた相手の顔は、水晶に映っているのを見る限り父親というよりは親戚のお兄さんだよと言われた方がまだしっくりくるくらいには若く見えた。
母も見た目は充分若いので母親である、という認識がなければお姉さんと呼んでいた可能性がとても高い。
ちなみに泣いた原因は実の息子に認識されていなかったのもそうだろうけれど、その後に続いた、
「おじ……お兄さんは誰ですか?」
という質問だろう。
まだ社交辞令も口から出ないだろう幼子から、おじさんと言わず気を使われてお兄さんと呼ばれたとわかる状況。実の息子にいらん気遣い発揮されたとか、ちょっと考えたらそりゃ泣きたくなるのも仕方ない。
父さんにはちょっと悪い事したかな、と思わなくもないが、前世の記憶を思い出してから一年以上何の連絡もなかったのだ。こちとら幼児なんだからそれ考えたら一年は大きいぞ。忘れられても仕方なかろう。
父は各地を巡って何やら調査をしたりするお仕事をしているらしいのだが、そんな父が帰ってくるようになったのはそれから後の事だ。
流石に実の息子に存在を忘れられてたのがショックだったらしく、結構頻繁に帰ってくるようになっていた。できるなら最初からやるべきでは……? ウェズンは幼いながらに怠慢を疑った。
妹が出来たのは、それから数年後の事だった。
イア。
ヘーゼルブラウンの髪とピーコックブルーの目はとても綺麗ではあるけれど、生憎両親とは似ていない。当然だ。血の繋がりはないのだから。
彼女はある日、父に連れられてウェズンと母が暮らしていた家にやってきた。
最初はあまりにもボロボロで、それが人間であるとウェズンが気付くのに少しばかり時間がかかった程だ。
体中至る所に怪我をしていて、そもそも生きているかも疑わしいくらい重傷だった。
汚れを落としてどうにか傷の手当てをして看病をして、ある程度治ってきてからわかったのだが、イアはほとんど何もできない子供であった。
自分の足で歩くのもできなくはないのだが、バランスを取るのが難しいのか数歩も進めばバランスを崩し倒れ、言葉もどうやら理解はできているようだけど、喋るのが中々できない子だった。
聞けば彼女が暮らしていた土地で彼女は酷い扱いを受けていたらしく、見かねたウェズンの父――ウェインが引き取って連れてきたのだ。
突然できた妹という存在に戸惑わなかったと言えば嘘になる。けれども、前世でそういや自分には弟や妹が沢山いたな、と思い出せば別に今更血の繋がっていない妹が一人できたくらい、どうってことないな、と思い直したのだ。
生まれつき身体が不自由なのか何をするにも失敗ばかりだった妹を、とりあえず暇を持て余していたウェズンはあれこれと面倒を見た。生まれつき歩けない、というわけではないようでどちらかと言えば歩き方がわかっていないようだったから、それこそ毎日イアの手を引いて歩く練習をさせたり、文字を教えるついでに喋る練習にも付き合った。
きっと、普通の子と比べれば成長はとても遅かったのかもしれない。
けれどもウェズンの家には娯楽で遊べるような物があまりなかったのもあって、だからこそその分イアに時間を費やせた。
もしゲーム機とかあったらイアに関わった時間の半分くらいはゲームに持っていかれてたかもしれない。
毎日根気強く色々教えてくれたウェズンにイアもまた懐いていた。
聞けば彼女が暮らしていた集落で彼女はそれこそ最初のうちは同年代の子がそれなりに面倒を見てくれていたようなのだが、ロクに動けない身体のせいで遊び相手には向かず、段々と疎まれやがては迫害を受けていたようなのだ。
村というよりももっと小さなコミュニティで、大した娯楽があるでもない土地で子供たちが遊ぶとなれば、大抵は身体を動かすものが主流となる。
しかしイアは歩くのも精一杯。追いかけっこなんて到底できなかったし、ボールを使った遊びも投げてもすぐに地面に落ちるようだったし、ボールを使った投げ合いでは回避もできず当たる一方。
対戦するような遊びだとまずイアは足手まといであった。
だからこそ、疎まれるのは時間の問題であったわけだ。
歩くの遅いから一緒に移動すると時間がかかってイライラする。
こいつトロいから一緒に遊ぶの面倒くさい。
こいつと組むと毎回負けるからヤダ。
どんくさくて見ててホント無理。
子供特有の残酷さで本当のことを言っているだけなのだが、言った本人は事実を言っているだけでイアにとって悪いとはこれっぽっちも思っていなかった。
そもそもマトモに喋れない子だったのだ。それもあって余計に他の子たちは煩わしく思っていた、というのは簡単に想像できた。
その集落で、なんでも架空の神様作って信仰していたらしいが、その生贄にとイアは捧げられたらしい。
他の子に虐げられる前はまだイアの母親も生きていたようだが、彼女の母は身体が弱くイアを生んで数年後には亡くなってしまったようだし、そうなれば親という後ろ盾もない子が生贄に選ばれるのは当然の流れだった。
逃げ出さないように――そもそもろくに走れないのだが――足をへし折り、抵抗しようとした結果かすかに爪が集落の人間をひっかく形となり、それが原因でボコボコに殴られた。
ろくな抵抗もできないイアを散々痛めつけて、その上で、集落の外に生贄として放り出したのだ。
それを見つけて連れ帰ったのがウェズンの父だ。
そんな話を聞かされれば、そりゃあ元いた場所に返してきなさいなどと言えるはずもない。
戻したところで今度こそ殺されるかもしれないのが目に見えている。
ウェズンは別に虐めようと思ったりはしなかったが、流石にそんな話を聞かされれば親切にしてやろうという気持ちにもなる。暇つぶしも兼ねて、というあたり大概だが。
だが、それが結果として良かったのか、イアは家族の中で誰よりもウェズンに懐いたのである。
にぃに、にぃに、とまるで猫の鳴き声のような声をあげてとてとてと後ろをついてくるイアを、ウェズンもまた微笑ましく思っていた。
最初のころは正直イアをまともな人間扱いしていたかもわからない。どちらかといえばあまりにも何もできなさ過ぎて、そういう生き物である、と思っていた節があった。人の形をしているけれど、まだ人としての活動が何もできない自律思考式アンドロイド、とか何かそういう脳内設定でもって接していた気がする。
集落にいた子たちはきっと、同年代の自分と同じ子供であるという認識で接していたのだろう。
同じ人間で、年齢だってそう変わらないのにあまりにも何もできなさすぎる。それが、余計にイライラさせていたのではないだろうか。
例えばイアがまだ生まれて間もない赤ん坊の姿のままであれば、そこまでイライラすることもなかっただろう。むしろ赤ちゃんだから仕方ない、で済んでいたはずだ。
小さな子が自分で着替えるのにうんしょうんしょと悪戦苦闘しながらも着替えて、
「できたよ褒めて!」
と言えば凄いねぇちゃんと着替えられて偉いねぇ、とそりゃあ大人だって褒めるけれど、これが例えば事故や病気などを患ったわけでもない健康な中年といっても差し支えの無い年齢の人間が着替え終わって、
「できたよ褒めて!」
と言ったとしても、何言ってんだお前。で終了するようなものだ。むしろその年になってまだ自力で着替えられなかったのか、とか言われる可能性まである。
集落の子たちにとってイアはそういう感じだったのではあるまいか。
結果として自分たちと同じ人の形をしているけれど、それ以外の何か異質な物、とみなしたのではないか。ウェズンはそう思っている。
ウェズンが幼い頃に過ごしていた場所は、町から少し離れていた。
町はずれ、というよりは町から出てちょっと行った先、くらいの距離なので町はずれとも言い難い。
そんななので、幼い頃のウェズンの世界は母と、父、そして妹だけで構成されていた。
同年代の友達は町へいけばきっとできたかもしれない。けれどその頃には既に前世の記憶をぼんやりとではあるが思い出してしまったので、お子様たちの中に混じって自分も遊ぶ、というのがどうにも想像できなかった。
一応今の自分はまだ子供なのだから、別に何もおかしくはない。けれども大人であった頃の記憶が薄っすらと居座っているせいで、それは何か、とてもおかしなことではないか? と思えてしまったのだ。
あと微妙に言い表せない居た堪れなさだとか、恥ずかしさのようなものもあった。
よーしおじちゃんが遊んでやろうな! と正月に親類が集まった時に子供たちの世話をするのとは違うのだ。
それもあって友達、と呼べるような存在はウェズンにはいなかった。
特にお友達が欲しいと思う事もなかった。そもそもイアの育児で忙しい。
ある意味脳内で育成ゲームをやっている感覚であった。
あれもやだこれもやだ、とイアが反対する事なくウェズンの言う事に従うのもそれに拍車をかけたのかもしれない。
どちらにしろ、父や母から簡単な勉強を教わって、イアと一緒に身体を動かし遊びまわり、時として家の中の手伝いをする。
そんな毎日を過ごしていたわけだ。
そんな特に大きな変化があるでもなかったはずの日常は、しかしある日イアの言葉で崩壊することになったのである。