そもそも序盤で用意しろ
「で、なんでまたそんな事を?」
イフの疑問は解せぬというよりは、単なる雑談をする程度の軽いものだった。
お前そこまで金に困ってんの? という疑問もあるのだろう。
「いや、まぁ確かに発明して一攫千金、とかよぎったりもしたけどさ。
別にそこまで困窮してるわけじゃないよ」
「だよな。学内掲示板とかにあるアルバイトとか、お前やってる感じしないし」
「そんなのあるんだ?」
そういや入学してすぐの時、武器は用意しておけとか言われた時にバイトがどうだとか言われた気がする。
ウェズンはその後親から送られてきた武器を使っているし、その武器の使い勝手が最悪とかでもないのでそのまま使用している。他の武器に手を出そうと思うような事もないし、イアも同じくだ。
なので新しい武器を買うお金を早めに用意したい、とかいう切羽詰まった事情もないしそういう意味では急いで金が必要だから稼がねば……! みたいな焦りも何もないのだ。
「まぁ色々あるな。教師の手伝いとか」
「あぁ、雑用ね」
「そうだな。ちょっと授業の教材をそこまで運べくらいならアルバイトを頼む必要もないが、面倒な作業で人手が必要、みたいなのはよくあるぞ」
「面倒な作業、ねぇ……それ人集まらなかったらどうするの?」
「集まるぞ。中々の倍率でな」
イフとの会話にしれっとディネが入り込んでくる。
今の今まで黙々と菓子を食べていただけで、話なんて聞いてませんとか言われても納得しそうなくらいおとなしかったから、正直ウェズンも危うくその存在を忘れるところだった。
「地道にコツコツとした作業というのは確かに面倒極まりないが、しかしそれだけだ。根気があればどうにでもなる。
下手に危険な場所に行くようなアルバイトと比べれば、圧倒的人気であるぞ」
給金もそれなりに良いしな、とコロコロと笑う。
「あぁ、お前たまにこっそり見物してるよな」
「ふふ、暇をつぶすにはちょうど良いぞ?」
じとっとした視線をイフから向けられていても、ディネは気にした様子もない。
いつものやりとりなのだろう。ウェズンはそう判断してそれ以上は聞かなかった。
バイトに関して別に今気になる事はないからだ。
「となるとやっぱ継続性のアクセサリーとして考えるよりリングに保管して必要な時に使い捨てる感覚でやった方がまだマシか……」
「んえ? まだその話続いてたのかよ」
「まぁ、一応ね」
「でもお前、瘴気耐性そんな低くないだろ」
「僕はね」
ただ、ちょっと一人とんでもなく低いのがいるだけで。
事の発端は、と言われれば、近々行われる合同授業が決定してからだ。
こちらの学園に残る事を決めたらしき留学生たちや他のクラスの生徒たちと一緒になって行う授業。内容はまだはっきりしていないけれど、それでもそれが行われるのは確定事項である。
そこで、ヴァンから頼まれたのだ。
浄化魔法を封じ込めるアイテムとかを作る事はできないか、と。
ヴァンの瘴気耐性がびっくりする程低いというのは知っている。
時々浄化魔法をウェズンはヴァンにかけたりもしていた。毎日のように、というものではないので手間もそこまでではないし、作業として考えても苦にならない範囲。
浄化魔法をかけた後は、一応報酬も支払われていた。
だがしかし、次に行われるであろう課題。
ヴァンとウェズンは組み分けが別である。
今までウェズンが浄化魔法をヴァンに使う前、彼はどうしていたかというと、気休めのような浄化薬をこまめに摂取するという事をしてどうにか乗り切ってはいた。
自分でも浄化魔法を覚えたとはいえ、そしてヴァンの浄化魔法は恐らく人並み程度に発動するけれど、瘴気耐性が人並み以下なので浄化魔法を使う前にダウンする事も場合によってはあり得るという、通常時点でじり貧状態。
……あいつ今までよく生きてたな?
ウェズンとしてはそんな感想を抱いてしまうのも仕方のない事だった。
ウェズンの実家がある場所みたいに、ヴァンの実家もそこまで瘴気汚染度が高くなかったからどうにかなっていたのだろう。そうじゃなかったら多分生きてる事がマジで奇跡。
ともあれ、今回ウェズンとヴァンは別行動である。
一緒に行動するならヴァンも学外に出る時にそこまで色々気にしたりはしないけれど、そうじゃない場合はこれでもかと下準備だとか浄化薬の作成だとか、出来る限りの事をしていたようなのだが。
今回は状況が状況だ。
ウェズンは既にヴァンの瘴気耐性が低い事を知っているけれど、クラスメイト全員が知っているわけでもない。イアは何となく察しているだろうとは思うけれど、彼女の浄化魔法は人に対してまでそこまで効果を発揮しない。ルシアの浄化魔法も効果としては一般的だろうか。特に優れているという話を聞いた事はない。
留学生でもあるクイナ。
彼女もまた浄化魔法を使えるようになってはいるけれど、しかし彼女の浄化魔法がどれくらいのものなのか。こちらも未知数だった。
もし強力な浄化魔法を使えるとしても、ヴァンが彼女に助けを求めるかはわからない。
同様の理由でサーティスとソーニャもだ。
ウェズンに瘴気耐性が低い事がバレて、その後浄化魔法をその身に受けた後はウェズンに対しては隠すような真似もしなくなったけれど、それ以外は別なのだ。
もしウェズンも知らないままであったなら、きっと今でもヴァンは浄化薬などを多用していたのだろう。
近々行われる合同授業に関してもヴァンは浄化薬を大量に持参するつもりではいるようだけど、もし薬を飲む暇もなかったならば……
そういった最悪の展開も想像して、だからこそヴァンはウェズンにそんな話を持ち掛けてきたのである。
一応。
ヴァンがいくらウェズンの事を心の友と書いて心友と呼ぼうとも、ウェズンからするとそこまで言われるほどの事か!? と思ってしまうし実際そこまで仲が良いか? と聞かれると……まぁ、同じクラスの中ならそこそこ……としか言いようがない。
薄情と言うなかれ。
共通の趣味があるでもなく、話はそこそこ弾むけれどお互いに学生時代の特有のノリなので馬鹿をやらかすようなものでもないのだ。
当たり障りのない付き合いになってしまっても、それはもう仕方のない事だった。
とはいえ、できません無理です、とバッサリ切り捨てるのもウェズンには難しい。
一応やってはみるけれど期待はしないでほしい、と言って、そうして今に至る。
どこに行くかもまだわからないし、出発そのものはあと数日猶予があるとはいえ、頼まれた事をクリアするには時間が圧倒的に足りない気しかしない。
とはいえ、今回を乗り切ったとしても今回限りというわけでもない。遅かれ早かれできるのであれば、作っておいた方がいいアイテム。
しかも早めにできればその分ヴァンの生存が高まるはずで。
恩を売れるナラそれに越した事はナイですよ坊ちゃん!
なんてナビも言っていたので。
なんというかウェズンは今の状況をゲームの中のシナリオとして考えた場合、これはやっておいた方が後々の難易度とかに関わるものではないのかな、と思った次第である。
実際ヴァンの生存率に関係するのだ。
むしろ何故もっと早くこの可能性を思いつかなかったのか。
そう思っても今更である。
「ふむ、友のためと申すか。ふふ、ははは」
何が楽しいのかディネがくすくすと笑う。
ツインテールという髪型とメイド服という見た目からどちらかといえば幼く見えてもおかしくはないのだが、しかし雰囲気というか貫禄がありすぎて幼さなんて一切感じさせない。
だがしかし、年考えろよとか言いそうになるような感じでもないのだ。精霊だから、というわけでもないが年齢不詳さが際立ちすぎている。
楽しそうに笑っているディネを、イフは「うーわ……」とか言いそうな表情で見ていた。
「仮に魔石に魔法を封じ込めたとしても、浄化魔法に関しては周囲の瘴気に反応して勝手に漏れ出すわけだ。であれば、いかにきっちり封じ込めるかがカギになるのだが……魔石の内部を多重構造にして再構築する精製法は理解できておるか?」
「すみませんさっぱりです」
簡単に魔法の効果が外に漏れないようにする、という意味合いではわからなくもないのだが、魔石の内部を多重構造にするという部分は何をどうすればできるのかさっぱりである。
何、パイ生地みたいに沢山層を作ればいいわけ? パイならともかく魔石でそれどうやってやれっていうんだ。疑問は当然のように出る。
「そうか、無理か。であれば」
つい、とディネが目を細める。
なんというかまるでこちらを値踏みするかのような――いや、獲物を見定めるような鋭さを含んでいるせいか、反射的にウェズンは身構えそうになった。
戦うつもりはない。殺気も敵意も存在してはいない。
実際今この場で戦うような事、あるはずがない。
そうなればまだ残っている茶菓子は無事で済まないし、カップの中のお茶も零れて周囲を汚すのは明らかなのだから。
「では、やはり数を作るしかあるまいな。常に身に着けるのではなく、必要に応じて取りだし使う。
装飾品として身に着けて常に望んだ時にだけ使えるような物を作れるならば入れ物は一つで良いが、そうでないなら仕方があるまいよ」
「やっぱりそうなりますか……」
それは先ほどちらっとウェズンも考えた事だ。
本当ならば常時身に着けて常に瘴気を浄化するというのが望ましい。
だが、それほどの浄化魔法を込めるのは恐らく無理だろう。
ゲームの毎ターンHPが回復する装備品とか、ああいう感じで一定のタイミングで周囲の瘴気を浄化できれば言う事なしなのだが、今のウェズンにそんなものを作るだけの知識も技術も足りてはいなかった。
となると後はリングの中に複数同じアイテムをしまい込んでもらって、必要に応じてそれを取り出して一回一回浄化魔法を発動させる、みたいにするしかないだろう。
だがしかしその場合使い捨てアイテムになるので、魔法を封じ込めるアイテムもその分作らなければならない。
「よしよし、折角だ、見ていてやろう。確か向こうの部屋で設備がそろっておったから、やってみせよ」
「えっ、これから!?」
「精霊直々のアドバイスが今ならもれなくついてくるというのに、やらぬのか?」
「そこまで言われると……」
教師からのアドバイスでも構わないのだが、しかしテラにそんな話を持ち掛けても役に立つかはわからない。むしろなんでそんな物作ろうとしてるんだ? とか普通に突っ込まれそうな気がする。
かといって、他に相談できそうな教師のアテはない。ウェッジくらいだ。とはいえ、彼もどうしてそれを作ろうとしているのか、という疑問は口に出すだろう。
仮に作れたとしても、世間一般に流通させるには難しいアイテムだ。
誰にでも作れるわけでもないのだから。
仮に大量生産できたとしても、それを保管するのにリングなどの内部で時間を停止させた状態で保存できるものが必要になる。リングがなくとも空間収納魔法が使える、というのであればともかく、そもそもそう言ったものを扱える人物がそこらに溢れているわけでもない。
教師に頼ろうにも、説明が難しい。自分の口からヴァンの事情を勝手に説明するわけもにいかないだろうし。
そう考えると、イフとディネには説明不要なわけで。
正直今日はいきなり作って試してみよう、とか思っていなかったけれど。
一人であれこれ頭を悩ませるよりも、魔法に関して協力してくれる精霊がいるのであれば。
このチャンスを逃すなど勿体ない。
よし、と小さく呟いて、ウェズンもまた席を立った。
「あ、やるんだ」
テンション低くイフが言う。
彼はてっきりその場に残るかと思ったのだが。
結局のところ三名で錬金術などができる設備のある部屋へ移動する事となった。




