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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
一章 伏線とかは特に必要としていない

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契約、とは……?



 早朝目が覚めてちょっと寮の周辺をぶらぶら散歩しようとしたら、泣き声が聞こえてきたのでそっちにいったら半透明の女の人が泣いていました。


 なんて言われたら果たしてどれだけの人が信じてくれるだろうか。


 頭の片隅でそんな事を思いながら、ウェズンは心配そうな表情をしたまま彼女が行動に出るのを待った。


 ハンカチを受け取るか、いらないわどっか行ってと冷たくあしらわれるか。

 いきなりみ~た~な~! とか言って襲い掛かってくる事はないと思いたい。ない、よな?


 前世ならともかく今のこの世界はウェズンにとって異世界であるという認識なので、前世の常識が通用するとも限らない。であれば、ここでこの女が目撃者は消す、という行動に移ったとしてもそこまでおかしなことではないかもしれない。いや、どうだろう。せめてそれはおかしくあってほしい。異世界でもある程度常識は共通してると思いたい。


 涙があふれたまま、女はどこかぽかんとした様子でウェズンを見上げていた。

 ウェズンもまた不躾にならない程度に女を見た。


 何度見ても半透明で向こう側が透けて見える。

 もしかして物質に干渉できないタイプの方だろうか。いやでも幽霊ってポルターガイストで物質干渉できるっぽいし、気合があれば可能なのでは? 相手が幽霊ときまったわけではないが、ウェズンはそんなことを考えていた。


「余計なお世話でしたか?」


 けれど、気合が足りないタイプの人で物質に干渉できない可能性がある。

 それによく見れば、女が着ている服は制服に似ていたが微妙に異なっていた。ウェズンたちが着ている制服はファンタジーな世界観で騎士が着てそうなやつ、と言われればまぁ大抵の人が想像するような感じだ。若干軍服に似てない事もないかもしれない。

 けれども女が着ているのはどちらかといえば法衣だとかそっち系統に近いデザインだった。

 生徒、ではない。となると教師だろうか……?


 そもそも半透明の教師っていたっけ?

 入学式のようなのをやってた時、教師も一応いたとは思うけどゴーレムの種類豊富さに目がいっていてあまり覚えていない。

 けれど、この世界既にまともな人間種族は存在していないとテラも言っていたし、そうなると半透明なヒトがいてもおかしくない……のかもしれない。

 どうにも前世の記憶のせいでこの世界の常識が本当にそうであるのかがわからなくなってくる。


 とりあえず半透明なヒトがいるのは果たして普通の事なのか、それともそうではないのか。一体どっちなんだろうか。

 どうなんだろうなぁ……なんて思っていれば、おずおずと手が伸ばされ、ウェズンが持っていたハンカチに触れる。

 どうやら物質に干渉できるタイプの人であったようで、ハンカチをすり抜けて空振りするという事はなかった。受け取ったハンカチを顔に押し当て涙を拭きとる。

 顔中くしゃくしゃになっているようなものだったからか、涙だけではなく垂れつつあった鼻水もついてしまったが、ウェズンからすればまぁそうだろうなぁという程度で特に何を思うでもない。


 渡したハンカチは以前家の近くの町で買った、三枚198ゴールドのやつだし。見た目は地味だけどガーゼっぽい生地なので吸水性はある。あと頑丈なので何度洗ってもボロボロになる様子もなく使い勝手がいいので重宝していた。


 涙と鼻水まみれになったハンカチで更に顔を拭こうとしていたので、流石にそれはちょっと……と思ったウェズンはもう一枚ハンカチを取り出した。三枚ワンセットのやつをなんだかんだ三つ購入したのでハンカチにはまだ余裕がある。

 見たところ女の年齢はウェズンよりも少しばかり上に見えなくもないが、なんだかイアを育てていた時と同じような気持ちになってしまっていた。


 そうして涙と鼻水をどうにかした女はようやく落ち着いたのか、まだ若干しゃくりあげているけれど涙は止まったようだ。


「お見苦しいところを……」

「いえ。それで、男子寮の近くで何で泣いてたか、は聞かない方がいいですか?」


 もし男女の仲の縺れだとかであれば、あまり深入りしない方がいいかもしれない。

 けれども、もし彼女が一方的に理不尽な目に遭っているようなら、最低野郎をボコボコにする事はできなくとも、そいつの評判を最低値まで落とすくらいの事はしてもいいのではないか。一部のクソのせいで全体的に男がクソって言われるのはどうにも我慢がならない、そんな私情もあった。


「……あ、その、痴情の縺れとかではないのよ? 本当に」

「では、女子寮での虐めですか……?」


 あえて女子寮から離れてこんなところで泣いてるとなれば、女子寮に居場所がないのではないか、そう考えた結果だった。しかし女はそれも違うと首を振る。


「そういうのじゃ、ないの。ごめんなさいね。迷惑をかけたみたいで」

「いえ別に」


 たまたま散歩してたら気付いた程度であるから、そこまで迷惑というものでもない。

 これが自室にいてもどこからともかく聞こえてくる泣き声が……というのであれば騒音問題として迷惑と言えたけれど、外に出なければそもそもこんな所で泣いているなんて思いもしなかっただろう。


「あの、ハンカチ、洗って返すから」

「あぁ、それ沢山あるから捨ててしまっても大丈夫ですよ」

「……迷惑でしたか?」

「いえ別に」

「じゃあ洗って返しますから!」


 なんでか縋りつくようにされて、ウェズンは「そうですか……」としか言えなかった。

 よく見れば中々美人ではあるけれど、そんな美人に縋りつかれているというのにこれっぽっちもときめかない。一片の下心さえ出てこなかった。

 むしろ何だか面倒なメンヘラにロックオンされた時のような気持ちにすらなっていた。まだこの人がそうときまったわけではないけれども。


「あまり自由に行動できる感じじゃないからいつになるかわからないけど、でもちゃんと返しますから。

 だからその……覚えていて下さい」

「劇的に見た目変えたりしなければ覚えてます」

「必ずですよ? 絶対ですよ? 約束ですからね??」

 なんだかすっごい念押ししてくる。これはマジで関わったらヤバい相手だったかな、と思いながらも、

「まぁ忘れててもハンカチで思い出すんじゃないですかね」

 などと、とても雑に返した。


「つまり貴方、普段はそう人にハンカチを貸さないわけですね……!?」

「まぁ、そうですね。考えてみたら初めてかもしれません」


 少なくとも転生した今の人生では。


 その言葉だけは飲み込んだ。

 前世でハンカチ貸すような事はなかったけれど、別に持っていなかったわけじゃない。どっちかっていうとフェイスタオルの方が使い勝手が良かったからそっちを持ってただけで。

 しかしフェイスタオルはハンカチと違って人に気軽に差し出せる感じではなかったのだ。少なくとも前世のおっさんだった時の感覚では。


 しかし半透明の女はウェズンが飲み込んだ言葉など気付くこともなく、ウェズンが口から出した言葉を聞いてかすかに瞳を輝かせた。


「初めて……!?」

「まぁ、はい。そうですが……?」


 なんだ。初めてという部分にやけに食いつかれた気がする。


「なんだかんだ妹もハンカチくらいは持ち歩いてましたし、他に貸すような友人がいたわけでもなかったので」


「つまり! 私が初めての相手なんだな!?」

「ハンカチの話ですよね?」


 何故だか別の意味が含まれてる気がして、ウェズンは思わず確認していた。もしかしなくても本当に関わったらヤバい人に関わってしまったのではないだろうか。この人頭大丈夫? そんな疑問が渦巻き始める。


「それならハンカチを返しに来た時はきちんと覚えているわけですよね!?」

「まぁそうでしょうね」

 生憎とウェズンの今後の人生でハンカチを大盤振る舞いで貸し出す予定は今のところない。であれば、この女が返しに来たら流石に思い出すだろう。というか得体のしれない存在をそう簡単に忘れられるはずもない、というのが本心ではあるのだが。


 ふふ、と先程まで泣いていたはずなのに今は何故か嬉しそうに笑みを浮かべている女であったが。


 その表情は一瞬だった。

 突如としてすとんと一切の感情をそぎ落としたかのような無へと変化する。


「もし忘れてたらタダじゃおかないから」


 そう言って女は消えた。

 その声はまるで沼の底へ引きずり落とさんと言わんばかりの、やけに湿度がたっぷりな冷たいものであった。


 もしかしなくてもヤバイ人だったな。


 確信するが既に女の姿はない。どうしようやべぇやつに関わっちまったぞ、と思いはしたが、現状被害は特にない。後でイアにはこの出来事を話してみて、何かそういうキャラがいないかどうかの確認だけしておこうと決める。

 主要キャラじゃなきゃどうにかなる。ちなみにこの場合の主要キャラは味方のみならず敵も含まれている。

 もしかしたら昔この学園で死んだ生徒の幽霊かもしれないな、と思う事にしてウェズンはそっと来た道を引き返した。


 ちょっと早起きしただけなのにこの仕打ち。一体僕が何をした、そんな気持ちが無いとは言えなかった。


 部屋に戻ればナビが食堂から食事を運んできたところだった。

 朝から至れり尽くせりである。寮生活と聞いていたからてっきりもっと自分で自分の事を色々やらなければならないと思っていただけにちょっとだけ拍子抜けしたというのもある。

 むしろこの学園を出た後が大変な事になりそうだな、とすら思えてしまう程。


 だからといってナビにこれはからやらなくていい、というのも何というか、気が引ける。今まで部屋の世話係として選ばれたくとも選ばれないままずっときていたナビから仕事を取り上げるのは、こっちにその気がなくともお前は用済みだと言っているように受け止められかねないので。


 などと、己の中で若干の言い訳とともにウェズンはナビがする事を止めるつもりはなかった。便利なので。いなくなってからわかる親のありがたみだとか、学園を出てからわかるナビのありがたみとか、そういうのを実感するのはもっと先の話だと、何もかもを先延ばしにしただけだった。



 さて、昨日テラから精霊との魔法契約書とやらをもらってからいざ契約するぞ! という時に至るまでに起きた出来事はこれくらいである。

 別段何か特殊な出来事があったとは思っていない。


 だがしかし。


「なんだお前、もう契約済ませてきたのか」


 いざ、契約するぞ、の段階になって儀式を行う部屋とやらに移動してリングから契約書を取り出してみれば。


 どうやらとっくに精霊との契約が済んでいたらしい。


 これにはウェズンも何が何やらさっぱりである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤンデレぽくてメンヘラっぽい女の子登場。 気に入られたらしいウェズンくん、強く生きて!! [気になる点] 半透明の女性、何の精霊なのか。 メンヘラとヤンデレを司る精神の精霊とか言われたら嫌…
[一言] 一体ナニと契約したんやろなあ?
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