いつか行くその場所
――結論から言おう。
タハトの塔についてはよくわからなかった。
いやおま……うっそだろ? と言いたくなるくらいわからなかった。
前世でもなんていうか、普通に考えてこの時代の技術ではありえない……みたいなオーパーツとか言われるようなものがあった。
まぁ正確な情報はウェズンもそこまで詳しく知ろうと思っていなかったけれど、割と捏造説が有力とされていた気がする。古代の未知の技術とかそれはそれで夢とロマンがあるので実際に後の世の人間の悪ふざけで捏造されていたとしても、その夢とロマンは中々捨てがたくはあるが。
ウェッジはそれなりに考古学にも精通していたようで、テラよりは教え方が上手いなと思えたのだがタハトの塔に関しては古代種族が作った事以外はほとんど何もわからないのである。
塔の中に入れなくもないけれど、しかし内部は通常の塔とは異なるらしくこの塔が作られた時点で空間拡張魔法に関しては存在していたのだというのが把握できたくらいだろうか。
太古の昔からその魔法が存在し続けている、という事でさぞ力のある精霊の助けを得たのだろうとも。
精霊の力だけではなく、その魔法を永い間維持できるだけの術式を組み塔を残し続けてきた、と考えるとそれはそれで凄い話だ。
大抵人が住みつくでもなく管理もロクにされていない建造物など傷んで崩壊するのがとても早いと思うのに。
最初から人が住む事を前提とせずに長く保たせるように作った、というのであればともかく。
ウェッジの話では天体を観測するためにあの塔は作られたのではないか、との話だった。
古代の言葉でタハトとは星を意味するものらしい。
とはいえ、古代言語で星を示す言葉は他にも多くあるようなので、その言葉からいつ頃の時代に建造されたものなのかも完璧にわかってはいないらしい。
ゲームだったら謎が多すぎてワクワクしそうだけど、内部がダンジョンなら敵と宝箱の中身次第だよな……と思ってしまう。
ダンジョンではなくイベントを起こすために行くだけの場所であるならば、何か重要そうなイベントとかありそうではあるのだけれど。
内部に入れるとはいっても、全てを見る事ができるわけではないらしい。
いくつかの部屋には鍵がかけられていて、解錠魔法であっても開く事のない扉がかなりあるとの事。
ゲームだったら強敵が待ち構えているとか、お宝の予感ではあるけれどこうして現実に存在している塔でそれを期待するのはどうだろうか。
授業であの塔に行く、という事は実のところないらしい。
あれ? と思った。
ウェッジ曰く、あの塔の近くに行く事はあるけれど、あの塔そのものに行く事はないらしいのだ。
入った所で目ぼしい何かがあるわけでもないからね、とウェッジは苦笑しながら作業をしていた。
図書室だというのに薔薇の香りが漂っている。
というのも、ウェッジが長机の上にいくつかの薔薇の花を置いているからなのだが。
彼は現在ウェズンと話をしながら、薔薇の棘を丁寧に取り除いているところだった。
棘を取る、といっても難しい作業ではない。棘の側面から優しく押せば棘は取れる。ペキペキと小さな音を立てて取られていく棘を一か所に集めて、最後にまとめて捨てる。
話を聞きながら、ウェズンも何となくその作業を手伝っていた。
棘がある時にうっかりその部分を持つと中々に痛いけれど、例えばテーブルの上に置かれていたサボテン、バランスを崩してよろけて手をつこうとしたら丁度そこにサボテンがありました、という展開と比べればまだマシな方だろうか。上から勢いがついてグサッといくのと比べればそりゃあ痛さの度合い的にそっちのが上だろうよと思ってしまうけれども。
一通り棘を取った後は、茎の下から上の方に手をざっと持っていって残ってないか確認して、全部取れたやつは別の場所に置く。
そこそこの量があった薔薇の山は、棘ありから棘無しの方が大きくなっていって、最終的に一つの山になる。
取った棘はウェッジが片付けて、それから何本かずつ纏めてリボンで茎を結ぶ作業に今度は移っていた。
「先生、その薔薇どうするやつなんです?」
リボンで結んでいるところから、誰かに贈り物でもするのかと思ったけれどその割にまとめ方が雑なのだ。
「あぁ、これ。錬金術の材料に使うやつなんだ」
「へぇ……」
薬草とかならわかるけど、薔薇の花まで素材になるんだ……なんてウェズンは感心したように頷いた。
「うちの同好会で今度薔薇の香り付きのハンドクリームを作ろうって事になってな……」
「同好会……?」
「あぁ、あれ? 知らないかい? 部活だよ部活。
といっても入部は強制じゃないし、そもそも部員になっても授業で命を落とす事もあるから大抵どこも同好会程度の人数しか所属してないっぽいけど」
「初耳です……」
いやそりゃまぁ、学校なんだし部活があっても何もおかしくはないよな、と思うのだけれど。
入学してもうじき一年になる……くらいになって初耳とか、活動もそこまで活発ってわけじゃないんだろうなとしか思わなかった。
「おや」
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや。数えて摘んできたつもりだったんだけど、余ったなと」
恐らく部員が使うだろう本数を纏めていたのだろう。
そこそこの束が出来上がっていたけれど、一人一束というわけでもあるまい。失敗した時の事を考えて予備も用意した可能性はある。
だがしかし、中途半端に五本だけ余っていた。
束にしたところに一本ずつ追加するにしても数が足りない。かといってこれだけを纏めても、他の束と数が違いすぎて予備にもならない。
「……いる?」
「押し付けようとしてますね」
「まぁ、うん。微妙な数余っちゃったからさ」
確かにこれだけまとめてもどうしようもない、というのはわかる。
かといってなぁ……とは思ったけれど、まぁこれくらいなら引き取ってもいいだろうと思ったのでウェズンは「それじゃ、お言葉に甘えて……」なんて言いながら余った薔薇を手に取った。
そういや前にもこんな感じで花を手にした事があったな……とふと思う。
あの時はチューリップで、一応ミニブーケっぽくしたけれど。
香りづけに使う、と言っていたようにそこそこ匂いのある薔薇だ。色は鮮やかな赤で薔薇の花といったらこれ、みたいな見本みたいな見た目をしている。チューリップの時は部屋にでも飾るか……と思ったけれど、この薔薇はどうしようか……
思った以上に香りが強い。
別に薔薇の香りは嫌いではないけれど、自室でその香りが漂っているというのは何となくどうかな……と思うわけで。
うーん、と小さく呻くような声を出しながら、ウェズンは棘がなくなって持ちやすくなった茎部分を手にして少し考えてから動かし始める。
「器用なものだね」
「昔、妹によく作ってやってたんですよ」
言いながらウェズンが作っているのは花冠である。
五本の薔薇しかないので大きさはそこまでではない。頭にフィットさせるような大きさにはならないが、上にちょこんと置くくらいならできそうなサイズ。
茎の長さがある意味丁度良かったのもあって、五本の薔薇で作ったにしてはいい感じにできあがった。
茎の長さがもうちょっと短いものばかりだったら、こんなきちんとした見た目にはできなかっただろう。
妹に作ってやってた時はそこら辺に生えてるやつで作ったので、色も形もバラバラの花だったけれど、薔薇だけで作ったこれは思った以上にゴージャス感が出た。すげぇな薔薇……といった気分である。
もう少し小さめの野薔薇であったなら、そうは思わなかっただろう。
出来上がったそれを手に、ウェズンは思わずウェッジを見た。
ウェッジはそっと首を横に振る。やめてくれよそれのっけて歩いてたら、生徒たちに揶揄われちゃうじゃないか。そんな言い分が顔に出ていた。
まぁウェズンとしてもどうしたものかなこれ……といった感じで特に何も考えずに作ったので、どうしてもウェッジの頭に乗せるぞ! という思いはない。
何事もなかったかのようにリングにしまって、そのうちイアにでもあげるか……なんて考えた。
ウェッジもまとめ終わった薔薇を収納して、そうして席を立つ。
「あのあたりは瘴気濃度がそこまでないはずなのに、時折微妙に強い魔物が発生するんだ。それもあって、ある程度実力を認められた生徒に討伐や調査を授業の一環としてさせる事があるから……
そのうち君も駆り出されるかもしれないね」
「というか、多分定期的に順番にあるんですよねそういうの」
ウェズンがそう言えば、ウェッジは特に否定もせず軽く笑いながら立ち去っていく。
場所的に町や村が近くにある感じではなさそうなので、恐らく今までは二年生とかそれ以上の学年の生徒あたりがやっていたのかもしれない。
ウェズン達ももうじき二年だ。そろそろ駆り出される、というのはそういう意味もあるのだろう。
塔周辺の探索や魔物退治はあれど、塔そのものの調査はない。中に入れる部分が少ないから調べようがないというのもあるのだろう。
ただ、まぁ、なんていうか。
(とてもフラグみがある……)
と思うのはもう仕方のない事だった。




