合同課題
今回の合同授業は進級テストも兼ねている、と言われれば手を抜くわけにもいかない――のは当然の話だ。
元より手を抜くつもりも気を抜くつもりもなかったけれど。
だがしかし、と出発する時点で同じメンバーになった一同をヴァンはそれとなく見た。
ルシアとイアは同じクラスで何度も行動を共にしているので今更ではある。
そこに更に留学生としてこの学園にやってきて、そのままこちらの学園に残る事を決めた者たち。
つまりは、クイナ、サーティス、ソーニャ。
この三名に関してヴァンはほとんど知らない。
知ろうとしなかった、と言われればそれまでだ。
関わる機会もほとんどなかったし、そうなれば知ろうと思うような事もない。
一応学園に残ってやっていけそうだ、と判断される程度には実力がある……というのは間違いないだろう。
流石に実力不足でここに残ろうなんてすれば、次に学院側の生徒と戦うような事になればすぐ死んだっておかしくはないのだから。
ヴァンたちグループに与えられた課題は、オルディア高地と呼ばれる場所で行われるらしい。
瘴気濃度は50パーセントを超えたりした事はないらしいが、だから何だという話である。
瘴気耐性の低いヴァンからすれば死地にも等しい。
正直な話、30パーセント前後くらいから割と厳しい。
それより低くとも、ずっとその場にいれば具合が悪くなるのだ。
だからこそ今まではこまめに浄化薬を飲んでどうにか乗り越えてきた。
参加メンバーにウェズンがいればよかったのだが、今回は別々になってしまった。
オルディア高地へ行くというのがわかってからは不安しかなかった。ウェズンよりも浄化魔法が得意な相手というのをヴァンは知らなかったので。
探せばいるかもしれないが、自分以外の――他者にも効果を発揮できる浄化魔法の使い手となると、探すにしても相当難しいのは言うまでもない。
同じ学園の生徒なら浄化魔法が使えるのは言うまでもない常識だが、しかし下手に外でそれらを口にするわけにもいかない。
ヴァンはその危険性を入学当初から理解していた。
何故って自分の瘴気耐性がとても低いから。
だから、他人にも効果がしっかりと出る浄化魔法を使える相手なんてそりゃあ縋りつきたくもなるよなと、誰よりも理解していたのだ。
誰よりも自分が一番縋りつきたいと言っても過言ではないので。
とはいえ、全てを嘆くものでもない。
この体質のせいである意味自由を得たようなものなのだから。
(随分とギリギリの、綱渡りみたいな自由だけどね)
ふぅ、と小さな嘆息は特に誰の耳にも入っていないらしく、誰からも指摘される事はなかった。
自分の浄化魔法と浄化薬、それだけで果たして乗り切れるだろうかという不安は、しかし直前で多少どうにかなりそうだった。
ウェズンが浄化魔法を封じ込めたアイテムの作成に成功したのだ。
とはいえ、当初予定していたような、身に着ける物として、とはいかなかったようだが。
魔石に魔法を封じ込めて、それらをペンダントだとか指輪にして、というのが当初予定されていた物だったらしいのだが、浄化魔法に関しては周囲の瘴気に反応して自動的に浄化魔法がじわじわと漏れ出るように発動してしまうらしく、いざ肝心な時には中身がすっからかんになる、なんていう最悪な状態になってしまうらしい。
……それを聞けば、流石に無理は言えなかった。
じわじわと浄化されているうちはいい。その間はまだヴァンの体調も問題はないだろう。
しかしそろそろ厳しいな、と思って封じられた魔法を解放しようとした時には既に中身はからっぽ、だなんて。その時点で詰んだも同然ではないか。
瘴気と反応させないようにすれば問題はないらしい、とはいえ、普通に考えたら無理なのだ。
それ故に魔法を封じ込めたアイテムは身につけずリングの中で保管して必要に応じて消費する、となったらしい。使い捨て状態のアイテムという点と、使う時にリングから出さなければならないという点に多少の不便は感じれど、しかし文句など言えようか。
浄化薬と同じような扱いではあるけれど、毎回飲む必要がないというのと、封じ込めた浄化魔法はウェズンのものだという点で、浄化能力は浄化薬とは比べ物にならない。気休め程度でしかない浄化薬を延々飲み続けるというのも状況次第では難しいのだから。
一応作れるだけ作ってみた、と言われてそれらを渡されて。
だからこそ、ヴァンはこうして今回の課題に取り組む事ができたといっても過言ではない。
そうでなければ、参加前から辞退して進級を諦める事になるかもしれなかったのだから。
元々ヴァンは魔王に選ばれるためにこの学園に来たわけではない。
浄化魔法の修得と、あとは浄化に関する事――薬や、ウェズンが作ってくれたような魔法を封じ込めて長期的に安定した浄化が可能な道具の開発、どちらかといえばヴァンの目的はそちら寄りだった。
浄化薬の作り方だけは学園に入る以前からわかっていたけれど、それだって精々気休めレベルだ。だからこそ、より強力な効果を持つ薬を求めて。依存性だとか副作用だとか、そういったものを抑えつつ浄化効果を高めるものを、と学園に入ってからのヴァンはそういった研究に費やしてきた。
とはいえまだ一年も経過していない。そろそろ一年、といったところではあるがその程度の期間で簡単に達成できる目標でもない。
とはいえ、故郷にいるよりは明らかに学園のある土地の方が瘴気汚染度は低く安定しているのだ。
魔王に選ばれるつもりもないので、三年後の神前試合についてもどうでもいいと思っているし、その後もまだ学園に在籍しようと思えばできなくもない。
いっそここで研究者として残る道がないか、と考えたくらいだ。
とはいえ、その考えもウェズンと出会うまでの話だ。
危険を冒して瘴気汚染度の高い土地へ行くような事だけは避けたい。体調を崩して倒れるだけで済めばいいが、下手をすれば異形化待ったなしだ。
どうにかなりそうな課題だけをこなして、無理そうなら早々に諦める。
あまりにも成績が悪ければ退学を進められるだろうけれど、そうでなければある程度留年も可能。
だからこそ、ヴァンは滞在できる限りはここに残るつもりでいたのだ。留年する事も視野にいれて。
けれどもウェズンという浄化魔法の効果を他者にまで及ぼせて、しかも効果もかなり高めの相手と出会った以上は。
彼と離れるのは得策ではない。
自分が所持する気休めレベルの浄化薬とは異なる生命線なのだ。
留年したところで学年が異なってもクラスが変わらなければウェズンとの関わりはあるだろうけれど、あまりにも成績に響くようであればクラスの変更はあり得てしまう。実際にそうして他のクラスに移動する事になった者の話はヴァンの耳にもいくつか届いていた。
別のクラスへ行く事になった場合、そうなればウェズンとの接点もほとんどなくなってしまう。
いくら自分が彼の事を心の友だとか親友だとか言ったところで、向こうがそう思っていなければ、関係性が薄くなれば付き合いなど簡単に無かった事になるのだろう。
自己保身と言ってしまえばそれまでだが、ヴァンはそのためにゆる~くやっておけばいいか、くらいに思っていた進級課題も真面目にやるしかなくなってしまったのだ。
とはいえ、そのためには瘴気対策が必要で。
短期間で無茶振りを言う事になるとわかっていながら、ウェズンに泣きつくような形になった。
瘴気耐性が低い事はとっくに知られているからできた事だ。そうでなければまず自分の瘴気耐性の低さから説明しなければならなかった。
そんな無茶振りを叶えてくれたのだから、この課題もどうにか無事にこなして戻らなければ。
ヴァンはそう思っていたし、実際そのつもりでいたのだ。
一緒に組むメンバーにルシアとイアという既に何度か共に行動した相手がいるのも安心材料の一つと言えた。いきなり知らない相手と組んで、特に危険な事がないならそれでも構わないけれど、しかし道中魔物と遭遇したのであればやはりある程度勝手のわかる相手がいた方がいい。
この二人がいるなら少なくとも魔物と遭遇しても苦戦するような事はないだろう、とも考えていた。
少し前のカカオ農園の時みたいに馬鹿みたいな数の魔物が大量発生して、しかもそれが瘴気のせいで強化されて馬鹿みたいに強い魔物の集団がいたなら流石に不味いかなとは思うけれど、魔物が瘴気を取り込んでいるならヴァンの体調がそこまで崩れる事もないだろうし、もし魔物が出ないまま瘴気がそこにあったとしても、ウェズンが作ってくれた浄化魔法を封じ込めたアイテムが複数あるので乗り切れる。
ある程度の事を想定して、その上でどうにかなるだろうと思っていた。
課題内容もそう難しく思えるものではなかったので。
オルディア高地にのみ生息する植物のうちいくつかを採取。決められた場所にその植物から採取した種を蒔く。道中魔物と遭遇した場合はその討伐。
それらをいくつか繰り返して、学園指定の建物がオルディア高地にあるらしいので、そこで採取した種以外の部分を使って魔法薬の調合。
大まかな内容を見る限りは、そういった普段の学外授業と比べてもそこまで大きく異なるようなものでもなかった。
むしろこれが進級に関係する試験みたいな扱いなのか……と拍子抜けしたくらいだ。
てっきりもっと無茶振りだと思うような内容の何かがくると思っていたのもあったので。
留学生と行動する事にもなっているので、もっとややこしい課題だとしてもおかしくはない……くらいに覚悟はしていたくらいだ。
「この内容なら特に苦労する事なく終わらせられそうね」
なんて留学生の一人――ソーニャが安堵するように言うのを、誰も否定しなかった。
そう、ちょっと行先が普段より瘴気濃度の高めな場所、というくらいで誰もがこの時点では問題なく終わるだろうと思っていたのだ。もし何かあってもヴァンからすれば何度か共に行動した事のあるルシアとイアもいる。留学生たちとうまく連携できずとも、二人がいるならどうにかなるだろうという考えがあった。
留学生たちからすればこちらと組むより元々同じクラスで切磋琢磨してきた留学生同士の方が連携しやすいだろうし、何かあった場合でも二手に分かれてどうにかできるという考えはあっただろう。
最初に顔を合わせていざ出発するぞ、という時にはまだ緊張した面持ちだったが、目的地とそこでやるべき事を確認してからはその緊張だってほとんどなくなっていた。
留学生側からしても、もっと難しい課題を出されるのではないかという思いがあったのだろう。
緊張は消えて安堵が出て、余計な力は抜けて普段通りに。
ヴァンはこれなら問題なさそうだと思っていたし、留学生側もこの課題なら問題なくクリアできそうだと思っていただろう。
そう、この時点では少なくとも、誰も死ぬような目に遭うだなんて誰一人として思っていなかったに違いないのである。




