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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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強者の余裕



 例えばクイナが苦戦したとして、ワイアットは手助けなどするつもりはなかった。

 あくまでも彼女が学院に転入するために必要な事で、ここで苦戦して誰かの助けを求めるようであれば、転入など考えるものではない。

 誰かの助けを、といっても求める先は決まっている。ワイアットだ。


 もしワイアットが助けを求められたとして、その場合はこの場の全員殺してクイナも殺すつもりだった。

 ただ守ってほしいだけのお姫様思考の相手なんて面倒な事、ワイアットはするつもりがないので。


 そもそもクイナの事を助けたのだって、たまたまだった。

 面白そうだったから、適当に愛想良く振舞っていただけに過ぎない。

 自分の容姿がそれなりに整っている事はとっくに自覚済みで、それ故に、ちょっと物腰柔らかく接すれば大抵の女性は自分の事を王子様か何かだと勘違いしてくれる。


 クイナだってそうだ。


 自分が危機的状況に陥って、そこをたまたまワイアットが助けた。

 それだけで、自分を騎士か何かのように思いこんだに過ぎない。


 命の危機でもあった状況で、颯爽と現れて救ったのだ。

 そう思っても仕方のない事かもしれないが、それにしたって単純が過ぎる。


 クイナが自分に恋をしただろう事は、簡単に把握できた。

 むしろあれで気付かない方がどうかしている。今までだって似たような事がなかったわけでもないのだ。

 けれどもあえてワイアットはそれに気づかない振りをして、どうにか自分と接点を作ろうとしていたクイナにモノリスフィアの連絡先を教えた。

 定期的に連絡がきて、正直そこは鬱陶しいと思う事もあったけれど別に四六時中というわけでもない。

 まぁ、暇潰しだ、なんて言い聞かせてクイナの話に耳を傾けた。

 内容なんてほとんど覚えていない。もしかしたらクイナにとっては大事な話だったかもしれないが、ワイアットからすれば聞き流したところで何も困らない内容だった。

 ただ、優しく否定しないで話を聞いているように思わせておけば勝手にクイナがのぼせ上って、どんどん勝手にのめり込んでいくだけ。

 たまにアドバイスっぽいものを求められたりもしたけれど、そこら辺は適当に無難な返答をしておいた。


 クイナのお悩みなどワイアットからすれば何故そんな事で悩むのかわからない、といったものだったのだ。


 うわ面倒くさいな、なんて内心で思っていたけれど、それを一切表に出さず周囲の連中が話していた内容だとかを思い返して、それっぽい返答をしたにすぎない。


 そうしてどうやら学園に留学していたクイナは、実力を認められて学園に正式な生徒として残る事を打診されたらしい。

 へぇ、その程度には成長したんだ。ちょっと前なんてあの程度の雑魚い魔物に苦戦してたくせに。


 正式に生徒になったとして、すぐに死にそうだな、なんて思った。

 ワイアットが手を下さなくとも死ぬ要因はたっぷりとある。

 そのうちのどれかに引っかかって、呆気なく死ぬんだろうな。なんて思ったのだ。


 けれども学園の生徒になる事にどこか躊躇った様子を見せたクイナに。


 彼女の思いを聞かされた事で、ワイアットはそれなら学院に来る方法があるよ、なんて言えば。

 クイナは一瞬で食いついた。


 強くなって自分と戦う事を望むのではなく、自分と共に戦いたい。

 なんて言われても正直ワイアットからすれば「ふーん」としか言いようがない。

 そういう事を言ってきた相手は今までたくさんいたので、今更だった。

 なんだまたか、くらいにしか思わない。


 クイナにとってワイアットは特別な人かもしれなかったが、ワイアットからすればクイナはそこら辺にいる有象無象でしかなかったのだ。


 まぁ、でも。


 彼女が事に及んだなら、それはそれで面白そうだなと思ったのは確かで。

 彼女が正式に学園の生徒になるための課題とでも言うべきか、他のクラスの連中からすれば進級試験でもある課題の行先をクイナから聞き出して、こうして様子を見に来たのである。

 学院でも勿論この日、課題がないわけではない。

 学園と学院は大体同じようなスケジュールで課題が行われている。

 本来ならば、ワイアットは自分の課題をやらねばならないのでクイナの様子を見にくるなんて余裕あるはずがない……はずなのだが。

 ワイアットは単独でサクッと与えられた課題を済ませてしまったので、こうして悠々と余裕をもってやって来た。


 クイナの他に見知った相手がいた事で、退屈だけはしないなと思ったのだ。

 とはいえ、ルシアは自分が大切にしていた身内同然の相手がとっくに死んだ事すら気付いていないようで、その考えの浅さに結局ワイアットは退屈な思いをする羽目になったのだが。


 殺意に塗れてギラギラした目を向けてくるあの一瞬だけは楽しかったけれど、しかし所詮ルシアだったので。

 ワイアットは結局傷一つつく事すらなかったのである。



 もし、今となってはもしもの話になってしまうけれど。


 もしクイナがこの場で全員殺して学院にやってきたとして。

 そうしたら次に待っていたのは間違いなく周囲の生徒が敵に回るという惨状である。


 クイナからやってくるモノリスフィアを用いての連絡は、普段は自室で相手をしていたけれどたまに外で話をする事もあった。

 その時にワイアットはあえて大切な人とやりとりをしているように見せていたのだ。


 自分が学院でどう思われているかなんてわかりきっている。


 学院に入って早々色々とやらかした自覚はあるので。


 だからこそ『あの』ワイアットが……なんて言われていたのも知っていた。

 ワイアットの大切な人が学院にやって来た、となれば。


 まぁ普通に狙われるだろうな、とワイアットは思っている。


 直接自分に手を出せない相手が、それでもどうにかワイアットに痛手を負わせてやろうと考えたなら。

 間違いなく近しい人物を狙う。

 それは例えるならば母親の目の前で子を殺すような。最愛の人物を目の前で無残に痛めつければ守れなかった己が非力さと相まって精神的なダメージは計り知れない。

 直接本人に手を出せないのであれば、相手の大切にしているであろう人物を痛めつける、または殺害するというのはそういう意味ではとても有効だ。


 ま、相手にもよるのだが。

 下手な事をして虎の尾を踏む結果になる事も普通にある。

 けれども仮にクイナが害されたとして、ワイアットには何の痛手もない。

 むしろそうなった場合、どれくらいで潰れるか予想してみる程度にはどうでもよかった。


 それでも潰れず最後までついてこれるようであるならば。


 その時は、きっとワイアットもクイナの事を多少なりとも認めただろう。


(ま、所詮それは仮定の話になっちゃったけどね)


 転がった首を見下ろして、かすかに笑う。

 あんな一瞬で首が飛ぶとは思わなかった。クイナ本人もきっと何が起きたか理解なんてできなかっただろう。死んだことすら気付いていないのではないか。


 ある意味で、ここで死ねたのは彼女にとっても良かったのかもしれない。

 学院に来たところで、ワイアットの暇潰しとして使い潰されるだけだっただろうし。


 クイナ本人はそんな事になるだなんてこれっぽっちも想像していなかっただろう。

 知っていたなら果たして学院に行く事を決めたかどうか……



 ともあれ、クイナは死んだ。

 疑いようもないくらいしっかりハッキリと死んでいる。


 殺した本人はといえば、呆然としているだとかそんな事はなく、ただ静かにクイナを見下ろしていた。


 この中の誰よりも小柄で、小回りききそうだなとは思えども強いとはとてもじゃないが思えなかった少女は、ゆっくりとワイアットを見据える。

 眉間にしわが寄っているのを見て、あぁ、この子一応僕との実力差は理解してるんだな、と感心した。


 手に装着しているのが武器なのはわかっていた。そこから糸が出るとは思っていなかった。

 中々に面白い武器だとは思う。ただ、武器、とするには殺傷力が足りない気しかしないが。


 糸をもっと太くして鞭のように使えば、もうちょっと武器らしい武器になるんじゃないか、とは思う。

 ただ、魔力を使用して糸を出しているようなので太くするだとか強度を上げるだとか、思ったより簡単にできないのかもしれない。


 クイナも攻撃が単調になっていたが、それはきっとその武器も原因だった。どう見ても大したことがなさそうなのだ。これならわざわざ魔術だとかを合わせずとも普通に対処できてしまうのではないか、と思える。

 そこを考えた上でクイナと戦っていたのであれば、思ったより頭が回るタイプかもしれない。



「あぁ、そんな警戒しなくても。君たちを殺さなきゃいけなかった人物は死んだ。

 だからさ、そんな警戒する必要はどこにもないんだ」

「嘘」


 即座に否定されて、ワイアットは「おや?」と小さな声が知らず漏れていた。


「クイナは学院に行くつもりで、あたしたちを殺そうとした。というか多分殺さないといけなかった。

 でも、だったら貴方がサーティスを殺す必要はなかったはずだし、ルシアを傷つける必要もなかった」


 確かにその通りだ。


 ふふ、と思わず笑みがこぼれる。


 本当だったら、別にクイナが学園の生徒を殺すのは今日じゃなくてもよかった。

 もっと後でもまだ大丈夫だったのだ。進級ギリギリを狙って実行する――モノリスフィアで学院へ転入する方法を教えた時の予定では、そのつもりだった。

 けれども、進級試験を兼ねた課題があるとクイナが連絡をとってきたので。

 とりあえず今回は様子見でいいかな、とも思っていたのだ。そうしていけそうなら行動に移る。

 計画と呼ぶにはあまりにもざっくりしすぎているが、綿密な計画は立てた所で不測の事態が発生したらクイナは間違いなくそれに対処できなくなるのが目に見えていた。


 一応様子を見に来たワイアットではあるが、この建物の中で遭遇できない可能性も勿論考えてはいたのだ。

 ここに来るまでにいくつかの分かれ道があった。クイナからは、課題内容を聞いてはいたけれどどれくらいの時間帯にどこにいるか、なんていう話はできるはずもない。


 そもそも種を回収してそれをあちこちに蒔いて、そうして魔法薬の材料として一緒に回収した植物を持ち運びここで魔法薬を作る。

 大まかな予定は想像したかもしれないが、正確にそれらを実行して時間通りに行動できるか、となれば恐らくは無理だったはずだ。


 ワイアットも行けたら行くとしか言わなかった。自分にも学院で出された課題があったので。


 なので、本当に今日実行したのはここでクイナと遭遇できて、ついでにワイアットが聞けばクイナがやる気満々である様子を見せたからだ。


 ワイアットがサーティスを殺したのは、お手本くらいの軽いノリだった。


 それでもまだ四名残っていたのだ。その中の一人、ルシアもワイアットが攻撃したわけだけど。


 だが、それでも残りは三名。早々に一人殺す事に成功したクイナは、これでもう引き返す事などできなくなった。ルシアの体内から発生した瘴気によって、どうやら瘴気耐性が低かったらしいもう一人が倒れて。

 どこからどう見ても、後はクイナがとどめを刺すだけだった。


 弱ってロクに身動きとれなくなった相手を仕留めるなんて、そもそも失敗する方が難しい。


 そう思っていたのに、しかしクイナは死んでしまった。



 予想外だったのだ。

 だから、少しくらい遊んでいこうかなと思った。


 少しは楽しめるんじゃないか、そう思うのは当然の事で。


 けれども、肝心の相手は警戒を緩める様子もなくこちらを見据えている。

 警戒してもしてなくても、結果は変わらないだろうに。

 彼女は間違いなくこちらと戦う事を想定している。

 それ故に、強く警戒したままだ。


 どうすれば勝てるか――勝てないにしてもこの場をどう切り抜けるか。

 それを必死に考えているのだろう。


(さて、どう出る? このままやぶれかぶれで突っ込んで玉砕する? それとも二人を見捨てて一人で逃げる? それとも……あぁ、命乞いとかするだろうか)


 戦う姿勢を見せようとも、逃げようとしたとしても、命乞いをしてきたとしても。


 ワイアットは見逃してやるつもりなんてこれっぽっちもなかった。


 強いか弱いかはどうでもいい。

 相手の実力がどうであれ、どちらにしろ結果は変わらないのだから。


 ワイアットは自分の有利を信じて疑っていなかったし、イアがどう動いたとしても確実に対処できると判断していた。だからこそ、余裕を崩さず微笑みさえ浮かべていたのである。

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