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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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決別



 学園に留学できる程度には実力がある、と言われてもそれを凄いと思うのは学院や学園以外の学校の生徒であって、イアからすればそこは別に凄いと言う程のものではない。

 とっくにイアは学園の生徒なのだから。


 ただ、過去の集落でのあれこれのせいで、若干、ほんの少し、ちょっぴり、クイナの方が格上……みたいな認識がイアの中にあるのは否定できない。

 とはいえそれは確かに過去の出来事であって、今は違うはずだ。


 自分だけ糸を解除した事で、勿論狙いは自分に向けられる。

 そうでなくとも、イアを倒せばルシアとヴァンを覆うようにしている糸も解除できると思われている事だろう。

 まぁ、自分が倒れても当分の間糸はそのままにしておく事もできるのだけれど、維持し続けるのは難しいので壊しやすくなるのは確かだ。そうでなくともワイアットがその気になれば簡単に破壊されるだろう。


 太めの糸を勢いよく薙ぎ払うようにしてクイナへと向ける。

 ギン! と甲高い音がしてクイナの武器が糸を弾いた。


 おっと、この程度の強度じゃまだ向こうのが強いのか……と思いながら、イアはもうちょっと糸の強度を上げていく。

 魔力を使えばその分強化できるのだけれど、最初から全力でやると消耗も激しくなるのは言うまでもない。

 そうでなくともこの後、ワイアットがどう動くかもわからない。もし戦う事になれば、余力がなければマズイなんてものじゃないし、勝ち目が低かろうとも最低限の余力は残しておきたいというのが本音である。


 クイナに関しては、まぁ、それなりに強いんじゃないかなぁ……? という程度だ。

 学園や学院以外の、神前試合で選ばれる事のない学校の中でならかなり凄いと言われるかもしれないが、学園の中でなら割と普通。イアから見たクイナはそれくらいの実力であった。

 勿論、留学生としてやってきてから今に至るまでの期間でそこまでになった、となれば短期間で大分強くなったとは思う。

 思うのだけれど……いかんせんイアの周囲にはもっと凄いのがいるとわかっているので、クイナを脅威だとは認識できなかった。


 じわじわと糸の強度を強くしていって、クイナの攻撃を受け流す。

 サーティスやソーニャはほぼ不意打ちで仕留めたようなものなのであっけなく片が付いたが、イアはそうではない。不意も何もあったものではないのだ。

 それもあって真正面からやりあう事となる。

 クイナとしては楽勝だとでも思ったのかも知れない。

 かつての集落にいた何もできないニナとよく似た奴――いやまぁ、同一人物なのだけれど――きっと実力だって大したことはないのだろう、とでも思っていたのかもしれない。

 実際この課題の時だって、魔物が出てもイアは率先して魔物に向かっていったりはしていなかった。

 サーティスやソーニャが率先していったので、イアやヴァン、ルシアは援護に回っていた。それもあって、クイナはきっとこちらの実力など大したことはないと思っただろう。


 瘴気の低いところでなら、ヴァンに手も足も出ないで負けただろうけれど。

 ワイアットが何やらルシアの大切な人を害した、なんて知らないままで不意打ちもされていなければ、きっとルシアだってクイナに負けるような事はなかっただろう。


 不意打ちさえなければサーティスやソーニャも、もしかしなくてもクイナには負けなかったのではないか? とイアは思っている。


 とりあえずクイナの攻撃を弾いたり受け流したりしながら、さてどうしたものかなと考える。


 ここでクイナを倒したとして、彼女がやった事がなくなるわけでもない。

 同じ留学生仲間を手にかけたのだ。学園に連れ帰ったとして、果たして仲間殺しをそのまま学園においておけるものなのかはわからない。

 それ以前に、クイナが反省して、とかであればまだしも、クイナはきっと反省しないだろう。

 彼女の目的は学院に行き、ワイアットの仲間としてやっていく事のようであるし。


 どこで知り合ったんだろう、とかそういう疑問は既にどうでも良かった。

 そんな部分を今更考えたところでクイナとワイアットは知りあってしまっているし、クイナはワイアットに心酔しているようなので。

 心酔……だよね? とイアは自分の中で考えを纏めるように確認するも、声に出してはいないので正解はわからない。

 妄信、かもしれない。

 まぁどちらでもいいだろう。


 重要なのはクイナはもう学園の生徒としてやっていくつもりはこれっぽっちもないという事だ。


 ここでクイナがイアたち全員を殺して、学院へ行くような事になったとして。

 正直クイナが学園側にとって脅威になるかは微妙な気がしている。ワイアットは今の時点で充分脅威だけれど、クイナはどうだろう?

 ワイアットのそばにいたいという願望のために強くなるにしても、なんというかそこまで脅威になるだろうか? という疑問が大きい。


 かといって生きている間はきっと学園の生徒を殺して手土産にでもして学院に行くつもりであるようだし、であるならばクイナはここで倒すというか殺すしかないのだろう。


 もし学園から追放されるような事になったとしても、改めて学院に入学できればクイナの目的は達成されるわけで。

 もしそうなったとして。


 それは、なんていうか。


 サーティスやソーニャの事を思うとどうかなと思ってしまうわけだ。


 糸を一本、クイナに気付かれないようにそっと出す。

 それでモノリスフィアに文字を打ち込んだ。


 自分の手でポチポチ入力していたら、きっとクイナは随分余裕じゃないとでも言ってブチ切れそうだなと思ったので。

 彼女に気付かれないようこっそりと文字を入力して送信する。

 返信は見る余裕がないので後回しだ。


 ……というか、果たして無事送信できたかも疑わしい。

 何せ今ここは瘴気濃度が上昇しているので。

 そうでなくともオルディア高地は他と比べればちょっと高めだったのだ。


 まぁ、送れていなければそれはそれで仕方がない。


『クイナ、裏切り。敵対。処分』


 それだけ打ち込んだけれど、どのみち学園に戻れたらもっと詳しく事情を説明しないといけないだろう。


 クイナはここで仕留める。


 既に彼女は手を下したのだから、自分がそうなったとしても文句は言えない。

 サーティスとソーニャとは出会ったばかりで、そんな二人のために、とは言わない。


 けれどもここでクイナのために死んでやる義理などどこにもないのだ。


 ギンッ! と何度目かの甲高い音がして糸がクイナの武器とぶつかり合う。


「あーも、鬱陶しい……!」


 苛立ったようなクイナの声。


(もし、ここがかつての集落で。あたしがまだ何もできなかった頃のニナだったら)

 きっと今の舌打ちと一緒に吐き捨てられた言葉に怯えていたのかもしれない。

 けれども思った以上にイアの心は凪いでいた。

 いや、むしろこの先の事を考えると落ち着いていられないのだが、しかし目の前の現状だけを見るならば落ち着いて対処できる。


 クイナはきっとイアなんて簡単に殺せると思ったのだろう。

 けれども、今もまだイアは生きている。それどころか致命傷になるような怪我もしていない。

 魔術や魔法を使わないのは、下手に失敗してこの場所をこれ以上瘴気で汚染させないためだろうか。

 もしかしたら、クイナが魔術を発動させるタイミングでワイアットを巻き込むような動き方をイアがするとでも思っているのかもしれない。

 ワイアットならそれくらい何とでもしそうだけれど、しかしそれでもクイナは巻き込むような事をするつもりはないのだろう。


 シンプルに、いっそ原始的とも言える手段で。

 イアを殺そうとしている。


 イアとしてはそんなクイナを裏切って魔術を使ったって良かったのだが、いかんせん既にヴァンとルシアに魔法を使っている状態なのであまり消耗したくはない。クイナがそこまでわかっているかは不明だ。


 だが――


 最初から数えていたわけではない。

 イアが太めに、それでいてじわじわと強度を増して出した糸は、もう何度もクイナの武器を弾いていた。

 弾き飛ばすまでいかないのは、下手に武器を手放した場合クイナが自棄になって魔術を放つ可能性を上げないためだ。

 思った以上に事が進まずイライラしているクイナの攻撃は、きっと無意識だろう。

 イアがわかりやすいなと思う程単調になっていた。


 なので、まぁ。



「っえ……?」


 隙を突くのは簡単だった。

 隙、と言っていいかはわからない。

 ただ、糸の強度を一気に上げただけだ。

 それだけで、クイナが持っていた武器の強度を簡単に上回った糸は、クイナの手にしていた武器をすぱっと両断し、そのついでにクイナの首を刎ねたに過ぎない。


 ぽん、と軽やかにクイナの首が宙を舞う。


 切られた部分から血が飛び散る。


 胴体が制御を失ったようにその場に倒れ、舞った首が落ちた。



「へぇ……?」


 クイナが死ぬ瞬間まで、ワイアットは何もしなかった。

 壁に背を預け見ていただけだ。

 彼女が危機に陥ったとして、果たしてそこで助けに動いたかはわからない。

 けれども、明確な危機に陥ったわけでもなくあまりにも呆気なくついてしまった決着に。


 感心したような声を上げるだけだった。

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[一言] 勇者サイドと魔王サイドの発生イベントが逆、定期
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