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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
五章 敵だらけのこの世界で

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明かされたもの



 学院側の生徒と遭遇。

 これだけなら、戦うかどうかは微妙なところだ。

 向こうが戦うつもりであれば戦闘は避けられないし、逆に向こうが戦うつもりがなくともこちらにその意思があれば戦闘は開始される。


 イアたちは戦うつもりは特になかった。

 だがしかし、現れたのがワイアットで、そして彼についてはほんの少しとはいえ知っている。

 学園に強襲仕掛けてきた日にもどうやら彼は参加していたようだし、交流会ではむしろその存在を大いにこちら側に刻み付けるような戦いぶりを見せてきた。


 ワイアットに関して、全く知らないという生徒は学園では恐らく今はもういないのではないだろうか。

 ……留学生組を除いては、という言葉がつくが。


 何が何だかわからなかった。


 いや、わかっている。目の前で起きた出来事はわかってはいるのだ。

 ただ、理解が追い付かないだけで。


 イアはとにかく糸を出して自分の周囲に纏わせた。クイナ一人だけならともかく、ワイアット相手にこちらから攻撃を仕掛けたところで通用するとは思えない。

 大体、サーティスを攻撃した時だってほとんどその動きは見えなかった。


 ゆったりと、それこそ町の中を歩くようなのんびりとした動きに見えたのに、けれど気付いた時にはサーティスは致命傷を負って倒れている。攻撃が速すぎてイアには目視できなかった。

 あっ、攻撃されるな、なんて思っていたら多分その頃にはもう攻撃された後だろう。

 そう判断したからこそ、イアは守りに徹する事にした。攻撃に転じたとして自分の攻撃が命中してくれる気がしない。


 とはいえ、ワイアットは率先して攻撃に出るという感じもしなかった。

 何故だかやる気に満ちたクイナがイアに襲い掛かろうとして――しかし糸に阻まれ目標をヴァンへと変更する。すっごい舌打ちがクイナから出て、イアは思わずビクッとしてしまった。


 集落に居た時はあんなガラ悪くなかったんだけどな……

 まぁ、あんな舌打ち出そうと思うまで当時の自分が抵抗できなかったからって言われるとそれまでかもしれない。


 繭のように自分を包みかけた状態の糸には自分の魔力が込められていて、それなりに強度がある。

 ただの糸だと思って攻撃したクイナが思ったより攻撃が通らず他にターゲットを移すのも当然と言えた。

 イアの事は後回しでもいい、と判断したというのもあるのだろう。


 ヴァンはといえば、襲ってきたクイナの攻撃を武器で受け止めたところだった。イアはどうしていきなりこんな事に……!? という混乱が抜けきらなかったけれど、ヴァンはどこか冷静に――まるでこういった事態に慣れているかのように落ち着き払っていた。

 もしそうでなければクイナの一撃を食らっていた可能性はある。


 ギンッ、という金属同士のぶつかり合う音が響く。


 遊びや冗談、揶揄い、悪ふざけ、そんなものでは決して済まない勢いの攻撃をクイナは何度もヴァンへと向けていた。

 完全に糸で自分を包んだわけではないので、まだ向こう側の様子は見える。

 今はクイナが攻撃を仕掛け続けているけれど、様子を見る限りヴァンなら大丈夫だろう。

 ワイアットが仕掛けてこない限りは。


 ちら、と視線をワイアットに向ける。

 彼は腕を組むようにして、完全に見物するつもりのようだった。

 その足元で倒れているサーティスとソーニャにはもう目も向ける様子がない。


 助けなければ、とは思う。

 思うのだがしかしそうなるとワイアットに近づかなければならない。けれども自分から相手の間合いに入るような真似、とてもじゃないができそうになかった。

 相手の実力がもっと自分で対処できるくらいのものであったなら、危険だろうとも勢いに任せて突撃しただろう。

 けれどもそれをやれば間違いなく切り伏せられる。正確に、ずれもなく致命傷を負う事だろう。



「お前……何しに」

「え? あぁ、そうだな。狩り、かなぁ……? そんなつもりはなかったけれど」


 ルシアがワイアットに向けて話しかけたのは、イアからすれば意外な事であった。

 クイナは今ヴァンに攻撃を仕掛けていて、ヴァンもまたそちらの相手をしている状態で。

 イアは咄嗟に守りを固めたけれど、魔術だとかで援護ができないわけではない。しかし今下手に魔法や魔術を使うとクイナだけではなくヴァンまで巻き込んでしまう。

 かといってワイアットに攻撃を仕掛けるのも無謀だと思っていた。

 魔術であれ仕掛けた時点で開戦の合図とばかりに攻撃がこちらに集中したら、恐らくすぐに守りは突破されてイアも倒れている二人の仲間入りを果たすだろう。


 だからこそ、ルシアも同じようにワイアットの動きに警戒だけして何かを仕掛ける事はないだろう……と思っていたのだ。下手に話しかけて注意を引くのもいい手とは言えない。かといって注意を向けないというわけにもいかず、警戒してワイアットの様子を窺うだけだろうと思っていたのだが。


「本当はもう少し先を想定していたのだけれども。まぁ、これはこれで丁度いいタイミングだよね」

「何を言って」

「何、って。わかっているんだろ?」


 なんでそんな事を聞くんだろう、とでも言いたげにワイアットはかすかに首を傾げた。

 その言葉をどう受け取ったのか、ルシアがたじろぐ。


 思わず、といった様子でルシアの足が一歩、後ろへ下がろうとして。


 一瞬だった。


「ルシア!?」


 イアが「あ、マズい」と思った時には、もう手遅れだった。


 ルシアの目の前にワイアットが移動していて、そうしてルシアの身体から何かが突き出ている。


 何か。

 言うまでもない、ワイアットが手にしていた細身の剣だ。それが、ルシアの身体を貫いているのだ。


 ただ、先程のサーティスやソーニャと異なるべき点は、二人は心臓に限りなく近い位置や肺を傷つけただろうけれど、ルシアが貫かれた箇所はそこではない。もう少し下の腹部であった。

 一撃で致命傷となるような部分ではない。

 即死ではない事にイアはかすかに息を吐いたが、しかし何も安心できるはずもなく。


「く、ぐ……」

 けふ、と軽く咳き込みかけて、ルシアの口の端から血が流れる。

 それだけではなかった。


「う……っ」


 離れていた場所でクイナと応戦していたヴァンの身体が頽れる。

 ずっ、という音がしてワイアットの武器がルシアから引き抜かれた。


「あれ? もしかして安心してた? まさかこんな所で殺されるはずがないって」

「お前……っ」

「駄目だな油断は。確かに適切に殺さないとお前には価値すらないわけだけど、でも、その価値を知らない相手だって世の中にはたくさんいるんだ。こうなる可能性は常に付きまとっていただろう?」


「……知り合い、なんですか?」


 ワイアットに問いかけたのはクイナだった。


 攻撃を仕掛けていた相手が突然倒れたのだ。トドメを刺せば終わるとわかっていながらも、しかし演技でもなんでもなくロクに動けない状態になっている相手だ。トドメは後でもいいと判断したのだろう。

 攻撃の手を止めて声をかけてきたクイナに、ワイアットは「同郷なんだ」とだけ告げる。


「彼の一族は少し特殊でね。ちゃんとした手順に則って殺せば浄化機と同じように周囲を浄化してくれるけれど、そうじゃない場合は周囲に瘴気をまき散らす。普段は下手に怪我なんてさせられないから、周囲はそれはもうちやほや扱うわけだ。それこそ、お姫様みたいにね」


 殺せば周囲の瘴気を浄化する。

 その言葉の意味を理解するまでに、果たしてイアはどれくらいの時間をかけてしまっただろうか。実際にはほんの数秒だとは思う。けれども、怪我をしたり正しくない手順で死んだ場合瘴気をまき散らす、という点で。


「まるで魔物じゃない……」


 声は、イアではなくクイナのものだった。


 そうだ。

 言われてみればそうかもしれない。

 魔物は倒せば取り込んだ瘴気を浄化させる。


 けれども、別に魔物が瘴気を生み出してまき散らしているわけではない……はずだ。

 中にはそういった種もあるのかもしれない。

 しかし魔物についてはほとんどが未知。

 とはいえ、正しくない方法で殺した場合瘴気が周囲にあふれ出す、と言われてしまえば下手な魔物よりも性質が悪いように思えた。


「魔物だって。言い得て妙だね。ね、お姫様?」

「誰が、姫だ……その呼び方で呼ぶなって、前にも言っただろう……!」


 ぎっ、と目だけで射殺せそうな殺意の混じった視線。

 けれどもそれを向けられたワイアットは、これっぽっちも動じていなかった。

 ワイアットの武器が貫いた腹部を手で押さえながら、ルシアはどうにか傷を少しでも塞ごうと試みる。

 しかし痛みでマトモに集中できない。魔術は……駄目だ、間違いなく失敗する。そうなれば更に瘴気が出るだろう。

 しかし魔法もまた発動できる気がしなかった。


 突然周囲の瘴気濃度が上昇したことで、ヴァンも体調の変化についていけず倒れているが、かろうじてまだ意識はあった。相手に気付かれずにリングから浄化アイテムを取り出して使う事ができれば。

 そうすれば不意をついてクイナくらいは倒せる、とは思う。

 けれどワイアットをどうするか。クイナを倒したところで正直事態は何も解決しないと思える。

 イアはヴァンが瘴気耐性が低い事を知っているので、こうなってしまった以上こちらに何かアクションを起こそうとはしないはずだ。まず、目先の問題を片付けなければならない。


 そう思ったヴァンはひとまずアイテムを取り出すのではなく、浄化薬を取り出した。そしてそれを口に含む。

 クイナがそれに気づいたかはわからない――が、何となくヴァンはワイアットは気付いただろうなと思った。ただ、その上で気休めだと判断されたのだろうか、特に追撃だとかでトドメを刺そうという感じは今のところはない。


 立っていられなくなったらしいルシアが膝をつくのがヴァンの視界の隅に映った。


 状況的にはかなり不味い。

 最悪、と言えるかはまだわからない。これよりさらに悪い状況というものが有り得る気がしたので。


(いざとなったら……浄化アイテムを使って自分だけでも逃げる……か……?)


 打つ手が何も思いつかず、ヴァンはそんな風に考え始めていた。

 ルシアの怪我を何とかしてやりたい気持ちはあるが、しかし現時点この場の瘴気濃度を高めているのはルシアだ。ワイアットの言葉が事実であるならば、なんて自分とは相容れない体質なんだとすら思う。


 大体正しい手順で殺せば浄化されるだなんて、そんなのはまるで……


(生贄……ん? あれ? 何か聞いた覚えが……)


 記憶の片隅で何かが引っかかる。

 確か、昔そんな話を聞いた気がする。けれどもその内容が思い出せない。

 今思い出すべき内容か、と問われるとわからないが、この場を切り抜ける手掛かりになるかもしれない。

 そう思って記憶の糸を手繰るように思い出そうとしていたが。



「お姫様呼びは不服かい? けど、だってお前、実際そうじゃないか。

 ね? お前今でも本当に信じてるの? ルチルはとっくに死んだよ」


 肩を竦めて言うワイアットに。


 一拍遅れて、ルシアの絶叫が響いた。

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